短い話置き場

「通路の先のあなた」

※8番出口パロ

🟦→←←←←←🏺

頭に痛みを感じて目が覚めた。白く味気ない天井が視界に入る。青井は腕に力を入れて慎重に体を起こした。

立ち上がろうと手をついた地面は白いタイル張りだった。壁も同様に。まるで駅構内のような、無機質な連絡通路のような場所。50mもない通路のちょうど真ん中。通路の先でパステルカラーのアロハシャツの男が仁王立ちで青井を見ていた。

「やっと起きたんっすね、心配して損したぜ」

つぼ浦が手を振った。通路の端で倒れていた青井は、ゆっくり立ち上がるとあたりの状況を確認してつぼ浦に近寄った。

「なにここ？！」

「わかんないっすけど、なんかの歪みっすかね？」

「つぼ浦はなんでここに？俺は今起きたらここだったんだけど」

「俺もっすよ、いきなり気がついたらここにいて」

つぼ浦の横、通路真ん中の壁に貼られた案内表示には大きく「0」と書いてあった。その下に「ルール」と書かれた表示がある。曰く、「異変があれば戻れ。なければ進め。8番出口から外に出ろ」と。

「あ、わかった。あれでしょ？異変探しのやつ」

「なんすかそれ」

「知らない？映画にもなったんだけどなぁ。異変があったら引き返して、なかったら進めってやつ」

「歩く間違い探しみたいなことっすか」

「そうそう、8回連続成功したらここから出られるんだよ」

「面白そうっすね、俺そういうの得意っすよ」

ずっと憂鬱そうだったつぼ浦が少し楽しそうな顔になった。

最初の通路は正誤の判断のしようがない。「ゲームと一緒なら最初は覚えるターンが続くからとりあえず進んでいいんじゃないかな」と青井が言った。それなら、と二人は前に進むことにした。

角を曲がると次の通路が現れる。壁の数字は「1」となっていた。

通路にはポスターが貼られていたり、ドアや通気口がいくつかあったり、いかにも異変が起きそうな場所がたくさんある。

青井の予想ならもう少し覚えさせてくれるターンが続くはずだったのに、数字が増えてしまった。もう異変探しは始まっているらしい。ここからは真面目に覚えなくてはならなくなって青井はため息をついた。

「うわ～、これ俺無理かもしれん」

「担当分けますか。アオセン、どこ覚えたいっすか？」

「えーやだ、俺のところで失敗したら嫌だから二人で覚えようよ」

「ダブルチェックは結局相手のせいにするから無意味だぞ」

「大丈夫だって、つぼ浦ならできるって。頼りにしてるよ、本当に」

「……そういうとこなんすよ」

いきなり弱音を吐く青井を引きずって、二人はポスターやドアを見て回った。かわいい犬のポスターを見て犬好きな青井が盛り上がったり、新譜の広告を見て音楽の話に花が咲いたり。それなりに脱線しつつもひと通り覚えたつぼ浦が、自信満々に青井を見た。

「俺はもう見つけたぜ」

「本当？！俺も最初の通路ちゃんと見てればきっとなぁー」

「ダメっすよ、これは多分歪みかなんかなんで、そんな覚えるターンとか型にはまったこと言ってちゃ」

「くそ〜悔しいなぁー。つぼ浦に任せるしかないかもなー」

「……アオセンこういうの苦手っすか」

「得意に見える？？」

青井の苦い顔を見て、つぼ浦はなんとも言えない表情で苦笑している。

異変があったら引き返す。先に通路を引き返していくつぼ浦のあとを青井も慌てて追った。

壁の数字は「2」になっていた。

「さっきの、どこが間違いだったん？」

「わかんないんすか？天井のライトの数違いましたよ」

「え？！……いや、それは最初の状態見てないとわからん？！」

「アオセンが寝てる間にも俺はずっと見てたからな」

「ズルじゃん！！もうお前が探してよ」

青井が大人げなく泣きつくと、つぼ浦は満更でもないように自信たっぷりに異変を探し始めた。すぐに柱の太さだ！と看破して、二人でまた通路を引き返した。

次の通路には無事に「3」と書いてあった。

もともと記憶力に自信があるわけでもない青井は、それなら間違うまではつぼ浦の言うことを信じてみよう、と思った。この後輩はこういうときにやけに頼りになるのだ。

「野生のカンなのかな？つぼ浦ってこういうのに強いよね」

3番目の通路を歩きながら青井は言った。

「逆になんでアオセンはいつも気づかないのか、そっちのほうが気になるっすよ」

つぼ浦は青井の顔をしげしげと覗き込みながら言った。

「それはお前が頼りになるからだって」

「お……おだてたって無駄だぜ」

「俺一人だったら詰んでたよ、つぼ浦がいてくれてよかった～」

「だからってアオセンが思考放棄していいって免罪符じゃないっすからね」

「まぁまぁ、頑張って一緒に出ようね」

「……その言葉、忘れないでくれよ」

つぼ浦は「ポスターの幅が違うぜ！」と言ってあっさり踵を返した。

無事に数字は「4」になっていた。

その次の通路もまたしてもすぐにつぼ浦が異変を見つけた。しかしどこかと聞いてもとぼけるばかりで教えようとしない。それどころか青井の手を引っ張って、早く引き返そうと急かしてくる。

