テラーノベル
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レンコン 煮付け
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アリスは祖父の政宗と高身長の男性が、窓際で何やら話し込んこんでいるのを遠くからじっと見つめていた
その傍らでチャリティの招待客達が祖父に声をかけて欲しがって、二人をチラチラ見ている、しかし祖父は目の前の若者に話をするのに夢中で、他の招待客達に目もくれない
そして二人は奥の部屋に消えて行った、しばらくは戻ってこないだろう、必然的に自分と母親達が招待客の相手をしなければいけない、この距離からでは、祖父と話していた相手の顔がよく見えない、もっともあと数十分もすれば、嫌でも顔を拝めるのだけど、できれば見合い写真のように、しかめっ面だけは避けたいものだ
そこに招待客の一人でアリスの苦手な人物がアリスを呼び止めた、その男性は祖父の知人だ、関西でも政治家にまつわる家系の出で、とても野心があり、うちの家の後ろ盾を是が非でも得たいことを微塵も隠さない、あつかましい人物だ
当然ながら祖父の催すイベントが、チャリティでも美術鑑賞会や音楽会であっても、必ず出席するのが当たり前だと思っている、アリスは馴れ馴れしい彼を、目の前にして苛立ちを覚えた・・・としても目を少し細めただけにして、本日の彼の鞄をさりげなく褒めた
「アリスさんはお目が高い!そうなんですよ!この鞄は―」
たとえどのような災いの種に気付いても、優雅にホスト役を務められるよう、女学院時代から学んできた、実際にアリス本人自身がマナー講師の資格を取得しているだけに、アリスは優雅に招待客達に接する
「イタリアの現地に職人がいましてね、犬のように働いても、年間十個しか作れないなめしたての革なんです、最高級の!ぜひおひとつプレゼントしましょう!」
アリスは上品に微笑んだ、欲しいとも要らないとも言わなかった
今夜のアリスは見事なクリーム色の格式の高い吉祥文様の手の込んだ振袖に、芳醇なワインレッドの帯を纏っている、着物には「格」があり、今アリスが身にまとっている振袖は、最高品格のものだ
さらに裕福層を象徴する、伊藤家の家宝「推定一億円のダイヤモンドの帯留め」からはアリスが静かに動くたびに、天井の証明を反射して、星のようにキラキラと輝いている
招待客はアリスの顔より先に、ダイヤモンドの帯留めに目が止まる、実際この嫌な祖父の知人も、露骨に目線を帯留めにやっている、当然だろう、この帯留め同様、自分も宝石商(ITOMOTO)の商品なのだから
もしかしなくても、自分自身の価値は、この帯留めの足元にも及ばない、数時間かけてヘアスプレーでガチガチに固められたアップスタイルの髪は、頭を動かすたびにピンが頭皮に刺さって痛む・・・このまま後何時間もこの恰好で過ごすのが、早くも辛くなっている
大会場の大広間をふた続きにした客間は人で溢れ、このチャリティイベントは大盛況だった
アリスは、祖父の有力な宝石商仲間に会うたび、帯留めの賞賛を笑顔で受け、大使や顔見知りの知人程度の人々に至るまで挨拶を交わした
生理は終わりかけだとはいえ、頻繁にトイレに行きたくなる
―ああ・・・ナプキンを変えたい―
なのに誰もかれもがアリスに挨拶をしたがった、そして今回、自分がここに呼ばれた元凶のお見合い相手とお祖父様が、この広場に戻ってくる前に、何としてでもトイレに行っておきたかった
それなのに、ふと窓を見ると、正面玄関前のピロティ―に、ロールスロイスのシルバーシャドーと、黒のリンカーンが横付けされた、また新たな客が来た、アリスはため息をついた
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「やっと紹介できるな! 松下君!これがワシの孫娘だ! そしてアリス!このワシの何としても手に入れたいサラブレットが「松下竜馬」君だ」
