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──人間とは愚かで醜い。だが、全ての人間がそうとは限らない。ノア、次代の王はそなただ。どのように人間達と付き合っていくか、よく考えるのだ。
父がそう言っていた意味を理解したノアは、どうやら人間のことを好きになりつつあるようだった。もちろん、好きといっても好意に差はある。恋愛感情として好きなのはレーナ、人として好きなのがレインである。まだこのふたりしか好きになることができていないが、人間界を学ぶいい機会として小さな村に腰を据えて身を置く覚悟を持ち始めたのだった。
レーナ達の村はトート村といい、人口はおよそ三百人程度の小さな村である。みんな小さい頃から知り合いだったりするので、コミュニティが狭く噂も早く出回るのだ。さすがに全員の村人達と知り合いではないが、ある程度の人とは顔と名前が一致しているくらいである。
そんな小さな村の隣には大きな森があり、そこで魔獣が出たと門番の見張りから報告を受けた村人達は、急いでレインの店にやって来た。
「レインさん、大変だ! 森の外れに魔獣が出た!」
「なんだって!? こんなのどかなところに出るなんて……。うちにある魔道具をある分だけ持って行きな!」
「助かります! レインさん、ノアさん、おふたりも来てください!」
「もちろんだよ。ノア、アンタも着いてきな!」
「……わ、かった」
珍しく歯切れの悪いノアに、レーナは違和感を覚える。
人間を襲うことのある魔獣がすぐそばにいることに恐怖でいっぱいになるが、今は呆けているノアの方が気になるので声をかけた。
「どうしたの、ノア?」
「……なんでもないわ。レーナは危ないからここで待っていてちょうだい」
ノアの言葉に同意するようにレインも頷き「店は閉めて二階に上がってな」と言って、さっさと店を出て行った。どうやらほかにも魔女や神父、腕っぷしの強い男達を引き連れて討伐に出かけたようだ。
ノア達魔族はヒト族と同じように言葉を話すことができるので、お互い持ちつ持たれつという関係でふたつの世界は成り立っているが、魔獣は違う。知能は低く攻撃性が強い、いわゆる魔素の塊から生まれるのが魔獣なのだ。魔族も魔獣の扱いには慎重になっているらしく、魔獣を見かけたら討伐するのが人間界でも魔界でも守られたルールであった。
一般的には魔獣は魔素が多い魔界で発生することが多い。魔界は魔素の濃度が人間界に比べ高いので、どうしても魔獣の発生率は上がるのだが、魔素が濃い場所ならば人間界でも魔獣は発生するから厄介なのだ。
しかし、魔獣は倒して神父に祈祷してもらえば魔素が抜けて薬や食料になる。魔獣の薬は高く売れるので、魔獣専属の討伐を仕事にしている人もいるそうだ。
トート村には神父のセイがいる。困ったことに、神父はいても討伐隊がいないのだ。のどかな森の近くに魔獣が出ることは滅多にないので、討伐隊がいなくても村人達が生活する分には何ら支障はなかったのだ。そこで、今回の魔獣騒動である。
魔女は魔獣除けの魔道具を作れるので、その魔獣除けの道具をもらいにレインの店に男達が押し寄せたのだった。
緊張感に包まれた村で、自室に篭りカタカタと震えていると、「こんにちは」といきなり声をかけられた。レーナは驚いて「きゃあああ!」と叫び声を上げた。声の主はレーナの真後ろにいるようで、おそるおそる振り返ってみると、そこにいたのは金髪赤眼のとんでもない美女だった。その美しい美女は、どこかノアに似ている雰囲気を纏っていた。ただの金髪なら何ら珍しくないが、それが赤眼になると話が変わってくる。それは、淫魔の特徴だからだ──。
「あなたがレーナさん?」
美女の淫魔に名前まで言い当てられて、レーナは恐怖もあるが戸惑いも生まれた。
「はい、そうですけど……」
「やっぱりあなたがレーナさんなのね。はあ、こんなちんちくりんに骨抜きになるなんて、ノアも落ちたものねぇ」
自分がちんちくりんであることは分かっている。ムカムカするがそれはいいとして、ノアまで馬鹿にされたような気がしたレーナは怒った。
