テラーノベル
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ふたり仲良くベッドに並んで座るのは、これで何度目だろうか。 そんなことを考えていると、ノアは「念のために」と言って結界を張った。そんなに大きな話をするわけでもないのにと思ったが、話の内容を誰かに聞かれたら問題になること間違いない。レーナは相変わらず自分の考えが足りないことを反省した。
ノアはレーナの目を真っ直ぐ見て手を取った。ノアにそうされると不思議と心が落ち着くので、そのまま身を任せたくなる。
「まずはレーナから言って。あなたは何を隠しているの?」
隠している。ノアはそんな風に考えていたのだ。確かに気持ちを伝えていなかったり、店の今後で悩んでいることや、最後までセックスしてくれないことなど言えずにいた。
でも、お互い話をすると決めたのだ。レーナは勇気を振り絞り、ノアの手をぎゅっと握り返した。
すると、ノアも手を握り返してくれたので、レーナは「あのね」と普段より小さい声で話し出した。
「……言っても、引かない?」
「内容によるわね」
嘘をつかない代わり、自分に正直なノアはいっそ清々しい。
「そこは『レーナの言うことなら何でも聞くよ』って言うところじゃないの?」
若干むくれ気味に言えば、ノアは「これだからレーナは」と苦笑した。
「わがままなレディーですこと。はいはい、可愛いレーナの言うことは何でも聞くわよ」
「嘘くさいけど、まあ、いいよ。その……。ノアは、何で最後までえっちしてくれないの? ……ううん、理由は分かってる。最後までしたら魔界に行くからだよね」
「は? ちょっと待って」
ノアは固まった。ずっと好きな女の子から「どうして最後までしないの?」と言われたからである。その意味を理解して、ノアは嬉しさを隠すように大きな手で自身の顔を覆った。魔界に連れて行く云々は一旦置いておくとする。
そんなノアを見たレーナは、ノアの癖に気づいた。ノアは恥ずかしかったり嬉しかったりすると、こうして顔を隠すのだ。ちゃんと好きなひとのことを見ているのはノアだけじゃなかったのだ。
「レーナは、アタシのこと好き?」
顔を覆う手を下ろしたノアは、かつてないほど真剣な表情をしていた。好きと好意を伝え続けてくれたのはノアだけだし、きっと彼以上にレーナを愛してくれるひとは現れないだろう。未来に不安を感じなあなあにしてきたレーナは、ようやく想いの丈をぶつけることにした。
「……好きじゃなかったら、おばあちゃんやセイにお願いして家を追い出してるよ。それに、家族だなんて絶対言わない。ノア、ずっと言えなくてごめんね。大好きだよ」
「レーナ……!」
感極まったノアは、愛しのレーナを抱き寄せて掻き抱いた。
「アタシもレーナが好きよ、大好き。アタシだけの可愛い子、誰にも譲らないわ」
こんなに嬉しそうなノアを見るのは初めてだ。レーナはどっちつかずの対応をしていたことを改めて反省した。
ノアは腕を解き、そっと唇を寄せてくる。レーナは自然と瞼を閉じてノアを受け入れた。啄むような口づけは、かつてないほど甘くて胸の鼓動が早くなる。
ちゅっちゅとキスをしていると、ノアは唇を離し説明してくれた。
「どうして最後までしなかったのかというと、レーナの気持ちがないのにセックスしても虚しいだけだからよ」
「それって……」
その言葉にレーナは再度反省した。言葉にしなければならなかったことを、ノアの優しさにつけ込む形になっていたのだ。申し訳なさと後悔が残る。
「アタシは好きって言って気持ちを伝えているのに、レーナはつれないじゃない? アタシのことが好きなのは分かっていたけれど、言葉にしてほしかったのよ」
前言撤回。ノアはやはり悪魔なのだ。
しかも、小悪魔属性持ちという厄介な悪魔。レーナは先ほどの反省した気持ちを返して欲しいと思った。全部筒抜けだったなんて、本当に恥ずかしい!
