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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
プロジェクトの年内最後の会議は、いつもより、少し遅く始まった。
柔太朗の外来やカンファなど医局の業務が終わってからでないと、四人が揃わない。
会議は、いつも、夜の八時前後に始まる。
この日も、始まったのは、八時を回ってからだった。
終わったのは、十時近く。
会議室を出ると、廊下の照明は、半分、落ちていた。
仁人と勇斗は、先に、それぞれへ帰っている。
柔太朗が、資料を鞄にしまっていると、廊下の先で、舜太が待っていた。
黒いビジネスリュックを、背負っている。
「先生、送りますよ」
「……助かります、お願いします」
断る理由を、探さなかった。
探さずに済むことが、最近は、少し増えた。
地下の駐車場。
助手席のドアを開ける。シートに座って、シートベルトを締める。
車が、動き出した。
幹線道路に出る交差点で、柔太朗は、ふと、言った。
「……少し、遠回りをしてもらって、いいですか」
舜太が、ハンドルを握ったまま、横顔だけこちらに向けた。
目が、少し、見開かれている。
「近道、ではなくて」
「ええ。今夜は、眠くならなさそうなので」
理由を添えた。
本当の理由は、それだけではなかった。
「ほな、……ちょっと、寄り道もしましょか」
舜太が、ウィンカーを右に出した。
しばらく走って、夜でも明るいコーヒーチェーンの看板が見える、ドライブスルーに車を入れた。
「ホットのコーヒーを二つ」
窓越しに、店員から紙のカップを二つ、受け取る。
一つを、助手席へ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを受け取るとき、指が、少し触れた。
紙のカップ越しの熱と、舜太の指の温度が、同時に伝わった。
柔太朗は、手を引かなかった。舜太も、引かなかった。
「……コーヒー、ですか」
「え」
舜太が、きょとんとした顔になる。
「コーヒー、嫌いでした?」
「嫌いでは、ないです。ただ、……コーヒーは、カフェインなので。夜はあまり」
「あ」
舜太は、一拍遅れて、今さら、気づいた顔をした。
「……すみません、先生。俺、なんも考えんと」
「いえ」
「あ、でも」
舜太は、少し笑って、冗談めかして言った。
「この前みたいに、先生に寝られてしまうと、話し相手がおらんので。寝てほしくなくて」
柔太朗は、思わず息だけで笑った。
「それなら、仕方ないですね」
カップを両手で包む。
「いただきます」
一口、飲む。苦味と温かさが、喉を降りていく。
車は、川沿いの道へ戻る。
年末の夜の川面に、対岸の灯りが揺れている。
「先生、ドライブで行きたいとこ、あります?」
舜太が前を向いたまま、聞いた。
「行きたい、ところ」
「どこでも。思いつきで」
柔太朗は、少し考えた。
車で出かけることが、あまりなかった。行きたい場所を聞かれることも、あまりなかった。
「……海、でしょうか」
「海」
「ええ。昼の海より、夜の海が」
「夜の?」
「夜の、です。人がいないので。音だけがある海が、いいです」
自分で言ってから、柔太朗は、少し驚いた。
そんなことを考えていたとは、知らなかった。
口に出して初めて、自分の願望を知った。
「ほな、次、行きましょう。夜の海」
舜太が、さらりと言った。
「次、ですか」
「次です」
その声が、あまりに、当たり前のように返ってきたので、柔太朗は、黙った。
それから、小さな声で言った。
「……はい」
車内の空気が、解けていた。
コーヒーの湯気と、川面の灯りと、「次」という言葉で、少しずつ、柔らかくなっていた。
だから、言えた。
長い赤信号で、車が止まる。
「……舜太さん」
柔太朗は、前を向いたまま言った。
「僕が戻る日のこと、覚えていますか」
「戻るの、春でしたよね」
舜太の声は、静かだった。
「はい。あと数か月です」
「早いですね」
「そうですね」
沈黙が、落ちた。エンジンの低い音だけが続く。
柔太朗は、カップを両手で包んだ。
「あと何回、こうして、送ってもらえるんでしょうね」
舜太の手が、ハンドルの上でわずかに止まった。
「……何回でも、送りますよ」
「帰る日まで?」
「その先も」
舜太は、一度、息を吸った。
「必要やったら」
柔太朗は、窓の外を見たまま、目を閉じた。
胸の奥で、何かが、軋んだ。
嬉しかった。嬉しいから、困った。
「そういうことを、言うから、困るんです」
「何がですか」
舜太の声が、敬語に戻っていた。
戻ることで、自分を落ち着かせようとしているのが、分かった。
