テラーノベル
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仮にも一国の皇太子が相手である。立ったまま話をするのもはばかられると判断したランディリック達は、カーテン近くへ置かれた応接セットへ腰掛けた。 ランディリックの隣へウィリアム、テーブルを挟むようにして向かい側にセレノが座る。
セレン・アルディス・ノアールとして身を寄せる皇太子は、しばらくの間、両手を組んだまま、深い影の奥で瞳を伏せていた。
肩がわずかに下がり呼吸が浅いのは、寝不足の影響だろう。
「セレノ殿下、わたくしは現状をよく理解しておりません。殿下の口からご説明頂いてもよろしいですか?」
日頃〝僕〟と称するところをあえて〝わたくし〟と切り替えてセレノを真っすぐに見つめる。
ウィリアムは手紙には書かなかったのはもちろんのこと、ランディリックがペイン邸へ着いてからもことの次第を話そうとはしなかった。
それはセレノ皇太子殿下の身を案じてのことかも知れないが、恐らくは真っさらな状態でランディリックに、当事者のセレノ本人から話を聞いて判断して欲しいと思っているんだろう。
その証拠にランディリックがセレノへそう語り掛けてもウィリアムは何も言わなかった。
ランディリックの声に、セレノの肩がわずかに揺れる。
ゆっくりと顔を上げたその目は、熾火のような色をしていて、いつもの覇気が感じられない。
普段は静かで整った光を宿していたその瞳が、今は不安に揺れていた。
「その……ランディリック侯爵は、ウィリアム公から何も聞いていないのか?」
その口調は、ノアール家三男坊のセレン・アルディス・ノアールとしてのものではなく、マーロケリー国皇太子、セレノ・アルヴェイン・ノルディールとしてのものだった。
どこか探るような物言いは、穏やかな中にも強い意志を持つセレノにしては珍しく、言葉の端々にランディリックの真意を推しはかるような弱々しさがあった。
「ウィリアムからは、殿下の部屋で何か問題が起きた、としか」
日頃なら〝ウィル〟と愛称で呼ぶところだが、今はその時ではない。
ランディリックがありのままを告げてセレノを見つめると、「そうか……」と吐息を落とすようなつぶやきが返った。
ややして、観念したようにランディリックを真正面からじっと見つめると、ハッキリとした声音で語り始める。
「実は昨夜、屋敷の皆が寝静まった頃、僕の部屋に……〝ある女性〟が訪ねてきたんだ」
「女性?」
ランディリックの瞳が冷たく光る。
その横で、ウィリアムがまるで自分の落ち度ででもあるかのように、小さく吐息を落とした。
「……訪問者はダフネ・エレノア・ウールウォード嬢です」
セレノが出した名前に、ランディリックの表情が音もなく変わった。
眉間の皺、細められた瞳。
血がわずかに騒ぐような静かな怒気が、室内の空気を引き締める。
(ダフネが……来た、だと?)
ランディは声には出さず、胸の底で忌々し気に呟いた。
リリアンナを傷つけ続けた〝虚飾の影〟。
あの家に巣食っていた〝醜い毒〟の片鱗。
その女が――いま、異国の皇太子を巻き込む形で再び姿を現した――。
「ウィル、キミはあの女をしっかり監視すると僕に約束していなかったか?」
セレノ皇太子殿下の前であることも忘れたように、ランディリックの怒りの矛先が友へと向かう。
「すまない、ランディ。それに関しては完全に俺のミスだ」
ウィリアムの話によれば、皆が寝静まった後、ダフネが窓からコッソリ侍女部屋を抜け出し、夜陰に紛れてセレノの部屋を訪ったらしい。
コメント
1件
ダフネが絡んでると知ったらそりゃ怒るよね