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「どうだ? なかなかのモンだろ?」
約四時間後、全ての工程を終えた詩歌は新たな髪型で郁斗に姿を見せた。
「へぇ、そういうのも、なかなか似合ってるね」
「そ、そうでしょうか?」
志木によって詩歌は黒髪ロングヘアからベージュカラーのショートボブヘアになった。
襟足のパーマがふんわりとした印象を与え、顔全体が華やかに見える。
大人しく内気なお嬢様から、明るく社交的なお嬢様へと言った感じの見た目に変わり、一見同一人物には見えなさそうだ。
「こんなに短くしたのは初めてなので、何だか不思議な気分です」
「詩歌ちゃん、短いのも似合うよ。やっぱり志木に頼んで正解だったよ。ありがと」
「どういたしまして。そんじゃ料金の方は後で振り込んどいてくれよ」
「ああ、分かってる。それじゃあ俺らはこれで。詩歌ちゃん、帰るよ」
「あ、はい。志木さん、ありがとうございました」
「また来いよ。アンタなら、いつでも歓迎するぜ」
なんて何やら少しばかり意味深ともとれる言葉を口にした志木に、郁斗はまるで牽制ともとれるような鋭い視線を向けながら部屋を出る。
「はい、それでは失礼します」
しかし、当の詩歌本人は二人のやり取りにまるで気づく事もなく、志木に歓迎された事を純粋に喜び笑顔を向けながら部屋を出て行った。
「へぇ、あの嬢ちゃんにご執心って訳ね」
部屋を出る間際の郁斗の表情を見た志木は面白そうにそう呟きながら、冷蔵庫にあるビールを取り出すと、煙草を吹かしながら仕事終わりの一杯を楽しんでいた。
一方、マンションまで車を走らせ始めた郁斗は、先程までに集めた情報を詩歌にも共有しておこうと話を切り出した。
「詩歌ちゃん、黛組は既に都内を拠点に君を探し始めてるらしい」
「え?」
「買い物程度ならと思ってたけど、やたら無闇に出歩くのは危険だ。不自由な生活になるけど、暫く外出も控えた方がいい。関東にいないと分かれば、その内もっと北へ範囲を広げるだろうからね」
「分かりました」
「大丈夫、そんな顔しないで。髪型も変えてほぼ別人みたいになったんだし、そうそう見つからないよ」
「……そう、ですよね」
「今のところ、俺との関係は店の奴らくらいにしか知られてないから、後はマンションにさえ居れば安心だろうし、こうして俺が一緒のドライブくらいなら外へ出ても問題ないよ。そうだ、昼まではまだ時間もあるし、少し遠回りして帰ろうか」
「え? で、でも、郁斗さんは帰ったらお仕事で出掛けるんですよね? 少しでも早く帰って休んでおいた方がいいと思いますけど」
「さっき少しだけ仮眠も取ったし、仕事も大した内容じゃないから平気だよ。それよりも俺は詩歌ちゃんが元気になってくれないと心配で仕事が手につかないから、キミが気分転換になる事をしたいんだよ。今日は流石に無理だけど、行きたい場所があったら言ってみて? 時間のある日になら可能な限り叶えるからさ」
「……郁斗さん……」
詩歌は郁斗の言葉に一瞬だけ泣きそうになった。ただでさえ迷惑をかけているはずなのに、郁斗は嫌な顔一つしないどころか常に安全を考え、落ち込んでいれば元気づけようとまでしてくれる。
そんな彼の優しさが、詩歌にとって凄く嬉しかった。