「ひぃぃぃ!」
降り注ぐ鉄の矢、武器を掲げて防ぐオークたち。
その影に隠れながら反逆者ゼゲルは悲鳴を上げた。
「女神! 何をしている! 結界を張らんか!!」
『一射目は範囲測定の為に通します。でないと効率的に防御できません』
そんなことはどうでもいい、俺が死んだらどうするつもりだ。
責任取れるのか責任。
命の危機を前にして恐れおののいたゼゲルに女神が溜息をつく。
この男はいつだって自分のことしか考えない。
でも、それでいい。
何度死んでもおかしくない人生を生き延びたのはその臆病さのおかげだ。
それを証明するように、降り注ぐ鉄の矢は途切れなかった。
おそらく、弓兵を交代しながら絶え間なく弓を引いているのだろう。
好戦的なオークたちは武器を持てども盾は持たない。
これでは一射目が終わるのを待っていては、大損害だ。
『……いいでしょう。結界を張ります』
輝く光の壁が展開し、鉄の矢を弾く。
威力を失った矢はきりもみに落下し、地面へと突き刺さった。
女神の加護に守られ、オークが前進していく。
その数、およそ600。
「神性魔道障壁。信徒が使えるのだから、女神も使えて当然か」
地面に散らばった無数の矢を見て、アーカードがほくそ笑む。
「だが、十分だ」
対するアーカードの奴隷兵は200。
武勇を叫び、血を滾らせながら両者は激突した。
「ウオオオオオオオ!!」
「アアアアアアアア!!」
窪地に広がり面で攻めるオークに対し、鏃(ヤジリ)型の陣形で中央を攻める。
奴隷頭ハガネの魔法剣がオークの武器をバターのように切断し、すり抜けるように進んでいく。
正面のオークが防御態勢に入るが無視、すれ違いざまに首を刎ねる。
「……」
伸ばされたオークが手が、武器ごと細断されていく。
ハガネの瞳に殺人の喜悦はない。
ルキウスが遺した魔法剣が静かに吹き荒れ、奴隷頭としての抑制が隙を消していた。
ハガネの魔法剣を受ければ死ぬ。
そう理解したオークたちが一斉に間合いを取る。
踏み込んだハガネを叩く算段だろう。
「なんとも原始的な発想だな」
退路はない。
周囲のすべてをオークの軍勢に囲まれてなお、アーカードは嘲笑った。
まるで己を誇示するかのように両手(もろて)を掲げ、第四の奴隷魔法を展開していく。
「【絆よ。今、ここに集え《ヴィンクラ・オ・ライラ》】」
奴隷刻印が一斉に励起し、魔力が通される。
だが、その対象となっているのは奴隷兵たちではなかった。
「【動け《アクシル》】」
砦から放たれ、大地に転がる無数の鉄矢が飛び上がり。
オーク達に鏃(ヤジリ)を向けた。
「はぁ!? 何かの冗談だろ!?」
「【その血を捧げよ《ブラド・プルス》】」
ゼゲルの素っ頓狂な声を、アーカードが塗りつぶす。
光り輝く鉄矢が高密度の魔力を帯びていた。
第六奴隷魔法【その血を捧げよ《ブラド・プルス》】は生命力と引き換えに奴隷を強化する魔法だ。
少なくともアーカードが奴隷魔法を授かる際に見た情報にはそう書かれていた。
だが、生命力などという曖昧な物質はこの世に存在しない。
実験の結果、実際に消費されているのは鉄分だと判明している。
人体実験に使用したのはアーカードの両親で、加工鉄にも効果があることも確認済みだ。
訓練と称して大量に放たせた矢という矢が起き上がり、宙空に弧を描く。
いかに強力な結界でも、中に入ってしまえば無意味だ。
距離を取ったオークに幾千もの矢が怒濤となって押し寄せる。
ただの鉄の矢ならばともかく、光り輝く魔法の矢に武器が耐えられるわけもない。
矢はオークを武装ごと貫き、再び弧へと戻って行く。
「再展開、斉射用意!!」
アーカードを中心に展開する無数の矢は、奴隷たちを守るかのように輝きを増していた。
鉄の仕入れ先を用意したのは、人を脅し利用することを覚えたミーシャ。
突破口を切り開いたのは、殺人衝動を制御し社会に適応したハガネ。
買い付け金の大部分は、素晴らしき金の亡者ベルッティの死を利用して集めた。
陵辱され、使い潰されるはずだった少女の力が結託し、巨大な経済の輪となってゼゲルに襲いかかる!
「くそ、メチャクチャだ。あんなの!」
『結界の内側に入られています。再展開しますから、耐えてください』
いつになく真剣な声で女神が告げると、悪態をつき己の不幸を呪っていたゼゲルがブチギレた。
「あーもう、違う! そうじゃない!! オークを守ろうとするな!!」
「いいから俺の言うとおりにしろ!」
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