※デリケートな内容が含まれます。
自分がまさか、あの日常組のメンバーになるだなんて思いもしなかった。
裏方で彼らのことを見ているだけだった俺が。
メンバー入りした時のリスナーの反応は様々だったし、決して良いものとは言えないコメントもあった。
それを見て落ち込んでいても仕方のないことだし、受け入れざるを得なかった。
当時はそれが”トラゾー”に対する評価だったから。
少しずつ、少しずつ。
“俺”というものを知ってもらう為に、彼らに助けられながらなんとかやってきた。
それがちょっとずつ報われてきて、”自分”というものが認められて。
本当に嬉しかった。
─日常組は4人いなきゃね!
─実家のような安心感
─トラゾー面白すぎw
etc…。
なんていうコメントに諦めないでよかったと。
やっと、他3人の背中が見えるくらいのスタートラインに立てたのだと。
なんの取り柄もなかった俺を見捨てずにいてくれたぺいんとが、さりげなく俺のことを助けてくれたクロノアさんが、俺の些細な発言を拾ってくれたしにがみさんが。
ホントに好きだ。
みんなといれて俺は幸せ者だ。
だから、色々頑張りすぎて俺が心身共に参ってしまって休まなきゃいけなくなった時も彼らは”俺”のことをちゃんといるように扱ってくれていた。
リスナーたちも俺のことを心配して、ゆっくりでいいから早く戻ってきてほしい。
そんなコメントを見る度に、不甲斐なさと嬉しさで何度も泣いた。
3人でしてる配信を見て元気をもらって、今日そこは、そう思うのに、心も体も言うことは聞いてくれない。
マイナス思考になってる時に、ふと思う。
これは俺が見ている都合のいい夢なんじゃないかと。
現実は、”俺”のいない日常組なのではないかと。
いくら俺の名前を出していても、やっぱり3人で長いことやってきたからかやり取りだって自然で。
“トラゾー”という人物がいなくても、動画は充分成り立っていたから。
こんなこと考えるくらい精神的に参っている。
とことん突き詰めてしまうのが長所であり短所であることは自分で理解している。
だからこそ、自分を追い込みすぎて。
そういう場から離れないとダメになってしまう。
「いいな…」
画面越しにぽつりと呟いた声は、3人の楽しそうな声に掻き消された。
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休んでいるからと言っても、しなければならないことはある。
表舞台にいない分、戻ってきた時に取り戻せるようにしておかなければならないから。
なのに全部空回って、何もできなくて。
どれだけ、彼らに助けられていたのかと思い知った。
「やっぱ、俺って何もないや…」
多才な3人に比べ見劣りのする俺。
構成やマップ作りだって好きだから、できてるわけで。
みんなはすごいことだと言ってくれる。
けど、素直になれないのは自分なんかより優れた者に言われる劣等感があるから。
そんなことを思ってしまうなんて最低だし、そう考える自分が嫌いだった。
中途半端に手のつけられたものたち。
それら全てが無価値に見える。
「…いかんいかん。またネガティブになってる」
顔でも洗おうと洗面台の前に立つ。
酷い顔だった。
内面も外面も、参ってる証拠の顔。
「散歩でも、するか…」
気分を変えないと。
日光を浴びることも外の空気を吸うこともストレスの軽減になる。
「……、」
そう思って準備をしていると電話が鳴った。
「うん…?」
誰だろうと、相手を確認する。
「え?クロノアさん?」
何かあったのだろうかと鳴り続けるコール音に若干眉を顰めながら電話に出た。
「も、しもし…?」
普通に対応できてるだろうか。
クロノアさんを傷付けるような声色になってないだろうか。
そう思う自分の声は少しだけ震えている。
『あ、よかった。……今電話しても大丈夫かな?』
「え、えぇ…大丈夫です」
ソファーに座って穏やかな声に耳を傾ける。
その声のお陰で嫌な自分が消えていく。
「何かあったんですか?」
『何かってわけじゃないけど…トラゾーと最近ゆっくり話できてなかったなって』
「…確かに…?」
3人でする分忙しい。
そんな合間を縫って俺なんかに電話してくれたのかと内心嬉しかった。
『どう?ちゃんと休めてる?』
「えぇっと、……まぁ…」
『………』
心身を休める為なのに心のほうが弱まってしまったなんて言えない。
『トラゾー』
「はい?」
『これから暇?』
「え?そう、ですね。ちょうど気分転換に散歩でもしようかと思ってはいましたけど…」
『じゃあ俺とデートしようか』
「デート…?、クロノアさんと?」
『そ。じゃあ迎えに行くからいい子で待っててね』
