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大学では、脳神経外科学を貪るように学んでいた。授業でも得意としている基礎医学にはかなりの自信があるほどで、将来は名医だとも言われていた程だ。しかし、彼の脳内では学力など眼中になく、浦に会うことのみを考えていた。誰一人、友人も出来ず独りで成り上がるグルを、周りの人間は皆、孤高だと言う。故に、大学では教授さえも気色悪いと嫌がっていた。グルが通りかかるだけで周りの人間が避けるようになっていた。
今日の彼も、そんなことは気にせずに、ただペンを動かしながら両眼を閉じる。ふと、小学生の頃の記憶が頭をよぎったのだ。
♪
「えー、なにそれ金賞? それって数学の賞でしょ?」
頬を桃のように赤らめて眼を輝かせている少年は、吉木浦である。身長も今とは大違いの小柄で、女のような顔つきだ。
当時、吉木はイギリスの学校に転校し、すぐ彼に話しかけた。
「数学は得意だから。君の褒めるようなものじゃないよ。普通だし」
使い慣れた日本語で賞状を包みながら歯を食いしばった。褒められ慣れていたものの、特別扱いされることをひどく嫌っていた。それをよく見ていた吉木は、暫くポカンとして、すぐ大声で笑った。
「僕は君を尊敬している! 良い友だちになるよ!」
盛大な拍手を鳴らしながら、流暢な英語で言った。
「意外だ。こんなに上手く英語を話せるとは。イギリス英語が得意なのか」
慣れているイギリス英語は訛っていた。少年にしては低い声で、胸に響く。それに比べて、吉木の声は高い。
「勿論ね。でもまだ下手くそなんだ。もっと上手くなるために沢山話してよ」
まるで、大地を照らす太陽のような笑みを浮かべて話す吉木は、どこか人と違う雰囲気があった。それを横目でジッと見て、納得したように眼を合わせた。
──こいつ、頭脳派だ。
きっと、これから仲良くなる。
そう直感したその日から、あっという間に親友となり生活を共にした。合わない日は一日たりともない。冬には、一面に積もった雪の上を駆け回り、転ぶ。休日も夜が夜まで遊び呆けていた。だからこそ、別れは淋しい。大学でも良き友として話し合いかった……共に学びたかった……。
これは誰も知らぬことである。ある意味、心の自分でさえ見えない部屋で藻掻き苦しんでいた彼にとって、再開のみが唯一の光であった。その日を夢見ながら、四年目を迎えた。外は恐ろしいほどの晴天で、青色の絵の具を一面に塗ったような空。ダイヤモンドのように煌めく太陽。再開には相応しい天気だと思いながら、ソファーで寝転がった。すると、ポストに手紙を入れるような音が聞こえる。彼は体を起こし、外へ出た。
「なんだろうか…… 」
そう独り言を漏らしながら包みを開けて手紙を見る。それは絶望的な内容であった。
The will is as follows.
“คุณคุยกับฉันทุกวันแต่…
ฉันไม่สามารถอยู่ได้อีกต่อไป เมื่อเร็วๆ นี้ ฉัน
ฉันก่อเหตุฆาตกรรม อย่าตามฉันมา”
和訳)遺言は以下の通り
「君は毎日僕に話しかけてくれるけど…もうこれ以上(この世には)居れないよ。 最近、僕は殺人を犯したんだ。……僕を追わないで」
目にした途端、胸が押しつぶされたかのような激痛を味わうこととなった。心の奥に空洞が出来たかのように、ただ隙間風が寒い。
──今まで何のために頑張ってきた?
