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――スティアとリグレザは律儀に、同じ場所で待っていた。
だが……二人のところまで降りると、すぐに非難の声を浴びた。
「ラースウェイト。その女性の霊は何ですか? 戦いに行ったと思ったらナンパですか?」
「旦那さま……。もう三人目が欲しいんですか……?」
「いや、何でそうなるんだよ」
俺の信用って、実はすごく低いのか?
「我は、こいつに……穢《けが》された」
「最低ですね」
「だ、旦那さま。わたしにはしてくれないのに?」
――あぁ、もう帰りたくなってきた。
帰る場所なんてどこにもないが。
「何が穢されただ! 俺を滅しようとしたくせに! あのなぁ。こいつはファントム・ドランだ。女だったんだよ」
「そんなことあるわけ……え、本当に?」
「旦那さま。今夜わたしのことも抱いてください」
「リグレザ。俺を疑う前に先に調べるとか出来たろ? スティアは何言ってんだ、ったく」
話が進まん……面倒なやつらだ。
「おい。ファントム・ドラン。と呼ぶのも面倒だ。ドランでいいだろう? お前の大切な魔王の名前をまず、教えておいてくれ。うっかり口にして逆鱗に触れたくねぇ」
スティアと銀たまごも、言ってはいけないらしいと察してくれるだろう。
「……エルディア様だ。言っておくが、貴様らが口にするなど許さぬからな」
――と、凄まれてもなぁ。
最初の姿なら少しは響いたが、今のか弱そうな女の姿では迫力が全く無い。同じローブ姿でも、やはり見た目は大事だな――。
「だから……そうならんために聞いたんだ。それともう一つ聞きたい。お前、花や城の手入れはどうやっている? 細工があると言っただろう。教えてくれないか」
「ちっ。覚えていたか。……オロレアの民の、遺品を使っている」
「オロレアの民? なんだ、それは。遺品とはどういうものだ?」
リグレザもスティアも、知らないらしく首を振っている。
「ふん……。語るより、見せる方が早い。ついて来い」
口調だけは何とかしようとしているのか、少し偉そうな感じに戻りつつある。
が、半透明ながら美人だし、青っぽく見える長い髪がたなびくのも――ちょっとした仕草のせいだろうか――品のある動きが色っぽくも見える。
……強がっているだけのただの美女、にしか見えんな。
そうしてついて行った先は、城を起点に、西にかなり飛んだところだった。
切り立った崖が多く、飛べなければ移動出来ないほどの峡谷。
いくつかの谷を越え、少し幅のある谷底に下りていくと……見慣れない建造物があった。
「これが、オロレアの民が乗っていた船だ。遠い遠い空の彼方から来た。と、いうことらしい。結局、どの国かは分からぬままだったが」
「こりゃあ……宇宙船てやつじゃないのか」
まさか、外宇宙から生物……宇宙人が来ていたとでもいうのか?
最初の人生――地球では、ネタ話にしかならなかったものが?
「そんな言葉も、発していた気がするな」
SF映画もアニメも見たが、その中に出て来そうな楕円の……だが、母船という程の大きさではない。巡視艇とか、それよりは少し大きいくらいの半端な大きさだ。
かなりの年月を放置されていたのか、土が被り、何なら雑草がかなり生えている。
この場に立って「船だ」と紹介されなければ、景色の一部として見逃していたかもしれない。その程度には、色々なものが堆積している。
「彼らは……様々な道具を用い、便利そうに暮らしていた。が、やがてセイビが出来ないと、その身ひとつで暮らすようになっていった。交流があったから、手助けをしてやったりもしたが。やがて、みな死んでしまった。魔族ほどは生きられぬようだった」
「それじゃもう、その便利な道具も無いのか」
「無い。が、あれだけは我らが使えた。重過ぎる上に、我らとしては大して役には立たぬ物であったが。実体の無い我だけは、形を変えられる道具として、便利に使わせてもらっている」
「なにっ? それは一体何だ?」
「ふ。慌てるな。中に沢山ある。裏に入り口があるからな。そこはもう、我しか立ち入らぬゆえ、誰にも見つからぬ」
「ほぅ……」
リグレザとスティアは、正直つまらなそうに見ているだけだった。
古いだけの遺跡のようなもの。
そういう印象なのだろう。
リグレザは……外宇宙から来た人々を面談したなら、何か知っていそうなものだが。
いや、不遇な死を遂げた者だけを見ていたんだったか。なら、普通に死んだのなら知らないのかもしれない。
「奥の台座に積もる砂が、そうだ。『オロレアの霧砂《きりすな》』そう呼んでいる」
船に入ると、がらんとしていた。
幅はそれほどでもないが、向こうの壁までは飛んでいきたくなるくらいの、大きな空間。天井も優に二階分以上はある。
右手前に、上の階に行けそうなスロープがある。それだけの空間。
――エントランスみたいなものか?
