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御屋敷の中へ、何故だか知らないけれどこっそりと入って行く颯懍。それに従ってついて行く私。
廊下の向こうから女性達の声が聞こえてくるとササッと物陰に隠れたので、仕方なく私も隠れた。
なにこの隠れんぼは。
「師匠、何でコソコソしてるんです?」
「こ、こそこそなんてしておらぬ! いいから黙って付いてこい」
怪しい動きをする颯懍に不信感たっぷりな視線を送っている所へ、今度は逆方向から足音が聞こえてきた。
「あらーー!? もしかして、そちらにいらっしゃるのは颯懍様ではないですか」
「まあ、お久しぶりですわね。今までどちらに行ってらしたのですか? 」
「俗世で旅してらしたのでしょう? 是非お話を聞かせて下さいな」
背後から声を掛けてきたのは、それはもうお綺麗なお姉さま方。淡い色合いの羽衣を纏った姿はまさに仙女そのもの。紅をあしらった唇でほほほ、と笑っている。
「これから老君様の所へ、挨拶に伺おうとしているところだ。失礼する」
あっという間に美女3人に取り囲まれた颯懍は、ぶっきらぼうに答えると、逃げるようにしてその場から去っていった。
「ちょっ、師匠! 待って下さいよー」
「師匠?!」
颯懍を追いかけようとした私の腕を、先程の女性が掴んできた。3人とも驚愕の表情を浮かべている。
「今あなた、颯懍様の事を師匠と呼んだわね? 弟子なの?!」
「そうですけど」
「嘘でしょう。女の弟子を取るなんて……」
「これは私たちにも、まだチャンスはあると言うことですわね!」
色めきたっているところ悪いが、このままだと颯懍を見失ってしまう。こんな広い御屋敷で探すのはきっと一苦労だ。「失礼します」と一礼して、急いで後を追いかけた。
廊下の少し先を行くと、颯懍はきちんと待っていてくれた。
「一体全体、どうなさったんですか?」
「いいから気にするな。とにかく今は挨拶が先!」
「……はい」
とりあえず頷き返して、辿り着いた扉の外で待機している男性に、老君への取り次ぎをお願いした。
すぐに返答があり部屋へ入るように言われると、中にはThe・仙人な、長い髭のお爺さんが待っていた。フサフサとした眉毛の下から除く瞳は、目尻に深いシワが刻まれている。
いかにもなオーラに圧倒されて、思わず息が詰まりそうになった。
「太上老君様、お久しゅうございます。颯懍、ただいま桃源郷に戻りましたのでご挨拶申し上げます」
膝をついて拱手をしたので、同じく一歩後ろで最上級の礼をした。
うわぁぁぁ、心臓バクバク。
極度の緊張でクラクラする中、太上老君が口を開いた。
いや、抱きついた。
「はぃやぁぁ、颯懍よ、やっと帰ってきたか。50年も帰ってこぬから、儂は心配で心配で」
ほっぺたをすりすりと擦りつけられた颯懍は、ハハハと顔を歪ませている。
ギャップが凄すぎるよ、このお爺ちゃん。じゃなくて、太上老君様。不機嫌な子猫でもあやす様に颯懍を撫でくりまわしている。
「そちに嫁を取らせようとしたのがそんなに気に食わなかったのか? よりすぐりの女仙を選んだんじゃがのう」
「だからと言って、夜這いはどうかと思いますが」
「それはそちが奥手すぎるゆえ、仕方なく強行手段に出た迄よ。可愛い弟子が僊人のままでいるのが、どれほど歯痒いか分かるじゃろ? そちが嫁をとって毎夜仲睦まじくすれば、すぐに真人に格上げできると言うに」
僊人や真人と言うのは、仙人の階級の事。
ひと口に仙人と言ってもやはり格というものがあって、上から順に神人、真人、僊人、天仙、地仙とくる。
数多くいる仙の内、ほとんどは地仙か、良くても天仙。上位階級の神・真・僊人をまとめて神僊と言って、極々限られた者だけがなれるエリート組なのだ。
もちろんこちらにいらっしゃる太上老君は、5人いる神人の内の一人で、颯懍は僊人。神人は現在いる5人で揺るがないので、颯懍は実質的には上から2番目の階級にいることになる。
にしても、「嫁」って一体何の話なんだろう?
仙人って結婚するの?
なんなら子供は出来ないって聞いたけど??
私は一応女だけど、修行を始めてしばらくすると、月のものは来なくなった。それは不老長寿の体に近づいたからだと説明されたし、子を成せない体になる代わりに、そのエネルギーは女性なら陰の気に、男なら陽の気に変わるのだと言っていた。
頭の中が「?」でいっぱいだけれど、目上の人の会話を邪魔する訳にもいかず、とりあえず黙ったまま2人の会話を見守る。
「儂が大事に育て過ぎたばっかりに……。それで、戻ってきたと言うことは、やっと決心がついたのかの? そちが嫁にしたいと言えば、どの女仙でも喜んで引き受けると思うが」
「あー、えー、いや。それは、そのー」
颯懍がもごもごと口ごもっているうちに、老君の視線がこちらへと向けられた。眉毛をクイッと上げて驚いたような顔から察するに、今、私の存在に気が付いたらしい。
「んん? 後ろにいるその女子は誰じゃ。見たところ仙骨持ちのようだが」
「はっ、はい! 私、颯懍様の弟子で明明と申します。本日は大師匠にご挨拶しに参りました!」
「ほう、颯懍の弟子に。それなら明明よ、そちからも誰か娶るよう言ってやってくれ。弟子としても、師匠が真人になってくれた方が嬉しいじゃろう?」
「え? ええ……それは」
もちろん。と言いかけたところで颯懍が割って入ってきた。しかも、意味不明なセリフで。
「明明が嫁候補です!!!」
「は?」
突拍子もなさ過ぎる内容に、あんぐりと口を開けて視線を移せば、背中をギュッと抓られた。
なななななに?!
「明明は俺好みなんです。まだ道士ですから結婚は出来ませんが、仙籍に入ったら行く行くは、と思っております」
はあぁぁぁぁぁ?!
「なんと、そうであったか。弟子を嫁に……。まああまり勧められる方法では無いが、禁じられておる訳でもなし。もちろん明明も了承しておるのじゃろ?」
了承どころか、そんな話しは一言も聞いてませんけど!
意義を申し立てる前に、背中を更に強く抓られた。颯懍からは「合わせろ」とでも言いたげな目線が送られてくる。
「はっ、はい!! 勿論です!」
「そーか、そーか! 相思相愛ならば儂も言う事なしじゃ。確かに儂がこれまで選んだ女仙とは、ちと嗜好が違ったようじゃな。ふむ、颯懍はこの様な女性がタイプであったか。いや、なに、400年も待ったのだ。そちが仙女になるまでの時間など、これまでの時に比べれば大した長さでも無い」
「は、はぁ」
「明明よ、颯懍の為にも頑張って修行に励むのだぞ? こりゃあ俗世で言う花嫁修業……いや、『花嫁修行』じゃな!! ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」
笑いながらバシバシと背中を叩いてくる老君と、ははははと空笑いしている颯懍。
「あははははは、冗談がお上手で」
まさかの展開に、私も一緒に笑うしかないでしょ、これは。