テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
44
レンコン 煮付け
61
コメント
1件
うわ、209話めっちゃ重いけど良い回だった……。まずジムのシーン、竜馬が仕事で自分を追い込んでるところに宗一郎がブレーキかける流れ、すごく兄貴分って感じがした。ジャスティンの死をまだ引きずってるのが伝わってきて胸が詰まる。で、宗一郎の母親の癌告白には竜馬も言葉を失ったよね。それで場面がパッと変わってアリス登場。母親の琴子がまあ強烈で、叩くシーンはヒヤッとした。お見合い写真の竜馬が睨んでて「最高な表情ですこと」って言うアリス、皮肉が効いてて笑えた。次どうなるんだろう。
竜馬はメビウスビルの30階にいた
ジムのIDカードをスキャンし中に入るロッカーでトレーニングウェアに着替えて、トレーニングシューズに履き替えた、今夜は疲れているが今や運動しないで寝ると夜中に必ず起きるのだ
今は夜中の11時・・・こんな時間には誰もいない、トレッドミルの横に行き、動くベルトの両側の枠に足を乗せセイフティクリップをシャツに留める、次に運動の強度を設定する・・・無理はなしない
キラキラ輝く全面ガラス張りの大阪の夜景を見ながら、ゆるい傾斜で早歩きをしてみて、今の自分のレベルを知り、少しだけ負担をかける・・・馬は自分の体をチェックした
―脚、よしっ!呼吸、よし!心拍、よし!もう少し・・・―
ペースをあげる、走りながらこれからのメビウスの事業展開を考える、もっと事業を拡大しないと・・・まだまだだ!もっと!もっと!もっと!もっとだ!!
その時パチッと誰かにボタンを押された、ベルトがスローペースになり、途端に腕が四方八方に向かっていく、あわててこけないように手すりをつかみ、頭がコントロールパネルにぶつかるのを食い止めたものの、足はゆるいベルトに合わせて動きつづけた
「くそっ!やめろよ!宗一郎!」
竜馬は怒りの声をあげ、スイッチを切って飛びおりた
「やりすぎだ」
宗一郎が竜馬の横のベンチに座って竜馬を睨む、彼はまだスーツ姿だ
「お前こそ仕事してたのか?」
宗一郎はここぞとばかりに竜馬に長々と説教をした、ここ最近でのメビウスの業績アップに伴う無茶な組織改革、顧客の整理、大口クライアントだけに絞る戦略などなど
「仕方がないだろう・・・ジャスティンの残した会社を潰す訳にはいかないんだ、大きくしていれば安心する」
タオルで汗を拭きながら竜馬は言った、そのためには何年先もの戦略がいる、今度行われる国際的な宝石商(ITOMOTO)とのチャリティーイベントもだ
「洞察力のない者の眼ならごまかせるが」
宗一郎は小さくため息をついた
「今のお前は自分の手中にないものだけに気持ちを向けすぎている、だからこそ謙虚になれるんだろうが、でも今は一歩下がって自分が持っているものを味わうべきだ」
その言葉を聞いて竜馬は本当に欲しいものは何一つ持っていないと叫びたかった・・・しかし、それを宗一郎に言うのは間違っているとわかっていた
「竜馬・・・ジャスティンはお前のせいで死んだんじゃない・・・半年の命と言われて、お前と会って一年も生きたんだ・・・」
ジャスティンは日本の地を踏んだことはなかったが、ここの頂点に立つ二人の男は、たしかにジャスティンが残した力に包まれていた
温かく・・・頼りがいのある手に包まれている気分だった、しかし今は、宗一郎の言った言葉が面白くない、宗一郎が続ける
「お前はジャスティンを何とか生かそうと躍起になっていた、彼の死を受け入れたくなかったんだ、でもジャスティンは・・・死を受け入れて、尚且つ、最後までお前の役に経ちたかったんだ」
悲しそうに床を見つめる竜馬に宗一郎は言う
「竜馬・・・人には自分でさえもあらがえない、神様の決めた寿命があるんだよ」
暫くの沈黙の後、竜馬は考え込んだ・・・ジャスティンが息をひきとった時は自分は彼の横で寝ていた
もし・・・あの時自分が目を覚ましてさえいれば・・・いや・・・そもそも寝るべきではなかったんだ・・・・
自分が何年も前の出来事をウジウジ悩んでいるなんて思われたくなくて、宗一郎に顔を向けることができない
「わかった風な口を効くじゃないか、どうしてお前にそんなことがわかるんだよ」
二人は大阪の夜景を暫くじっと見つめた、宗一郎はリラックスルームからとって来たミネラルウォーターを一口飲んで唐突に言った
「母親が・・・癌なんだ・・・しばらく休みがほしい」
宗一郎は無表情で言った・・・シン・・・としたジムの中、竜馬は口を開いたものの・・・言葉は見つからなかった、暫く無表情の宗一郎を見つめていたが、根ほり葉掘り聞く必要はなかった、大事なのは宗一郎の言う通りにしてあげることだ
「わかった・・・僕に出来る事は何でも言ってくれ」
竜馬が宗一郎のミネラルウォーターを取り上げて一口飲んでまた返した
「ああ・・・・これに関しては、俺は良い手本を見せてもらったからな、ジャスティンは幸せだったと思うぞ」
―だけど死なせたじゃないか―
そう反論したかったがやめた、暫く二人で窓の外の夜景を見つめる・・・お互いの呼吸を感じていた、不意に切なくなった、どうして大切な人ほど失ってしまうんだろう・・・宗一郎が竜馬の肩をギュッと掴んだ
「お前ほど献身にできないかもしれないけど神様が決めた寿命がつきるその日まで、母の傍にいてやるつもりだ」
.。 .:・.。. .。.:・
カチッ・・・
―竜馬とジェニの遭遇まであと465日―
.。 .:・.。. .。.