「なんだよ、間違ってたら怒るからね」

「間違ってねぇよ、大丈夫だから早く」

手をしっかり握りあったまま、二人は通路を逆走した。また次の通路が目の前に現れたのを見てつぼ浦は安堵の息を吐いた。

「で？なんだったの？」

「……奥のポスターの写真が一枚、めちゃくちゃ怖い顔になってたんだぜ……」

「ええ……」

ここにいる二人はどちらもホラー耐性が低い。つぼ浦の顔色はちゃんと悪い。青井も冷たいものが背中を滑り落ちた。

数字が進んでいることだけが唯一の救いだった。ついに「5」、半分を超えた。

その5番目の通路でついに青井が先に異変に気がついた。

「へへ～、つぼ浦、俺のほうが早かったね」

「エ、どこっすか？！」

「どこだと思う？」

得意そうな顔の青井の前でつぼ浦はキョロキョロと通路中を見渡す。

「なんか、天井にシミ……？があるような気がするぜ」

「え？前からあったでしょ。これだよこれ、2枚目のポスターの色！こんなに淡くなかったと思う」

「そうか？こんな色だったぞ？」

「い～や？」

両者譲らずにバチバチと火花が散る。しかし別々とはいえ2人とも異変を見つけたのだから、引き返すことに変わりはない。来た通路を戻りながらつぼ浦は意外そうな顔で青井を見た。

「アオセンもちゃんと覚えてたんっすね」

「ほら、ダブルチェックがあーだーこーだとか言ってたやん」

「てっきり俺に負けたくないだけかと思ったけど、真面目にやってたんすね」

青井から返事はなく、代わりにつぼ浦の腕に肘の一撃が入った。

角を曲がり、恐る恐る覗き込んだ通路のカウントは「6」になっていた。二人は胸を撫で下ろした。

しかしここまでずっと異変が連続している。ただ、引き返せば数字はちゃんと増えていく。間違ってはいないのだが、こうも連続すると人間というものは不安な気持ちになってくるものだ。

「なんか、ルール間違ってるのかな」

青井は6という文字の下のルール説明を改めて読み直した。異変があれば戻る、なければ進む、極めてシンプルなことしか書かれていない。

「うーん、思わせぶりなだけでどうせ単なる歪みだからなー」

「よくわかんないっすけど増えてくんならいいんじゃないっすか？ここで引き返して０になっても嫌じゃないっすか」

見た目が陽気な男が楽観的なことを言っている。普段ならよく考えなさい！とキャップはじめ上官に怒られていそうだが、こういう状況ではとても心強い。

「そうだね、もう6だもんね。そういうのはもっと序盤で試すべきだったわ」

「アオセンって、いいから前に進めって言われたら怪しんで引き返すタイプっすか？」

「んー、どうだろう。考えないで進んじゃうかもなぁ」

話しながら青井は先程気になった2枚目のポスターを見た。色は淡かった。

それならと天井を見た。水汚れのようなシミは変わらずあった。

どうやら二人ともドヤ顔で外したらしい。それでも他に異変があったからカウントが増えたのだろう。運の良いこともあるものだ。

考え込む青井の前で、つぼ浦が自信満々に床のタイルの数が違うと言い出した。

二人は来た道を引き返した。果たして数字は「7」になっていた。

この異常空間を二人で歩くのもあと少しになってきた。慣れてくれば遊園地のアトラクションのようだ。なにせつぼ浦が的確に異変を見つけてくれるのだ。肩の力をだいぶ抜いて、青井は異常を探しているつぼ浦に話しかけた。

