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『夜を駆ける〜ジンチョウゲ〜』
環が駆け付けてからも驚きの連続だった。
まず環が金色の炎を出現させた。
その炎は周囲の倒れていた人の傷や、体力を回復させる凄まじい炎。
俺も炎に包まれ、気力すら回復するのが分かった。浄化を上回る|御技《みわざ》。
この身で体験したからこそ、この強力な炎は土蜘蛛を焼き払うかと思いきや、願い虚しく土蜘蛛は祓われることはなかった。
そして環は限界を迎えて、倒れるかもしれないと心配した次の瞬間に──九尾の狐の姿になった。
まるでその変身は夢でも見ているようだった。
なにせ、あまりにも神々しい姿。
九尾は絶世の美女にして|傾国《けいこく》。妖の女王。
そのように言われたのは、人が触れるには|躊躇《ためら》うほどの神々しい光を放っていたからではと、俺ですら眩いばかりの環にゴクリと息を呑んだ。
その後の真守と環の会話は到底、容認出来るものじゃなかった。黒洞で土蜘蛛と環ごと打つなんて、出来るはずがない。しかし。
──環はいつものように俺に微笑んだのだ。
それは死を覚悟した表情ではなく、|直向《ひたむ》きな愛を体現しているように見えた。
ならば、俺が応えなくてどうする。
自身に拳を振り下ろし、舌を噛み切りたい気持ちを抑えて環の気持ちを汲んだ。
同時に、俺が環を黒洞で殺すなんてことは有り得ない。何か方法がある。最後まで諦めてたまるかと、思ったからだ。
そして環は俺の言葉にその耳や尻尾を、愛らしく震わせていた。まるで大きな猫。
ここが戦場だと一瞬忘れて、ふわりとした尻尾やしなやかな耳を存分に触りたい。
そのまま美しい環の手を引いて、二人でどこかに逃げてしまいたいとすら思った。
そんな甘い刹那の思いは許されるはずもなく。
環は俺の手に口付けを残して、天女のごとく宙に舞った。
土蜘蛛が環の姿を見て狂喜乱舞の声とも、妄執の声ともつかぬ大きな声を上げた。
土蜘蛛は環を目指して崩れゆく、病院の屋根から大きく跳躍した。
それは下にいる俺達の頭を軽々と超えて、大通りへとその巨軀を踊らせた。ずうんと、地響きが鳴り、どこかでガラスの割れる音や悲鳴がした。
そんなことで土蜘蛛の行動が止まるわけもなく、土蜘蛛は夜空を駆け抜けて行き、環を捕まえようとして環のあとを追った。
土蜘蛛が轟音と地響きを立てて、戦車さながらに大通りを進む。
大量の土煙が舞うなか、俺はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
今、俺が追えば土蜘蛛が俺を警戒する。新たな人質を取られるかもしれない。
力を振るうのは今じゃないと、周りの喧騒も意識から遠ざけて。
今は離れ行く金色の光と、それを追う土蜘蛛から目を離さないでいると、背後から真守の声がした。
「──鷹夜。僕は五人から一人になったって言ったこと、謝らへんからな」
「あぁ」
土煙が風に舞って、息がしにくい。
周囲が騒いでいる。
静かにして欲しい。
体の奥から環を見送ることしか出来なかったこと、土蜘蛛を止める術を持たない自分自身に激しい怒りを覚えた。
「あれは、お前の嫁は覚悟を決めていた。人として、魂の気高さを誇っていた。それを否定することは出来ひん。せめて悔いのないように、同意してやらなアカンと思ったんや」
「……あぁ」
光があっという間に小さくなる。環が離れてゆく。
環が進んでいる道は全て大通り。避難経路確保のために、全て立ち入り禁止にしている道だ。
環は誰も傷付けないように、土蜘蛛を皇宮へと誘導しているのが分かった。
愛刀の柄を握り締めて、俯いてしまいそうな顔を必死に上げて、ただまっすぐ前を見る。