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第33話「エルフの年金をどうするか」
霞が関。
会議室。
森野リリカ。
百四十三歳。
神崎レオン。
百四十七歳。
月島セシル。
二百三歳。
三人のエルフが並んで座っている。
向かい側。
各省庁の担当者。
森野は資料をめくった。
「……」
もう一枚。
「……」
さらに一枚。
「……」
閉じた。
「帰りたいです」
神崎が言う。
「始まって三分ですよ」
「難しい言葉が多すぎます」
月島が言う。
「森野さん、法学部出てますよね」
「五回も大学へ行くと昔のことは忘れます」
「便利な言い訳ですね」
司会役の男性がマイクを取る。
「それでは、長寿者に関する制度検討会を開始いたします」
森野が小声で。
「長寿者」
神崎。
「昨日より短くなりましたね」
「昨日は長寿種族でした」
「改善です」
最初の議題。
戸籍。
担当者が聞く。
「森野さん」
「はい」
「現在、百四十三歳とのことですが」
「はい」
「公的な記録について確認させてください」
森野の表情。
固まる。
「どこまで?」
「可能な範囲で」
「それが困るんです」
「と申しますと?」
森野は神崎を見る。
神崎。
目をそらす。
月島。
目をそらす。
「二人とも!」
仕方なく。
森野が答える。
「長く生きていると」
「はい」
「同じ名前では生活できませんでした」
担当者がメモ。
「改名?」
「そういう簡単な話ではありません」
「では?」
「……いろいろです」
「いろいろ?」
「いろいろです」
耳。
ぴく。
担当者は。
耳を見る。
森野。
「今のは嘘じゃありません」
次。
雇用。
「現行制度では定年があります」
森野。
「ありますね」
「長寿者の場合」
「はい」
「どう考えるべきでしょうか」
森野。
「普通でいいんじゃないですか?」
担当者。
「普通?」
「会社の規定に従います」
月島もうなずく。
「私もそうしています」
「しかし」
担当者が言う。
「仮に六十五歳で退職した場合」
「はい」
「その後、百年以上働ける可能性があります」
森野。
「働きますよ」
「再就職?」
「はい」
「何度も?」
月島。
「私は何度もしています」
担当者が月島を見る。
「何回くらい?」
月島が考える。
「正確には覚えていません」
「十回以上?」
「はい」
「二十回?」
「たぶん」
「三十回?」
月島。
「そこまで数えてません」
担当者のペンが。
止まる。
次。
年金。
担当者。
「これが非常に難しい問題です」
森野。
「でしょうね」
「仮に」
「はい」
「六十五歳から受給した場合」
「はい」
「森野さんが五百歳まで生きると」
森野。
「待ってください」
「はい?」
「勝手に五百歳まで生かさないでください」
「仮定です」
「まだ三百五十年以上あります」
神崎が言う。
「可能性はあります」
「レオン」
「はい」
「他人事だと思ってません?」
「私も対象です」
担当者が続ける。
「現行制度をそのまま適用することが適切なのか」
森野が腕を組む。
「でも」
「はい」
「私たちも働いて保険料を払うんですよね」
「その通りです」
「だったら」
少し考える。
「長生きしたから駄目というのも変じゃないですか?」
担当者はうなずく。
「まさにそこが検討課題です」
月島が言う。
「長寿は本人が選択したものではありません」
「はい」
「人間として生まれた人に」
担当者を見る。
「なぜ百年しか生きないのかとは聞きませんよね」
「その通りです」
「なら」
月島は言う。
「私たちにも同じ考え方が必要だと思います」
森野が月島を見る。
「月島さん」
「何ですか?」
「有識者っぽいです」
「二百三年生きていますので」
「便利ですね、それ」
次。
教育。
担当者。
「森野さんは大学へ五回?」
「はい」
「なぜ?」
「勉強したかったからです」
「五回も?」
「暇だった時期もあります」
「学費は?」
「払いました」
「同じ大学?」
「違います」
「今後六回目は?」
森野。
「予定ありません」
耳。
ぴく。
全員。
見る。
森野。
「……少し興味はあります」
担当者。
「何学部ですか?」
「情報系」
神崎が笑う。
「六回目ですね」
「行くとは言ってません!」
次。
婚姻。
森野。
嫌な予感。
担当者が言う。
「人間とエルフの婚姻について」
森野の耳。
ぴく。
「何で私を見るんですか」
「交際相手が人間と伺っています」
「誰から?」
神崎。
目をそらす。
森野。
「レオン!」
「事実確認の資料です」
「勝手に書かないでください!」
担当者が聞く。
「結婚のご予定は?」
森野。
「ありません!」
ぴく。
月島が。
横を見る。
神崎も。
森野。
「今は、ありません」
耳。
静止。
担当者がメモする。
森野。
「そこメモしなくていいです!」
「制度上重要ですので」
「私の恋愛は制度じゃありません!」
次。
相続。
担当者が説明する。
人間の配偶者が先に死亡した場合。
長寿者が何世代にもわたって資産を保有する可能性。
子。
孫。
曾孫。
さらにその先。
森野の顔が。
だんだん疲れていく。