「なんか不思議だね、お前と二人でこんなことしてるの」

「そう、っすね。これまで二人きりで遊ぶことなんてほとんどなかったな」

「魔法少女カフェの謎解きも別々だったし」

「ああ……懐かしいっすね！」

つぼ浦は大げさに青井の方へ振り向いた。

「俺は成瀬と行ったけど、あれお前と行ってもなかなかいいタイム出せたんじゃないかな」

「俺はソロでクリアしたぜ、アオセンは何問くらい解いたんっすか？」

「いやいや、あれは成瀬がすごすぎてな？俺はドライバーしてた」

「いいじゃないっすか。空の悪魔のヘリで回れるならさぞタイム短縮になったんだろうな」

「やめろその言い方！」

青井は照れ隠しにつぼ浦の背中を叩いた。しかも車移動の不便さに耐えかねてヘリを出してきたのは成瀬である。

ポスターを覗き込んでいたつぼ浦が身体を起こした。

「……次があったら今度はアオセンと行ってみたかったぜ」

「そうだね、絶対最速クリアできるよ」

「んで異変、ここっすね。戻りましょうか」

引き返し始めたつぼ浦についていこうとして、青井はふと気づいた。

つぼ浦が見ていたのは犬の写真がいっぱいのポスター。そこは確かに青井が見て覚えた箇所だった。

「つぼ浦、ここじゃないよ。ここは間違ってないよ、俺覚えたし」

「……アオセンの勘違いじゃないっすか？ここっすよ」

つぼ浦はもうずいぶんと入口に近いところまで歩いており、青井のもとに引き返すのも面倒くさいといった面持ちだった。

青井はもう一度ポスターを見た。チワワが一番大きくて、ゴールデンレトリバーが一番小さいチグハグなサイズ感。真ん中に陣取る三匹の柴犬。間違いない。この犬の配置について、つい十数分前につぼ浦と笑いあったばかりだ。

