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永 遠 . @ 眠
「お前、顔を上げろ」
低い声が、関所の空気を震わせた。
ライの肩がわずかに強張る。
マナは思わず拳を握りしめた。
だがライは、静かに顔を上げた。
風が黒髪を揺らす。
番兵はじっとその顔を見る。
長い沈黙。
周囲の旅人たちまで息を潜めている気がした。
マナの鼓動だけがやけに大きい。
——駄目だ。
気づかれる。
そう思った瞬間。
「……随分綺麗な顔してんな」
番兵が呟いた。
ロウは肩を竦める。
「昔から町でも評判なんだよ」
「姉妹揃って顔が整いすぎだろ」
「そこは親に感謝だな」
軽口を返すロウ。
だが番兵の視線はまだライから離れない。
嫌な沈黙だった。
やがて番兵が口を開く。
「手、見せろ」
ライの呼吸が止まる。
女装は誤魔化せても、手は違う。
剣を握ってきた男の手。
貴族として筆を持ってきた細い指でも、女の手とはやはり異なる。
マナは反射的に前へ出た。
「な、なんでそんな——」
「黙れ」
槍の石突きが地面を叩く。
空気が張り詰めた。
ロウが横目でマナを制する。
ライは静かに袖を持ち上げた。
白い指先。
番兵が掴もうとした、その時。
「おーい!」
突然、後ろから怒鳴り声が響いた。
馬に乗った兵が駆け込んでくる。
土煙が舞う。
「急ぎの伝令だ!」
番兵たちが一斉にそちらを向く。
「北の街道で見つかったらしい! 若い男二人だ!」
ざわめきが起こる。
「本当か!?」
「ああ、今追ってる!」
その瞬間、関所の空気が変わった。
番兵たちの意識が完全に別方向へ向く。
ロウは一瞬で判断した。
「今だ、行くぞ」
小声。
三人は自然を装いながら関所を抜ける。
早足になりそうな足を必死で抑える。
背中に視線を感じる気がした。
だが、呼び止める声はない。
関所の外へ出る。
十歩。
二十歩。
そして。
「走れ!」
ロウの声と同時に、三人は駆け出した。
草道を全力で走る。
背後で誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
だが振り返らない。
息が切れる。
着物の裾が絡む。
それでも止まれない。
林へ飛び込み、ようやく人目が消えたところで、三人は立ち止まった。
「はっ……ぁ……」
マナは木に手をつき、荒く息を吐く。
心臓が痛いほど鳴っていた。
ライも呼吸を乱している。
ロウは周囲を警戒しながら、小さく舌打ちした。
「……思ったよりギリギリだったな」
「今の伝令……」
ライが息を整えながら呟く。
「偶然でしょうか」
「いや」
ロウは目を細めた。
「多分、違う」
「え?」
「俺たちを逃がした」
その言葉に、マナは目を瞬かせた。
「そんなこと……」
「伝令の兵、関所に着く直前こっち見てた」
ロウは静かに言う。
「まるで“早く行け”って顔だった」
風が木々を揺らす。
ライはゆっくり目を伏せた。
「……父上の家中にも、思うところがある者はいるのかもしれません」
追われる側になって初めて見えるものがある。
絶対に従うしかないと思っていた家臣たちの中にも、迷いや葛藤はあったのかもしれない。
マナは複雑な気持ちになった。
すると。
ぐらり、と視界が揺れる。
「……マナ?」
ライの声。
次の瞬間、膝から力が抜けた。
「お、おい!」
ロウが咄嗟に支える。
全身から汗が噴き出していた。
緊張が切れたせいか、急激に体が重い。
「だ、大丈夫……」
「全然大丈夫そうじゃねぇ」
ロウが額に触れる。
「熱いな」
ライの顔色が変わった。
「熱……?」
「無理させすぎたか」
逃亡が始まってから、まともに休めていない。
食事も少ない。
傷だって完全には治っていない。
マナは笑おうとした。
「平気だって……」
だが声が掠れる。
視界がぼやけた。
ライが強くマナの手を握る。
その温もりだけが、はっきりわかった。
「もう少し先に小さな村がある」
ロウが周囲を見回す。
「今日はそこまでだ」
ライは迷わず頷いた。
そして、ふらつくマナをそっと支える。
「……ごめん」
マナが小さく呟く。
「足引っ張ってる」
するとライは、少し怒ったように眉を寄せた。
「二度と言うな」
静かな声。
けれど、強かった。
「お前を置いていくくらいなら、俺はここで止まる」
マナは目を見開く。
ライの瞳は真っ直ぐだった。
迷いも、後悔もない。
その視線に胸が熱くなる。
ロウは前を歩きながら、わざとらしくため息を吐いた。
「……ほんと、お前ら命懸けで惚気るよな」
「ろ、ロウ!」
「いいから早く歩け。日が暮れる」
コメント
1件
しろまるさん、第22話読みました。 関所の緊張感がすごくて、読んでる間ずっと息を止めてた。 番兵に手を見せろって言われた瞬間、心臓がバクバクしたよ。 でも伝令が来て逃げられる展開、巧いなって思った。 逃がしてくれた人がいるかもしれないって、ロウの一言で世界が広がった感じ。 最後のライの「二度と言うな」は本当にグッときた… (語彙力) マナが倒れてからの二人のやり取りが、重いけど温かくて。 惚気てるってロウに言われるの、ちょっと笑っちゃったけど、すごくいいバランスだと思う。 次が気になる…ゆっくり休んでほしいけど、一波乱ありそうで怖い。