「なによ、知ってたんじゃない!」
レーナがぷりぷり怒ると、ノアはそんなのお構いなしに「ふふ」と妖しく笑った。淫魔のノアは、たまにこういう艶やかで色気を放ちレーナを誘惑するのだ。
「今更じゃない。全部バレバレよ、本当にお馬鹿で可愛いんだから」
「もう、そんなに馬鹿馬鹿言わないで」
『ポンコツ魔女レーナちゃん』という蔑称が嫌いなレーナだが、今のノアの言葉に嫌味がないことくらい分かっている。それくらい付き合いが長くなっているということだ。なんだか面映ゆい。
「これからは遠慮しなくていいのね、レーナ?」
「……うん。ノアが好きだから、いいよ」
我慢させていた事実は変わらないので、そこははっきりと気持ちを伝える。
だって、レーナはノアのことが好きなのだから。
「じゃあ、今度はノアの番ね」
ノアの抱えている秘密を知るのは怖い。知りたくなかった過去や、魔界での恐ろしいルールがああるのかもしれない。あれこれ考えて、聞きたくないと思ってしまう。
だが、ここで聞かなかったら今度こそ拗れてしまうだろう。それだけは避けたかったので、レーナは再び覚悟を決めた。
「アタシはね、実は次期王なの」
「……ん? ごめん、ジキオーってなに?」
言っている意味が分からない。 ──いや、本当は分かるのだが、頭が理解を拒否している。
ノアは呆れたようにため息をついた。
「ふざけないの。アタシは次の王様ってことよ」
「や、やっぱりその次期王だった? ……だったら、ノアの秘密は私以外の女のひとがいるってことなの?」
次期王ということは、次の魔王になるということ。
レーナの住まうマイラ国は、国王に限り王妃以外の妻を娶ることが許されている。いわゆる一夫多妻である。
もしかしたら、魔王も同じなのかもしれない。そう考えたレーナは涙目になる。
そんなレーナを見たノアは「どうしたらそうなるのよ」と、やや怒りながらハンカチで目元を拭う。
「アタシにはレーナしかいないの。レーナを王妃にするし、レーナ以外の妃も妾も要らないわ」
「う、うそ! だって、この国の王様はたくさんのお妃様がいらっしゃるもの!」
マイラ国の王様は、王妃だけではなく、第二妃、第三妃の合計三人の妻がいる。その分王子や王女が多く政権争いで大変らしいが、それはレーナの知らないところである。
「それは、マイラ国の王が好色なだけでしょう。アタシはレーナ以外嫌なの」
至極当然という風に宣言するノアは「そういえば」と続きの言葉を発した。
「アタシ、淫魔だけれど誰ともセックスしたことがないのよ」
「ええ!? さすがにそれはうそが過ぎる!」
淫魔とは、ひとを誑かしえっちなことをすると本に書いてあったのだ。
ノアがレーナのひとつ上の二十二歳だとしても、王族であるノアは閨教育を受けいてもおかしくない。自分以外のひととそういうことをしていたノアのことを想像したくないが、さすがにこれはうそであるとレーナは決めつけた。
しかし、おかしなことを言うノアの表情は、うそを言っているひとのものとは思えないくらい真っ直ぐだった。
「本当よ。キスもしたことがなかったし、セックスそのものも一度たりともないわ」
どうやらうそではなく本当だったらしい。
それは嬉しい誤算だが、魔界とはそういうものなのだろうか。魔界の知識が乏しすぎるレーナは、ノアの言葉を信じるほかなかった。
「……好きなひとのそういう話は聞きたくないけど、とりあえず私が初めての相手ってこと?」
「そうよ、アタシが『こう』なったのには理由があるの。その昔、アタシはそれはそれは愛らしく美しい子どもだったわ」
ノアの過去は今まで話題にあがったことがなかったし、ノア自身避けているように見えた。レーナとレインはたとえノアが家族になったとはいえ、それぞれにプライベートがあるしそれを尊重していたため、深く追求しなかったのだ。
それはいいとして。
「自分で言うんだ……」
確かにノアは稀にみる美青年である。子ども時代が愛らしいものであったことも頷けるが、自画自賛するということは己の美しさを十分理解しているということでもある。自己肯定感の低いレーナからすれば、少し羨ましく思った。本当に少しだけ。
「おだまり」
ノアはぴしゃりと一喝し、自身の生い立ちを淡々と語ってくれた。
──淫魔は人間を誑かして精を摂る魔族だから、美しいのは当然のことである。糧にするのは魔力のレベルを上げるため。つまり、魔族として力を得るために人間から精を摂る。
しかし、争いを好まない友好的な魔族の方が多くなってきたため、ここ最近では人間と同じように食事をするようになったので、精を摂らなくても平気な肉体へと進化していったのだ──。
それは、ノアの幼少期から始まった。美少年すぎるノアは少女趣味の王妃、つまり、ノアの母親が大変寵愛したおかげで、いつの間にか話し方が女口調になっていたのだ。それがまた似合っているものだから、周りも止めなかった。
残念なことに(?)男の淫魔は男らしさを求められることが多く、思春期になっても女口調が抜けないノアは年頃の娘達から敬遠されてしまうようになった。男らしさや自身の独特な話し方について悩んだノアは、姉のニアに相談した。
