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7 ◇現在と過去が交差する
N「長年、いいご身分で好き放題してきた玄帥。
恵子は自分に惚れているがゆえに、好き放題させてくれているのだと玄帥は
勝手に勘違いしていた。
だから、多少のことは許されて当然なのだろうと胡坐をかいていたのだ。
そんな自分がまさか恵子のほうから離婚を切り出されるなんて、夢にも思っていなかった。
玄帥は現実に打ちのめされ、狼狽えていた」
玄帥「恵子、すまなかった。許してくれ……」
恵子「ううっ……もう遅いのよ。私、謝ってほしいわけじゃないの。
それよりも早く判を押してください」
玄帥「恵子……恵子……本当に許してくれ……」
N「社内では誰もが振り返る若くて美人な唯。
そんな唯に『結婚したい』と迫られても、妻にしたいとは到底思えなかった。
自分が言えたことではないが、婚約者がいながら……結婚を目前にしながら……
他の男に現を抜かすような女は御免だった。
遊ぶのにはいいが、生涯を共にできるような相手ではない。
自分が遊び人だからこその徹底した線引きだった。
もはやそれも意味をなさないが」
その後も、謝罪を繰り返す玄帥。
N「玄帥は頑なに判を押すことを拒んだ。
その代わり、恵子にただひたすら謝罪を繰り返すのだった」
〇大学時代、恵子が働いていた薬局(回想)
薬局で大学時代の恵子が働いている。
恵子は容姿には恵まれていたが、性格は大人しく、服装も地味だった。
N「当時、同じ大学に通っていた恵子と玄帥。
ただ、学部が違ったため、お互いの存在は知らなかった。
知り合ったきっかけは、恵子がアルバイトをしていた薬局だった。
大学近くのこの薬局に、玄帥はミニバイクで乗り着けて、あれこれとよく買い物をしていたのだ」
レジをしながら、玄帥のほうをちらりと嫌そうに見る恵子。
恵子(うわぁ……いかにもモテそうなタイプ)
N「恵子は容姿に恵まれた男が好きではなかった。それには理由がある」
〇回想シーン
中学生の頃の恵子が兄の後ろ姿を軽蔑したような目で見ている。
当時、高校生の兄が女の子の肩を抱き寄せながら歩いていた。
N「恵子の兄は自分の容姿が恵まれているのをいいことに、
高校生の頃から女をとっかえひっかえしていた。
挙句、家ではその女たちのことをさんざこきおろすのだ」
恵子の兄「あの子、可愛いけど口がくさくてさぁ~。
もうひとりの子は胸はでかいけど無口でつまんねぇし」
恵子(……くず)
N「自惚れが強くて偉そうなこんなくず人間でも、顔がいいというだけで
笑って許す女がいる」
恵子(……女も女だよ。馬鹿じゃないの)
N「不幸なことに女関係がひどかったのは兄だけではなかった。
恵子の父親もまた、外に妻以外の女を作るような男だった。
間近でそういうものを見てきた恵子だからこそ、顔だけの男が大嫌いになってしまったのだ。
顔のいいモテそうな男はそれだけで恵子の選択肢の中から消されていった」
〇薬局
玄帥が薬局を出た後、恵子はちらりと見た玄帥の顔を思い出していた。
恵子(……大きくてはっきりした黒目にくっきり二重、綺麗な鼻筋に形のいい唇。
あんなの、絶対遊んでるに決まってる)
N「薬局では最低限の接客のみ。
玄帥が『薬局で働いているあの子だ』と気づいて大学内で声をかけてきても、ろくに
対応しなかった。他の女たちとは違い、恵子は玄帥に一切なびかなかった」
〇駅のホーム
社会人になった恵子が駅のホームで探し物をしている。
N「結局、2人の距離は一向に縮まることがなかった。
しかし、そんな2人に転機が訪れる。
それは大学を卒業して数年後のことだった。
その日、恵子は駅のホームで落としてしまったコンタクトを必死に探していた」
恵子(……ないなぁ。人も多いし、もう諦めたほうがいいかな……)
偶然通りかかった玄帥が困っている女性がいるようだと気づき、声をかける。
玄帥「どうしました~? ……あっ」
恵子「……あっ」
お互いがお互いに気づき、一瞬気まずくなる。
玄帥「えーっと……お久しぶり?」
恵子「……どうも」
玄帥「で、どしたの?」
恵子「別に……コンタクトを落としただけです」
玄帥「えっ、大変じゃんっ!? 急いで探さないと!」
恵子「でも、人も多いし……」
玄帥は恵子以上に必死になってコンタクトを探す。
その姿に面食らってしまう恵子。
そして、しばらくすると玄帥がコンタクトを見つけた。
玄帥「あったーっ! ほら、見つかってよかったね」
恵子「あ、ありがとう……。……あの、お礼をさせてください」
玄帥「いいよいいよ。お礼なんて」
恵子「……あんなに一生懸命探してもらって、お礼もなしじゃ私の気が済まないんです。
私も探し疲れてちょっとお茶でもしようかなって思ってて……一緒にどうですか?」
玄帥「あー……じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな」
N「コンタクトを見つけてくれたことよりも、玄帥の気持ちが嬉しかった。
そこから友人としての付き合いが1年ほど続き、その後、恋人同士になって
さらに3年ほどの時間を共に過ごした。
その中で、恵子の玄帥への見方は大きく変わっていった」
恵子(この人は父や兄とは違うかもしれない。この人となら……)
N「そう思えたからこそ、恵子は玄帥との結婚を決めた」
結婚式で幸せそうに笑う2人の写真。
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