テラーノベル
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夜の山道を、伊波ライは走っていた。
息が苦しい。
胸が痛い。
それでも足を止められなかった。
父の言葉が頭から離れない。
――明日の夜までだ。
――できねば、こちらで処分する。
「っ……」
歯を食いしばる。
マナを傷つけさせるわけにはいかない。
絶対に。
たとえ自分が壊れても。
屋敷を抜け出すのは簡単ではなかった。
見張りが増えている。
だが今夜を逃せば、もう会えなくなる。
ライは半ば強引に裏門を抜け、山を越えた。
そして、いつもの川辺へ辿り着く。
月が水面に揺れていた。
そこに。
「……ライ」
緋八マナが立っていた。
ライの姿を見た瞬間、マナは駆け寄る。
「大丈夫なん!? 屋敷――」
次の瞬間、強く抱きしめられる。
「っ……ライ?」
苦しいほどの力だった。
まるで離れたら終わってしまうみたいに。
マナは戸惑いながらも、そっとライの背へ手を回す。
「どうしたん」
返事がない。
代わりに、肩が小さく震えていることに気づく。
「……ライ」
「ごめん」
掠れた声だった。
マナの胸がざわつく。
嫌な予感がした。
「何が」
ライはゆっくり顔を上げる。
月明かりの中、その表情はひどく青白かった。
「もう、会えない」
その言葉に、世界が止まる。
「……は」
うまく理解できない。
ライは苦しそうに目を伏せた。
「父上に知られた」
「……」
「明日、縁談が決まる」
胸が締めつけられる。
分かっていた。
いつかこうなることくらい。
でも。
こんなに苦しいなんて思わなかった。
「それで……終わりってこと?」
声が震える。
ライは答えない。
答えられないのだと分かった。
マナは唇を噛む。
泣きたくなかった。
ライのほうが苦しそうだから。
「……そっか」
無理やり笑う。
「貴族様やもんな」
その瞬間、ライの顔が歪んだ。
「そんな言い方をするな」
「じゃあどう言えばええん!?」
思わず声が荒くなる。
川辺に響いた。
「俺、ずっと分かっとったよ!」
涙が滲む。
「ライとは住む世界違うって!」
「マナ」
「でも会いたかったんや!」
言葉が止まらない。
「好きになったんや!!」
ライが息を呑む。
マナは顔を覆った。
もう隠せない。
「離れたくない……っ」
涙が零れる。
「嫌や……」
その瞬間。
ライがマナの腕を掴み、引き寄せた。
唇が重なる。
「……っ!?」
驚きで息が止まる。
触れるだけの、震える口づけだった。
けれどそこに込められた感情が痛いほど伝わってくる。
好きだ。
離れたくない。
失いたくない。
全部。
唇が離れる。
ライの瞳が揺れていた。
「俺もだ」
声が震えている。
「お前を失いたくない」
マナの涙が止まらない。
ライはその涙を指先で拭った。
「だから」
苦しそうに笑う。
「逃げてくれ」
マナが目を見開く。
「……は?」
「この村を離れろ」
「何言っとるん」
「父上は本気だ」
ライの声が低くなる。
「お前を傷つける」
その言葉に、背筋が冷えた。
ライはマナの肩を掴む。
「頼む。生きてくれ」
真っ直ぐな瞳だった。
必死で。
泣きそうで。
マナは胸が痛くなる。
「……ライは」
「え」
「ライはどうするん」
その問いに、ライは少し黙った。
やがて小さく笑う。
「俺はここに残る」
「嫌や」
即答だった。
「置いていかれるん嫌や」
「マナ」
「一緒に来てや……!」
涙混じりの声。
ライの表情が崩れる。
その願いが、どれほど甘く危険なものか分かっていた。
でも。
一緒に行きたいと思ってしまった。
全部捨てて。
この手を取って。
「……っ」
ライはマナを抱きしめる。
強く。
苦しいほどに。
「できたらよかった」
耳元で掠れた声が落ちた。
「お前と生きたかった」
その言葉に、マナは声を殺して泣いた。
月だけが静かに二人を照らしていた。
まるで今夜が、本当に最後だと知っているみたいに。
コメント
1件
読み終わりました……もう、胸が苦しいです。月明かりの川辺、あの抱擁と口づけのシーン、本当に切なくて。ライが「お前と生きたかった」と零すところで、声を♡♡♡て泣くマナの気持ちが痛いほど伝わってきました。身分違いの恋の終わりを予感させる、でも「諦めない心」というタイトルがまだ希望を匂わせていて。伏線として、あの「まるで最後だと知っているみたいな月」の描写がとても効いてますね。続きが気になります……どうか二人に光が差しますように。