売れていたのは木彫り……
ではなく、革の小銭入れと銀細工の内の一点だった。
「えっ?売れたの!?凄いね!」
「いや、まあ。大したことないぞ」
虚勢を張ったが内心は小躍りしていた。
祝いの酒を早く飲みたいっ!
「えっと…どうしたらいいんだ?」
初めての事に、つい考えが口に出てしまった。
「私、そのアプリを使ったことがあるから、任せて!」
「えっ……お願いします」
少し悩んだが、わかる人に任せた方がいいよな!
決して面倒だなんて思ってないからなっ!
「郵送で良いんだよね?後はここを押して決済すればいいよ。
向こうに届いて確認されたら入金されるから」
詳しい説明までしてくれた…早く帰らせようとしてごめんね…あんたは女神や……
「ありがとう。フリマアプリは初めてだから助かったよ」
・
・
「うっ…う…」
えっ?!泣き出したんだが!?
何でっ!?
「ど、ど、どうした!?ケーキが腐ってたのか!?」
「違うの…急に泣いてごめんね。素直に感謝されたのが嬉しくて……
最近何をやっても上手くいかなかったから」
良かった。ケーキじゃなかったんだな。
ってそうじゃなくて、この子大丈夫か?普通に心配だな。
「俺なんか友達は少ないし、最近まで呑んだくれていたし。
長濱さんは友達も多いし、ちゃんと大学にもいってるじゃん」
ありきたりな慰めを言った後。
「でも、それでも不安ならいつでも言ってくれ。
長濱さんは俺からしたらちゃんとやれてる人だよ。
バイトでもいいなら胡椒詰めしてくれたら有難いしな!
だからあんまり考え過ぎないように!
いざとなったら大学なんて辞めても良いし、就職だって先に伸ばせば良い。
胡椒詰めのバイトならいつでも募集してるから」
上手く笑えているだろうか…?
わからないが、俺にはこれくらいのことしかこの子に言ってあげられないしな。
その後も暫く泣いて、漸く顔を上げた長濱さんは、泣き笑いの様な表情をしながらも口を開いた。
「ありがとう。やっぱり聖君に相談して良かったよ。
胡椒詰めのバイト?雇って貰おうかな!
何かしていると気が紛れるし、それに聖君にいつでも相談出来るしね!」
吹っ切れたように長濱さんはそう言った。
暫く胡椒の瓶詰めをしてもらい、窓の外が暗くなってきた頃には丁度キリがよくなった。
「今日はもう終わりにしよう。助かったよ。ありがとう」
「もう良いの?まだ残ってるよ?」
「暗くなってきたからな。駅まで送るよ」
そう言って立ち上がった俺に、長濱さんは不安そうな顔をして聞いてきた。
「ホントにまた来ても良いのかな?」
「もちろん。ちゃんとバイト代も出すよ。
実際助かってるしね」
そう言って時給千円換算して、今日の分を渡した。
「貰いすぎじゃない?それに私は話を聞いて貰えたから、お金が貰えなくても手伝うよ?」
「いや、確かに胡椒の詰め替えだけなら時給1,000円は高いかもしれないけど、他にもアプリのこととか俺の知らないことを手伝って貰ったし、適正というより少ないくらいだと俺は思うよ。
後、バイト代は必ず出す。
どんな理由でも仕事は仕事だからな。
それに、いざとなればバイト代で暮らしていけるって、長濱さんの支えとか拠り所に少しでもなれたら良いしね」
そう伝えた後の長濱さんの表情は、少し柔らかくなった気がした。
無事に駅まで送り届け、その間に商品の発送まで手伝って貰った俺は、本格的に長濱さんに働いて欲しくなって引っ越しのことも伝えた。
もちろん仕事の細かい内容は、他言無用でお願いしておいた。
長濱さんを送った後はリーズナブルで有名な家具屋に行き、新居用にテーブルとベッドを買って、来月の頭に新居に送ってもらうようにした。
家電も欲しいけど、まだまだお金が足りないな。
まぁ、まだ時間はあるから儲けてからにしよう。
家に帰った俺は、翌日も早起きなので少しだけ飲んで、少しだけ月に話しかけてから眠りについた。
翌朝アラームで起きた俺は、月が出ていることを確認してから荷造りを始めた。
長濱さんに詰めて貰った沢山の胡椒と砂糖は、貴族が贈答用に買うのを見越して多めにカバンに詰める。
よし!行くか!
空が明るくなったタイミングで、慣れてきた言葉を紡ぐ。
「異世界に行きたい」
よし、今日も大丈夫だったな。
辺りを見渡し、人に見られていないことを確認してから、街の入り口を目指した。
「今日も早いな。商隊とは出会えたか?」
最初にここへ訪れた時の兵士だったので、挨拶以外の言葉も出てきたが、俺も遠くから兵士を確認していたので、ちゃんと会話を準備していたのだ!