「松下竜馬です」
目の前でダークブラウンのスーツの男性が、アリスに頭を下げた時、思わず目を見張った
―大きいわ・・・ものすごく大きい・・・―
伊藤家の家系は、元々男性でも小柄だ、父も祖父でさえ、もしかしたら170センチないかもしれない、実際アリス自身、身長は高校生の時に止まった小柄な154センチは、今ぐっと見上げないと結婚相手の彼の顔が見れない
祖父がここの庭園を二人で散歩するのは絆を深める良い機会だと言った、彼は黙ってうなずくと、庭園に出るガラスの二重扉をアリスに向かってそっとあけた
途端に空調の気圧で耳がキンッとする、それでも気持ちの良い外の、清々しい空気の中に踏み出すと、風に運ばれた淡路の海と庭園の花の芳香に少しホッとした
「あちらに行ってみましょう」
―しゃべったわ・・・―
彼がアリスを導いて小道を進む、空は晴れ、太陽は頭上で輝いてる、冬には珍しく春の小春日和のような陽気だ、大広間の人でごった返した空気とはずいぶんと違って、清々しい海の近くのみかん園の香りが鼻孔をくすぐる
しかし、突然この威圧的な長身の男性と二人っきりになった事に戸惑って段々緊張してきた
―彼の表情は険しいわ・・・ああ・・・でもこうして見ると、彼は写真よりとても素敵だわ・・・ ―
横目で彼の横顔をさりげなく見る、鼻が高いっ! アリスのペチャ鼻とは比べ物にならない・・・光沢のある真っ黒の髪が風に揺れている・・・アリスみたいにスプレーで固めていない、どうして彼の睫は男性なのにこんなに長いの? 目を閉じたらどうなるんだろう・・・
アリスは彼を観察する目が止まらなかった・・・心臓がドキドキする、唇は・・・綺麗で官能的だ・・・彼の体つきは幅のある肩の割には首は細く滑らかで・・・後頭部から首の滑らかなカーブが繊細だ
ああ・・・そうか・・・この方は男性らしさが溢れている中で、長い睫や細くてしなやかな首が麗しさを醸し出している・・・だからこれほどの体格でも彼を男臭く、いかつい感じにしないのだ
そんなことを考えていたものだから、アリスは砂利に足を取られてよろけた
傍らを歩く竜馬がそれに気づき、アリスの腰に腕を回して支えてくれた
「お怪我は?」
竜馬が低い声で尋ねる
―声も良いのね・・・それに近くで見るとこの方の肌は陶器のよう・・・―
アリスの頬に彼の爽やかな温かい吐息がかかった、思わず頬が熱くなる
「だ・・・大丈夫です・・・申し訳ありません・・・」
彼は表情を緩めてうなずき、右手を差し出した、アリスはぼんやりしてその手を掴んだ、手の平が触れ合った事にくらくらした
それに先ほど急いで取り替えたナプキンの位置がズレている・・・そんなもので彼はヨロヨロ歩くアリスの体を支えてくれた
―恥ずかしい・・・これではだらしない酔っぱらっている女みたいじゃない・・・しっかりするのよ!アリス!―
アリスの体に力が入らなかったのは、目の前の彼の熱に圧倒されたからだ、彼が不意に立ち止まったので、アリスはその背中にぶつかりそうになった
「ど・・・どうされましたか?松下さん? 」
「カモメがいる」
彼がささやいた
「ああ・・・そうですね、海の近くですからカモメがここには沢山います」
そこから二人は暫く黙って海辺に生息しているカモメを見つめていた、何か話さなければ・・・などは思わなかった、なぜなら彼はカモメを見つめながらじっと考え事をしているのがハッキリと見て取れたからだ
それに彼はとても良い匂いがする・・・爽やかな森林のような・・・それでいてピリッとスパイシー・・・
「カモメはお好きですか?」
アリスは目の前の大きな男に聞いた
「今まで好きなんて考えたことないな・・・ただ・・・一時期一緒に生息していた頃がありますね」
彼は天体を観察するように空を見上げた
「こんな色ではなかったな 」
彼が言う・・・カモメに色があるのかしら?
「ずいぶん・・・カモメに お詳しいのですね・・・」
フッと彼が口元を緩めた、カモメがそんなにおかしいのだろうか?
