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その日から俺は、彼女のところに毎日通った。
彼女が心配だった。
彼女が、このまま俺たちを思い出さず、その美しいかんばせに二度と感情が浮かぶことはないのかと思うと、不安でならなかった。
そして、彼女が記憶を失って一ヶ月が経った。
この一ヶ月の間、何も変わらなかった。
彼女の中は空っぽのまま。
そして同時に、彼女の身体が完全に回復し、周りを歩く許可が下りた時でもあった。
俺は彼女に手を差し伸べる。
「リリアーナ、立てるか?」
彼女は俺の手に自分の手を重ねる。
「はい」
そう言って彼女は立った。
手は温かいのに、声に温度がなかった。
それでも、ちゃんと手が温かいことにほっとする。彼女は生きているんだと、中身が空虚でも生きているんだと実感することが出来るから。
俺は彼女の手を取ったまま、彼女の腰を支える。
「少し歩こう」
「はい」
そのまま部屋を出て少し歩いていくと、階段の前についた。
「かい……だん…」
すると、彼女の顔色がさぁっと青くなる。
記憶を失って初めて彼女の整った顔が歪んだ。悲しそうに、苦しそうに。
「や……嫌…!」
彼女は俺の手を振り払い、その細く白い腕で自分の体を抱きしめた。
「リ、リリアーナ……?」
俺が彼女の方に手を伸ばすと、彼女はそれを払いのける。
「嫌……!」
すると、彼女から光の矢が飛んできた。
魔力暴走だ……!
俺の本能が呟く。
そばにいた俺はまともにそれを受けてしまった。
「っ……」
身体中に張り裂けるような激痛が広がる。
俺はそれに耐えられず、膝から崩れた。
魔法の練習の時はこれをまともに受けないように自分自身に魔法をかけていたから、彼女が魔力暴走を起こしても俺には何の被害もなかった。だが、今ここで魔力暴走が起きるとは思っていなかったから、その魔法をかけていなかった。……まずいな、かなり痛い。
一方彼女は、自分の身体を抱きしめたまま、膝をついてぼろぼろと涙を流している。
……そうだ。本当に辛いのは彼女だ。一番辛いのは彼女なのに。
なぜ俺はこれしきの痛みで苦しんでいるのだろう。
俺は膝立ちで彼女の方に寄った。
そして、彼女の身体を強く抱きしめる。
「リ、リアーナ……。大丈夫だ……」
彼女の身体は冷たく、震えていた。
俺は彼女の頬に手を当て、彼女の涙を拭う。
とても温かい雨だった。
「リリアーナ……」
俺は彼女と視線を合わせた。
彼女の潤んだ撫子色の瞳が俺を見つめる。
俺は彼女に笑みを向けた。
……うまく作れていた自信はないけれど。
「……大、丈夫だから……」
そう言って俺は彼女の瞼に口づける。
すると、彼女の瞳がゆっくりと見開かれた。
彼女は雫を流し続けたまま、口を開く。
「ル…ウィ……」
彼女のそれに俺は安堵した。
……良かった。思い出したんだな。
が、俺の身体はもう限界だったらしく、俺は意識を手放した。