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第75話 〚父の一言〛(海翔視点)
車内は、少し静かだった。
後部座席にはもう誰もいない。
エンジン音と、ウインカーの音だけが流れている。
海翔は、窓の外を見ながら、
さっきまでの時間を思い返していた。
澪の笑顔。
真剣にノートを見る横顔。
パフェを前に、少し迷っていた姿。
(……楽しかった)
その気持ちは、はっきりしている。
「なあ」
ハンドルを握ったまま、
父が前を向いて口を開いた。
「澪ちゃん、いい子だな」
一瞬、心臓が跳ねた。
「……そうだね」
なるべく普通に返す。
父は続ける。
「無理して喋らない感じも、
ちゃんと周りを見てるところも」
少し間を置いて、
「大事にしないといけないタイプだ」
海翔は、息を飲んだ。
(……やっぱり)
父は気付いていた。
自分が、澪をどう見ているかを。
「お前さ」
父は、ちらっとだけ横目で見てきた。
「守りたい顔してたぞ」
「っ……」
言葉が詰まる。
「別に、悪いことじゃない」
父は穏やかに言う。
「でもな、好きなら――」
ハンドルを切りながら、
はっきりと続けた。
「ちゃんと、伝えろ。
中途半端が一番、相手を不安にさせる」
胸の奥に、ずしんと響いた。
(伝える……)
頭の中で、
澪の顔が浮かぶ。
恥ずかしそうに目を逸らすところ。
困ったときの、小さな眉の動き。
安心したときの、ほっとした表情。
「……考えてる」
小さく、正直に言った。
父は、少し笑った。
「ならいい」
「お前が本気なら、応援する」
その一言で、
胸の奥に、火が灯る。
(俺は――)
曖昧なままじゃ、嫌だ。
守るって決めたなら、
ちゃんと、言葉にしなきゃいけない。
車が、家の前に止まる。
ドアを開ける前、
海翔は一度だけ深く息を吸った。
(もう少しで夏休み後半)
(その前に――)
夜空を見上げながら、
心の中で、そっと決める。
――ちゃんと、伝える。