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9月期の給与明細書が手渡された。先月よりもかなり少ない。朱音と《《契約》》してからというもの勤務時間の大半が彼女との時間に費やされている。自分自身、これでは宜しく無いと分かってはいるが止められない、彼女の中に入りたい衝動がどうしても抑えられない。
取り憑かれていると言っても過言ではなかった。
「おい、西村。お前どうしちまったんだよ。売上激減じゃねぇか」
前日の売り上げを確認しようと薄汚い壁に張り出されたA2版のコピー用紙を何枚か貼り合わせた実績順位表の前に、夜勤の面々がたむろっている。
そこで誰もが驚いたのは西村の営業成績だった。日々更新される|実績順位《売り上げ》で西村は常時15位を維持していた。それがこの1ヶ月で27位まで転落した。
このままでは夜勤務から外され昼の日勤に降ろされてしまう。その時、112号車の太田が壁際で腕組みしながら吐き捨てた。
「俺もその《《お愉しみ》》とやらにあやかりたいねぇ」
何も言い返せなかった。
それに奴は106号車のGPSを追いかけている。西村が意図的にSDカードを抜いて何処で何時から何時の間に|休憩《SEX》しているかを把握している筈だ。これが漏れたら大ごとになる。
辛抱だ、しばらく朱音と距離を置いて勤務に専念した方が良い。
(いや、待てよ)
ふと事務所に貼り出されている勤務表を眺めた。通常はカレンダーに合わせて隔日勤務が続くが調整の為に1ヶ月に数回連休が廻って来る事もある。消費していない有給休暇もある。智には内緒で有休休暇を取得し朱音に会う。怪しまれても何とでも言い訳出来る。
(・・・別に勤務日でなくとも公休日に会えば良い)
「大丈夫かよ、おい」
「調子良く無いのか、ちょっと休んだ方が良いんじゃないのか?」
勤務表を食い入る様に見る西村は朱音に会う算段に思いを巡らすばかりで、同僚たちが体調を気遣い心配する声などまるで耳に入って居なかった。
カナカナカナカナ
カナカナカナカナ
「・・・・すまん」
ブレザーのポケットからくしゃくしゃになった給与明細を取り出し智に手渡すと、ベランダから取り込んだ洸の赤いTシャツを畳んでいた手がぴたりと止まった。給与明細を手に取るとテーブルの上でシワを伸ばしてそれに目を近づけ、離してそれを何回か繰り返した後にため息を漏らした。
「裕人、これ・・・・どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、今月はそれだけでした」
「先月より20万円も減ってるじゃん、最近遅くまで頑張ってたのに。どうして?」
気不味そうに頭を掻きながら冷蔵庫からビールを取り出してプルタブを引き上げる。プシュ!トクトクと冷えたグラスにビールを注ぐと白い泡が溢れそうになりズズズと吸った。そして西村は天井を眺めながら歯切れ悪くその理由を答える。
「いやぁ、お得意さんのツケが溜まってさぁ。あと三桁の仕事が多かったんだよ」
「ツケって、それで手取り額これだけって、マンションのローンは如何するのよ」
「ごめん」
ぐいっとビールを飲み干す。
「明日から休みの日も少し走るよ」
「そんな事出来るの?」
「わかんね」
水滴の付いたグラスをシンクの中に置き、彼女に背を向けて首筋をボリボリと掻いた。
「無理しないでね・・・で!」
「で?」
「明日からビールは無しで。発泡酒にします!」
智はまた洗濯物を畳み始めて宣言した。
「ええええ、マジか」
「当たり前です。もう、信じらんない!」
智に対する罪悪感より朱音との《《契約》》を敢行する事に必死な西村は、公休日でも堂々と外出できる口実を手に入れた。