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給湯室で、弁解タイムがはじまった。
最重要事項を隠していた後ろめたさからか、リオナの目は泳ぎっぱなしだ。
「あのね、イズミ。なんていうのかしら、早急に臨時秘書が必要だったのは本当で、こちらの求める条件に、まさにイズミはピッタリだったのよ。今回はちょっと騙し討ちみたいなことになっちゃったけど」
「ちょっと?」
「いやあ、けっこう……かな。でも、これには深~い、ふか~い、やむにやまれぬ事情ってヤツがあってね」
「どんな深い事情があるか知らないけれど、この件に関しては告知する義務があったはずよ。不破理人の秘書なんて、わたしが絶対に断るのを知っていて隠していたんでしょ。ああ、腹立つ」
「イズミのお怒りはごもっとも。それは、個人的にはすごくわかるんだけど、仕事を紹介する立場としてはその……『だれの秘書をするか』までは、事前通知する必要はないでしょう? 紹介したのがわたしだから、イズミは『知っていたでしょ』って怒っているとは思うんだけど、これがまったくの第三者だったら、『すごい、偶然!』で終わっていた話なので」
この悪女は、この期に及んで、そんなクソみたいな言いわけが通用するとでも思っているのだろうか。
しばらくみないうちに、すっかり腹黒くなっちゃって……
イズミの目つきが冷ややかになっていく様をみて、リオナがゴクリと喉を鳴らした。
ここ最近、丸くなりすぎちゃったのかもしれないわ、と、わざと見せつけるように利き腕で拳をつくった。
「そのまま話をつづけたければどうぞ。ただし、訊かれないことには応えない主義なんです――なんていったら、マジで、グーでブッ飛ばすわよ」
ここで、リオナの顔色が一気に悪くなった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。話し合い……そう話し合いって、すごく大事。わたしたち、もういい大人なんだから、力こそ正義みたいなノリは、せいぜい高校生までにしとかないと」
「それ、本気でいっているの? 理不尽なことをする相手と話し合えって? それって、時間の無駄よ。もしも、そんな相手とどうしても話し合いのテーブルにつかなければならないときは、まずはその理不尽さに気づかせてあげないと。道義に反することをしたらどんな報いを受けるか。リオナは知っているわよね。わたしが一番嫌いなのは『言ったもん勝ち』みたいな輩だって」
「……そうだったね」
「思いだしてくれて、ありがとう。それを踏まえて、条件の良さはあったにせよ、わたしはリオナの紹介だったから、この仕事を受けたのよ。その信頼を裏切ったんだから、まずはそれ相応の報いは受けてもらわないとね」
ここでようやく、リオナは両手を合わせた。
「本当に、ごめん! ちょっとワケありなの。許して!」
「許せない。ワケありすぎる。辞める」
初出勤で渡されたばかりの職員証を「これ返す」と突き付ける。
「待って、待って。そんなこといわないでよ。ここはひとまず仕事と割り切って、とりあえず1か月やってみよう!」
「イヤだ」
「お願い、このとおり」
「調子が良すぎるでしょ。不破くんの名前を出さなかったことは、悪意しか感じられない。むこう10年は絶交レベル」
裏切りの代償としては、安いものだ。
しかしリオナは、「えええっ!」となる。
「10年もっ?! いや、いや、本気じゃないよね?」
「本気だけど。今回だって4年ぶりだったんだから、10年なんてすぐじゃない?」
「すぐじゃないって! さすがに4年と10年はちがうから。ねえ、イズミ、少し考え直してよ。今回の件は、わたしが少々悪かった――」
「少々?」
「ごめん! 大いに悪かったわ。でもね、そうせざる負えない事情があったのはたしかなの。もし、イズミがこのまま不破くんの秘書業務を引き受けてくれるなら、もちろんその事情は話すよ」
「べつに、そんな話しを聞きたいわけじゃないんだけど」
にべもなく言えば、リオナは指を三本立てた。
「一、夏・冬の特別賞与を支給。二、正規職員しか使えない一日千円分の食堂フリーパス券の支給。三、通勤手当に加えて住宅手当の支給。これでどうだ」
悪くない。
「悪くないけれど……一介の職員にそこまでの決定権はないんじゃない?」
「いってくれるわね。不破くんの名前をだして、わたしが学長と人事部長に掛け合えば、たいていのことは通るのよ」
それはリオナがどうこうではなくて、不破理人の名前がそれだけ効力があるってことなんじゃ……と思ったけれど、それは喉の奥にしまって、
「もう一声」
まだまだ許さない。
「まだっ?! ちょっと、がめついわよ!」
「あ、そう。それじゃあ、さっさとこれを受け取ってくれない?」
そういって、また職員証を突き付ける。
「バイバイ、リオナ。つぎに会うのは10年後ってことで」
これが決定的打となって、口を真一文字に引き結んだリオナが白旗をあげた。
「わかった! 本当にごめんなさい。もう二度とこんな卑怯なマネはいたしません! どうぞ、お許しを! お詫びといたしまして、1か月働いてくれたら、うちの実家でフルコースを御馳走。これでどう?」
リオナの実家は、ミシュランの一つ星レストラン。
大人気のフレンチフルコースがプラスされた。
仕方がない。このあたりで手打ちってことで。
「……しょうがないわねえ」
仁王立ちを解除すると「やった!」とリオナは諸手をあげて喜んだ。
濃い目のコーヒーをたっぷり注ぎ、イズミは【黒歴史・不破】が待つ研究室に戻った。