あまりに愚かな提案に、アネモネは頬が引きつるのを隠せないまま、きつい口調で騎士に問いかけてしまう。
「騎士様が説明をしたら、私が家の人に怒られないとでも?」
「ああ。そうしてもらうよう、私から何一つ君に非がないことを説明するよ」
ああ、この人、すごく愛されてきたんだ。大切に育てられてきたんだなぁと、アネモネは善人騎士に対して、笑いたくなった。
人柄と言うのは、咄嗟の時に現れるとは良く言ったものだ。
きっと彼のご両親は、この人を理不尽に怒ったことなんて一度もなかったのだろう。蔑ろにするようなこともなかったのだろう。
確認するまでもなく、この騎士は、アネモネより大人だ。
だから年を重ねた分だけ、汚い部分をいっぱい見てきているだろう。でも誠意を持って接すれば、相手もそれに応えてくれると心の根っこでは、思っているのだ。
その信念は羨ましいとは思わないけれど、彼が持つ綺麗な心は眩しすぎて、ちょっとばかり腹が立つ。
自分が生まれ育った環境と、あまりに違い過ぎて。
「あのですね、騎士様が説明すればきっと家の人は納得すると思います。でも、それは騎士様がいる間だけですよ」
「えっと……どういうことかな?」
「怒らないっていう約束は、騎士様がそこにいる間しか成立しないってことです。だって騎士様は私の家で、私の親を四六時中見張っていてくれるわけじゃないんですよね?世間体を気にしてその場は良い顔をしたって、その後豹変する親なんてよくいる事じゃないですか。……。はっ」
最後にアネモネは小馬鹿にしたように鼻で笑って、締めくくった。
騎士は小さく息を呑む。そして自分の発言を恥じるように、視線を下に落とした。
「……そうなんだね、すまない。軽率なことを言ってしまって……」
「あ、いえ。お気になさらず」
しまった。つい言いすぎてしまった。
この騎士は何も悪くない。いや、むしろ良い人だ。八つ当たりなんて最低だった。
だからアネモネは謝ろうと思った。
一旦、自宅に戻って、依頼主に連絡を取って指示を仰ごうとも思った。でも、アネモネが謝罪の言葉を紡ぐ前に、騎士が口を開く。
「うぅーん……これは、なかなか難題だな」
「いえいえ、本当に気にしないで」
「アニス様はへそを曲げている。そして君は、アニス様に依頼品を届けないと家に戻れない。そして私は君が怒られるのを見たくはない。うーん……本当に困ったなぁ……」
「あの、大丈夫ですから」
「何か、いい案はないかな」
「……ですから」
人の話を聞かないところだけは、主に似たのか。
アネモネはうんざりする表情を隠せない。でも、突然騎士は何かをひらめいたらしく、ポンと手を打った。
「よし、こうしよう」
「へ?」
晴れ晴れしい笑顔を浮かべる騎士に、アネモネは一歩後退した。
取次してもらえないなら、もうこの騎士には用はない。
なのに、騎士は空いてしまった分の距離を詰めながら、こんなことをのたまった。
「今すぐにとはいかないけれど、アニス様にもう一度君に会うよう私から説得するよ。必ず……約束する。だからそれまでは、君は私の家に居ればいい」
「は?」
なぜ、そんな突飛な思いつきを名案だと信じて疑わないのだろう。
自分が見知らぬ男の家に厄介になることに、あっさり同意すると思っているのだろうか。
でも、もたもたしている間に、騎士は地面に置かれているアネモネの外套を手にすると、土を払い皺を軽く伸ばすと、アネモネの肩にかける。
ただアネモネの荷物は手渡すことはせず、まるで人質ならぬモノ質だといわんばかりに自身の腕に引っ掛けると、反対の手をアネモネに差し出した。
「じゃあ、行こうか」
アネモネは再び指を伸ばして、騎士の人差し指に触れる。
理解不能な行動を取っている彼からは、残念ながら邪な感情は、どうやっても見つけることはできなかった。
アネモネは、しばし考えて自分の直観を信じることにする。
「うん」
小さく頷くと、騎士の大きな手に自分の手を重ねた。