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無事、秋冬の展示会が終わり、春夏の準備が始まった。

年末セール、年始の売り出しと、秋から冬にかけて忙しくなってくる。


「|琉永《るな》ちゃんが新婚旅行へ行かなかったのって、忙しかったせいよね?」


|恩未《めぐみ》さんは申し訳なさそうに、私に聞いてきた。


「いえ。妹の手術もありましたし、理世とは落ち着いたら、新婚旅行に行きたいねって話になったんです」


お互い忙しいのはわかっていた。

理世は『|Fill《フィル》』の今後の戦略を考え、新しい店舗やショーへの参加など、普段の仕事に加え、それをやっている。

私は千歳の手術が終わり、様子を見るため、ほとんど毎日、病院に通っていた。

退院後は私たちの家で過ごす予定だ。


「時期をみて、お休みをいただきます」

「こっちは助かるけど、結婚式もまだでしょ?」

「はい。それも、時間ができたらでいいんです。恋人期間がなかったから、毎日が新鮮ですし、結婚したというより、恋人っていうか……その……すみません」

「うん。ノロケはいいわよ、ノロケは」


恩未さんの目が冷たいことに気づいて、途中で止めた。

それは正解だったようだ。


「仕事が忙しいのは、順調ってことだから、悪いことじゃないよ!」


私と恩未さんの会話を聞いていた|紡生《つむぎ》さんが、描いたばかりのデザイン画を眺めながら言った。


「魔王だけあって、『|Fill《フィル》』のブランドイメージを変えて、客層も増やした」


紡生さんが言うように、理世の手腕は確かだった。

|麻王《あさお》グループのアパレル部門に入った『|Fill《フィル》』は、着実に売り上げを伸ばしていた。

百貨店にも展開し、麻王家が懇意にしている人たちに、外商たちがホームウエアとして、『|Fill《フィル》』の商品を勧めている。

『|Fill《フィル》』の服は、客層を広げつつ、新たにユニセックスな服を売り出した。

店舗によって、取り扱い量を変え、ニーズに応じた服を取り揃えることができているのは、麻王グループのアパレル部門に加わったおかげである。


「男女兼用ブランドのイメージがついてきて、客層も広がったのはよかったわよね」

「うん。百貨店のお客様は、目が肥えてるし、品質のいいものに敏感だ。普段着として、人気があるのは嬉しいね」


恩未さんと紡生さんは、経営を麻王グループへ任せることができ、自分たちの仕事に集中しているせいか、大きなショーへ参加を決めたようだ。

それだけでも、二人が今まで手一杯だったのだとわかる。

これからは、カジュアルなものだけでなく、フォーマルな服も作っていくようだ。

スーツが大好きな恩未さんが、大喜びしたことは、言うまでもない。


「スランプだったデザイン画も、最近はたくさん描けちゃうし。いやぁ、魔王さまさまだよ~!」


いえーいっと紡生さんが栄養ドリンクを片手に持ちながら、ピースをした。

ノリノリな紡生さんだけど、その背後には――


「これくらいで喜んでもらっては困る」

「ひっ! 魔王!」


――理世がいた。


「誰が魔王だ」


現れた理世の手には、先日、提出したデザイン画があり、採用分とボツにわけられていた。

デザイン画を事務所の中央にある広いテーブルに置く。


「ぐっ!? ショーのデザイン画が、ほとんどボツになってる……」

「シンプルが悪いとは言わないが、ショーにしては地味に見える」


理世はボツのデザイン画を並べ、その横に今までのショーで使った『|Lorelei《ローレライ》』のデザイン画を置く。


――目を引くような華がない。


全員、同じ気持ちになったようで、それを見て唸った。

私達はショーを意識するデザインを描くように理世から言われ、何枚も描いたけれど、『|Lorelei《ローレライ》』に負けてしまっている。


「『|Lorelei《ローレライ》』と同じショーに参加するって、わかってるよな?」


厳しい理世の言葉だけど、今のままでは、差がついてしまう。

同じ麻王グループのアパレル部門であり、『|Fill《フィル》』がどんなものを出してくるか、|悠世《ゆうせい》さんだって、期待しているはずだ。