「私のことは好き勝手に言っていいですけど、ノアのことは馬鹿にしないでください。彼は私の大切なひとなんです!」
「……このわたくしに口答えするのね、大した度胸の持ち主だわ」
目の前の美女から紫煙のようなものが溢れてきた。これも数か月前に見たものととても似ている。やはり、彼女も悪魔で淫魔なのだ。
ノアのことを呼び捨てにしていたし、もしかして彼女はノアと親しい悪魔なのかもしれない。
だが、ノアが好きと言うのはレーナだけだ。嘘が嫌いで悪魔のくせに誠実なノアが、レーナ以外の囲いの女を作るとは思えない。彼のことを信じているし信じたいレーナは、おそらく上級悪魔と思われる目の前の美女を怯えつつも睨んだ。
彼女からすれば、子犬がぷるぷる震えながら威嚇しているようにしか見えないだろう。
それでも、ここで引いたらいつか魔界で生活する時に似たような場面が来たら馬鹿にされるかもしれないと、ポンコツながらに導き出した答えにレーナは確固たる意志で負けてなるものかと女の意地を見せた。レーナはここぞという時に最善の答えを出すことのできる豪運の持ち主なのだ。
それが、美女悪魔に何か通じるものがあったのだろう。彼女はおぞましい紫色の魔力を霧散させ、くすっと笑ったのだった。
「わたくしを相手に生意気にも睨んでくるなんて、本当にお馬鹿さんなのねぇ。でも、ノアがあなたを気に入るのが分かったかも。そのお馬鹿なところがなんとも可愛らしいわぁ。ねぇ、キスしてもいい?」
ノアに近しい悪魔から認められたと思ったら、いきなりセクハラ発言をされて驚く。
そして、はっきりノーと答えた。
「だ、だめです! キスはノアとだけって決めてるんです!」
なぜだか気に入られてしまったレーナは、美しい悪魔にキスをねだられて困惑することしかできなかった。この悪魔は女性が好きなのだろうか。本当に謎が多い。
「あらぁ、いいじゃない、キスくらい。ノアとキス以上のことしてるんでしょう?」
正体不明の謎の悪魔に今最も悩んでいることの一つを言われ、レーナは狼狽える。優しいノアは、はっきりしないレーナに思うところはあるのだろう。
それでも、無理強いは絶対しないしレーナの意思を尊重してくれる、どこまでもレーナ最優先の優しい男なのだ。
「……してないです」
「あらあら、照れなくていいのよぉ。お姉さんに聞かせなさいな」
見知らぬ相手、しかもノアと親しい悪魔にプライベートなことを聞かれても答えるわけがない。なんだか嫉妬してしまうし、もしかしたらノアの元彼女だったかもしれない。
でも、なんとなく雰囲気がノアに似ている気がする。あれこれ考えていると、どうしてもツンケンとした態度になってしまう。
「見ず知らずのお姉さんに言うことなんてありません」
「見ず知らずだなんて、そんな悲しいこと言わないでちょうだいな。わたくしは、ノアの姉でニアというの」
「ええ!? ノアのお姉さん!? どうりでノアに似てると思った……」
ニアといった悪魔を不躾ながらもじっと見つめた。切れ長の真っ赤なワインレッドの瞳に、レーナよりも色素が薄い金髪は、どこからどうみてもノアの特徴と一致している。レーナは先ほどのことを謝り頭を下げた。
すると、ニアは「素直な子は好きよ。気にしていないから頭を上げてちょうだい」ところころ笑って水に流してくれた。はっきりしている性格もノアに似ている。
「あなたもそう思うでしょう? わたくし達、よく似てるって言われるのよ。ねぇ、レーナさん。わたくしのこと、お姉様って呼んでほしいの。可愛い女の子にお姉様って呼ばれるのがわたくしの夢の一つなの。お願いよ、レーナさん」
ノアの姉であるニアからそんな可愛らしいお願いをされたら、レーナも嬉しくなる。断る理由もないので「じゃあ、お言葉に甘えて……。ニアお姉様」と照れを隠さずに言えば「可愛いわ!」と抱きすくめられた。ニアからは綻ぶ薔薇の花のようなよい香りがして、これが大人の女性なのかと少し胸がドキドキした。よく似ている姉弟だからか、ニアにそうされると、まるでノアに抱きしめられているような感覚になるから不思議だ。
ノアには言えなくても、ニアになら悩みを相談できるかもしれない。