【兵庫県 芦屋 】
兵庫県は芦屋の超高級住宅街「六麓荘町(ろくろくそうちょう)」は 、古くは近代日本の礎を築いた関西の財界人、そして現在では、経営者や弁護士医師団などが主な住人だ
誰もが知るような有名人の邸宅もあり、日本でも有数の成功者が集まるのがこのエリアだと言えるだろう、その山間地域一帯の中でも、一番上のジャコビアン様式の壮大な屋敷は、日本でも歴史の古い国際的な宝石商(ITOMOTO)の四代目会長「伊藤政宗(いとうまさむね・79歳)」の屋敷だった
そして今、伊藤政宗の孫娘「アリス」は屋敷のリビングに座り、膝に乗せた刺繍に意識を集中しているフリをして下を向いていた
母親の「琴子」はイライラとリビングの窓の傍を行ったり来たりしている、母の愚痴はいつものことだ、母は世の中の全ての事が気に入らない
しかし、その聞き慣れている愚痴も、生理二日目の今は免疫ができず、吐き気がして胃が沈み込むような奇妙な感覚に襲われていた
「姿勢が悪いわよ」
琴子はアリスを冷めた目で見つめ言った
「直しなさい」
下腹部が重く痛むけどアリスは背筋を伸ばした、琴子がタブレットを取り出して画像を見せた
「お見合い当日のあなたの振袖よ、京都の呉服問屋から吉祥文様が届いたわ、この後ヘアスタイリストが3時に来るから打ち合わせしなさい、子供っぽすぎないようにね、あなたの風貌はそれでなくても24歳にもなって女学生みたいですから 」
琴子はそう言ってアリスを眺め、片方の眉を上げた
―生理なのに・・・着物なんて・・・―
途端にアリスは、今週末の淡路島での父の謝恩会の付き添いという名ばかりの「お見合い」を思って憂鬱になった
「今度のお見合い相手は、珍しく骨のある方のように見えるわね、なんでもアメリカで成功された方だとか、写真を見た所扱いにくそうだけど、お祖父様がたいそう気に入ってるわ、ここらへんで決めなさい、前回の人みたいにハゲてないだけいいじゃない 」
母、琴子は54歳という年齢の割には若く美しかった、もっともかかった美容整形代は一軒家が買えるぐらいだろうが、それでも優美な顔立ち、豊かな黒髪と、白い肌は健在だ、一方アリスは父親似の髪は栗色、肌は色黒で背は低く、母の言う通りおぼこい
母からテーブルにポンとA3の皮の背表紙の見合い相手の写真を放られる
「私はまだ、誰とも結婚するつもりはありませんよ・・・お母様・・・ 」
アリスはなるべく感情を表には出すまいと務めて言った
「私があなたの年齢ではもう結婚していましたよ、結婚したい、したくないのあなたの意見など聞いていませんよ、松下様の資産とうちの資産と合わせたら、それはそれは人も羨むような莫大な財閥一家になるわ」
琴子はそっけなく言う、アリスは夫選びに関しては資産など興味なかった、それなら発情したネズミと結婚するほうがマシだった
「ですがお母様・・・労働をし、汗を流してその対価を得られる喜びがあると聞きます、私は結婚する前に世の中に出て、一度でいいから社会経験というものを経験したく―」
―パシンッ―
母がアリスの右頬を思いっきり叩いて黙らせた、あまりの驚きにアリスの口がアルファベットの「o」の形になる
「この私に働けと言うの?アリス」
小さい頃は、よくこの母親に折檻されたものだが、さすがにアリスは大人になったこの歳にもなって、右頬を叩かれることに意表を突かれた
「思い上がるのもいいかげんにしなさい! その自分で金銭を稼ぎたいという低俗な欲望が、未来の求婚者を遠ざけているのですよ!」
アリスは叩かれた右頬を抑えて、母親を睨みつけた
「生意気な子ね・・・育て方を間違えたわ 」
部屋は静まり返っていた、母はまばたきひとつもせずアリスを見つめていた