それとも、ここに不時着して生活基盤にするために、余計な物を取っ払ったのか。
奥の方には、言われた通り台座と、その上には小さい山が確かにある。なめらかな銀色……いや、透明なのか。光が反射して、銀に見えるだけのようだ。
「珍妙な空間だろう? 装飾も、昔はあったのだが、な。彼らの生活の役に立たぬものは、物好きな奴らと、種などと交換していた。そうして、色々と引っぺがしていったのだ」
食うに困るようになっていったのか。
それとも、単に興味か、食い扶持の先行投資か。
「霧砂、と言ったか? どういうものなんだ?」
ドランは思い出でも懐かしむように、ゆったりと進んでいく。
あちらの壁を見たり、そちらの床を眺めたり。
まるでそこに何かがあって、ひとつひとつ確認するかのように。
「ふふ。今でも、思い出す。愉快な者達だった。ひとつ我らの、力を試してみたいと、そう言いおってな。どうやら、加工出来ぬ金属を、我らの力で溶かして見せろと。要は、あわよくばと、その金属を扱いたかったのだろう」
ドランはその話を、楽し気な笑みを浮かべて語る。
「意外とそれは、本当に溶けぬものでなぁ。実は、我の力でも歯が立たなかった。他の力自慢も、魔法に長けた者さえも。だが……やはり我らが王。魔王様は、あれが蒸発しても構わぬかと問われた。彼らは、まさかそんなことが出来るなどと、微塵も思わなかったようでな。不遜にも、自慢げに頷きおったのよ」
結果は、見ての通り。と、ドランは続ける。
台座の目の前に来ると、それは砂には見えなかった。
粒子は、かなり細かいらしい。粒感は全くなく、ガラスが小山状に溶けたあとのものにしか見えない。
「触れても良いぞ」
むしろ促すかのように――透明なビロードにも見える滑らかな質感の、ガラスの溶けたものに見えるそれに――ドランは俺と目を合わせてから、視線を「霧砂《きりすな》」とやらに滑らせた。
――よく見ると、ドランは瞳も青かったのか。
「……塊にしか見えないぞ」
いや、霊体の俺では、どうせ触れられないじゃないか。つい前世までのクセで、触ろうとしてしまった。
「魔力を通してみよ」
その言葉でハッとして、魔力を込めた手でそれに触れると――。
ぬるり。と手が入った。
しかもそれは、重い水が纏わりつくような感触がある。
あまりに不思議な手触りだ。
そしてすくい上げてみると確かに、その動きは砂粒の零《こぼ》れ方をする。
「一体……これは……」
あまりに細かな粒子は、砂と言うよりは確かに霧に見える。その透明さも相まって。
「彼ら自慢の金属を、我が魔王様は、一瞬で蒸発させてしまったのだ。灼熱を超える、魔王の火で。あぁ……なんと、素晴らしいお力だったことか」
「……なるほど、霧状にまで蒸発して、その粒子の大きさで固まったのか」
「そうだ。ご名答。ゆえに、霧砂と呼んでいる。彼らの民の名を取って、『オロレアの霧砂』と」
「この霧砂を纏って、手作業なんかをしているのか」
「ふっ。フハハハハ! もう少し、知恵を絞らぬか。さすがにひとりの手で、あの草原は手入れ出来まい?」
どういう……いや、そうか。
俺は魔力を込めながらもう一度触れ、そして、その霧砂にも魔力を通した。
霊体の体に服を纏った時のような、明確なイメージを持って。
「ほう。すぐに理解したか。もう少しは、悩んで見せぬか、つまらん」
少しむくれて見せた頬と一緒に、片眉を上げたその表情は普通の女の人のようだ。
この姿で戦われていたら、むしろ俺は躊躇して負けていたかもしれない。
――そんな間抜けな負け方をしたら、女神セラに会わせる顔がなかったところだ。
「まあ、ゲームやアニメじゃ、よくある展開だからな」
「なんだ、それは?」
「気にすんな。それより、これがあれば……体も作れそうだな」
魔力を通した霧砂《きりすな》は、イメージ通りの剣になっている。
しかも、これは霊体としてではなく、実体を持っているのだ――。
「まさかこんな場所で、体が手に入るとはな!」
「貴様、何を……」
「ラースウェイト……その体は、一体」
「旦那さまの体だぁ!」
霧砂を薄く纏うと、体表面として機能してくれた。
――これでようやく、物に触れることが出来る!