彼は途端に、膝から倒れ込んだ。
──もし、悪魔が居るのなら惨めな俺を殺してくれ。
♪
グルが空になった身体を動かしながら、近場の海へ歩いた。こんな時期、海へ訪れる人など少数。蹌踉めきながら足を動かし、晴天の空を見上げる。
気持ち悪くて吐き気がした。
到着してすぐのことだ。グルは無意識に砂浜で立ちすくんでいた。軈て、静かに海の方へ歩いた。冷たい水へ足を入れると、躊躇することなく体を海に入れ、スイスイと泳ぐ。泳ぎは得意であったため深いところへ行くのも苦労はしない。
彼は暫くすると、体温を奪う冷たさに身を震わせる。それでも表情は真顔に保ったまま、ふと考えた。
(サーフィー……弟はもう独立した。お母さん、お父さんだって、もう死んだ。生きてて面白い事なんてないじゃないか。それなら、海で魚に食われたほうが良い)
全身が海に沈んでゆくと共に眼を閉じた。吉木のことは勿論、地獄で会ったらどんな顔をされるだろうと恐れたが、最悪の再会だとしてもそれを望んだ。
彼は海中で光に照らされ、銀に光る魚を眺めた。呼吸が苦しい。暴れても無意味だと悟り、薄らぐ意識の中、伸びてくる影を見た。途端に、ロングコートを着ている怪しい男が眼の前に現れる。
「動いてくれるなよ。もしも動いたら、このガキ殺すぞ!!」
海が静まり返る程の大声。 男は、グルの首根っこを掴み、持ち上げていた。彼は海水を吐き出しながら、状況を理解しようと周囲を見る。
浅瀬には金髪で、先端を赤紫に染めた女が居る。黒眼鏡がよく似合っていた。そして、自分は頭には銃口を突きつけられている。
(何故、深い所まで潜ったのに掴まれてるんだ? 人質を作るためにここまで泳ぐなんて……犯罪者もご苦労だな)
彼の頭にはひたすら疑問符が浮かぶ。そして、あまりの不可思議さに口を開いてしまった。
「ははは。ここまで潜ったのに、俺のこと取りに来たんですか? 悪趣味ですね。おかげで、抵抗すれば撃ってくれるわけですか……性格の悪さがハッキリしていてもはや清々しい……」
銃に頭を擦り付けながら残念そうに言う。そんな彼を、男は金切り声で叱りつけた。
「当たり前だろうが!! このビッチが追いかけてくんだよ。このままじゃあ、俺とテメェは天国行きだ!!」
「……は? 面白いことを言いますね。俺ら揃って地獄ですよ」
彼は眉をひそめる。それを見て、心做しか男も悲しそうな表情を浮かべていた。それを見逃すわけもなく、浅瀬に立っている女はラッキーという顔で拳銃を構え、引き金を引く。
──バン。
小さな一発の銃声。男は呻き声を上げて、海に沈んだ。透き通っていた水は紅に染まっている。彼はすぐに拳銃を拾い、自分の頭に突きつけた。移動したからか、水面がさっきよりも低い。しかし、拳銃を手にしたからか、すぐ楽になれると喜んだ。
「アンタ変わってるね。凄く冷静」
銃を構えたまま、女は声を上げて笑った。
「男を殺したぐらいだから、どうせ俺のことも撃つんだろ」
彼はため息交じりの声を上げながら肩を落として、生気のない眼を向ける。片方は黒かった。
「人聞きの悪いことを……。別に撃たないよ。アンタ、名前は何?」
黒眼鏡の下から翠眼を覗かせながら、彼に尋ねる。返事はすぐだった。
「……グル……」
答えた瞬間、女は眼を爛々とさせて飛び跳ねる。
「わー、今日迎えにいく予定の子!! 拉致する手間が省けた〜! 」
「……そ、それは、 ど……どういう……? 俺はお前に拉致される予定だったのか……」
彼が落胆したような表情を見せても、女は動じない。寧ろ、そんな事に気づいてさえいなかった。
「吉木がさぁ、心の準備できてないからパローマが迎えに行って……なんて言ってきたんだよ? 男として駄目だよねぇー」
フゥと大きく息を吐いて、安心したようにパローマが銃を仕舞う。そして、浅瀬に立っているグルの手を引いた。
「とにかく、タイに行こーね! もう……昨日からアイツが薬キメて叫んでたよ。 『グル君に会いたい〜! 今すぐ抱きしめてあげたい〜』ってね」
上手い声真似をしながら、呆れたように溜息をつく。彼からしたら、一種のホラーだ。死んだはずの親友が、よく分かりない女と知り合いなのだから。
「意味不明。 アイツは遺言を残して自殺した。そうだろ?」
彼は遺言を目にしていたこともあり、信じられなかった。希望に胸を躍らせると同時に、困惑で立ちすくむ。次に見たものは、パローマの失望顔だった。
「アンタ、変な手紙に騙されてんじゃん……」
「作り物だったのか、アレ」
愕然としたまま、口をポカンと開ける。彼女は更に増した失望に、溜息が漏れた。
「そりゃそうよ!! 馬鹿じゃないの、あんなクソみたいなトリックに騙されて。所詮、大学卒業したばかりのガキンチョじゃないか」
パローマは額に手を当てて、空を睨む。それで不快になったのか、彼は指差した。
「……なら聞くが、何故、意味もないのに偽物なんか作るんだ?」
「何いってんの。ウチら犯罪組織だし。アンタのこと殺して 吉木を後追いさせようとしたんだよ。 汚いねー。コッチの業界は」
「……俺は騙されてたんだな」
心から絶望したように俯く。
長く共に過ごしてきた親友の遺言すら見抜けないのか。彼は自分を許すこともできず、拳に力を入れた。
「そうだねー。でも、見抜く力をウチが稽古してあげるから安心して!」
グッと親指を突き出して笑う。一瞬、何を言われたのか理解できなかった。ただ、唖然と彼女を眺めているだけだ。
「は?」
「稽古」するとはどういうことなのだろうか。疑問がまた一つ増えた彼は、必死に状況を脳内で整理する。そして、よく考えてみたらおかしいと気がついた。この女は犯罪組織の人間で、吉木と知り合い。彼を迎えに来た。それが意味することはただ一つ。
──彼女は、俺のことを犯罪組織に招き入れようとしている……?
「おい、まさか……」
「アンタが考えてることと同じ。ウチらと同じ暗殺者 になるだけだよ」
嫌な予感は、見事なまでに的中していた。