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広い応接室では少人数での話し合いが行われていた。
その中にはキルゲ・シュタインビルド外交官の姿もある。それに加え、狩猟部隊の一人と、先日の襲撃事件を理由に護衛ならびに監視役をしている金髪の美しいエルフがいた。
①キルゲ・シュタインビルドの部下として。
②王都の騎士団から出向したキルゲ・シュタインビルド外交官の護衛。
③アンダー・ジャスティスの一員としてキルゲ・シュタインビルドの監視ならびに暗殺。
三重スパイならぬ三重役職をしているのは、アルファだ。
黒崎創建という有識者の予測通り、文字通り陛下の後継者にして、陛下の次に強いと言われている。
そんな黒崎創建には陛下から聖数字が与えられ、『Antithesis ― 完全反転 ―』という指定した2点の間に“既に起きた”出来事を“逆転”させる能力をエーゼ・ロワンに発動。
『アンダー・ジャスティス所属で、ライナー・ホワイトを心酔した』
『星十字騎士団所属の、キルゲ・ジャスティスを憎悪した』
これを反転した結果『星十字騎士団所属で、キルゲ・シュタインビルドに心酔した』に変化した。
「王国一の頭脳と名高いあなたに、このアーティファクトの解読を頼みたい」
そう言って大きなペンダントのようなものを差し出したのは、行方不明となったベアトリクス王女の代行業務を行う騎士団長代理の老紳士だった。
「しかし、私はまだ学生の立場です」
アーティファクトを見て断るのは桃色の髪の美少女。
「あなたの研究成果は国内外に広く知られている。この分野であなたに、セシル・クルーゼに勝る研究者などいないでしょう」
「ですが……」
「いい機会だ、受けてみてはどうだね」
CECILEの言葉を遮ったのは、またもや初老の男性。
「ハウル・クルーゼ副学園長……」
「父と呼んでくれても構わんのだぞ」
ハウル・クルーゼは笑っていった。
セシル・クルーゼは困ったような微笑みをした。
「セシル、君はいずれ世界に羽ばたく研究者になる。騎士団代行からの依頼は、君の輝かしい将来につながるはずだ」
「ですが、私はそんな……」
「セシル、いつも言っているだろう。自信をもちなさい。君ならやれる、これは君にしかできない仕事なんだ」
ハウルはセシルの細い肩に手を置いた。
「わかりました……」
セシルは騎士団長代行からアーティファクトを受け取った。
「古代文字ですか。それも、暗号で書かれている」
「ニャルラトホテプ教団と名乗る宗教団体の施設にあったものだ。おそらく古代文明の研究をしていると思われるが、詳細は分からない。そして暗号も古代文明と関連があるはずだ」
「確かに私向けの依頼ですね」
セシルは興味深そうにアーティファクトを眺めた。
「それで、アーティファクトの警備に光の帝国から人を出したい」
「警備とは……?」
騎士団長代行の言葉に、ハウル・クルーゼが反応する。
「実は、このアーティファクトはニャルラトホテプ教団という宗教団体、更には最近噂の同時多発テロ組織アンダー・ジャスティスに狙われているのです」
「それは、物騒な話ですな」
ハウルは眼光を鋭くした。
「もともとこのアーティファクトもニャルラトホテプ教団の施設から押収したものでした。当然これだけでなく、ほかにも多くの資料や物品を押収し保管していました。しかしお恥ずかしい話になりますが、先日アンダー・ジャスティスと思われる銃撃で保管庫が焼失、残ったのはこのアーティファクト一つだけです」
「ああ、あのアンダー・ジャスティスのテロで」
「そうです。全く厄介な奴らですよ」
「アンダージャスティス……実に奇妙な集団ですね。狙いはニャルラトホテプ教団が関与していると思わしき施設への攻撃、かと思ったら無関係な殺戮。まるでアンダー・ジャスティスが二つあるようです。我々も交戦していますが、負傷者の救助中に攻撃してくる救助狩りなど卑劣な方法でやられてしまう事例が多いんですよねぇ。更にその中には、我々と同じ制服を身に纏う奴らもいて、困り果ててます」
キルゲ・シュタインビルドは事実の中に、嘘を交えて話す。星十字騎士団の制服を着ている者は例外なく星十字騎士団のものだ。それに加え、星十字騎士団は霊圧と呼ばれる魔力とは違う波長を感知できるので同士だと理解できる。
キルゲ・シュタインビルドは、二つのアンダー・ジャスティス、そして本物が偽物に偽装した星十字騎士団というなんとも複雑な勢力図を描いていた。
「被害は甚大ですね。光の帝国からの支援がなければとっくに滅んでいるところです」
「外交官として、出来る限りの支援はさせてもらいますよ。それに、アーティファクトというのも興味があり〼」
「おや、貴方もアーティファクトに興味がお有りで?」
「ええ、こちらの世界にはないものですから」
「それにしても警備ですか……軍は動かせないのですか?」
「これは、聞いた話ですが、最近、出没するようになった胸に穴の空いたモンスターを駆除するのに軍は必死なようで。星十字騎士団からは強力な部下を護衛にすることができますよ」
「……強力は結構ですが、信用が、ね。この国のものでない者に任せるには少々抵抗が」
「そうですか、では私とこのエーゼ・ロワンが護衛につくのはどうですか?」
「ふむ、いいでしょう。外交官殿の実力は聞いてますし、それに立場という信用がある。貴方方二人なら許可しましょう」
「なら、私も協力します」
キルゲ・シュタインビルドの左に座るアイリスディーナが言った。
「何か星十字騎士団でやれる仕事はありませんか?」
「ふむ、そうですね。では、私の秘書として活動してもらいましょうか。護衛で手が回らない部分を補ってもらます」
「キルゲ・シュタインビルド様! それは私が!」
キルゲ・シュタインビルドが、静かにエーゼ・ロワンの口元に人差し指を当てる。
「エーゼ、貴方には私と一緒に彼女を守る仕事があります。仕事の分担は迅速な処理の基本ですよ」
エーゼ・ロワンは口惜しそうに沈黙した。
ふふん、と勝ち誇ったようにアイリスディーナは笑う。それな対してエーゼ・ロワンはビキリ、と額に血管を浮き上がらせた。
「……まぁ、私はキルゲ様と重要なセシル様の護衛で常に一緒に居られるから、些事は任せました。アイリスディーナ様? 恋人との甘い時間も楽しめるでしょう」
今度はアイリスディーナがびきり、と額に血管を浮き上がらせた。
「ええ、護衛頑張ってください。エーゼ・ロワンさん。秘書として、重要な情報は私が管理してキルゲさんにお渡ししますので。重要な情報を」
女二人のマウントの取り合いに、キルゲ・シュタインビルドは静かにお茶を飲んだ。
(アーティファクト。光の帝国には存在しない未知のアイテム。ぜひほしいところですが、しかし簡単に奪われてしまっては光の帝国の名に傷が付きますし、かといって奪わない手はない。やるとしたら、解析が終わり、警備のの任務を解かれた直後に襲撃して、解析情報と実物全てを手に入れる……創建くんに少し手を回してもらう必要がありますね)
キルゲ・シュタインビルドは、ゆっくりと立ち上がり、そしてセシルへ向けて、優しい笑顔で手を差し伸べた。
「これから、よろしくお願いしますね」
「は、はい! 護衛よろしくお願いします!」
「頼んだよ、キルゲ・シュタインビルド外交官殿」
そうほがらかな笑顔を浮かべるハウル・クルーゼの瞳には、キルゲ・シュタインビルドへの並々ならぬ嫌悪感が色付いていた。