「お姉様、ノアのことで相談が……」
そう言うとニアが身体を解放してくれたので、お互いベッドに腰かける。
なかなか話しづらい内容なのですぐ言葉にできずもじもじしていると、下から走るような音が聞こえてきた。魔獣の討伐が終わって急いで帰ってきてくれたのだろうか。ノアにしては珍しく荒々しくノックもせずにドアを開けたので、レーナは再び驚いた。部屋にいるのはレーナだけではなくニアもいるので、ノアの視線は自然とそちらに向いていた。
「姉上! 外のアレはあなたの仕業でしょう!」
外のアレとは何のことだろう。レーナが首をかしげていると、ノアにがっちりと抱きしめられてしまい、身動きが取れない。ニアは「レーナさんを取られちゃった、つまらないの」と言って、弟カップルを見やった。
「あらあら、一体なんのことかしら」
「しらばっくれないでください。魔獣を放ったのは姉上の仕業でしょう」
ノアの言葉を聞いてレーナは三度驚いた。魔獣を操ることは、国際法で禁じられていることだからだ。
もし、そんなことをしたら禁固刑は免れない。魔界の王族に限り時と場合によって許されているが、それこそ緊急事態の時だけだ。なぜ魔界の王族にだけ許されているのかというと、魔族を束ねる長であるやんごとない血筋のみ、魔獣の魔素だけを抜いて愛玩動物のようにできるからだと魔女学園で習ったのだ。
そんな危険なことをするように見えなかったが、やはり悪魔は残虐な一面を持っているということなのだろうか。ノアが優しくてすっかり忘れていたが、本来魔族と人間は相容れない存在としてお互い線引きしていたことを思い出す。拭い切れない不安がレーナを襲う。温かい腕の中から顔を上げじっとノアを見つめる。そんなレーナの不安を感じ取ったのだろう、ノアはレーナの額にキスを一つ落とし「大丈夫よ、安心して」と優しい声色で宥めるように話し、不安げな恋人を安心させた。
「こんな小さな村に優秀な魔女がいるっていうのは本当だったのね。アレは生まれたての魔獣だったから、そんなに手こずらなかったでしょう? もう、せっかくレーナさんと色々話そうと思ってたのに。まあ、レーナさんと少しだけでも話せてよかったわ」
「話すって、何をです」
「あなたのことよ、ノア」
ベッドから立ち上がったニアは、真剣な顔をしてノアを見た。まさか、姉の口から愛しの恋人について何か言われるとは思ってなかったのだろう、ノアは怪訝な表情でニアを見つめ返した。
「レーナさん、ノアのことで私に相談したいことがあるって言ってたのよ」
「……それは本当ですか?」
「ええ、ついさっきレーナさんがそう言っていたわ。……さてと、ノアにはお邪魔虫扱いされちゃったし、わたくしもそろそろ帰るわ」
レーナを抱きしめる腕に力が入る。思い切り抱きしめられたが痛みを感じなかったので、やはり優しいなとこの場の雰囲気にそぐわないことをひとり思う。
「あなたが惚れ込んでいる人間のお嬢さんが気になったのよ。だから、レーナさんと話がしたかったの。ノア、あなたの目に間違いはなかったようね。でもね、ちゃんと話し合わないといけないこともあるのよ」
「姉上……」
部屋はしんと静まりかえる。真剣な眼差しのニアと、納得のいっていなさそうな顔をするノア。姉弟はお互いの瞳を逸らさずじっと見つめていた。元はといえばレーナのせいなので、何か言おうとした時下から音がした。
「ちょっと、ノア! 私を置いていくんじゃないよ! ……って、アンタ、どちらさん? お客様、ではないようだね」
色素の薄い金髪に、真っ赤な瞳。その特徴的な色を持つのは淫魔のみ。ニアは気配を隠すのがうまいので、レインをもってしても気づかなかったのだろう。
ニアは人好きのする笑顔を浮かべ、「はじめまして」と綺麗なお辞儀をした。
「わたくしは、ノアの姉ニアと申します。あなたがレーナさんのお祖母様ですわね? いつも愚弟がお世話になっております」
恭しくも礼儀正しいニアに、自身とのマナーのレベルの差を感じたレーナは、もしかしてノア達姉弟は貴族なのではないかと思った。魔女学園の同級生に貴族のご令嬢がいたのだが、彼女はいつも背筋がぴんと伸びていて所作も美しかった記憶がある。