「詳しいどころではないですね、ヤツらはとても獰猛です、突つかれたらペンチで腕をひねられるような感じで血が出ます、食い物なんか持っていたら最後です、殺されます、自然の荒々しさを知りたければ、ミシガン湖のカモメを一度は訪れたらいいでしょう、だけど・・・」
「だけど? 」
「なぜか泣いているときは・・・寄ってこないんですよね・・・ 」
彼は言い添え・・・少し声を落として・・・鳴き叫びながら空を飛ぶカモメをじっと見つめたまま動かなくなった・・・まるでカモメと一緒に泣くのが日常茶飯事だったような淡々とした語りぶりだった
―どうしてそんなに寂しそうなの? ―
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そう尋ねることで彼の話の腰を折りたくなかったのでアリスは無言で横に立っていた、だって彼がカモメを見つめていれば心置きなく観察できるというものだ
アリスは竜馬をまるで絵画を観賞するように見つめた・・・この時アリスはこの男性に淡い恋する予感を悟った
春の小春日和のような空の下・・・海風の爽やかな愛撫以外肌に触れるものは何もない午後・・・彼は言った
「あなたのお祖父様は、僕とあなたが結婚することを望まれています」
唐突に彼が話したものだからアリスの返事が裏返った、彼がじっとアリスを見つめている
「貴方様はこれが政略結婚だということはお判りでしょう? 松下さん」
アリスが言うと、彼はこっちを向きコクリと頷いた、表情は真剣だが、男女が結婚相手を見つめるようなうっとりとした夢見る雰囲気とはほとほと欠けている
「私達は、お互いの資産を増やすために結婚します・・・私達の結婚にそれ以外の理由はありません、それはお互い十分理解しているはずです」
アリスが一歩彼に近寄って来た
「ですが・・・私は平和的な結婚生活を望んでいます」
笑われるだろうか・・・そんなことを思ってしばらく返事を待ったが、初めに自分達は結婚によって「協力関係」を確立するのだと認めてもらいたい・・・決して人質のような「支配」ではなく
「わたくしはずっと考えていました、誰かと夫婦として生涯を過ごすのなら・・・その相手にわたくしを理解してもらい、お互い尊重して生きて行きたいのです、わたくしの条件に・・・賛同してくださる?」
彼がじっとアリスを見つめている、まるで商取引のような冷たい言い方をしてしまった
彼が自分を見つめる・・・真っ黒な瞳からは何も読み取れない、ああ・・・ でも彼はとてもハンサムで、とても真剣に話を聞いてくださる、なんて魅力的な唇・・・まるでどこかの国の王子様のよう・・・
アリスは思った、もしかしたら自分はラッキーなのかもしれない、これはアリスにとって他の女の子達が当たり前のように望むもの・・・恋をして・・・一緒にいてドキドキし、肌がぞくっとするぐらい若くて、ハンサムな夫を手に入れること
たとえ便宜上の結婚でも、これほどのまたとない機会はもうないだろう、これまで長いこと伊藤家の資産の都合上で生きてこなければいけなかった 「宝石商ITOMOTO」としてのアリスの務めを果たす事・・・アリスが生まれてきた意味、裕福な力ある男性と結婚して子孫を残す使命
人生に刺激は望まないし、誰かと愛し愛されるなんて希望をもったら馬鹿を見るに決まっている
でも少なくとも・・・彼の子供のDNAは期待できるんじゃない?なぜか女の本能が潜在意識の奥でピリッときらめいた、それは古来から女に備わった本能・・・優れた男のDNAを欲しいと思う気持ち・・・
アリスはじっと彼を見つめて想像した、黒髪で体格の良い・・・美しくて賢い自分の子供・・・そんなことをボーッと考えていると彼が一歩アリスに近づいた
彼はお辞儀をし、とても優雅にアリスの手を取った、アリスの心臓がドキドキする
―ああ・・・ どうしよう・・・わたくしは彼をひと目見た時から、恋をしてしまった―
「商談成立ですね・・・奥様・・・ 」
彼は微笑んでアリスの手の甲に騎士のようにキスをした
二時間後二人は婚約発表をした
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カチッ・・・
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ジェニと竜馬が遭遇するまであと300日・・・
コメント
1件
第210話、読みました!アリス視点の繊細な心の動きがとても丁寧で、特に竜馬さんと初めて二人きりになったときの緊張感がひしひしと伝わってきました。カモメのエピソードが印象的で、彼の「泣いているときは寄ってこない」という言葉に、どこか寂しげな過去を感じて胸が締め付けられました。それでもアリスが彼に恋する予感を自覚する瞬間の描写が美しい。婚約成立のシーンも、ドキドキしながら読んでいました。次が気になります!