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その日の夕方、私たちはコンラッドさんのお屋敷を訪れた。
「うわぁ……。大きなお屋敷ですね……」
見た目も圧巻な作りに、私は感嘆の声を上げてしまう。
「腐っても、この街を治めている貴族サマだからな。
こっちにも、もっと金を回して欲しいものだぜ」
そう言いながら、大きな声で笑う鉱山長のオズワルドさん。
お屋敷のメイドさんもいるというのに、正直なことこの上ない。
ちなみにメイドさんに連れられて歩いているのは、私、ルーク、エミリアさん、オズワルドさん、ガッシュさんの5人だ。
「……まぁ、コンラッドのおやっさんは守銭奴で有名だからな。
口に出したところでいまさら誰も気にしないぞ?
そのメイドさんだって、そんなことは知っているだろうし」
ガッシュさんはメイドさんに向かって言うが、メイドさんは苦笑するのみだ。
そりゃ、否定も肯定も出来ないよね……。
「あ、アイナさん。ほらほら、ありましたよ、あれ」
エミリアさんが小さな声で話し掛けてくる。
ちょいちょいっと指差す方を見てみると、そこには大きな鏡があった。
「なるほど、確かにお金持ちの証って感じがしますね……。
残念ながら、今はいつもの格好だから……今回はスルーということで」
今日は『立派な身分の錬金術師』じゃなくて、『通りがかりの錬金術師』ということで来たからね。
オズワルドさんとガッシュさんも普通の服装だし、変にめかし込んでいたら、逆に浮いてしまったに違いない。
……何だかんだで、やっぱりこれが正解だったと思う。
そんなことを思いながらしばらく歩いていると、立派な広い部屋に案内された。
長いテーブルの上には食器類が並んでいるから、きっとここで夕食会を開くのだろう。
「――それではこちらでお待ちください」
メイドさんはそう言うと、部屋の外へと消えて行った。
肩の力を抜きながら、椅子に座って辺りを見てみる。
主が守銭奴という割には、高そうな調度品が目に付くけど――
「……あの、コンラッドさんって守銭奴って言われてるじゃないですか。
その割に、良いものが置いてありません?」
私の問いに答えたのはオズワルドさんだった。
「おやっさんも本当は買いたくないらしいんだが、奥さんの方が浪費家なんだよな。
見栄を張りたがる御人で、これまた有名なんだ」
「奥さんが何かを買うときは、おやっさんの許可は一応いるんだが……。
それも、有って無いようなものだからな……」
流れるように、ガッシュさんがフォローする。
「守銭奴と浪費家の夫婦ですか。
……んー、何だか奇妙な組み合わせですね」
「はははっ、ちげえねぇ」
オズワルドさんとガッシュさんが大笑いをする。
ここに来てようやく、私も内輪ネタに入ることが出来たかもしれない。
――そして待つこと、10分ほど。
メイドさんを連れて、ようやくこのお屋敷の主が登場した。
「やぁやぁ、はじめまして。
えーっと、こちらがアイナさんかな?」
……いえ、そちらはエミリアさんです。
やっぱり普段の服装も、もう少し立派にした方が良いのかなぁ。
「おやっさん、アイナさんはこっちだ」
私が微妙な気持ちでいると、オズワルドさんが話を振ってくれた。
「はじめまして、アイナ・バートランド・クリスティアです。
本日はお招き頂きましてありがとうございます」
「うむうむ、失礼した。
私はコンラッド・フォン・ガレンドルグだ。今日はよくいらっしゃった」
「こちらは私の連れのルークとエミリアです」
私の言葉に、二人も簡単に自己紹介をする。
「ふむふむ、なかなかに立派な若者たちじゃないか。
さてさて、アイナさん。この度は鉱山での崩落事故、頂いた助力を感謝する。本当にありがとう」
「いえ、お役に立つことが出来て良かったです」
「そうかそうか。
それでは細やかなお礼ということで、今日は食事を楽しんでいってくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
……少し堅苦しくはあったけど、そのまま談笑をしながら夕食会は進んでいった。
裏でどう思われているかは知らないが、コンラッドさんの対応も割と普通のようで、良かった良かった。
――しかし突然、その空気を壊す女性の声が響き渡った。
「あ――――な――――た――――ッ!!!!!」
私とルーク、エミリアさんは驚いてその方向を振り向いた。
コンラッドさん、オズワルドさん、ガッシュさんはぎょっとした感じでその方向を振り向いた。
「ちょ……ッ!? お前、今は来客中だぞ!?」
コンラッドさんは女性の前に走って行き、なだめるように肩に手を置く。
「何ですって……?
