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数分遅れで入った教室はまさにカオスさながらであった。化粧をしたりスマホをいじったり、大声ではしゃぐ生徒達の、いつもと変わらぬ光景が、甲本の視界に否が応でも飛び込んで来る。
新任教師の話だと、2年2組の生徒達は扱い易いと言ってはいたが、彼女らが相手を選んで態度を変えているのは明らかだった。
生徒を監督出来ない中堅教師。
甲本は、いつ頃からかそう呼ばれていた。
「静かに、今日は大事な話があるから」
甲本の声に反応するひとりの生徒がいた。
最後尾の川野ちずるは、クラスのリーダー格の生徒で、イジメグループの中心的な役割を果たしていた。
「早くしてよ。ちゃっちゃと終わらせて、係長!」
ちずるはそう言いながらスマホに目を落とした。
係長という言葉に、生徒らは笑っていた。
イジメの被害を訴えた生徒は、当面の間休学扱いとなっていた。
それならば、わざわざ話をしなくても良いのではないかと思いつつも、甲本はゆっくりと話を切り出した。
「昨今・・・」
甲本の言葉に、ちずるが即座に反応した。
「さっこんだって! うけるー!」
笑い事が教室内に響く中、甲本は殴ってやりたい衝動をグッとこらえて深呼吸をした。
「このクラスには、イジメはないと信じている・・・人間として誤った行動をする生徒はいない。私のクラスには居ないと願っています・・・」
さっきまで騒がしかった教室が、水を打ったように静かになった。
これは、明らかにイジメが存在している証拠だと甲本は直感し、声を荒げた。
「君達の将来にもイジメは影響するんだ。みんなで仲良く、力を合わせながらかけがえのない青春を楽しんで欲しい」
至る所で笑いが起こっていた。
甲本は、教卓を強く叩いて言った。
「何がおかしいんだ! 笑うとこじゃないだろ!」
ちずるの挑戦的な声が聞こえた。
「はぁ!? 何言ってんの! あ、先生はあたし達を脅してんの!? バンバンうるさいし!」
甲本はちずるに詰め寄った。
席に座ったまま、甲本を睨みつけるちずるの手が腕に伸びた。
その瞬間、ちずるは悲鳴をあげた。
「ちょっとせんせい!やめてください!やめてください・・・お願いします。こわい、こわい、許してください!」
ちずるは甲本の手を、自分の胸に押し当てながら叫んでいた。
「な・・・」
突然の想定外な出来事に、甲本は言葉を失った。
周りの生徒達も悲鳴をあげていた。
我に返った甲本は、ちずるの手を払い除けた。
背後の生徒数人が、笑いながらちずるに言った。
その言葉に、甲本は呆然とした。
「送信完了!」
青ざめた甲本を、ちずるは上目使いに眺めながら言った。
「やば、センセイの人生終了!」
数日後、甲本は教師を辞めた。