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翌日。体育館の空気は、やけに静かだった。
「おはよー」
いつもの明るい声。
でも、岩泉は見ない。
「……」
目も合わせない。
近づかない。
隣に立たない。
昨日の感触が、まだ残っている。
触れられた唇が、熱を持ったまま。
消えない。
だから。
避ける。
練習中。
「岩ちゃん、トス」
「他当たれ」
即答。
及川の手が、ほんの少し止まる。
周りがざわつく。
「え、珍し」
「喧嘩?」
小声が刺さる。
及川は笑う。
「岩ちゃん反抗期なんだよ〜」
軽い調子。むかつく
放課後。
着替えを終えて出ようとした瞬間。
「待って」
背後から声。
無視する。
腕を掴まれそうになって、反射的に振り払う。
「触んな」
低い声。
体育館に響く。
及川の目が、はっきり揺れる。
でも今度は掴まない。
約束したから。
「……昨日のことさ、」
「なかったことにしろって言っただろ」
先に遮る。
及川が息を呑む。
「じゃあ徹底しろよ」
名前を呼ばない。
幼馴染の距離を壊したのは、そっちだ。
「中途半端に近づくな」
本当は。
近づいてほしいくせに。
自分でもわかってる。
でも怖い。
期待して、また引かれたら。
もう立てない。
「俺、お前のそういうの無理」
刃みたいな言葉。
及川の顔から、完全に笑みが消える。
「そういうのって何」
静かな声。
「都合いい距離感」
胸が痛む。
図星だから。
「好きでもないくせに、独占みたいなことすんな」
沈黙。
喉が、かすかに動く。
言えばいい。
“好きだ”って。
でも。
壊れた後で言うのは、もっと卑怯だ。
「……ごめん」
またそれだ。
岩泉の拳が震える。
「謝るなら最初からすんな」
それ以上、聞きたくない。
背を向ける。
歩き出す。
今度は足音が追ってくる。
本気で。
「岩ちゃん!」
初めて、追う足音。
「待って」
肩を掴まれる。
振り払おうとするけど、今度は強い。
「離せ!」
「離さない」
息が荒い。
余裕なんてない顔。
「俺、昨日のこと後悔してない」
心臓が止まりそうになる。
「でも傷つけたのは本当だから」
声が震えてる。
「逃げない」
岩ちゃんの目が揺れる。
「言わないで済ませるのやめる」
それは。
ずっと避けてきた一線。
壊れる。
完全に。
「岩ちゃんが離れるなら、追う」
掴む手に力がこもる。
「嫌われてもいいから」
その目は、本気。
もう“去る者追わず”じゃない。
初めて、追ってる。
でも。
岩泉の胸はぐちゃぐちゃだ。
「……今さら何言ってんだよ」
涙が滲む。
怒りか、安堵か、自分でもわからない。
「お前が怖いんだよ」
本音が零れる。
「好きかどうかも言わねぇくせに、キスとか」
及川の呼吸が止まる。
「期待すんだろ」
その一言で、空気が完全に変わる。
言ってしまった。
期待してるって。
及川の目が、はっきり揺れる。
今。
ここで。
言えば終わる。
でも。
言わなきゃ、もっと終わる。
喉が震える。
「俺は——」