……あら、ようこそ我が家へ。それじゃあなた、ちょっとこちらへ」
そう言うと、女性はコンラッドさんを連れて部屋の外に出て行ってしまった。
「あの……、あれって?」
私が聞くと、ガッシュさんが苦笑しながら答えてくれた。
「ああ、あれが例の……浪費家の奥さんだ」
「はぁ……。賑やかな方ですね」
「良く言えばな」
オズワルドさんが意地悪そうに言うと、ガッシュさんと一緒に笑い始めた。
その笑いの隙間を縫うように、静かに耳を澄ませていると……部屋の外から、小さいながらも声が聞こえてきた。
奥さんの声しか聞こえてこないが、それは単純に奥さんの声が大きいだけなのだろう。
「(――だってあなた! アンゲラが私に自慢するんですのよ!)」
「(あの言い方、絶対ワタクシをバカにしていましたわ! あなたは悔しくないんですの!?)」
「(ひいてはガレンドルグ家が軽んじているっていうことが分かりませんか!?)」
「(きぃいぃっ! あの女、あれっぽっちのダイアモンドで良い気になって……! ガレンドルグ家の本気を見せるんですのよ!)」
……うん? ダイアモンド?
「(とにかく! あんなものより素晴らしいものを購入しますから、了承してくださいね! ……何ですか? 何か言いたいことでも!?)」
「(分かりましたわね!!)」
……その言葉を最後に、奥さんの声はしなくなった。
しばらくすると、コンラッドさんが頭を抱えながら戻ってくる。
「はぁ……」
「おやっさん、大丈夫か?」
「また、いつものか?」
オズワルドさんとガッシュさんが口々に尋ねた。
「ああ、もう……。何であんな嫁をもらってしまったのか……。
……おっと、今のはすまん。アイナさんたちは忘れておくれ……」
私は苦笑しながら頷いた。
ルークとエミリアさんも同様だ。
「あの……。奥様はダイアモンドを欲しがってらっしゃるんですか?」
「え? ああ、知り合いの奥方がずいぶんと高品質のダイアモンド原石を手に入れたようでな。
それに対抗心を燃やし始めたんだが……はぁ、くだらん」
……高品質のダイアモンド原石?
それって多分、ジェラードが売り払った……元々は私が作ったやつ、なんじゃないかな……。
「とはいえ、ああなったら奥さんは止められないからなぁ」
オズワルドさんの言葉に、コンラッドさんは深い溜息をつく。
「……はぁ、まったくだ。
それにしてもあの浪費癖、何とかならないものか……」
「ふむ……。
なぁ、アイナさん。何か良い薬は無いかな?」
ガッシュさんの言葉に、コンラッドさんはハッとした表情で私を見てくる。
「そういえば、アイナさんは錬金術師ということだったね。
何か……こういうときの薬は、無いものだろうか」
えぇ……?
急にそんな無茶振りをされても――
「……とりあえず、そんな薬は聞いたことはありませんが……」
私はもう、そうとしか答えられなかった。
「もし出来ればで構わないんだが、治す方法があれば探してくれないか?
もちろん礼は……ああ、うん。もし治せるなら、それなりには出すから」
コンラッドさんは報酬のところで少し言い淀んだが、切実に訴えてきた。
「……うーん、分かりました。ちょっと調べてみます。
でも私たち、あと3週間くらいしかミラエルツにはいないので……そこはご容赦ください」
「む、そうなのか……。
分かった、もし出来ればということで頼む」
「はい、分かりました」
……何となく招かれた夕食会だったけど、変な依頼を受けてしまった……。
『浪費癖を治す薬』……?
そんなもの、あるのかなぁ……?