色々聞く前に電話が切られてしまった。
「デートって……あの人、たまにああいう悪ノリみたいなこと言うよな…」
ただ、そのやり取りも楽しくて、情けなかった顔も少し和らいだ気がした。
外に出ても大丈夫な身なりにして待っているとインターホンが鳴った。
モニターを確認するとクロノアさんが画面越しに手を振っている。
『降りて来れそう?』
「はい、降ります」
モニターを切って、静かで寂しげな部屋を出た。
下に降りるとクロノアさんがさっきと同じように手を振っていた。
「久し振り、かな?」
「そうですね」
「トラゾーはちょっと痩せた?」
「そんな変わんないですよ」
そう言うとほっぺを摘まれて翡翠色にじっと睨まれた。
「俺に嘘は通用しませーん」
「ひょっほ?いひゃいんれふけろ(ちょっと?痛いんですけど)」
「そんな強く摘んでないよ」
パッと手を離されてにこりと笑われる。
「もう。……デートやら何やら…。クロノアさんのそういうノリ嫌いじゃないですけど、今日は一体何なんですか?」
「そのまんまの意味」
はい、と手を差し出される。
「ん?」
何の疑いもなくその手を自分の手を乗せると握られて引っ張られた。
「ぅわっ⁈」
「さ、行こう!」
「ちょっ!引っ張んなし!って、おい!俺の話聞きなさいよ!」
この黒猫強引すぎる。
それでも引かれる手を振り払えなかったのは、きっと俺のことを元気付けようとしてくれてることが嬉しかったから。
─────────────────
クロノアさんに引かれるがまま猫カフェに行ったり、お洒落なカフェでお昼ご飯を食べたり。
あんなにマイナス思考に陥っていたのが嘘のように楽しかった。
「トラゾー楽しい?」
「はい、すごく楽しいです」
「ふふっ、よかった」
優しく笑うクロノアさんにつられて笑い返す。
「ぺいんととしにがみくんもね、すごく心配してたよ」
「え?」
「ホントはあの2人も来る予定だったんだけど急用入っちゃったらしくてね?だから、今度はあの2人ともデートしてあげて」
ベンチを指差したクロノアさんに促されて2人で座る。
「ぺいんととしにがみさん、と?」
「うん。色々考えてるらしいから。…おっと、これ内緒な話だった。今の聞いてないことにしてね」
クロノアさんは人差し指を立てて口に当てて眉を下げた。
「ぇっと、分かりました」
「ありがと」
「……あの、元気付けよう、というのは」
どうして分かるのだろうか。
「俺たちがどんだけトラゾーのこと見てたと思ってんの?大事な友達の変化に気付かないわけないだろ?」
「大事…」
「頑張り屋で我慢するトラゾーがひとりで苦しんでるのくらいお見通しだよ。特にぺいんとなんか1番に気付いてたよ」
ぺいんとの周りを巻き込む明るい笑顔が浮かぶ。
「しにがみくんも、俺も」
「クロノアさん…」
「ゆっくりでいい焦る必要なんてないよ。日常組は4人でひとつだし、”トラゾー”の場所はちゃんとあるから」
「っ、…」
「みんなトラゾーのこと待ってる。大丈夫だからトラゾーは今は自分のことだけ考えて。…それに、俺たちのこと抑えられるのトラゾーだけなんだから、ね?」
ぽろっと我慢していたものが落ちた。
「お、れ…いいんですか…ゆめ、じゃない…?」
「夢じゃないよ。てか、ホントに大変なんだからねあの2人の暴走止めるの」
ハンカチで涙を拭ってくれるクロノアさんは苦々しく溜息をついた。
「あいつら俺の言うこと聞かねぇもん…。1番年上なのに…いちをリーダーなのに…、俺舐められてんのかな…」
「ふ、…ふふっ…。単純に、反応面白がられてるだけでしょ。そういうとこじゃなきゃ、クロノアさんのことイジれないからとかじゃないですかね?」
「そうやって俺たちのこと見てくれるのトラゾーだけなんだから」
「俺が戻ったらあんたもボケに回るでしょうが」
「あ、バレた?」
「おい!」
少し沈黙して2人して爆笑した。
「(あぁ、やっぱり楽しいや。ぺいんととしにがみさんがいたらもっと楽しいだろうな…)」
“俺”は”俺”で。
“トラゾー”が他の人になれないように、他の人も”トラゾー”にはなれない。
何もない?
上等だ。
何もないなら、”何者”にでもなってやる。
俺の唯一の取り柄で。
そうしてやっと、彼らと並ぶことができる。
背中を見て走るんじゃなくて、肩を並べて歩くことができる。
夢は叶えるもの、昔からそう言う。
だったら叶えてやる。
何にも負けないよう、何にも敵わないと言われるように。
「みんなただいま!!」
コメント
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病みtrちゃん好きだから嬉しいです!!(*^^*)