「つぼ浦……」

青井は悩んだ。つぼ浦の目は色の濃いサングラスに隠れて見えない。

「ミスったら、また最初からやればいいだけっすよ」

迷う青井につぼ浦はそんな事を言った。ここで別々の方向に行くわけにもいかない。青井はためらいながらもつぼ浦のあとをついて引き返すことにした。

ついに最後、「8」の文字が見えた。

8番目の通路も今までと同じ、ポスターやドアのある駅構内の連絡通路のような見た目だった。

「ここをクリアしたら終わりってことかな？」

「そうっすね」

「やっと出られるんだね」

「……そうっすね」

つぼ浦の声が心なしか重い。青井は異変を探すふりをして先程の犬のポスターを確認した。

青井が思ったとおり、犬たちは増えも減りもせず変わらず並んでいた。

何かがおかしい。青井はつぼ浦の言動を思い返した。既視感のようなものが脳裏をちらつく。

「ねえ、つぼ浦さ。……なんか知ってるの？」

青井は勇気を出してつぼ浦に問いかけた。

「なんかってなんすか。アオセンの貯金額とかっすか」

つぼ浦はゆらりと青井の方へ向き直った。おどけてみせても暗い声だった。

「だっておかしいでしょ。なんでずっと自信満々だったの？一回もミスしなかったし、本当は最初から異変なんてなかったんじゃ……」

そこまで言いかけて青井は恐ろしいことに気付いた。

自分たちは、常に「引き返す」ことで正解を引き続けていた。それはつまり常にどこかに異変があり続けたということ。二人が指摘した異変が間違っていたとしても関係がなく。

つぼ浦は元ネタのゲームを知らないようなのに青井が目覚めるより前に配置を完璧に覚えていた。この異常な世界に妙に詳しかった。

もし、常にすぐ側に異変があったのだとしたら。

「違う、……もしかしてお前が、異、変……？」

「……やっぱそう思うよな」

いつも快活なつぼ浦とは思えないくらい低く沈んだ声だった。

青井が目覚めたときのように、つぼ浦は通路の真ん中に立ちふさがるように立った。笑みの一つもなく青井を見つめてくる。

「アオセンは知らないけど、隣町との戦争があったんっすよ」

つぼ浦は急に語りだした。本当に青井の知らない情報だった。

「え、なんの話してんの」

「まず突然、警察署が襲撃されて、いつだったかのALLINの襲撃とは逆で」

「つぼ浦……？」

「いきなり撃たれて死んだんっすよ」

つぼ浦は悔しそうに息を飲んだ。

それから振り払うかのように首を振って、泣きそうな目で青井を見た。

「アオセンだけが死んだんすよ！！」

急に身体が冷たく重くなった。青井はゆっくりと自分の胸を見た。

きっと大口径の狙撃用ライフルで。アーマーを貫通し、胸に赤黒い風穴が空いていた。

足がもつれ、よろよろと口に手を当てた。酸素に触れた饐えた血の匂い。赤黒く固まった血がべったりとグローブについた。

「そん、な」

きっと即死だったのだろう。何が起きて、誰になぜ殺されたのかも知らぬまま。覚えのない死を迎えた身体に正常な意識が乗り、こうして会話できることが恐ろしい。

青井はふと目覚めたときのことを思い出した。

「……ああ、最初の一回目、直進したのに正解だったのって……そういうことか」

本来、直進は異変がなかった場合にすることだ。そして異変は常に通路の奥からやってくる。

「そうっすよ。あの状況、俺から見たら俺が”引き返す”のが正解だったんすよ」

つぼ浦は悔しそうだった。

人間であるつぼ浦が引き返し、人間だと思い込んでいた青井が直進することで数字が増えた。青井こそが異変だったという証拠だった。

青井は急に冷たくなった身体をゆっくり動かし、つぼ浦に一歩近寄った。

「もしかして、お前はこれを何度も繰り返してるんじゃない？」

つぼ浦はこの世界に異様に詳しく、慣れたように歩く。頭の片隅に残るなにかが強烈な既視感を訴える。

「俺はもう死んでて、多分よくないものになっちゃってて……でも、お前は生きてるよな？」

「そうっすよ、俺だけ……俺だけ生きてるんっすよ」

涙をこらえながらつぼ浦はずっと悔しがっている。ALLINのときと逆ってことは先制攻撃で俺だけ死んだんだろうな、と青井は他人事のように考えた。

「……じゃあ謎解きも行けないんだね」

「いいんっすよ、その話ができただけで懐かしくて……嬉しかった」

「ごめんね、死んじゃってごめんね」

「本当っすよ、なんで……どうしてアンタなんだよ」

零れそうな涙を抑え込もうとばかりにつぼ浦はギュッと目を閉じた。

「たぶん、俺がお前を閉じ込めちゃってるんだよね？」

「…………」

「死んだことにも気づいてなかったんだから。お前とこのまま……普通に帰れると思い込んで」

つぼ浦から返答はなかった。肯定だろう、と青井は思った。

それならやることは一つしかない。青井は血まみれの手で二人が入ってきた通路の入口を指さした。

「俺を置いて早く引き返して。お前は帰らなきゃ」

そしてうつむくつぼ浦に向けてはっきり告げた。

きっとつぼ浦は何度もこの通路を歩き、失敗を繰り返しているのだろう。

ここは死後の世界などという上等なものではなく、つぼ浦が帰れば消えてなくなる程度の脆いものなのかもしれない。

一人はきっと寒い。できれば二人でいたい。それは青井の願いだった。

しかし、そのために生きているつぼ浦をここで縛り続けることは、どうしてもできなかった。

「アンタ、いつもそう言うんっすね」

涙も枯れた目でつぼ浦が苦しそうに微笑んだ。

強く振り抜いたバットの一撃が青井の頭に入った。

「一人で帰るわけないじゃないっすか」

恐怖も驚愕も、感じる暇もなく声も出せずに身体が倒れた。滲んだ青井の目に、バットを収めて満足そうに哄笑するつぼ浦の顔がかすかに見えた。

「これでまた次のアオセンに会えるんだ、は、はは」

つぼ浦は投げ出された青井の血まみれの手を掴んだ。そのまま立ち上がり、動かない身体をズルズル引きずる。進行方向、異変がなければ進む側へ。

白いタイルにどす黒い血が線を作っていく。つぼ浦はためらわずに角を曲がった。

「んじゃ、また次のループで」

壁の数字が0に戻った。

ーーーーーーーーーーーー

つぼ浦匠は見慣れぬ通路で目を覚ました。

味気ない白いタイルの床と壁、まるで駅の連絡通路のような場所だった。

壁の案内表示の下には0という数字と、「異変があれば戻れ。なければ進め。8番出口から外に出ろ」というシンプルなルールが書かれていた。

どうせ歪みだろう、とつぼ浦は思った。ならせいぜい楽しんで、市長が修正してくれるのを待ってやろう、と。

何回か適当に進むうちに、つぼ浦はすぐにルールを理解した。壁に貼ってあるポスターや、天井のシミ、それらが変化していることがある。通路の奥に人の顔が見えたこともあった。

ときにホラー演出に悲鳴を上げ、ときにカウントが0になった壁を見てブチ切れ、そんなことを繰り返しながらついに「8」の通路にたどり着いた。

通路の先に青井がいた。

数日前に死んだはずの青井がのろのろと起き上がり、つぼ浦を見て人懐っこそうに微笑んで駆け寄ってきた。その胸にはまだじくじくと血のにじむ穴が空いていて、口は撃たれた反射で吐き出した血で生々しく濡れている。なのに本人は少しもそれに気づかず、愕然とするつぼ浦の顔をふざけた口調でからかってきた。

