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「なあ、たとえばさ――俺が明日、消えてても、おまえ泣く?」
夜の川沿い、しめったアスファルトに座りながら、**麻倉 零(あさくら れい)**はそう訊いてきた。
唐突で、意味のわからない質問だった。
けど、もう慣れていた。
零はいつも突然だった。
飄々として、笑いながら急に深いところを突いてくる。
「……泣くよ。当たり前じゃん」
そう答えると、零はふっと笑って、缶コーヒーのプルタブを指で弾いた。
パシンという音だけが、やけに大きく響いた。
「……うそくさ」
「なんでだよ」
「おまえさ、“人を好きになってる自分”が好きなタイプでしょ」
「は?」
「人を想ってる自分はきっと優しい、って思ってる。違う?」
零の言葉は、時々ナイフみたいに鋭い。
だからといって、悪意があるわけでもない。
ただ本当に、彼はそう見えてしまうのだろう。
**天野 陸(あまの りく)**は、小さく息を吐いた。
「……そんなこと思ったことないよ」
「じゃあ、証明して」
「なにを」
「“俺のことが、ほんとに好きだって”」
そこまで言って、零はやっと顔を上げた。
月の光が、彼の頬に濡れた筋を映していた。
涙だった。
「おまえにだけは言いたかったんだよ。
俺、ぜんぜん、自分に自信ねえの。
誰からも期待されなかったし、認められたことなんか、一回もねえ。
それでも生きてるふりするのって、すげえつらいんだよ」
「……零」
「でも、陸がさ、俺のくだらねえLINEに毎回“草”とか“うける”とか返してくれてたじゃん。
それだけで、あの日ほんとに死ななくてよかったって、思えた」
陸は黙っていた。
何度も何度も、零の存在に救われてきたのは、むしろ自分の方だった。
自信がない。人と比べてしまう。うまく喋れない。
そんな自分に、零は飽きもせず笑ってくれた。
でも彼はいつも、「死にたい」って言うくせに、
誰よりも生きようとしていた。
生きたいと、誰にも言えずに。
誰かに望まれることで、ようやく息ができる――そんな顔をして。
「俺、たぶんずっと探してたんだと思う。
“陸にとって、俺が必要だ”って言われる瞬間。
それさえあれば、たぶんもう、何にも要らなかった」
「要るよ」
陸は、言葉の途中を断ち切るように言った。
「零がいてくれなかったら、俺、今ここにいない。
強くないよ、俺。
誰かに褒められるようなこと、何もできない。
でも、零が笑ってくれるときだけ、俺、自分を好きになれる」
「……陸」
「だから要るよ。いてよ。ずっと」
手が震えていた。
冷えた缶コーヒーが零の指から落ちて、路面で転がった。
飲んでなかったのに、缶はぬるくなっていた。
「俺、いなくなんねえよ。
約束する。
でも……壊れそうだったんだ、今日」
「わかるよ」
陸は零の手をそっと握った。
細くて、薄くて、傷跡が残るその手を。
「無理すんなとか、頑張れとか、言わないから。
俺はここにいるから。
零が俺を必要としてくれるかぎり、俺も、おまえを必要とし続けるから」
「……やば。泣くわそれ」
「泣いていいよ。今日は泣いていい」
「いつも泣いてるんだけどな、俺。気づいてないだけで」
「ああ、俺も。いつも泣きそう」
二人はしばらく黙ったまま、手をつないでいた。
通りすぎる車の音だけが、夜の闇に吸い込まれていった。
冷たい風が吹いた。
けれど、零の手はあたたかかった。
不器用で、不安定で、拗ねたり傷ついたりしながら、
それでも誰かの心に触れたいと願っていた彼の存在が、
陸の世界にしっかりと刻まれていた。
「……なあ」
「うん?」
「来年も、またこうして座っててくれよ」
「うん、いるよ。隣に」
「あー……マジで泣きそう……」
「泣いていいってば」
「うっせ」
そう言って、零は微笑んだ。
生きているだけで、
隣にいるだけで、
この世界はすこしだけ、やさしくなった気がした。