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数日が経ち、ロンデル達が交渉先のリージョンから戻ってきた。
本日はエルトフェリアにある少し広い部屋を使って、中間報告をする事になった。この部屋は、ネフテリアから直接全員に知らせる事がある場合、王族などの来賓用の個室、その他多目的用に作られたものである。
来賓用と聞いて半数以上のフラウリージェ店員が首を傾げたが、その王族が経営している建物である。来ない方がおかしい。
そこそこ広い部屋なので、テーブルを合わせて大きな食卓を作った。メンバーは、王族であるネフテリア、ガルディオ、フレア。リージョンシーカーからピアーニャ、ロンデル、リリ。ネフテリア直属の部下のような立場になったクリム、ノエラ。報告の中心となるムームー、クォン。
まずは食事会から始める事にした。美味しい料理と世間話で、権力に弱いノエラ、同じく権力慣れしていないムームー、ノベルで権力者の怖さを偏って覚えたクォンの緊張を解す為である。
話題は最近のニーニルの事。何か変わった事が無いか、ネフテリアに聞いていた。
「最近ニーニルの土地をもっと広げようという話が、上層部で行われてるわ」
「そうだし。客も増えてきたし。町の人増えたし?」
「そうなのよー。ここ目当てでねー」
大きく便利な施設が建ったのだ。その周囲に人が増えるのは必然とも言える。室内で食事中の全員が頷いていた。
加えて、ネフテリアの目的と商売を調査する為、他国からの密偵が増えているとのこと。なにしろ人が集まりやすい商売の成功例。我が国でもと考えるのは当然の流れである。
「まぁ密偵は予想通りだから、どうでもいいんだけど」
「えっ、密偵どうでもいいのか?」
王女ネフテリアの呟きに驚くのは、ガルディオ。その隣では、目を点にしたフレアが、フォークから肉をポロリと落としている。
「最近よく密偵さんに声かけられるし」
「あら、クリムもですの? 私もですが、店員も何人か密偵を名乗る方にナンパされていますわ」
「ミッテイなにやってんだよ……え? ちょっとまて、オマエたちも、あいてがミッテイだって、わかってるのか?」
「ええ、殿方が『私は密偵をやっている者です』と自己紹介してくださいますし」
『はい?』
「ボクも『オレぴ、密偵やってんだよねー、イカスっしょ』って言われるし。他国じゃ密偵なのがステータスになってるし?」
「おいこら他国の密偵! ちゃんと仕事しろおおお!!」
思わずガルディオが叫び散らかした。流石に叫び声が大きかったのか、エルトフェリアの店内や近くに潜んでいる密偵数名が、ビクッと肩を震わせていた。
ちなみに、部屋の周囲は警備が厳重になっているので、絶叫以外の会話は全く聞かれていない。勿論、密偵達には、誰が来て、どうして厳重になっているのかは知られている。ここで下手に深入りすると、命取りになってしまうので、一般人に成りすませる場所からは動かない。
「まぁまぁ。真っ当な密偵ばかりだから、むしろ助かってるのよ」
「真っ当な密偵って何……」
フレアが聞き返すが、ネフテリアは無視して説明を続ける。
実は他国の密偵以外にも、裏社会の密偵も潜り込んでいたりする。そういった後ろ暗い者達が関わってくると、他国の密偵としても不都合が起こるので、密偵同士が協力し、静かにシバき倒して連行していたりする。その報酬として、エルトフェリアの情報を得ているのだ。
「ぜんっぜん『密』になってないじゃないか……」
「まぁこっちも隠してる事は、アリエッタちゃんの事だけだからさぁ。正直助かってるのよね」
密偵のお陰で、治安が良くなっているという。他国としても、リージョンシーカー本部のある国と敵対するのは、賢いやり方ではないという事は理解しているので、小さな恩を売るのは良しとされているようだ。
しかし密偵の存在は、ピアーニャにとって、別の心配の種でもある。
「いや、そっちはいいのか? アリエッタのことがバレるだろ」
「新人シーカーのミューゼがわたくしの嫁である事と、嫁が子守りしている情報をそっと流したら、裏口にそっとお祝いが置かれてました」
「色々おかしくない!?」
「添えられていた手紙には、『片想いの同性婚は大変でしょうが頑張ってください。今の倍くらい民家の周辺警護を強化していただけると、我々も本国への言い訳が容易になります』って書かれてたわ。そんなに心配される程、ミューゼもパフィも弱くないのにねぇ」
「情に流されてるぞ密偵くん達、大丈夫か!?」
もうここまでくると、他国の密偵の事が心配になってくる。それに、先程からツッコミに徹しているガルディオの食事は、あまり進んでいない。
ここで、サラダを飲みこんだフレアが、気になった事を質問した。
「嫁と公言したようだけれど、テリアは無事だったの?」
「うん、大丈夫。2日程、ヴィーアンドクリームの天井に吊るされただけだから」
「無事じゃねぇだろ! 『うん』じゃねぇだろ!」
「お客さんにパンとかジュースとか投げてもらってたから、飢える事は無かったし、問題ないわ」
「それ、イシなげられる、コウカイショケイみたいなんだが?」
「逞しくなったな、娘よ……」
王女どころか、ヒトとしても何かおかしい扱いに、すっかり慣れたネフテリアだった。
「な、なんか凄い王女様ですね……」
「そうだね~。平和な証拠……なのかな?」