「できがよければ、春夏のショーに数点ねじこむつもりでいたが、今のままだと出せない」


黙り込んだ紡生さんと恩未さんに、理世は不思議そうな顔をした。


「ん? どうかしたか? もっと自信持てよ。前はもっと不遜で生意気な態度だっただろ?」


理世の言葉に、紡生さんと恩未さんは強く反発してきた。


「私たちをこき下ろしておいて、よく言うわ!」

「ダメだしとボツの山をくらわせて、そのセリフ。自信を根こそぎ吹き飛ばしてからの無害アピールっ!」

「仕方ないだろう。俺は正直な人間なんだよ」


理世はため息をついた。


「それで、ショーに参加するのかしないのか、どっちだよ。無理そうなら、春夏は諦める」

「紡生さん。挑戦しますよね?」


私は学生時代のショーを思い出していた。

紡生さんだって覚えているはずだ。


「私はショーをやりたいです」

「琉永ちゃん……」


私がそう言うと、紡生さんは私の手をがしっと握りしめた。


「もちろんだよ! 私たちはあの夕陽に向かって走るんだ!」

「え? 夕陽?」


夕陽にはまだ早い時間だった。

紡生さんは私の肩を抱き、すっと壁を指さした。

もちろん、太陽はない。

目の前は壁だ。

行き止まり。

走れない。


「……のってよ。琉永ちゃん」

「紡生は放置でいいわよ」


恩未さんは呆れた顔で、紡生さんを見ていた。


「琉永。がんばれよ」

「うん。理世、ありがとう」


私は微笑み、そして言った。


「デザイン画に集中したいから、理世は先に帰ってね」

「先に!?」

「今すぐ描きたいの」


理世から離れて、自分の机に戻った。

ショーに出す服を考え始めると、頭がいっぱいになってドキドキした。

学生のファッションショーじゃなくて、今度は本格的なファッションショー。

プロのモデルさんが着て、ランウェイを歩いてくれる。

それを想像しただけで、わくわくした。


「魔王をしょげさせる琉永ちゃん。琉永ちゃん最強説ここに爆誕」

「妻には弱い魔王」


そんなふざけたことを言いながら、紡生さんも自分の机に座った。


「琉永。帰りは迎えにくる」


優しい理世を見つめる。


――理世はリセでもある。


パリで堂々とランウェイを歩くモデルのリセ。


――リセに着てもらうなら、どんな服を作る?


そう考えただけで、真っ白な紙にその姿が浮かんでくるような気がした。

目を閉じて、リセの姿を思い出す。

そして、ゆっくりと目を開け、紙の上に鉛筆を走らせた。

ミニスカートにアンブレラプリーツを入れて、黒のパンツをはく。

それから、スリット入り黒のロングスカート、ごつめのブーツ。


「こういうのもいいかも」


袴のようなスカートにすれば、男っぽさがでるし、ふわっとしていてもロングでもいけるかもしれない。

動きが自由な服。

時間を忘れて何枚も描いた。

それこそ夕陽が見えても、外が真っ暗になっても――一人になったことも忘れて。


「琉永」


私を呼ぶ声がしたけど、眠くて目が開けられなかった。

描いているうちに眠ってしまったらしい。


「サイン、三日月から満月になったんだな」


その声は理世だった。

私は理世に会って、満たされた。

そう思ったから、満月にサインを変えた。

欠けたままではおかしい気がして。

そんなふうに思わせてくれたのは理世なのよ、と目を開けて言いたかったけれど、私の頭をなでる理世の手が心地よくて、また眠ったままでいたかった。


「琉永」


私の頬に触れる柔らかな唇の感触。

そのキスで、私の目蓋がわずかに動いたのを理世は見逃さなかった。


「起きているんだろ?」


私がタヌキ寝入りをしていたことは、すでにお見通しだったようだ。


「……気づいてたの?」

「もちろん。琉永がキスしてほしいこともね」


そんなこと考えてなかった――と思う。


「家に帰ろう」


理世がそう言ってくれたことが嬉しくて微笑んだ。

私は理世の差し出した手をとる。


――同じ家へ帰るために。

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