「期限を決めておかないと、帰りたくなくなる」
声に出してから、言葉が取り繕えていないことに気づいた。
信号が、青になる。
舜太は、すぐには、発進しなかった。
後ろの車が、静かに待っている。
数秒、車は止まったままだった。
「……すみません」
舜太が、アクセルを踏んだ。
柔太朗は、膝の上のカップを見つめていた。
春に、戻る。
戻ったら、この人は遠くなる。
遠くなる日までと区切りをつけておけば、近づいても、傷が浅くて済む。
その先の約束さえ、しなければ。
そう、計算していた。計算しているつもりだった。
けれど、その計算は、もう、合っていない気がした
アクセルを踏んだ足が、少しだけ震えていた。
舜太は、前を向いたまま、ハンドルを握り直した。
言いたいことが、いくつもあった。
その先は、どうするのか。
戻ったあとも、会えるのではないか。
期限を、先に決める必要があるのか。
けれど、助手席の横顔は、「聞かないでほしい」と言っていた。
あの人が、「話せないことは、話さなくていい」と、自分に言ってくれたように。
聞かない、という優しさを、返す番だった。
「帰る日まで」
柔太朗が、小さな声で言った。
「……帰る日まで、なら。約束できます」
その声は、静かだった。
静かで、少しだけ震えていた。
「帰る日まで、ですね」
舜太は、そう答えた。
受け入れてよかったのか、分からない。
ただ、拒む理由は見つからなかった。
この人が、そう決めるなら。
遠回りの道は、まだ、続く。
会話は、もう、ない。
柔太朗は、コーヒーのカップを、両手で包んだまま、窓の外を見ている。
その指先が、カップを、ゆっくり撫でていた。
舜太は、それを、横目で見ていた。
柔太朗の部屋の前に、着く。
エンジンを切らずに、車を止める。
柔太朗は、空になりかけたカップを、まだ、両手で包んでいた。
「……コーヒー、ありがとうございました」
「いえ。結局、俺の自己満足で」
「今夜は、寝れなくなりそうです」
柔太朗は、少し笑って言った。
「ほな、先生、寝れんかったら、俺のせいにしてください」
「そうします」
柔太朗は、シートベルトを外した。
それから、迷って、舜太のほうを向いた。
「……先生、は、やめてもらえませんか。ここでは、……患者さんもいないので」
舜太は、少し驚いてから、笑った。
「ほな、……柔太朗さん」
初めて、名前を呼んだ。
柔太朗の目元が、ゆっくり緩んだ。
「おやすみなさい、舜太さん」
「おやすみなさい、柔太朗さん」
柔太朗は、ドアを開けて降りた。
夜の冷気が、ほんの少しだけ、車内に流れ込む。
ドアが閉まる。舜太は、建物の中へ入っていく背中を見送った。
部屋の灯りをつけると、冷えた空気が、肌に触れた。
コートを掛けて、鞄を置く。物の少ない部屋。
ベッドの端に、腰を下ろした。
体が、ゆっくり、沈んでいく。
心地よい疲れが、全身に、広がっていた。今日も、長い一日だった。
外来、回診、カンファ、会議、遠回り、コーヒー、海の話。
ふいに、あくびが、出た。
柔太朗は、口元に手を当てた。
……あくび。
コーヒーを、飲んだのに。しかも、夜に。
眠れなくなると、自分で、言ったのに。
患者に、夜のカフェインは控えてくださいと言う自分が、こうして、あくびをしている。
理由は、いくつか思いついた。
疲れているから。年内最後の会議が、終わったから。考えることが、少し、減ったから。
どれも、それらしくて、どれも、足りない気がした。
足りないものが何なのか、柔太朗は、考えなかった。
ただ、手の中に、まだ、紙のカップの熱が、残っているような気がした。
帰りの道。舜太は、片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で、紙のカップを口に運んだ。
ぬるくなったコーヒーが、喉を降りる。
苦かった。
夜の道。信号。川の灯り。
一人になった車内で、舜太は、最後の一滴まで、飲み干した。
期限がついた。帰る日まで。
それでも、次、と言えた。
それだけで、十分だった。
胸の奥が、温かくて、少し、くすぐったい。
嬉しかった。
次の約束が、できた。
それだけを、ただ、喜んで、アクセルを踏んだ。
コメント
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うわ、もう今回もめちゃくちゃ良かった…。「帰る日まで」って期限をつける切なさと、「次」って約束する温かさが同時に来て、胸がぎゅってなったわ。特に信号待ちの沈黙とか、コーヒーのカップ撫でる指とか、そういう細かい描写が刺さるんだよな。最後、柔太朗さんがあくびしてるところで「あ、ちゃんと安心してるんだ」ってホッとした。次が楽しみすぎる🔥