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話さなくなって、一週間。必要なことしか言わない。
目も合わせない。
並んで歩かない。
それなのに。
視線だけは、感じる。
体育館の隅から。
帰り道の向こう側から。
ずっと。
ある日の放課後。
部活が終わって、誰もいなくなった体育館。
バッグを持って出ようとした瞬間。
「岩ちゃん」
呼び止められる。
振り向く前に、腕を掴まれる。
及川徹 。
「……なんだよ」
冷たい声を出したつもりだった。
でも少しだけ震えた。
及川の顔は、いつもと違う。
笑っていない。
余裕もない。
「無理」
その一言。
「何が」
「岩ちゃんがいないの」
胸が痛む。
「俺、黙ってるとか言ったけどさ」
掴む力が強くなる。
「無理だった」
近い。
息がかかる距離。
逃げたいのに、足が動かない。
「岩ちゃんと離れるの無理」
心臓がうるさい。
言うな。
それ以上。
言ったら。
壊れる。
「及川、落ち着け」
次の瞬間。
衝動だった。
唇に、触れる。
一瞬。
ほんの一瞬。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
すぐ離れる。
静寂。
岩泉の思考が真っ白になる。
「……ぇ、は、?」
何も声が出ない。
及川の顔が、青ざめていく。
自分でもやったことを理解して、息を呑む。
「ごめん」
掠れた声。
「今の、忘れて」
忘れられるわけない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
「お前、何して」
声が震える。
怒りか、動揺か、自分でもわからない。
及川は一歩下がる。
「違うんだ」
何が違う。
「勢いだから」
嘘だ。
勢いだけじゃない。
わかる。
でも。
「なかったことにして」
その言葉が、胸に突き刺さる。
なかったこと?
今のを?
俺の、心臓の音も?
「……最低だな」
やっとの思いで口から出たのは、その一言だった。
及川の表情が、凍る。
「結局は引くのかよ」
震える声。
「触っといて忘れろってなんだよ」
言葉が止まらない。
止められない。
「俺がどんな気持ちか、考えたことあんのか」
及川は何も言えない。
言えない。
“好きだから”なんて。
今さら。
「ごめん」
それしか出てこない。
俺の目に、また涙が滲む。
悔しさと、混乱と。
――嬉しかった自分が、許せない。
「もう触んな」
低い声。
「俺に期待させることすんな」
それは、ほとんど懇願だった。
壊れた。
守ってきたものが。
幼馴染の距離が。
全部。
「……わかった」
声が、ひどく静かだ。
「もう、触らない」
心は傷ついている。
でも、追わない。
追えない。
自分が壊したから。
岩泉は背を向ける。
足が震えている。
さっきの感触が、まだ残っている。
消えない。
消せない。
体育館に一人残った及川は、拳を握る。
やってしまった。
言わないって決めてたのに。
壊さないって決めてたのに。
「……岩ちゃん」
もう、前みたいには戻れない。