※BL注意!※
中部地方 岐阜県
「……い、いるか?」
耳元で優しい声が聞こえた。
うとうとしていたが、その声で少し目が覚めた気がする。
聞き慣れた声だ。
「えっ…?」
でもさっき、なんて言った…?
「アップルパイ、食べるか?」
彼は、そう言って覗き込んだ。
澄んだ瞳、繊細に動くまつ毛、硬いのになぜかさらさらしてる髪の毛。
長野だ。
わっちと同じ、中部地方の土地の化身…そして、わっちの、恋人。
そして、頭に心地よい温もりが添えられた。
「眠たいのか?昼寝したいなら、寝てていいんだぞ?」
頭を撫でられている。
心地よくて再び眠くなった、が…
さっき長野…アップルパイ食べるかって、聞いてたよね…?
「いや…アップルパイ…食べたい」
わっちは答えた。
すると何故か長野が笑った。
「…どうしたの」
「…ふふ、眠たいんだろ?岐阜、声で分かる」
「なんで笑うの…」
「…いや、何でもない。アップルパイ食べるか」
長野はたまにわっちを子供扱いしてくる。
でも…その時の笑う顔も、堪らなく愛おしいのだ。
「うん」
長野の背中に、そう答えた。
「美味しい…」
思わず顔がほぐれる。
アップルパイの温かさと甘さが口の中に染み渡って、とても美味しいアップルパイだ 。
「いつもそう言ってくれると、俺も作りがいがあるな 」
長野の顔もほぐれた。
「いつも作ってくれてありがと」
いつもは素直に出ない感謝の気持ちが、長野の前ではすっと出てくる。
「いや、ただの趣味だ」
長野はそう答えたが、はっとした表情をしたあとに、再び口を開いた。
「…あと、皆が、喜んでくれるから…つい、作りたくなってな」
「…でも長野、今みんな外出てる」
わっちが投げかけた疑問にも、長野は頷いた。
「一番に岐阜に食べてほしいと思ったら、皆の帰りを待ちきれなくてな」
無邪気な笑みを浮かべる長野。
いつもは無表情かしかめっ面なのに、なぜかわっちの前では表情豊かになる長野。
長野のそんなところもわっちは好きだ。
すっかり何もなくなった皿を前に、手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
満足げな長野。可愛い。
「岐阜、昼寝するのか?」
皿を回収しながら、長野は尋ねてきた。
「うーん…」
食事したから、もう目が覚めちゃった…
「寝ない」
すると、長野は動きを止めた。
「何」
「寝ないのか?」
「うん」
…なんか、長野の様子が変…
「…そ、そうか…」
「…どうしたの?」
わっちが耐えきれずに尋ねる。すると、長野がこっちを向いた。
「…いや、その…えっと、」
「早く答えて」
気になる。
長野は、何を考えてたの…?
「岐阜の…寝顔が見たくて」
…えっ?
「悪い、驚いただろ?」
俯く長野。
しょげてる…?珍しい。
「いや…別にいいんだけどさ…」
わっちは答える。
なんだか、恥ずかしいよ…
こんな…むずむずした感じだと…
「まあいいか…岐阜、悪かったな」
長野が、優しい顔でそう言った。
長野も恥ずかしかったのか、顔がほんのり赤い。
「いいよ、アップルパイ美味しかったし」
わっちは答えた。
「…やっぱり、良かったよ」
「えっ?」
どういうこと?
「アップルパイ食べた時の岐阜の笑顔見れたし、十分だよな! 」
!?え、っ…えっと…
それって、どういうこと!?
長野…笑ってるけどさ、どういう意味なの!?
「なんなの…!?変なこと言わないで…!」
顔が火照るのを感じる。
意味はわからなかったけど、からかわれてるのはおおよそ予想できたから。
「…岐阜のことが好きだってこと」
今度は、長野が照れた。
わっちも、嬉しくって…でも、恥ずかしかった。
「長野、わっち…」
………
わっちも好きだ、そう言いたかった。
でも、言葉にならない。
…だめだ…やっぱり長野の前では、本当に伝えたいことは素直に、言えない…
「…岐阜?どうした?」
首を傾げる長野。
言おう…いや、言わなきゃ…でも、
……
声にすら、ならなかった。
「なんでもない」
何度目か分からないこの言葉を、なんとか口に出すしかできなかった。
…ほんとはわっち…長野が、大好きなんだよ
微笑みかける長野に、声にならないまま呟いた、そんな昼間だった。