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そう言えば私、色々と段階を飛び越えていきなりルークにプロポーズをされたんだっけ⁉
今更その事実を思い出し、私は激しく動揺する。この一か月間、すっかりそのことを忘れてルークと二人で様々な地に赴き、魔物と戦いながら瘴気を浄化してきた。
よくよく考えたら、恋人らしいことを何一つしていなかったことに気付き、何だか恥ずかしくなってきた。
あれ? そもそも私達って恋人なんだっけ? 確かにルークに告白はされた。でも、私は今まで答えを保留にしてきたのだから、今のところ暫定的恋人? いえ、暫定的婚約者? あれ? 何なんだろう? 真面目に分からなくなってしまった。
なら、私とルークの関係ってただのお友達? いや、プロポーズされているのにそんなわけはない。
そう考えると頭が混乱してきた。私はルークのことが好き、いや、大好きだと思う。でも、恋愛経験の無い私は、返事をすることに少し臆病になっていた。
自分が明確な答えを出していないのに、果たして、私はルークとデートなんかする資格があるんだろうか?
ちょっと落ち着いて考えてみましょう。そんなに重たく考える必要はないじゃない。ルークのことだからデートとかじゃなく、普通に私と一緒に遊びに行きたいだけなのかもしれないし。
私がまごまごしていると、何かに気付いたルークがニコリと微笑みながら言った。
「要はデートをしようと言っているんだ」
やっぱりそうですよね⁉
むしろ、好意を寄せ合う者同士が楽しみのために街へ出かけることを、他にどう言い表すことができるのだろうか?
私、もしかしなくてもこれが男性との人生初デートになるのよね⁉ そう考えるだけで緊張のあまり鼓動が早まった。
「そう言えばまだ城下町を案内していなかったことを思い出してな。是非とも一緒に行こう!」
分かったわ、行きましょう。ルークとの初デート、期待しているわね? って、余裕の態度でルークにそう返したいのに、緊張のあまり身体が固まってしまい言葉が口から上手く出なかった。
自分がこんなにも奥手であることに生まれて初めて気付くのと同時に、情けなくも思った。恋愛免疫がいくら皆無とはいえ、臆病にも程があった。本当はルークと一緒にお出かけしたい。色々と楽しい思い出を作りたい。どうして本音をルークにぶつけることが出来ないんだろうか?
恋愛って本当に難しいな。いいよ、好きだよ、の一言が素直に出ないだなんて。
ルークは出会った瞬間に自分の想いを私にぶつけてくれた。最初はそれに戸惑いを覚えていたけれども、今はそれがルークなんだって分かった。
なら、私も言おう。ルーク、貴方のことが好きって。ちゃんと恋人になって、それから彼とデートがしたい。
あれ? これって順序が逆なのかも。好きになる為にデートに行って、それから恋人になる? でも、ルークも私もお互いを好きだってもう分かり切っているから、恋人同然だからデートに行くのは自然のこと……?
もう訳が分からないわ⁉ 頭の中がもみくちゃになって上手く考えをまとめることが出来なかった。
すると、ルークは獣耳をシュンと倒しながら私に話しかけて来る。
「もしかして嫌なのか?」
「そんなわけない!」
私は咄嗟に答えていた。
そうだ、答えはとっくに出ていたんだった。
「私、ルークとお出かけしたい! だから、連れて行って!」
私は決死の覚悟でルークに言い放った。
はて? これは何の決意表明なんだろうか? 私はただ、ルークにデートに誘われて、それに喜んで応じただけなのに、私の心の中では想像を絶する葛藤が行われてしまった。これが恋愛免疫ゼロの人間の弱さだと気づき乾いた笑みがこぼれた。
「ならば今から行こう!」
ルークは嬉しそうに獣耳をピン! と立てると、私の腕を掴んだ。
「ええ、今から⁉」
「善は急げだ。それに、夜の国は今まで常闇の世界だったからな。街の者は皆、朝陽を拝みたくてとっくに起きているよ。美味そうな匂いもしていたし、今頃街は大賑わいだ」
確かにそうね。さっき窓から外の景色を眺めた時も、街は大勢の人で賑わっていた。
「ええ、分かったわ。行きましょう、ルーク」
こうして私はルークに手を引かれながら城の外に出た。
城門を通ると、すぐに繁華街が見えた。
様々な店が軒を連ねまるでお祭りでも行われているかのような人出だった。
いえ、きっと瘴気を浄化した日からこの街ではお祭り騒ぎがおさまらないのね。
行き交う獣人達は皆笑顔だった。時折私達に気付く者もいたが、誰一人敵意を向ける者はいなかった。誰もが好意的な態度で挨拶をしてくれた。
私にはもう顔を覆い隠すローブは必要なかった。
「今まで気付かなかったけれども、凄い賑わいね」
お城のお部屋からすぐに街は見下ろせたはずなのに、私は城下町がこんなに活気づいているとは知らなかった。
「それだけミアが必死になって瘴気を浄化してくれたということだ。だから、今日くらいは休みを満喫してくれ」
そう言ってルークは私の手を取る。
「迷子にならぬよう、オレの側から離れるなよ?」
「そこまで子供じゃないわよ?」
自然と頬が緩んだ。さっきまでの緊張は何だったんだろうか? 何事も初めて体験することは緊張がつきものだ。特にそれが好きな人とのデートなら尚更だった。
そうしてルークは私の手を引きながら人込みの中を進み始めた。
しばらく歩くと甘くて香ばしい匂いが漂って来た。
ルークもその匂いに気付くと、嬉しそうに黒尾を一振りする。
「あれは夜の国ではポピュラーな焼き菓子だ。ちょっとここで待っていろ」
ルークはそう言って匂いのする屋台に向かった。
遠くから様子を見ていると、店主がルークのことに気付いたらしく、大慌てで何度もお辞儀をしている姿が見えた。
そしてルークは商品を受け取ると、店主に支払いをしようとするが、店主はそれを頑なに断るように何度も首を横に振っていた。
結局、根負けしたルークは店主に首を垂れ、そのまま私の方に戻って来た。
ルークの手には棒状の焼き菓子が二本握られていた。
「食べてみてくれ。きっとミアも気に入るはずだ」
私はルークから手渡された棒状の焼き菓子を受け取る。たちまちハチミツの香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てた。
一口食べてみる。サクッと香ばしい匂いが立つのと同時に、ハチミツの甘みが口の中に広がった。
「美味しい!」
素直な感想が口をついていた。
「トウモロコシの粉に蜂蜜を混ぜて焼いただけのものだが絶品だろう?」
「ええ、とっても!」
「この国は貧しい。だが、この焼き菓子の様に、工夫を凝らして美味いものを作ったりして、皆は楽しく生きているのだ」
ルークは真紅の瞳に哀愁を漂わせると、嬉しそうに焼き菓子にかぶりついた。
私は周囲を見回す。着ている物や町並みを見てもこの国は決して裕福とは言い難い。でも、誰もが笑顔で満ち足りた表情を浮かべていた。
「オレは王としてこの国を、国民が不自由なく暮らせる国にしたいと思ってる。その為には国に蔓延する瘴気をどうにかしなければならなかったんだが、ミアのおかげでその問題は解決しそうだな」
「私は私のやれることをしただけよ」
「だとしても感謝させてくれ」
潤いを帯びた真紅の瞳が私を愛おし気に見つめて来た。
もう、彼に見つめられても心は動揺しなかった。
何故なら、私の心はもう決まったから。自分を偽ることは止めにした。
街の喧騒の中、私達は見つめ合った。
闇が間もなく訪れようとしていたことに私達は気付くことが出来なかった。