休憩。
廊下。
自動販売機。
森野。
「疲れました」
神崎。
「まだ半分です」
「帰ります」
月島。
「駄目です」
「会社のほうが楽です」
「同感です」
森野は缶コーヒーを買う。
「普通にExcelやりたい」
神崎。
「午前中まで嫌がっていたでしょう」
「国の制度よりExcelのほうが好きです」
そこへ。
相沢からメッセージ。
『どう?』
森野。
『帰りたいです』
即返信。
『頑張れ有識者』
森野。
『別れますよ』
相沢。
『ごめんなさい』
森野の耳。
少し上がる。
月島が見る。
「相沢さん?」
「違います」
ぴく。
「相沢さんですね」
「休憩終わりますよ!」
午後。
最後の議題。
未成年。
藤崎ミナの件。
会議室の空気が変わる。
担当者が言う。
「未成年のエルフが社会的に注目を集めた場合」
森野は真剣に聞く。
「本人の意思だけに任せることが適切か」
森野が答える。
「全部任せるのは違うと思います」
「では保護が必要?」
「はい」
「ただし」
森野は続ける。
「保護するから耳を隠せ、というのも違います」
担当者がうなずく。
「本人が耳を出して生活したいなら」
「はい」
「それを守る方法を考えてください」
「なるほど」
「隠すことを前提にしないで」
森野は言った。
「普通に生活できるほうを考えてほしいです」
耳は。
動かない。
会議終了。
午後五時。
三人。
建物を出る。
森野が空を見る。
「会社戻ります?」
神崎。
「直帰許可出ています」
「帰ります」
月島。
「即答ですね」
森野のスマートフォン。
着信。
相沢。
「もしもし」
『終わった?』
「終わりました」
『どうだった?』
「疲れました」
『何決まった?』
「何も」
『何も?』
「今日は話しただけです」
『じゃあまたある?』
森野が止まる。
資料の最後。
次回開催予定。
一か月後。
「……あります」
『頑張れ有識者』
「相沢さん」
『はい』
「本当に別れますよ」
『ごめんなさい』
夜。
駅。
相沢が待っていた。
「お疲れ」
「どうして?」
「迎え」
森野の耳。
ぴく。
「頼んでません」
「帰りたいって言ってたから」
「会社じゃなくて家にです」
「分かってる」
二人で歩く。
森野が。
今日の話をする。
戸籍。
仕事。
年金。
大学。
結婚。
「結婚?」
相沢が反応。
「そこだけ反応しないでください」
「何て答えたの?」
「予定ありません」
相沢。
「……」
森野。
「何ですか」
「別に」
「何ですか?」
「ちょっと残念」
森野の耳。
ぴく。
「相沢さん」
「うん」
「付き合って」
「うん」
「まだ」
「うん」
「一か月ちょっとですよ」
「そうだね」
「早いです」
「はい」
少し歩く。
森野が小さく言う。
「でも」
「何?」
「予定がないのと」
「うん」
「考えたことがないのは」
少し間。
「違います」
耳。
ぴく。
相沢は。
それ以上聞かなかった。
ただ。
手を握った。
森野も。
握り返した。
翌朝。
営業企画部。
部長が新聞を広げている。
「森野さん」
「はい」
「載ってるぞ」
「何が?」
「昨日の会議」
森野が見る。
記事。
『長寿者の社会制度検討始まる』
写真。
会議室。
森野。
神崎。
月島。
三人。
田中が寄ってくる。
「すごい」
相沢も。
「有識者」
森野。
「その呼び方やめてください」
月島。
「でも森野さん」
「何ですか」
「コメントも載っています」
『耳を隠すことを前提としない社会制度を』
森野は。
しばらく見る。
「……」
田中。
「かっこいいですよ」
森野の耳。
ぴく。
「そういうつもりで言ったんじゃありません」
神崎。
「でも良い言葉です」
ぴく。
相沢。
「照れてる?」
「照れてません」
ぴく。
そのとき。
会社の受付から電話。
部長が出る。
「はい」
「……え?」
また。
嫌な顔。
森野。
「今度は何ですか」
部長が受話器を置く。
「森野さんにお客さん」
「誰です?」
「男性」
相沢の眉が。
少し動く。
森野。
「名前は?」
部長がメモを見る。
「森野さんを」
一拍。
「七十年以上前から知っているって」
森野の耳が。
止まった。
神崎の表情も。
変わる。
「名前は?」
部長。
「橘宗一郎さん」
森野の顔から。
完全に。
笑顔が消えた。
「……その人」
相沢を見る。
そして。
静かに言った。
「昔、私が好きだった人の」
一拍。
「息子さんです」
相沢は。
何も言えなかった。
七十年以上前に終わったはずの恋が。
突然。
会社の受付まで。
やってきていた。
コメント
1件
あおいです🌷 第33話、めっちゃ面白かったです…! 会議室でのエルフ三人組と官僚たちの掛け合い、もうコメディかと思いきや、年金や戸籍、婚姻の話になるとじんわり考えさせられる。特に月島さんの「人間に百年しか生きない理由を聞かないように」って台詞、すごく沁みました。森野さんと相沢さんの距離感も絶妙で、「予定がないのと、考えたことがないのは違います」って…あの手を握り返す描写、胸がきゅっとなりました。最後の「七十年以上前の恋の相手の息子さん」って、続きが気になりすぎます! 次回も読みたいです✨