しかも、武器なんかも自由自在にその場で作れるときた。
「器用なものだな。貴様のそれを見たら、我もしてみたくなった」
ドランがそう言うと、「わたしもっ!」と、スティアも一緒になって体を形成し始めた。
二人とも少しずつ、いびつな状態から徐々に、そして見事に、自らの体を再現した。
それに――。
「何だお前ら。色はどうやったんだ?」
「旦那さま、色を変える魔法があるじゃないですか」
そんな魔法は知らん。が、教わると簡単に出来た。
「おおぉ……これなら、町を歩いても人にしか見えないよな」
「わ、我も、町を歩いてみたい」
「えー、ドランさんも町に入っちゃう?」
なんか、ややこしい事を言い出したぞこいつは。
だが、俺もこの高揚感は久しぶりだ。テンションの上がった状態なら、妙なことに首をつっこんだり積極的になるのも分かる。
「そ、それはともかく、リグレザはしないのか? 霧砂はまだけっこうあるぞ」
「私は……元の体ではないですし、いいです。こんなのが実際に浮いていては、おかしいでしょう?」
「あ~、まぁそれじゃ、俺が多めに纏わせておくから。必要な時は使うといい」
「はぁ……」
俺たちだけで盛り上がってしまって悪いとも思った。が、こっちはどうしようもないと思っていた実体を手に入れて、リグレザの気持ちを汲んでやるまでは気が回らない。
「一番の問題が解決したんだ。もっと喜んでくれよ。これがなきゃ実際詰んでたぜ」
やっとこれで、人間同士の戦争に割って入ることが出来るんだ。
「わたしも旦那さまのお手伝い、出来ますよね? 魔法も使えますし!」
「ああ。頼もしいぜスティア」
「我も……。我も、魔王様の側近としての振舞いを、指導せねばならん。スティアとやら、貴様には相応に鍛えてやる」
「えぇ……? まぁ、うん。がんばる」
「良い心掛けだ」
――こいつ、本気でついて来る気かよ。
「ドラン。魔王のことは放っておいていいのか?」
「魔王様の復活には、時が必要だと言っただろう」
「お、おぉ、そうか」
来んのかよ……。
「ていうか、まずは魔王城に案内してくれよ。ずっと居座ったりしないつもりだけどさ。他の魔族にも会いたいし、手伝ってもらいたいんだ」
配下として動いてくれるやつは、どれだけ居てもいいだろうしな。
「ふむ……。そういえば、称号として魔王になりたいのだったな。まぁ……世界の安寧の、ひとつの道筋としては、あっても良いやもしれん」
そう言って少し真剣な顔をしても、ドランはやはり、普通の女性にしか見えない。
あのおどろおどろしい気迫というか、フードローブに虚空の目が良かったんだが……。
「それとお前さ、元の姿には戻らないのか? あっちの方が、かっこいいっていうか……様になってたぞ」
「き、貴様がそれを言うか! と、トラウマであの姿には、もう、戻りとうない! ば、馬鹿か貴様!」
「なんかすまん……。いや、じゃあお前は魔王城でずっと留守番な」
「は? なぜだ! わ、我ひとり魔族だからと、い、いじわるか!」
「いや違う。迫力が無さ過ぎるんだよ。宣戦布告すんのに、女ばっか連れて『魔王だぞ~』ってか? 誰が怖がってくれんだよ。だからスティアも留守番――」
「嫌です。ついていきます」
……くそ。誰も言うことをきかねぇ。
「とりあえず、他の魔族に合わせてくれ」
なんでドランまで女だったんだ……俺ひとりじゃまとまらねぇよこの人数……。