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薊は――強かった。それからというもの、ハイエロファントは薊の攻勢に対し、防戦一方の一途を辿っている。
時折ハイエロファントは反撃的に、普通なら肉体が消し炭になる程の放電を繰り出すも、今の薊に効果は薄い。肉体も鬼の力で強化されているのだろう。
「くそっ!!」
最早、勝敗の程は明白。ハイエロファントは致命傷を、何とか避け続けるので精一杯だった。そう見えても仕方無い程、薊の一方的な攻勢。
「強ぇ……」
観戦する時雨も唖然と、改めて思い知った。
「言いたかねぇけど、やっぱ強ぇわアイツ……」
エンペラーが抜けた現狂座に於いて、最強とされる薊。
「か、勝てそうだね。ルヅキのお兄ちゃん」
「ええ……。いけます」
悠莉も琉月も思う。これで兄の敗北は考えられないと。
しかし何だろう。この拭いようのない違和感と、言い知れぬ不安感は。
確かに薊が優勢である事は間違いない。だがハイエロファントは『ネオ・ジェネシス』――三柱神の一角で在り、元SS級エリミネーターの特異点。このまま終わるとも思えない。
防戦一方に見えるのは、何か考えが有るのか、はたまた機を待っているのか。
「――どうした? ただ逃げるだけでは、死期が延びるだけでしかないぞ」
攻勢の最中、薊はハイエロファントの“らしくない”消極戦法を問い掛ける。彼の力がこの程度では無い事は、自分もよく知っている。このまま終わる筈が無い。
「生憎、こちらにそんな余裕は無いな……。俺の力でも止められない鬼の力、手に負えないものだよ実際」
だが意外にも、息絶え絶えながらハイエロファントは、何とか問い返す。
それは正直な感想だった。少しでも気を抜くと、その力に呑み込まれる。
ただただ、防戦を余儀無くされているだけだった。
「とはいえ、策が無い訳でもないがな……」
だがそれは、あくまで現状は――だ。
「ならば、その策を弄する前に終わらせる」
薊の闘気を纏った右拳が大地へ打ち付けられる。瞬間――轟音と共に大地が割れた。
正に地殻変動災害級の破壊力。大地は激しく揺れ、周囲は割れた大地の破片が舞い上がる。
ハイエロファントは――上だ。宙に逃げるしか選択肢は無かった。
そしてそれこそが、薊の狙い。空中では正確な方向転換が利かない。薊は即、追撃へ向かい跳躍。
“決まる”
ハイエロファントは避ける事も出来ぬまま、拳により身体を貫かれるのみ。
「――っ!?」
しかし薊の拳は、捉えるその直前で止まる。
止めたのでもなく、先程の電気の壁でもない。
“……これは?”
身体中に纏わりつく、網のような何か。
「ようやく仕込めた。そして、掛かったな?」
ハイエロファントの表情が、勝利への確信へと変わる。
そして視覚でも顕になっていく。この闘いの――バトルフィールドを覆う、巨大な電気の網目が。
“ライジング・ホールド――ライトニング・ネット ~紫電光茫網縛”
薊は正に巨大な電気の網に、その身体を捕らえられていた。
ハイエロファントは純粋な力では及ばないと早々に悟り、攻撃の大半を捨て防御に全労力を注ぎながら、少しずつ罠を仕込んでいたのだ。
確実に捕らえる、その瞬間を辛抱しながら――。
「……だから何だ? これで俺を捕らえたつもりか?」
だが身体中を捕らえられて尚、薊に焦りは見受けられない。
「今の俺にはこの程度、一瞬の足止め程度に過ぎん」
そうだ。如何に物理とは異なる電気の網とはいえ、薊の鬼の力の前では、これでさえ通常の網程度のもの。力ずくで打ち破るのは容易。
「一瞬で充分! 生憎、俺の狙いはここから――」
瞬間、薊の身体中に衝撃が走った。
「ぐっ!」
ネットより電気を伝わらせ、感電させる。
「だが、この程度で俺は倒せない……」
それは常人なら、即座に消し炭になる程の電力だが、今の薊にとっては痺れた程度。仕留めるには至らない。
「最初っからこれで倒せるとは思ってないさ。お前の筋肉を、動作反応を少しの間、奪う。それで充分。まだ身体中が痺れ、思うようには動かせない筈だ」
「ちっ!」
確かにその通りだった。薊は抜け出そうとするも、身体中の筋肉の痺れから、まだ思うように動かせない。
――回復までに要するは、時間にして後十秒。
「この機は逃さん! 卑怯と思うなよ? 俺の最大の力で返す事が、お前に対しての礼儀」
ハイエロファントは薊を捕らえたまま、天へ向けて指を掲げる。
“後五秒”
晴天だった筈の空は、轟音と共に雨雲が瞬間的に形成されていく。
「決まったね」
エンペラーもハイエロファントの勝利を確信。
「兄さんっ!!」
「薊ぃ!!」
一瞬で形勢が逆転した事に、琉月も時雨も叫ぶが――もう遅かった。
“後一秒”
次の瞬間には薊の頭上目掛けて、幾重にも連なった巨大な雷が落ちる――
“ライジング・ハンマー・ハイエクスプロード ~紫電の鉄槌――焔雷高圧灰塵”
それは余りにも巨大な落雷。正に紫光の柱。
「があぁぁぁぁ――っ!!」
まともに直撃された薊は、断末魔の絶叫と共に肉体は弾けるように破壊され、身体中より発火しながら、かつての面影も無い“黒い何か”にその姿を変えた。
正に消し炭になったのだ。鬼の肉体をも滅する、凄まじい威力の落雷。
「嘘だろ……」
「そ、そんな……」
余りにも衝撃的な結末に、現実を直視出来ないのか、琉月も時雨も呆然と立ち竦む。悲惨過ぎる遺体に充てられたのか、悠莉に至っては、膝の力を失ってしまったかのように座り込んだ。
勝負は決した。ハイエロファントは辛うじて原形の判る、黒焦げとなったかつての相棒の前へと立つ。
「残酷なようだが……これが掟だ」
感情を振り切って、ハイエロファントはそっと物を言わぬ相棒に告げる。
「それにしても凄まじい末路よ……。俺でも憚れる。安らかにとは言わんが、永久に眠れ。俺はお前の事を忘れない」
そして一瞥しながら、永久の別れを。
「――これで大半の勝敗は決したね、幸人?」
この闘いの、そして全て勝敗を見て取ったエンペラーは、その意味を見上げながら雫へと問い掛けた。
「くっ……薊。馬鹿野郎が……」
雫は悔し紛れに吐き出す。まだ信じられないのだ。薊の死が――自分達の敗北が。
狂座側は雫が戦闘不能。時雨が重傷により満身創痍。そして薊の死。
悠莉の力も通用しない以上、実質残った戦力は琉月一人。
対してネオ・ジェネシス側は、チャリオットを失い、ハイエロファントも満身創痍に近いが、エンペラーは全くの無傷。
総合的に見て、これ以上闘わずとも結果は火を見るより明らかだった。