「他には」
また別な生徒が指された。
「この作者の焦点、否定的過ぎて面白くないです」
壁の向こうでは、物は否定的に、批判的に見ろと教わってきた。テレビニュースはいう。最近こんな殺人事件が起きた、あんな紛争が起きた、世の中は混沌として出口がない、こんな政府に国民は騙されている、あんな芸能人が借金を抱えて離婚した、こんな奴が大金持ちになるのはズルしてるからだ、あんな監督だからチームが負ける、最近の若者は言葉遣いがおかしい、福祉制度はダメだ、このままじゃ未来はない、指導者がアホだ、上司がバカだ、社会がダメだ、やめとけ、失格、ダメ、クビだ、バカ、クソ、アホ、マヌケ、タコ、カボチャ、ダメ、ダメ、ダメ……
「この作者、四六時中問題ばっかし捜してんでしょうね。友達いない人だと思います」
教室から再び笑いが巻き起こった。
「他は」
手を上げた生徒が指された。
「問十見て下さい。『作者の最も言いたいこと』を選択するヤツ。これが問題になっちゃってること自体、書く側の技量に問題ありですよね。それが問題になるなんて……」
クラス一堂うなずいている。その中には俺も含まれた。
「それに問六。傍線部の中の『その』が指す部分の、最初の一文節を書き抜けってねぇ……」発言の生徒は顔を歪めている「そんなこといちいちしながらつっかえつっかえ読んでたら、とても文学の味わいなんて得られませんよ。そもそも、こんな読み方する人、いるのかなあ? こんなの解けるようになって、一体何になるんでしょう」
「近視?」誰かが言った。クラス中が爆笑に包まれる。
「ひとこと言わせてください」俺は生まれて初めて自分から手を上げた「今日は新しいことだらけで……特に、僕の世界では、書き手がいつも正しくって、読めないのは全部、読み手の勉強不足です」
教室は騒然となった。
「みなさん信じるかどうかは別ですけど、僕の世界って、本当にそんなところなんです」
先生はひげを触っていた手を放した。
「君の中の世界がどうなのか、私は知らない。でも、読めない文をわざわざ読む人なんていないだろう。そう、思わないかい」
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