まるで、あの日までの日常の延長が現れたかのように。

もう二度と会えないと思ったのに、話しかけてくる青井は記憶の中の青井と全く同じだった。

……どう考えても異変だった。しかし、つぼ浦は、どうしても引き返すことができなかった。

つぼ浦は亡霊を振り切るように通路を走り抜けた。当然、カウントは0に戻っていた。

心を落ち着けるまでにかなりの時間が必要だった。もうずいぶん時間が経ったのに一向にこの歪みは直らない。本当に出口にたどり着かない限り、出ることはできないのかもしれない。つぼ浦は重たい足を引きずってゲームを続けることにした。

また青井がいた。

何本か先の通路でのことだった。前回と全く同じように、床から起き上がって駆け寄ってきた。前の記憶を一切なくして。

当然、話す内容は違った。同じことを聞いても別の言い方で返ってくる。しかし胸に穴は空いたままだった。どう見ても異変だった。

それでもつぼ浦は引き返すことができなかった。

そんな再会と別れを繰り返すうちに、どんどん青井に会うペースが早くなってきたことにやがてつぼ浦は気がついた。

最終的には次の通路に足を踏み入れれば必ず青井に会うようになった。罵詈雑言の喧嘩をしても、有無を言わさず殴り殺しても、すべてを忘れた青井が次にいる。

何度目かの撲殺をした青井の死体の横で、気が狂いそうになりながらつぼ浦は考えた。

今まで一度見て引き返した異変は二度と起きなかった。異変の数は有限らしい。

つまり、自分は他のすべての異変を見つけ出してしまったのだ。

最後に残るのは青井だけだ。

青井に会ったら引き返さなければ、自分は絶対に出られないのだ。

────嫌だな、と、つぼ浦は思った。

ここはもしかしたらあの世に続く道か何かで、青井を引き止めることができるのかもしれない。

死などないはずのロスサントスで、外の世界の武器などというデタラメで殺された事自体がイレギュラーなのだ。微塵も信じていない神様が、もしかしたら都合よく青井を黄泉から連れ戻すチャンスをくれたのかもしれないと。

それからは試行錯誤の始まりだった。

いろいろなことを試してみた。青井に本当の気持ちを打ち明けてみた。彼が死ぬ前に少しも言うことができなかった本音を、告白してみた。

反応はその時々だった。微笑んで受け入れてくれたり、驚いて変な空気になったことも、そして冷たく拒絶されたことも。ときにはその血まみれの口でキスしてくれたことさえあった。

それでも、次のループに入れば青井はすべてを忘れてしまう。

ひとときの幸せはうたかたのようで、心が満たされてもすぐに消えてしまう。

青井の優しさも醜さもすべてをただ受け取り続け、もう何百回かもわからないループの果てに、つぼ浦はここから出ることに決めた。

青井には何も伝わらない。覚えていられるのは自分だけで、何をしても何も変わらなかった。

つぼ浦は起きたばかりでよくわかっていない青井の手を掴み、通路を引き返した。

せめて最後まで青井の手を握っていたかった。

角を曲がった。次の通路が見えた。

数字は「1」となっていた。手を握った青井はつぼ浦の後ろについてきていた。

きっとループをしすぎて歪みの中がさらに歪んだのだろう。手を握って異変判定の道を引き返したのもよくなかったのかもしれない。

理由はともあれ、青井は引き返してもついてこれるようになった。それは今まで1つの通路から出られなかった青井が8番目まで一緒に行けるようになったということで、つぼ浦にとって希望だったのかもしれない。

また通路の向こうに青井がいる。

つぼ浦はすべてを知っているのに知らないかのような顔をして青井とともに歩む。青井こそが異変なのだから、異変がない側の道に進んでしまうと失敗になり、次のループになってしまう。だから適当なことを言って、二人で道を引き返し続ける。

喧嘩をして脱線したり、引き返し続ける違和感に早めに気づいたら”やり直して”次に賭ける。

そうして8番目の通路までたどり着くと、ほとんどの場合青井は疑問を抱く。つぼ浦はそれに真実で答える。

すると青井は現実へ帰るようにと促してくるのだ。死んだ自分を置いて、つぼ浦だけが帰れと。

つぼ浦は待ち続けている。

「二人で一緒に帰ろう」と言ってくれる青井に会えることを。

一緒に8番目の通路を引き返してくれる青井に会えることを。

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ゲームに準拠すると、異変が発生してる状態だと8番目で何度引き返しても絶対に出られないんですけど、ね。

多分この🏺はもう異変になりかかってるので、このループの中にいる限りは二人は幸せだと思います。