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冨岡義勇―。
それは鬼殺隊の中で最も位が高い9名の剣士の一人である。
そんな人物が、
「くっ… これは、かなり…」
先程の任務で深い傷を負い、酷く痛む全身を引きづっていた。
時刻は午後23時30分を回り、まもなく日付が変わろうとしていた。今の季節は真冬であり、しんしんと降る雪が傷口を絶え間なく刺激する。さらにここは雪が積もった森の中、視界もかなり悪い。任務は終わったが、いつ次の鬼が現れるか分からない。はたまた、近くで鬼の襲撃があるならばすぐに向かはなければならない。義勇はそんな不安の中、ある家を探していた。
「ふ、藤の花の家は…」
この調子で蝶屋敷までは持たないと悟った義勇は、一度藤の花の家に向かおうと決断する。早足で森の中を駆けたが、次第に出血の影響からか、前後の方向感覚も曖昧になっていった。ついに意識が途切れそうになった瞬間、 うっすらとその家紋が見えた。
「はぁ、はぁ…。悪い、寛三郎。一度ここに、寄ろうと思う…」
自身の鎹鴉である寛三郎にそう言い、家の入り口に向かった。
すぐに通してもらい、奥の個室に案内される。
「ゔ… すまな、い…」
「! 水柱様…!」
この会話を最後に、それ以降の義勇の記憶は無かった。部屋に入った瞬間、気絶してしまったのだ。
「………はっ…」
カチ、コチと秒針を刻む音で目を覚ます。義勇は時計を見る。
「23時…。丸1日眠ってしまった…」
柱である己が、上弦の鬼でもない鬼からの攻撃に、ここまで深手を負ったことを改めて恥じた。額や腕に手を当てると、丁寧に包帯が巻かれてあった。さらに、食事まで用意されてある。
「ありがたい…」
その後、しばらく個室でぼうっとしていたが、ふと外の空気を吸いたいと感じた。義勇は家の者を起こしてしまわないように、そっと外に出る。縁側に座り、満月を見上げる。
(明日には自邸に帰れるだろうか…。そもそもこの傷で、任務には行けるのだろうか…)
そんな心配をしていると、奥からザッ…という地を踏む足音が聞こえた。
(まさか、鬼…)
義勇は素早く身構える。生憎、刀は家の者に預かってもらった為、手元に無い。義勇は刀を持っていない事実に、ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
「…! おい、なんでテメェがここにいるんだァ」
「し、不死川…!」
足音の正体は、風柱 不死川実弥だった。
実弥は義勇を見るなり、眉間に皺を寄せた。
「偶然だなァ、冨岡」
「あ、あぁ…。 何故、不死川がここに…。任務の場所が近かったのだろうか」
義勇は思いがけない挨拶をされ、動揺しながらも返事を返す。普段の実弥は、義勇に対してもっと高圧的で言動も荒っぽい。だが、そのまま実弥は義勇の隣に腰を下ろす。
「んなこたァどうだっていい。それより、テメェその傷はなんだァ?柱であるテメェが、そんな深手負っていいんかよォ」
「す、すまない…」
実弥は、包帯が巻かれた義勇の額や腕をじっと見つめた。
「チッ、よりにもよって居合わせたヤツが冨岡かよォ」
「…? 知っていたのか、俺が来たことを」
「あぁ、俺の他に、玄関にもうひとつ草履があったからなァ」
「そ、そうか…」
義勇は混乱していた。同じ鬼殺隊の柱である、不死川実弥。彼とは深く関わったことはないが、自分が良く思われていないことだけは分かっていた。普段から不死川は義勇に対して喧嘩腰であり、義勇自身も口下手である。よって、衝突してしまうのである。
そんな実弥が、義勇を見るなり隣に腰を下ろしたことを、義勇は疑問に思っていた。
「不死川は、その怪我、大丈夫なのか…?」
義勇はそっと実弥の片足に指を差し、問いかけた。
「あ? あぁこれは、大したことねぇよ。別に骨折とかでもねぇし… 念の為この家に寄っただけだァ」
そう言って、不死川は包帯が巻かれている右足をトンっと叩いた。
「そうか、良かった…」
「…っ」
一瞬、実弥は言葉に詰まった。
「…もう夜も遅せェから、寝ろ」
「あぁ、おやすみ。不死川…」
ふいっとそっぽを向き、実弥はそのまま家へ戻って行った。その後ろ姿を、義勇は見えなくなるまで見つめていた。実弥が完全に居なくなった瞬間、義勇は瞳を閉じながら下を向いた。
義勇の思考は目まぐるしく回っていた。
(不死川が俺に話しかけてくるなんて…。しかも、声も荒らげず怪我の心配してくれた…。嬉しい。やっぱり俺は嫌われていない)
ムフフ… と義勇は静かに笑った。
しかし、ふと、疑問が浮かんだ。
真夜中の月明かりに照らされた実弥の頬が、義勇にははっきりと見えた。
「別れ際、不死川の頬が紅く染ったような…」
義勇は、ぽつりと言った。