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隼斗篇
漸く現実に引き戻された。
そうだ僕たちも頸に刻印がある。刺青は首の後ろにあって鏡には映らない、だからこの恐ろしい現実を普段は直ぐに忘れてしまえるのだが時にそれを目の当りにすると言い知れぬ常闇の中に落とされる。
だが人間は悲観的ばかりでもいられない、故に現実逃避の忘却と云う特技を身につけるのだ。
しかし狠国にとって我々島民は奴隷でしかないのである。だが捕虜よりは幾分ましだと妙な優越感が心持ち起こる。
狠国は種種な民族に番号を付加した。彼らの認める最上民族ほど数字の桁は少ない。
当然一桁の1の数字を持つ者は狠民の建国の父である汗主席とその一族しか符号されない。
官司ともなると二桁や三桁の数字で一族が受け継ぐ数字があり子々孫々役職も生活も安泰を約束されている。
刺青が消えるまで狠国は世襲政治による独裁国家を延々と続けるつもりでいるのだと考えると反吐が出そうになった。
しかしそれが大国の宿命かも知れなかった。少数民族だった彼らとて政権を明け渡す訳にはいかない。
多民族国家故に水面下では常に支配する側と支配される側の攻防戦が続く。
国を治める為に反旗を翻す者を制圧しなくてはならない、征服者の必須不可欠な事案に違いなかった。
彼らもまた同胞に首を狙われ続ける宿命を背負ったのである。
店長は本来は僕と同じ四桁の数字が三組並んで12桁だったが一つ増えたのはゼロの数字だった。
番号の最後にゼロの数字が有る者は誰であっても捕虜だと判るように付けられる。
六桁の民族でも七桁の民族でもゼロが最後に付くと捕虜として分類されている。
ならば自分でこっそりゼロの後に別の数字を印したら捕虜だと判らないとも思うが誰もそれは出来なかった。
狠国内では数字の桁が増えると増えた分だけ劣性遺伝民族だと認識され仕事も限られてしまうからだ。先刻抱いた妙な優越感は何の根拠もなかった。
僕も店長も結局は同じ人間でしかない。同じ12桁の番号で最後にゼロがあるかないかだけの嘗ては同じ国民である。
本当は民族を分け隔てるものは何もないのだが敢えてそうしたい感情は嫌悪でしかない。
僕は自分が恥ずかしくなった。そんな感情は狠民だけが持っているものだと思っていたからである。いや、それは感情とは言い難い「思想」かも知れない。
何故なら彼らの持つ嫌悪は彼らが直接経験した体験ではなく彼らが先祖から継承した傷であり涙であり心の闇で、そこから沸き上がる嫌悪と云う通念だからだ。
少数民族だった狠民はふたつの大国に迫害された時代があった。彼らの怒りは復讐心から沸き起こるもので同様の怒りを持つ少数民族が集結して組織は拡大し巨大な敵を叩き伏したと云う。
宛ら龍が怒りの炎を吐きだすかの如く大陸全土を激震させた寓話にもなっている。
虐げられた民族の心の傷ははかり知れない。僕らが彼らの心情に寄り添うなんて云えば偽善だ。彼らが身に受けた拷問や屈辱や殺戮は人間の尊厳をも滅却するもので言葉に尽くし難い。虐げた側も差別で彼らを貶めたのだから身から出た錆である。
虐げた側が出来ることは彼らの傷口をこれ以上広げないようにすることだけだ。償いたいならかつての彼らと同じ苦汁を嘗めるしかないのである。それが出来ないなら彼らに従う他ない。
それも出来ない者は過去に蓋をし水に流そうとするが、しかしそんな都合良く世界は廻らなかった。
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