(有り得ない時刻に呼び出された時点で分かっちゃいたが、軽い話ではないな)
ランディリックはひそかに息を整えた。
深呼吸ひとつで、ざわつく心を無理に静める。
扉の前に立ったウィリアムが、軽くノックした。
「セレン卿。ランディリック・グラハム・ライオール侯爵をお連れいたしました。少しお話を伺えますか?」
短い沈黙が落ちる。
ギシリと寝台の軋むわずかな音がした後――、足音が近付いてきた。
幽けき音を立てて扉が開かれ、夜目にも美しい顔立ちをした青年が顔を覗かせた。だが、疲れた様子の彼の目元には少し隈が出来ている。グランセール駅からウールウォード邸へ向かう馬車内ではキラキラと輝いて見えた明るい表情が、今は見る影もない。恐らく心痛で眠れていないのだろう。
「朝早くに僕のために申し訳ありません……」
今は辺境の地の侯爵家三男坊、セレン・アルディス・ノアールという設定のセレノ皇太子殿下だが、こういう時には素が出るものだ。
他国とはいえ、立場的には下の身分に当たるであろうランディリックやウィリアムにもちゃんと礼を尽くせるセレノを見て、ランディリックは密かに感心した。
「いえ、問題ありません」
そんな皇太子殿下へランディリックも礼を尽くしてそう答えながら、ウィリアムとともに室内へ入った。
***
寝室は薄暗い。
厚手のカーテンは閉ざされ、夜明けの光がわずかに漏れるだけだ。
その淡い光の線の中に、細い影が落ちている。
「……少し、細工をさせて頂いても構いませんか?」
セレノの問いに、ランディリックは「細工?」と首を傾げたのだが、ウィリアムは自分と同じ反応を示さない。どうやら友はセレノが何を言っているのか分かっているらしい。
「はい、この空間に〝静寂のヴェール〟を張らせて頂きたいのです」
セレノの説明によれば、マーロケリー国の王族は、意図して外部へ自分たちの声を聴かせない〝膜〟のようなものを張ることが出来る特殊能力を持つらしい。
かつては皆が持っていたという〝魔法〟の名残なのかも知れません……と淡く微笑むセレノを見て、ランディリックはイスグラン帝国の王族にはそのような力があるという話は聞かないな、と思った。
イスグラン王のことだ。もしかしたら何らかの能力があることを、外部には漏らさないようにしているのかも知れない。
セレノの言葉にランディリックが「お願いします」と答えたと同時、セレノが「では……」とつぶやいた。
たった一言だったけれど、その瞬間、〝何かが変わった〟のを肌で感じたランディリックである。
「これで……この室内で話す声は外には聞こえないはずです」
それだけで、〝では〟の一言で〝静寂のヴェール〟の能力が発揮されたのだと知るには十分だった。