「はい。ただ、ここで商人登録をしたので、商隊の窓口として暫く通いますね」
よし!完璧な受け答えだ!嘘だけど。
「そうか。この街の発展の為、頑張ってくれ」
兵士の真面目な答えに、俺は少し後ろめたくなる……
朝早いが前回泊まった宿に行き、今日の宿泊場所を確保してから朝飯をいただく事にした。
「ふふふっ。やっとここの朝飯に巡り会えたな」
実はこの宿の朝食が食べたかっただけでもある。
「何をぶつぶついってんだい?」
おばちゃんに白い目で見られた。
宿で念願の朝食を食べた俺は、商人組合へと向かう。
やはり宿の飯は朝でも美味かった。
カリカリのベーコンにスクランブルエッグをパンに挟んであるだけのモノだが、何故こんなに美味いんだ?異世界補正か?
そんな事を考えているといつの間にか商人組合に着いていた。
「おはようございます。ハーリーさんはいますか?」
いつものハーリーさんが見当たらないので、受付の人に呼び出してもらうと、すぐに出てきた。
「おはようございます。セイさん、どうぞこちらに」
最早何も言わなくても通されるようになったな。流石できる男ハーリー。
「早速ですが、本日は?」
席に着くやいなや要件を聞いてきた。時は金なり。
わかってるじゃねぇかハーリーさんよ。
「こちらになります」
「おや。今日は胡椒のみですか?」
長濱さんの集大成を大量に並べたのに、出て来たのは砂糖のことか。
「心配せずともありますよ。あれ?でも白砂糖はあまりお勧めしないんじゃ?」
気になったので、問いただしてみた。
「実は、御領主のリゴルドー様に白砂糖が見つかりまして…自分の分はないのか?と言われております…」
やっぱり貴族はこえーな。
「そうでしたか。今日の分はお貴族様の贈答用に小分けしたモノになります。
領主様の分は明日にでも用意できますけど、どうします?」
「おお!これは素晴らしいですね!瓶も綺麗ですし、挙ってお買い上げ頂けるでしょう!
領主様の分はそれでお願いします」
どうやら小分け作戦で売るのはアリのようだな!
「出来れば…セイさんが領主様と直接取引を・・・」
「無理です!」
貴族は俺の勝手なイメージと歴史で習ったものとで、怖い。そして、無理を通す。
いざとなれば処されるかもしれないもん!
話を遮り、即答で拒否しておいた。
「私が白砂糖を卸すことが出来るのは、商人組合とハーリーさんに守って貰えるからです。
それがなくなるならもう無理ですね」
「いえ、済みません。ただ領主様はとても良い方ですので、セイさんの商人ランクを上げてくださるかもしれないので……
ですが、確かに領主様が良いお方であっても、繋がりで会う貴族の方がどう思われるのかはわかりませんものね」
ん?商人ランク?なんじゃそりゃ?
「商人ランクって?」
しまった!またミランにでも聞けばいい事を!
「あれ?ご存知ないですか?」
ほらぁ。訝しげな感じになっちゃったよ。
「済みません。商売以外に無頓着なものでして…」
頼む!これで何とかなってくれ!
「ふふっ。確かにセイさんは仕事一辺倒な感じですよね。
朝もいつも早いですし」
それは偶々だが…何とかなったか?
「商人ランクとは、ランクによって組合から許可されるモノが違うというのがわかりやすいですね。
要は特権です。
セイさんのランク1ですと、組合での売り買いと露店の許可くらいしか下りません。
ランク2ですと、登録した街で店を構えることが出来ます。
ランク3ですと、登録がどこでも出来ます。簡単に言うと、沢山の店舗を持てます。
ランク3は、商人の皆様が目指すところになります。
特殊な条件のあるランク4以外では、こんな感じですね」
とりあえず俺にとっては問題ないな。
今のところただの行商のようなものだし、そもそも店を開く当ても人員の当てもない。
「ランク4とは?」
しかし、気になるから聞いとく!
「ランク4はその国の王族御用達の商人です。
例えランク1の商人でも、王族と繋がりが認められて御用達になれば、いきなりランク4になります。
そんなこと、普通は不可能ですよね?
ですので、この制度は世襲制の為にあるようなものです。
国中に店舗がある大店の当主が亡くなった時に、跡取りの商人ランクが低ければ困ります。
そうならないように、この制度はあります」
なるほどな。商人でも大商人になれば貴族のような権力があるもんな。
そんな大商人がいきなりいなくなれば国も組合も困ると……
「わかりました。とりあえず今の私にはあまり関係がないようです。
これまで通り、取引はお任せします」
今日の分のお金を受け取り、俺は商人組合を後にした。
胡椒の量が前回の倍以上になり、砂糖も小分けで瓶代だけでも割高になった。
収入220,000ギル
白砂糖70,000
砂糖の瓶10,000
胡椒(瓶代含む)140,000
残金は1,000ギル程の為端折る。
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