ムームーとクォンが呆れている。だいぶ緊張が解れてきたようだ。
「……王妃としてテリアに命じます」
『!』
急に真面目な顔になったフレアに、解れてきた緊張が一気に引き締まる。全員が真面目な顔つきになった。
「そういう普通とは違う扱いがあった場合は、ノートにまとめておきなさい。次のコントのネタにして、練習しますよ」
「おお、それは良い考えだ」
『まてやコラぁっ!!』
何を言い出すかと思えば、ネタのストックだった。前にコントをした時にすっかり嵌った王族が、自虐ネタで盛り上がろうとしている。これには民の方がツッコミを入れた。
「こう、顔にオムレツがベチャってなった時は、絶対におもしろい顔になってたと思う」
「いいわね! それいただき!」
「もうやだこの王族……」
王族以外で高い地位にいる常識人のロンデルが、椅子から崩れ落ちた。ピアーニャはもう諦めているので、無表情のまま食事を口に運んでいる。
そんな様子を見て、遠慮なく笑っているクリム。そしてついに、クォンが噴き出した。
「ぷっ」
「ふふっ」
釣られて、ムームーとノエラも笑い始める。
「ふふふ、すみませんっ……でもダメ……あはははっ」
なんとか謝ろうとするが、笑いが止まらない。それを見たフレアが、クォンに近づいた。
「王妃を笑った不敬罪です」
「ひぃっ!?」
一気に笑いが収まった。ノエラとムームーも青ざめているが、クリムはクォン達を見て笑いを堪えている。
「罰として、今夜わたくしとイイコトし──」
『するかああああっ!』
「がふぅっ!」
雰囲気に呑まれた3人が、王妃に拳でツッコミを入れたのだった。後ろでクリムとネフテリアが大笑い。
こうして食事会の目的は達成。クリムとノエラが食器と共に席を外し、滞りなく次の本題へと進むのだった。
その頃エルトフェリアの外では、密偵としてやってきた数名が集まり、裏社会から仕向けられた暗殺者と思しき者を、縛り上げていた。
「ふぅ、こいつらは我が国の闇ギルドの者達だな。監禁して本国に連絡するとしよう」
「まとめて送ると狙われるだろう。小分けして分散させれば、全てを妨害は出来ないんじゃないか?」
「採用。1人はこっちで尋問するか」
どうやら悪い意味で強引な商売人が、裏社会と取引して強引な手段に出ようとしたらしい。各国の密偵が集まってしまったエルトフェリアに潜り込んだのが、運の尽きである。
国や商業の上層部は、成功例の細かい報告が欲しいのであって、失敗させるという手段は不要なのだ。そういった者を排除するのも、役目の一つである。つまり、エルトフェリアは内部からも外部からも、かなり厳重に護られていた。
「ところで、さっきの国王の叫び……」
「ああ、明らかな激怒だったな」
「俺達がいる事は知られている筈だ。その上で俺達への叱咤か」
「おそらくだが、知らない内に破壊工作を通してしまったのでは?」
「それなら我々の落ち度だ。連携を強めるしかないか」
違う、そういう激怒ではない。
しかしこの絶叫によって、密偵達は気を引き締める事になった。
密偵達は近所の家を数件手に入れ、一般人として身を潜めている。そしてエルトフェリアの周囲を正規の警備兵と一緒に見回ったり、客として入店し、調査ついでに護衛をしている。
そして、国ごとに分かれて報告会議を開く。この日はこの国の会議の日と、しっかりと日程を連携していた。
「よし、順番に報告を頼む」
「はい。本日はクリム店長が直接食事を運んでくれました。元気な笑顔が眩しく、こちらも元気になりました」
「なんだとぉっ!?」
「なんと羨ましい!」
「落ち着けっ! まだ報告の途中だ。そ、それで……他に何かあったか?」
「その……料理を置いてくれた後に、こう、元気よく姿勢を戻した時……目の前で少し揺れました」
『おおおおっ!』
「貴様っ! そこまで接近したのかっ!」
「俺なんかまだ遠目でしか見てないんだぞ! くっそおおおおお!!」
報告会議は驚嘆と絶叫で満たされていた。この国の密偵は、クリムの調査に本気な者が多いようだ。
しかし例外も当然いる。
「今日はついに、名前を知る事ができました。エリーティオちゃん、21歳。最近手掛けたと言う新しい服も、滅茶苦茶可愛かったですっ」
「ああ、あのショートヘアの」
「一目見た時から狙ってたもんな、よく頑張った!」
エリーティオとは、フラウリージェ店員の1人の名前である。交代制でヴィーアンドクリームに手伝いに入るので、男性が常連になりにくいフラウリージェに入らなくても、時々会う事が出来るのだ。
「今から話す事は、重要機密事項だ。絶対に漏らさないでくれ」
数名の報告が終わったが、これまでに比べて殺気すら滲ませる程の真面目な顔で、語り始める密偵。どんな報告が来るかと、緊張した面持ちで、一同が注目。
「本日男物のオシャレな服が作れないか聞く為に、フラウリージェに入店。そこで偶然にも遭遇してしまったんだ」
「遭遇?」
「何にだ?」
報告者がスッと1枚の紙を出した。それには数字が書いてある。
「ノエラ店長のヒップサイズのメモが、チラ見えする瞬間にな」
どガタッ ベキッ
『なんだとおっ!!』
会議の後、全員で部屋の修理をする事になってしまったが、全員やる気に満ちた顔で仕事を再開した。
後日、この密偵は褒美として、上層部から金一封を授与されたという。
ニーニルの町は、今日も平和である。