高圧的な中堅の母親と、反抗的な若い娘と、無言の戦いが繰り広げられているかのようだった、琴子が口を開いた
「アリス・・・何度も言いますが、一生仕事をして稼げるお金なんてたかが知れているのよ、伊藤家や松下家が所有する財産と比べたらたいしたことないわ、私達は上位1%の上流家庭に育ったわけじゃない、日本の上位0.1%の裕福層に属しているの、それが私達なのよ!もっと自覚しなさい!どうして巷の一般人から悪影響を受けるの?SNSを止めなさい」
アリスは母の小言を聞きながら、再び刺繍に目を向けてブスッと針を突き刺した、他にも突き刺せるものがあればいいのに
「お父様が亡くなってから、私達はお祖父様のご慈悲で生きているのよ!いい?これ以上伊藤家の財産をあの弟夫婦に取られてなるものですか!わかっているわよね!本来ならあなたが全て継承するものなのよ!それなのにお父様が亡くなってからお祖父様は変わったわ!私達にすっかり関心がなくなった」
母は不愉快そうに、また窓の傍を行ったり来たりしだした、かかと付きの室内履きが床をコツコツと刻む音が部屋に響いた、やめてほしい
「松下竜馬様は聞くところによると、アメリカを拠点とした実業界の大物だとか、私達の中では新参者だけど、その言い回しが使われる殿方は一般の尺度では測りきれないほどの大きな財産を蓄えていると理解していいわ、お祖父様が大変気に入っていらっしゃるその殿方と結婚することこそが、アリス!あなたの伊藤家の役割よ!」
自分の価値が、伊藤家の資産継続しか求められないというのは幼い頃から聞かされているとはいえ、非常に情けないものだ
それでもアリスは心の奥底では、アリス自身を求める男性を待ち望んでいた、しかしそれは叶わぬ夢というものだ
アリスは小さい頃に与えられたもので満足することを学んだ、何かを望んで行動を起こすと、必ず邪魔される
「私達くらいの裕福層になると、社会の常識が違うのよ、松下竜馬が善人だと思っているのなら一つ教えておいてあげるわアリス・・・あなたと結婚したら彼は愛人をまず作るわ、写真を見たけどあの顔立ちと資産があれば生涯に少なくとも3~4人と離婚再婚を繰り返すわね、そのうちの一人がアリス・・・あなただからと言ってどうだというの?結婚して子供を産んでしまえばこっちのものよ」
母が生前のお父様のことを皮肉っているのがわかっていたので、アリスは返事をしなかった、ひどく憂鬱な気分になった、もうこの会話にはうんざりだ
「いい?アリス・・・お祖父様が気に入っていらっしゃる松下様と何としても結婚して婿養子になってもらうの、そして一日でも早く世継ぎを産みなさい、そうすれば私が子供を理由にいくらでも財産を吸い取ってやるから、さっさと既成事実を作ってしまいなさい 、あ・な・た・の・方・か・ら・ 誘惑するのよ!」
― 誘惑・・・―
アリスは無言だったが、頭の中ではいくつもの反抗的な言葉が浮かんでは消えていった、いったい男性を誘惑なんてどうやってすればいいのだろう、突然彼の目の前で素っ裸にでもなれというのか、それに自分は今、生理中だ
「いくら「あの行為」が 嫌でも種を撒かれれば女は妊娠するのよ」
疲れた顔で琴子は言った
ふぅ~・・・「あなたが男ならこんな苦労はせずに済んだのに・・・」
吐き捨てる言葉と同様に琴子はアリスに軽蔑の目を向け、バタンと扉は閉められた
一人部屋に残され・・・アリスは鼻から息を吸い、刺繍枠を置いて立ち上がった、不意に見合い相手の写真を広げてみる、そこにはたしかに麗しいほどハンサムな長身の男性がスーツ姿で映っていた
しかし写真の彼は顔をしかめてこちらを恐ろしく睨んでいる
「お見合い写真には最高な表情ですこと・・・」
アリスはポツリと呟いた