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だが、魔王城に配下の魔族は、居なかった。
居るのは雑用と城内の管理をする、いわば従者ばかりだとドランは言う。
「思ってたのと違った……。なぁドラン。魔族達は……解散してしまったのか?」
聞きづらいが、状況が全く掴めない。
「いや? 魔王城は常にこんなものだ。全て魔王様のためだけにある」
「分からん。どういうことだ」
突き抜けるように天井の高いエントランスは、大教会の中のようだった。
高所にある窓はステンドグラスで、その模様はまじないの文字のようなものが描かれている。そこからの光量だけで中は十分に明るく、音の反響の全てが心地良く跳ね返る。
そこにポツンと、俺たちだけが居るのだ。従者たちさえ見えない。神秘的な空間ではあるが。
リグレザとスティアは、気に入ったのか興味深げに辺りを見回している。話を聞く気はないらしい。
「我等は自由と責を全うする者。必要な時に集い、不要な時は各自己を磨く。今は後者の時」
……それが本当に出来ているなら、カッコイイが。魔王を失って、求心力も失われただけじゃないのかと危惧してしまう。
「連絡はどうやって取るんだ? 今は臨時招集でもかけてくれ。お前達魔族と、人間を再び敵対させようとしてんだ。共に戦ってくれる者を一人でも増やしたい」
「目的は、おそらく、並びうるもの。既に魔族と人間の対立は根深く、貴様の罪悪感など、見当違いだ。気にせず仲間だけを集うといい。が、作戦はあるのか」
――お?
こいつ、魂の傷を修復出来るのか? 明らかにまともになってきた。
「作戦か。宣戦布告までしか……考えてなかった。出方を見よう、くらいしか」
「笑止。布告だけなど、手ぬるい。貴様は戦争をするのだぞ? 町をいくつか焼き払うくらい、していかずにどうする。害虫の巣は焼かねば終わらぬと、理解しておらぬのか?」
害虫……。
本気でその程度にしか思っていない言葉の響きで、ドランが別種の存在なのだと気付かされる。
「いや、俺は……出来れば、共存できないかと考えていた。殺して回るのは、好きじゃない」
「はぁ……。ため息が漏れる程、甘い男だ。限られた土地を奪いにくるやつらだ。同士でさえ殺し合いを続ける得体の知れぬ連中だ。そんなものと共存するだと? この小さな土地を守るために、山を築き上げたことも知らんのか。呆れ果てたぞ」
「そうだったのか……すまん。この世界の本当の歴史を、俺は何も知らない」
そう言うと、ドランはため息をついて窓を見上げた。
そのさらに遠くを眺めるような目は、寂しそうに潤んで見える。
「幼き魔王様をご指導したのを、思い出してしまった。だが、貴様には少し、苛立ちを感じる。魔王様は何を仰っても、純粋でお可愛いとしか……思わなかったのに」
そりゃあ、大人と子供じゃ、なぁ……さすがに申し訳ないと思ってるよ。
「まぁ、良い。貴様の思うようにするといい。だが、手助けに同士を集めることは出来ぬ。奴らの自由は、権利でもある。今は自由の時。貴様には、我が少しだけ、手伝ってやる」
「そ……そうか……そうだな。ありがとう」
有無を言わせずに、他の魔族への引き合わせは断られてしまったらしい。だが、それでもドランは手伝うと言ってくれた。義理堅いやつなのかもしれない。
「いいや。我は、お前を守ってはやらぬ。厳しい道であろうと、お前がどれほどもがこうと。良いな?」
ドランはまるで、親が子を窘《たしな》めているような……寂しい目で俺を見上げている。
どうあっても言うことを聞かない子どもに、心苦しくも、厳しい現実の一つ目を与えるような。
「……ああ。いや、何なら、この霧砂を使わせてもらうだけでも、十分過ぎる。感謝している」
「フッ。分かっているなら、良い」
笑った?
俺に微笑みを向けたことに驚いて、一歩後退ってしまった。
城内の神秘的な雰囲気と相まって、ドランが急に、長命ならではの遠い存在に見えたのだ。
「それじゃあ、一度俺は、自分で出来ることをし始めようと思う。元々は、俺ひとりでするつもりだったからな。一旦城砦町に戻る。ミルフィーの様子を見てから、作戦に組み込めるかを確認したいんだ」
「貴様の好きにするが良い。我の力が必要な時、どうせ来るのであろう」
「ああ。その通りだ。甘えさせてもってもいいか」
「少し落ち着いたら、我も人間の町に連れてゆけ。あやつら、食事だけは上質なものを作る。少し学んでおきたい」
「そういうことなら、今から一緒に行くか?」
「いいや。所用を思い出した。次の機会にしよう」
ドランはそう言うと、霊体になって霧砂ごと、城のどこかに行ってしまった。
……行き当たりばったりなところを、しっかりと指摘されてしまったな。
作戦をじっくり考えないと、また呆れられてしまう。
「スティア、リグレザ」
少し離れて見物中だった二人を呼び戻す。
大理石のような壁や、色々な装飾を楽しんでいたようだ。
「は~い! 今いきまーす」
――ふぅ。無邪気なスティアを見ると、ほっとする。
いつも通りのリグレザとスティアの二人にも結構、何かを頼っているらしいと気付かされてしまった。
「……それじゃ、ミルフィーのとこに戻ろう。この姿で行ったら驚くだろうな」
「旦那さま、ここはもういいんですか?」
「ドランとやらは、結局ついて来るのですか?」
「ああ。いや、ドランは今回は来ない」
「ついて来そうだったのに?」
「ついてくる感じでしたよ?」
二人は口を揃えて言った。
「用事を思い出したらしいんだ。だが、行きたいのは行きたいらしいから、今度連れてってやろう」
そんなことを言いながら、城を後にした。
「わたしだってこと、ひと目で分かるかなぁ? 旦那さまのことは、初めてだからびっくりするかも!」
スティアは実体としてミルフィーに会えることが、かなり嬉しいらしい。
リグレザも会わせたいとか、服をどんなのにしようかとか、ひとりではしゃいでいる。
――こんな風に、楽しい旅でいられるといいんだが。
いや、そうあるように、俺がもっと考えないとだよな。