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深夜の静まり返ったトイレで、静香は震える手でその白いプラスチックの棒を握りしめていた。出木杉はドアのすぐ外で、壁に背を預けながら自分の鼓動が耳元で鳴り響くのを感じていた。論理的な彼なら、確率論から導き出される結果などとうに分かっていたはずだった。しかし、今の彼を支配しているのは計算式ではなく、未知の深淵への畏怖だった。「……出木杉さん」
細い声に呼ばれ、彼が中に入ると、そこには窓から差し込む月光に照らされた静香が立っていた。彼女が差し出した検査薬の小さな窓には、言い逃れのできない鮮やかな二本の紅い線が、まるで二人の運命を縛り付ける鎖のように浮かび上がっていた。
「陽性だね」
出木杉の声は、自分でも驚くほど冷静だった。しかし、その指先が静香の肩に触れたとき、彼女は彼が激しく震えていることに気づいた。教科書には載っていない、人生の解答欄。そこにはもう、消しゴムで消せるような余白は残されていない。
静香はその結果を胸に抱きしめるようにして、出木杉の胸に顔を埋めた。
「どうなるのかしら、私たち。これから……」
「僕が、君とこの子を守る。それ以外の正解なんて、最初から存在しないんだ」
出木杉は彼女を強く抱きしめた。その腕の中にあるのは、もはやただの同級生としての静香ではない。自分の血を分け与え、生命を育むひとつの宇宙だった。
毎晩、ゴムを通さずに重ね合ってきた熱情が、今、確かな質量を持って二人の間に居座っている。それは背徳の果てに手にした、あまりにも重く、そして残酷なまでに美しい果実だった。
二人はその夜、一睡もせずに寄り添い続けた。これから始まるであろう、周囲の視線や崩れ去る日常、そして親たちへの告白。それらすべての嵐を予感しながらも、二人の間には、不思議なほどの静寂と、分かちがたい結びつきが満ちていた。