『レーナはいつ記憶が戻ったんだ?』
「3日程前に、目が覚めたら…ですね。」
2人きりの知覚同調。シンとレーナは、一つ一つ言葉を噛み締め会話をする。1度消えた温もりを確かめるように。
『そうか。…そう大差のない時期に戻ってよかった。レーナはすぐに抱え込むから。』
「…シンには言われたくないです。」
今まで何もかもを抱えて生きてきたシンの言葉には重みがある。でも少しだけ反発したくなってしまったレーナは唇を尖らせた。その様子にシンが苦笑を漏らす。
『それもそうだな。でもあまり抱え込まないでくれ。今はまだ、傍で支えてあげられないから。』
「大丈夫ですよ。傍にいなくても近くに感じられますから。…そろそろ本題に入りましょう。」
『あぁ。』
先程までの優しい雰囲気は消え失せ、2人の纏う空気が強ばる。あの潰えた世界を聞くために。
ギアーデ連邦 第86独立機動打撃群 戦隊総隊長シンエイ・ノウゼン。レギオン最終戦線において、索敵兼特攻隊員と重要な役割を担っていた。それは彼の異能である死者の声を聞ける力と卓越した操縦技術があるからこそのものだ。
「…おかしい。」
レギオン支配区域の最奥部であるはずのこの場所で、シンが索敵できたレギオンの数が少ないのだ。
「アンダーテイカーより、戦隊各位 ─────。レギオンの数は1000機程度だと思われる。」
『はぁ!?1000機だァ?そりゃ少なすぎるんじゃないのか、死神ちゃんよォ?』
シデンの煽るような言葉遣いにシンが噛み付いた。
「うるさい、黙れ駄犬。少なすぎるのはわかってる。索敵に引っかからない理由は不明だが、何か裏があると考えろ。分かったか、駄犬。」
『誰が駄犬だァ?駄犬はてめぇだろうが。女王陛下に尻尾ばっか振ってる奴に言われたかねぇよ。』
ここが敵の本丸だと言うにも関わらず、相変わらずの言い争いに戦隊隊員は呆れ果てる。
『…アンダーテイカー、キュプロクス。そこまでにしなさい。』
凛とした声が2人の喧嘩を遮った。
いつもこの2人の喧嘩を止めるのがレーナの役割で、2人もそれが分かっているから喧嘩をするのだ。
『…確かにレギオン1000機は少なすぎる。こちらでも解明を急ぎます。キュプロクス…シデン。あまりシンを虐めないでくださいね。』
レーナ苦笑いでいつものようにシデンに注意した。
『へぇへぇ。女王陛下に言われちゃあ、引き下がるしかねぇわな。』
悪びれる様子もないシデンにシンは、舌打ちを零しそうになるのを堪えた。レーナに止めろと言われたのだ。ここは堪えるしかない。
『シンも皆さんも気をつけて下さいね。こちらも出来うる限りの援助をします。…あまり想像したくないですが、本部に何かあった場合、彼女の安全を最優先に確保します。皆さんの形勢が整い次第、彼女の救出を行ってください。…私たちの救出は基本的に不可能と考えなさい。時間がかかれば彼女の生存確率が下がります。それだけは絶対にあってはならない事だから』
レーナの言葉に、全隊員が沈黙する。フレデリカの生存が人類の希望であるからこそ、彼女の身の安全を確保する。そのためには本部に残るレーナや他の管制員を見殺しにしないといけないのだ。
『そんな選択を取らないためにも、私たちは出来る限りの行動を取ります。』
先程の会話から既に2時間。支配区域最奥部だけあって、重戦車型や近接猟兵型など、機動性が高く、尚且つ攻撃威力の高い機体が犇めきあっている。そしてその遥か後方に、巨大な影を捉えた。
「ッ!!…攻性工廠型!!」
シンのつぶやきに知覚同調の先でレーナが絶句した。かつて征海艦隊を壊滅に追いやった巨体の改良された姿。セオの左腕と引換に破壊されたはずの機体が鎮座していたのだ。
「攻性工廠型の声が聞こえない…」
『…ッ!!戦隊各位ッ!!その場から離れてくださいッ!!』
レーナが何かに気付いたように叫ぶ。 その瞬間、攻性工廠型から地響きのような轟音が轟いた。それに釣られるかのように攻性工廠型の影から大量のレギオンが押し寄せてくる。
シンの異能はレギオン側に割れている。そこを付かれたのだ。
『凍結状態のレギオンが多数出げ…』
レーナの声が途中で途切れた。
【レーナ。】
知覚同調を介して聞くシンの異能。その耳にレーナの名前を呼ぶ声が聞こえた。
【レーナ、私の可愛い娘。お父様だよ。】
ノウ・フェイス。統括ネットワークの指揮官機。禁則事項を無視した行動をとる機体は、レーナの父、ヴァーツラフ・ミリーゼだ。
『お父様…?』
レーナの絶望する声が聞こえる。幼い頃、戦場の悲惨さを説き、そしてその戦場で慢心し命を落とした父。そんな父が今、レギオンとしてシン達の目の前に立ちはだかっている。
【レーナ、こちらにおいで。】
レーナの見開かれた目からは涙が零れ、戦況を映す画面に腕を伸ばす。
「レーナッ!!聞くな!!知覚同調を切る!」
シンがレーナとの知覚同調を切る為に、ボタンに触れる。
『切りませんッ!!私はもう逃げないと誓いました!!…お父様の最後の肉親として私は…!最後までお父様を見届ける義務があるッ!!』
涙を振り払いレーナは前を向く。
「…了解」
シンは触れていたボタンから手を離す。
『戦隊各位!!凍結状態のレギオンが多数出現しました。これから視覚同調の準備を始めます。時間稼ぎをよろしくお願いします』
シンは震える拳をどうにかして抑える。視覚同調は身体に大きな負担をかける。視力の低下は免れることはできず、最悪は失明である。
レーナは一度、視覚同調を使用している。おそらく次の使用は失明するはずだ。本当は使って欲しくない。けれど彼女の覚悟も何もかも知っているから止めることは出来ない。
「…聞いていたな。行くぞ。」
『準備が出来ました。今から合図を出しますのでその場から動かないでください!!………撃ちますッ!!』
その刹那、大量の鉛の雨が降り注いだ。次々とレギオンが押しつぶされていく。
『ウッ…』
レーナの呻き声が聞こえるが、気にしていられない。
押し寄せるレギオンとの交戦中、知覚同調の先で爆発音が響き渡たった。
『…戦隊各位、すみません。撤退をよろしくお願いします。』
『え?』
誰の呟きかは分からない。
『本部が襲撃を受けました。これよりフレデリカ・ローゼンフォルトの避難を開始します。指揮をアンダーテイカーに一任します。…知覚同調は外しませんが、指揮が取れる状況ではありませんから。』
レーナのいる司令本部では、管制員の声と慌ただしい物音。そして、警報が響いていた。
「クソッ!!…これよりレギオン破壊作戦からフレデリカ・ローゼンフォルトの救出作戦に変更する。各位、急げ」
『『了解』』
撤退を開始するエイティシックスが乗るレギンレイヴとシリンが乗るアルカノスト。その背後では、青白く光る巨体──────攻性工廠型が牙を剥く。青白く光る一筋の線が空を切り裂くように放たれた。その方向にある場所は…
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