いつもテストマーケティングに協力してもらっているスーパーマーケットで商品を試食させてもらい、消費者の反応を見てデータを集める。
その段階で改良部分を見極め、このままいくか調整するかを判断し、あまり評判が悪い場合は販売の中止や縮小となる事もある。
これをクリアすればプロモーションになり、CMの制作や雑誌やネット広告に出す画像の制作、体験イベントの企画に、インフルエンサー等に依頼しての拡散となる。
発売後は売れ行きや評判をリサーチし、評価や改善点をまとめて次に繋げていく。
そしてまた一から、次の商品開発に向けてニーズ調査をし、アイデア出し、コンセプトなどを考えていく。それがまとまったら、また試作品の開発だ。
作っていればいいだけじゃなく、営業が取引先に持っていくサンプルについて説明するため、商談に同行する事もあり、営業部とは割と接点がある。
加えて原材料の選定のために出張する事もあるし、オフィスで取引先に提出する仕様書や、商品の栄養計算、表示ラベルなどを制作するデスクワークもある。
その関係で、営業部には結構知り合いがいるんだけど、非常に厄介な人たちがいた。
「……すみません、こういうの迷惑です」
私は営業部のエース、|六条《ろくじょう》さんに廊下に壁ドンされ、無の顔で言う。
「たまにはこういうのもいいんじゃない?」
短髪でスポーツマン風の彼は、長身の上、ずっと水泳をやっていて逆三角形の体をしている。
綾子さんたちも『六条さんは後ろ姿に色気がある』とメロメロになっていた。
「大きい声を上げますよ」
私は表情を変えずに言い、スッと息を吸う。
六条さんが軽く瞠目して一歩引いた瞬間、私は普通の話し声より少し声を張ったぐらいの声量で言った。
「そーれ、どっこいしょー、どっこいしょー」
「なにそれ!」
彼はプハッと噴きだしたかと思うと、手を打ち鳴らして笑う。
「相変わらず上村さんは面白いね」
「特に面白くないです。早く打ち合わせしますよ」
私は溜め息をつき、クリアファイルに入った資料をポンと彼の胸元に押しつける。
「上村さん、うちの六条がすみません」
ペコリと頭を下げたのは同じく営業部の|沙根崎《さねざき》|星良《せいら》ちゃんだ。
ピチピチの二十三歳だけど、営業成績は割といいらしく、エースの六条さんから期待されている。
今は六条さんからノウハウを学びつつコンビを組んでいるらしく、打ち合わせする時は二人セットがいつもの事になっている。
「いいえ、六条さんがご機嫌なのはいつもの事だから」
そう言うと、六条さんは「むふふ……っ」と笑いを漏らす。
「上村さんは言葉のチョイスがいいよね。ご機嫌って……」
彼は笑ったあと、「さて、打ち合わせしますか!」と歩き始めた。
六条さんとは割と付き合いが長く、壁ドンされるのに不快にならない理由があった。
まだ尊さんと付き合う前から六条さんとはちょくちょく話していて、雑談の中でドラマの話になり、『壁ドンってされた事ないんですよね』と言ったらする流れになった。
以降、彼だけはそういう事をされても嫌じゃない人になり、たまに二人でこうしてふざける事がある。
彼は「冗談ですよ」という表情をしているけれど、私はいつも無の顔で塩対応なので、見る人が見たらびっくりするらしいけど。
営業ってコミュニケーション能力がものを言う仕事で、六条さんは篠宮ホールディングスの商品を売り込むために、自社の商品をめちゃくちゃ分析している。
その上で取引先相手の事もじっくり調べて、相手が喜ぶ事を会話に盛り込む。
イケメンのやり手って同性からは煙たがれる事もあるけれど、六条さんはそこをちゃんと理解しているのか、決して鼻についた言動をしない。
今みたいなおふざけをしても、六条さんはそれ以上馴れ馴れしい行動をしないし、時沢係長のようにしつこくチョコをねだってこない。
モテる男は求めなくても、相手からやってくると分かっているらしい。
打ち合わせ室に入って椅子に腰かけると、六条さんはパンッと手を打って資料を捲り始めた。
「よーし、楽しい打ち合わせをしようか!」
加えて、こういうふうに仕事を前向きに楽しんでいるところは、とても評価している。
いっぽうで、とうとう私に秘書課、副社長秘書の内示がきた。
「……謹んでお受けいたします」
人事部長に呼び出された私は、会議室でペコリと頭を下げる。
コメント
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色気男子と美女の壁ドンコミュニケーションは何も知らない人が見たらビックリしちゃうかも🫢見てみたいなぁ。 尊さんが見ちゃったら大変そうだけどw