すると、ニアはいつもの朗らかな様子で「ノアの好きにすればいいのよ」と言ってくれたのだ。
また、魔王と王妃もニアと同じことを言ったので、ノアは己を貫くことに決めたのである。
しかし、二十歳を過ぎても全くモテない息子に危機感を覚えた王は、ノアに閨教育をすることを忘れていたことを思い出したのだ。どうして忘れていたのかというと、娘のニアが自由奔放だったせいと、仕事に追われていたからである。
ちなみにその仕事の一つには、時代遅れの馬鹿な国からやって来た自称勇者とその愉快な仲間を適当にあしらっていたというものがあった。実にアホらしい。
これは早急にどうにかして未亡人の貴族女性を教育係に当てがい、淫魔としての魔力や魅了の力を引き出そうとしたところで、ノアはレーナに召喚されたのだ。
金髪青眼の大変初心そうな愛らしい少女が、期待に頬を染めワクワクとした顔をしてノアを見ていたのだ。女性からそのような熱烈な視線を受けたことが初めてのノアは、淫魔だというのに経験値ゼロ(仮定)の少女に一目惚れしたのだった。
熱い眼差しを送り続ける可愛らしい少女にキスしたくてたまらなくなり、淫魔としての能力がやっと目覚めたのだと嬉しくなった。
少女はレーナと名乗り、少し話しただけでノアは確信した。正真正銘処女であると。
淫魔を召喚した場合、相手の体液、つまり性的な交わりが必要となる。キスだけでも事足りるので、お互い初心者同士(断定)なので少しずつ始めていけばいいと思ったのだ。
「……ということよ、分かった?」
もったいぶったように話し始めたものだから何かあったのではないかと心配したが、蓋を開けてみれば何てことはなかった。ただノアの人生を聞かされただけである。王子であることを隠されていたのは正直面白くないが、こうして話してくれたのでよしとしよう。
「思ってたより過去が重くなくて安心したのと、ノアが初めてだっていうのが本当で、その、嬉しくて……」
童貞であることを惜しげもなく語っていたので、やはりノアは変わっているのだなと思った。
しかし、レーナとしては嬉しい誤算付きだった。なんと、人生に一度しか味わえないファーストキスをいただいたことである。あの時はレーナもファーストキスだったので色々と戸惑いや驚きがあったが、今にしてみれば懐かしさの方が上回る。
「……そうだ! ニアお姉様が仰ってた『自由なのは今だけ』っていうのは?」
「ああ、それね。一時でも魔界から出るからには、次期王として人間界で勉強してきなさいって言われているのよ。だから、自由な時間は限られているという意味になるわね」
次期王ということは、魔界を統べる魔王になるということだ。 ……ということは、レーナはいずれ王妃になるということである。レーナは頭が混乱してきた。
「そうだ、言っていなかったことがもう一つだけあったわ」
「まだあるの?」
情報過多で精神的に疲れてきたレーナだが、言っていなかったという言葉の方が気になるので、なんとか気力を奮い立たせノアの話を聞いた。
「実はね、アタシくらいの悪魔になると召喚そのものを拒否できるのよ」
「ええ!? そうなの!? ……それなら、ノアは私の召喚に応じてくれたということ?」
とんでもないことを聞かされたレーナは、もう何度目かも分からない驚きにめまいがしそうだ。
「そうよ、こちら側は召喚主が見えるの。あんなにキラキラとした目で見つめらたのが初めてで、その視線にうっとりしていたら、いつの間にかレーナに呼ばれていたわ。レーナがちんちくりんなことには変わりないけど、アタシを真っ直ぐ見つめるあの熱い眼差しが本当に嬉しかったのよ」
せっかく嬉しいことを言ってくれたのに、一言余計である。
「ちんちくりんは余計ですー」
「拗ねないで、アタシのダーリン」
「だ、ダーリン!? そんな、恥ずかしいよ……!」
「なによ、これからもっと恥ずかしいことをするのに?」
「え?」
きょとんとしていると服を脱がされそうになったので、レーナは慌てて自身の身体を抱きしめるようにして魔の手から逃れようとする。
「ちょっと、なに脱がそうとしてるの!?」
レーナが抗議すると、それが何だとでも言うようにノアは再びレーナに手を伸ばした。
「お互い誤解が解けたのだから、セックスするのよ。アタシはレーナが好き、レーナもアタシが好き。何か文句でもあるの?」
異論があるのなら言ってみろ。
そう言っているような意志の強いワインレッド色の瞳から、レーナは目を逸らせない。
「……ない、です」
「じゃあ、大人しくアタシに抱かれなさい」
「うう、ノアがえっちだよぉ!」
異論はないのでせめてもの抵抗として「えっち」という言葉を選んだが、それが却ってノアを刺激していることにレーナは気づかない。
そして、清々しい笑顔でレーナに言った。
「当たり前でしょう。アタシ、淫魔ですもの」
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