だが、ニアのそれは彼女よりももっとスマートで、身に染まった優雅さは決して嘘をつかない。思い返してみれば、ノアも所作や何気ない仕草などがニアに似ている。顔だけではなくて、動きも似ているのだ。
「……姉弟でこうも違うなんてね」
「ちょっとレイン、それどういう意味よ」
「ノア、お世話になっているのは事実なのだから、そのような口の利き方はよくないわよ」
「レインはレーナの家族です。私も同じように家族と認めてもらっています」
「……それでも、です。いいこと? ノア。お父様があなたの自由を許しているのは今だけなのだから、それを忘れてはいけませんよ」
ニアが己の父親を『お父様』と呼んだ。そんな風に親を呼ぶのは身分が高いひとだということを魔女学園で学んだ。それだけじゃない、ノアが自由でいられるのは今だけだという。
それは、果たしてどういう意味なのだろうか。そこでレーナははたと思い出した。ノアは上級悪魔だということを。何かが欠けている気がする。
でも、それをレーナは知らされていない。
「お姉様、それはどういう……」
「わたくしからは言えないわ。ごめんなさいね、レーナさん」
ニアは申し訳なさそうにしながらレーナを見つめた。そこには悪意や嫌な感情はなく、ただ本当にすまないと思っている様子が伺えたので、レーナもそれ以上追及するのはやめた。聞くべき相手が違うからだ。
「ノア、そして、レーナさん。お互いちゃんと話し合いなさいな。では、レインさん、愚弟をどうぞよろしくお願いいたします」
「え、ええ……」
「では、ごきげんよう」
ニアは再び綺麗なお辞儀をして、三人の前から姿を消した。
ニアがいなくなり、まるで彼女から身を守るようにすっぽりと抱きしめてくれたノアは腕を解放し、するりと腕からすり抜けたレーナは顔を上げじっとノアを見つめた。ノアも同じようにレーナを見て、ふたりはしばらく見つめ合った。
そして、最初に言葉を発したのはレーナだった。
「ノア、私に何か隠してるの?」
どうしてもニアの言葉と美しい所作が忘れられず、ノアが線引きしていたところにとうとう足を踏み入れてしまった。もう、後戻りはできない。
「それは、レーナも同じでしょう。姉上には相談しようとしたのに、アタシには言ってくれないじゃない」
まったくもってノアの言う通りである。そこはレーナ自身の未来や店の存続に関わってくるので、ぬるま湯に浸かっていたいレーナの弱さのせいで嫌な雰囲気にしてしまった自覚はあった。
「その、女の子同士で話したかったというか……」
レーナはノアから視線を逸らし、前髪をいじった。
「嘘ね。レーナは嘘をつく時髪の毛をいじる癖があるのよ。ほら、今も髪を触ってる」
ノアの言っていることにレーナはまたしても驚いた。自分自身そのような癖があるとは気づいてなかったからである。そこまで見てくれているのに、レーナは今までノアの何を見ていたのだろうか。
重い空気が流れる中、それを変えてくれたのはレインだった。
「アンタ達、どうやらお互い話し合わなきゃならないようだね」
「おばあちゃん……」
「レイン……」
お互い気になるのに言葉にできない気持ちはレインにも覚えがある。だからこそ、若いふたりには間違った選択をして欲しくないという想いがあった。
「レーナ、ノア、きちんと話し合うこと。いいね? 後悔してからじゃ遅いんだよ」
その言葉にはっとしたレーナとノアは、苦しそうな表情でお互いを見つめ合う。伝えたくても遅くなってしまったせいで掛け違いが起きるのは、とても悲しいことだ。レーナは決断の時がやってきたのだと、ようやく腹を括る決意をした。
「……はい」
「……分かったわ」
「じゃあ、私は下に行って魔道具の補充をするからね。夕飯の支度も私がするから、しこりが残らないようにきちんと話し合うこと。それができるまで夕飯はなしだからね」
仲直りするんだよと言って、レインは一階に降りて行った。
ふたりの間に落ちる沈黙が重い。
それでも、前に進むと決めたレーナは「とりあえず座ろうか」とベッドに腰かけた。
ノアも「そうね」とレーナの隣に座り、身体ごとレーナに向き直った。