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眉目秀麗と言う言葉がピッタリな青年から、突然の告白と求婚。ただの村人其ノ壱だった頃にされていたら、きっと浮かれていたに違いない。
でも今は違う。
弟子入りすると決めたあの日、仙になれば子供は望めないと言われた。だから年頃の娘なら一度は考えてみる色恋のアレコレは、全て封印して修行に励んで来たと言うのに。
「どーいう事ですか!?」
辺りは薄暗くなり人気は無いので、誰かに聞かれる心配もないだろう。老君の御屋敷から歩いて家へと向かう道すがら、颯懍に詰め寄った。こんな目にあっているのだから、師匠だとか上下関係だとかは脇に置いといてもいいでしょ!
「はぁぁ、だから師匠の所へ行くのは嫌だったんだ。すまぬ」
「謝罪の言葉が聞きたいんじゃありません。何がどうなってあーなるんですか? 結婚って何ですか? 仙人に結婚制度があるなんて知りませんでしたよ」
「ふむ、まずそこから説明しよう。人には精気という物があるのは分かるな?」
「はい。男なら陽の気、女なら陰の気ですね」
人の体の中には精気と言うパワーがある。
精気の量は生まれた瞬間が最大値。新たに作り出すことは出来ないので、歳をとるにつれて減って行き、やがて精気が尽きると寿命も尽きる。これが老衰による死だ。
「この精気を仙骨に溜め込んだり、作り出したりする事の出来るのが仙だ」
「それも既に知っています」
仙が特に常人より骨が多いとか形が違う訳でもなく、見た目は普通。でも仙骨と言う特別な骨を持って生まれると、修行を積めば、その骨を入れ物として自由に精気を出し入れ出来るようになる。
更に、子を成せない体となる代わりに、そのエネルギーは全て精気へと変換されるのだ。だから女なら月経が来なくなる。
「さっきお主が言っていたように、男女で作り出される精気は違う。男の俺なら慢性的に陰の気が足りない」
「そうなりますね」
仙術を使うには、陰の気と陽の気を縒り合わせて神通力と言うパワーにする必要がある。陰・陽どちらをどれだけ使うかは、使おうとしている術がどの性質に属しているかで変わってくる。
例えば水に関する仙術を使いたければ、水は陰に属するので陰の気の方を多く必要とする。
木と火は陽、水と金は陰、土は中間、と言った具合に。
仙人や道士は食べ物や飲み物、それから自然の中に宿る精気を取り込む事が出来るとは言え、やはり片方の気が慢性的に欠乏状態になってしまう。
「その足りない片方の分を、効率的にカバーする方法がある」
「へえ! そんな方法があるのですか?!」
これまでは足りない方の気に属する食べ物を摂る事などで補ってきたけれど、そんな方法があるのなら早く教えて欲しかった。
早く早く、と期待の目で颯懍を見ると、気まずそうに顔を背けて呟いた。
「……房中術。平たく言うと性交」
「せっ……いこう……」
「互いの精気を、性交することによって交換するのだ」
性交って、アレですよね? 男と女が同じ床に入ってするアレ。
「そそそそれって、仙人は子供は出来ないけど、精気を得るためにエッチするって事なんですか……!?」
こくん、と頷き返した颯懍の顔が、ますます暗くなった。
「俺が道士になるなるよりずっと以前は、仙界に結婚という制度は無かった。男と女は互いに足りない物を補うために、欲望のまま随分とやりたい放題だったらしい」
うわぁ、それは何となく想像がつく。
だって結婚制度のある俗世だって、ふしだらな人はいるのだから。決まりが無いのなら尚更じゃないだろうか。
「快楽に溺れ堕落していく仙人達を、三清は憂いた。そこで取り入れたのが結婚と言う制度だ。俗世では一夫多妻制だが、仙人の世界は男が女を養うなんて考えは無いからな。だから一夫一婦制」
仙界では肉体的な力こそ男の方が強いけれど、神通力の強さや階級は男女関係ない。
父親が絶対、つまり男が絶対的な存在という俗世の常識しか無かった私には、かなりカルチャーショックを受けた。まあその代わりに、師匠が絶対的存在な訳だけど。
「だから結婚して足りない分の陰の気を補えと、大師匠は仰っていたのですね」
「必ず結婚しなければ交わってはいけない訳では無いし、現に、結婚しないでフラフラとしている者も居る」
「なるほど、ここまではよく分かりました。でも、何で師匠は結婚はおろか、その……房中術をなさらないのですか? 大師匠の話しからするに、仙術の腕や善行の数は既に真人レベルで、後はパワー不足なだけと言っているように聞こえましたが」
道士から仙人になる時と同じように、仙人の階級は三清が決める。どうやって決めるのかと言えば、神通力がどれくらい使えるかと言う『強さ』と、あとはどのくらい『善行』を積んだか。
善行は一概に数で推し量れるもので無く、人数や、その人がどの程度困っていたのか、どうやって助けたか、など量と質で変わってくるらしい。また悪行をすれば当然、これまで積み重ねてきた善行は相殺されてしまう。
『強さ』と『善行』で、仙人の位は決まるのだ。
これまでの話しの流れで行くと、多分颯懍は房中術を日頃からしていないから、パワー不足と言う事だろう。
陰の気がすぐに不足してしまうせいで真人になれないのなら、どこぞの仙女とさっさと寝てしまえばいいのに。老君の言っていた通り、颯懍の見てくれなら希望者が殺到するのは間違いない。
「それが……そのー……」
「何ですかモジモジして!! 私には当然、理由を知る権利があります。きちんと説明して下さい」
颯爽と人助けしてしまう、あのカッコイイ師匠は何処へやら。口ごもって小さくなっている。
でもここで、はぐらかされる訳には行かない。
ぐぐぐぐっと詰め寄ると、観念したようにボソッと一言。
「……たたない」
「……はい?」
人生で初めて聞いたワードに、思考が追い付かない。たつって何? 立つ? 建つ? 断つ??
「だから、勃たないんだ。アソコが」
「……………………」
「ぅおいっ!! あからさまに憐れむような目で見るな!」
いやいやいや、だってさ。20年間も野宿をしながら一緒に生活してきたんだもん。大事な部分は除くにしても裸ぐらい見た事ありますよ、そりゃ。
あの身体だから、さぞかし立派な逸物が付いているんだろうに、まさかの不能とは。