テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
誰もが終わったと、ハイエロファントが遺骸より立ち去ろうとした次の瞬間――
「――っな!?」
“えっ!?”
“何……で?”
“何っ!?”
目を疑うような光景が。
「な、何……だと?」
一番驚愕したのはハイエロファントだ。その胸部は、手刀により深々と貫通されている。
貫いたのは――薊だった。
消し炭になった彼が、何故生きているのか。何処にも外傷は無い。異なるのは上半身は、衣服を纏っていないという事。
「薊ぃ!?」
「兄さん!?」
「えっ? ど、どういう事……」
突然の薊の無事な姿に、琉月らは安堵以上に戸惑いを隠せない。
あの黒焦げになった遺体は何だったのか。そして確かに見た。
黒焦げの遺体より、まるで灰から一瞬で復活したかのような薊の姿を。
ハイエロファントが避けらなかったのも無理は無い。遺体が突然、姿を変えて動き出したのだ。
「済まんな……」
胸部より拳を引き抜き、同時に崩れ落ちようとするハイエロファントを、薊はその腕で支えながら呟いた。
「どういう……事だ? た、確かに……」
ハイエロファントはまだ状況が掴めない。だが全身の力が抜けていく事から、これが助からない――自分の敗北と死が訪れる事は分かる。
だが納得いかないのだ。確かに捉えた筈だ。身代わりとも効かなかったとも思えない。
「確かに捉えたよ。そして“死ぬ程”効いた。だが……俺にはお前も、誰も知らないもう一つの力が有る」
薊はその訳を、そっと耳打ちする。
「そ……そうか。そ、それなら仕方無いな。俺の……負けだ」
薊が何を耳打ちしたのかは、彼以外聞こえなかった。だがハイエロファントは納得したのか、その表情は晴々と。
そして動かなくなる。息絶えたのだ。
「さらばだ……友よ」
薊は息絶えた彼を、そっと地へ置く。
“次は地獄で逢おう”
そしてかつての、今尚思う友へと手向けを贈った。
何時か再び、邂逅する時を。
誰もが漸く理解出来た。薊は勝った事を。
だが次の瞬間、事態は急変。
「まさかとは思っていたけど、君が“あの力”を持っていたとはね」
薊の背後より貫かれる刀身。それは確実に心臓を捕らえていた。
エンペラーだ。氷の玉座に座っていた筈の彼は其処には居らず、何時の間にか薊の背後より刀を突き立てていたのだ。
「なら君には、真っ先に消えて貰わねばならない」
エンペラーは無造作に刀身を引き抜く。
「兄さん!!」
「あの野郎!」
二転三転する戦況に、琉月も時雨も状況整理が追い付かない。
そして何より気になるのは薊だ。確実に心臓を貫かれていた。これが無事で有る筈が無い。
「……無駄な事だ。心臓を潰そうが、例え首を飛ばそうが、俺には意味無き事」
そのまま崩れ落ちると思われた薊だが、何事も無かったかのように振り返り、エンペラーと対峙する。
「フフ……そうだろうね」
エンペラーにも分かっていた。これが意味を為さないだろう事は。
薊の裸体全体に浮かび上がるもの。それは紅く光る、何かの刻印。
「陰呼再怨呪――失われた筈の、古の刻印。そしてその真価は……復元」
エンペラーは語る。薊の持つ、もう一つの力を。滅した筈の彼が、変わらぬ姿で今この場に居る理由を。
「……そうだ。生命の危機に瀕した、または致死レベルで肉体が破損した時、この刻印と共に元に戻る。鬼の力と関係有るのかは分からんが、何人も俺を殺す事は出来ない」
薊は不本意ながらに受け答える。
「欠損時の痛みは有るがな……」
それは死のうとも死ねない、死の無い者が持つ、理解を越えた苦悩とも云えた。
“復元”
全ての生物には、自ら治ろうとする力――再生治癒能力が有る。怪我をしても時と共に、傷は塞がるように。
復元とは再生を越えた超再生能力、即ち元の姿に戻る現象の事。細胞レベルで再生される現象とは違い、復元は細胞はおろか、場合によって衣服といった分子レベルで元に戻る事が可能。
当然ながら生物に、そんな機能は備わっていない。復元能力は生体とは異なる、超霊子的存在のみが持ち得る神秘的現象な何かとされている。
「兄さんに、そんな力が……」
――薊は何故、そんな復元能力を備えているのか。唖然とした表情からも、妹の琉月すらも知らなかった事実。
「……だが、何だその陰呼再怨呪というのは? 貴様にも何か関係が」
だがエンペラーは知っていた。それは薊自身も知らなかった事まで。
「フフ……そうじゃない。これは呪われた、君の遺伝子のようなもの。それでも、これまでが受け継がれているとは思わなかったが、ようやく確信に至った訳だよ」
「何を訳の分からない事を言っている?」
薊にはエンペラーの言っている事が理解出来ない。というより、誰だろうがこれを理解しろというのが無理からぬ事。
「さあ、お喋りは此処までだ。そろそろ君には消えて貰おう」
それ以上は悟らせないのか、エンペラーは一方的に打ち切り、薊の排除を宣言する。
これより始まる、薊対エンペラー。
「フン……如何なお前でも、俺を完全に殺す事は出来ん」
薊は再び戦闘態勢を取る。自身の死が無い以上、敗北自体が有り得ない。
実力ではエンペラーに大きく劣るとはいえ、食い下がる事は可能。
「それはどうかな?」
対称的にエンペラーは戦闘態勢を取らない。
「何っ!?」
不意に薊の身体に異変が。
心臓を貫かれた筈の傷跡は、既に復元されている。しかし、そこから更に広がりを見せるのは――凍結。
「……絶対零度か?」
そう、エンペラーが戦闘態勢を取らなかったのは、刺した時点で既に終わっていたから。
刺突と特異能を併せて。
「無駄な事を……。確かに絶対零度は、分子結合まで崩壊させる氷点最低温度。だが分子レベルで再生する復元の前では、それでも元に戻る――っ!?」
その筈だが、薊はおかしい事に気付く。
“凍結が止まらない――だと!?”
その効力を失う筈の凍結は、止まる事無く全身を覆おうとしている。
“違う……これは只の氷でも、絶対零度でも無い。摂理に侵食する等――”
本来有り得ない現象に、薊は気付いた。
「馬鹿な! こんな摂理に反する事が起こり得よう筈が――」
それは俄には信じ難い事。だが実際、起こっているので受け止めせざるを得ない。
「まさか!? 貴様……」
既に凍結は、薊の身体全体から首の下まで侵食している。
「そのまさかだよ。まあ君には考える時間も、対処する時間も残されていないがね」
エンペラーの発した言葉の意味に、悟った薊は彼等の――琉月や時雨へ視線を向けた。
「済まん……約束は守れそうもない。後は頼む……」
遺言とも取れる彼等への伝達。それは皆に向けてのものであり、時雨に向けてのものでもあった。
琉月を――妹を頼むと。
「にっ――兄さん!!」
「薊ぃ! お前何言ってやがる!!」
時、既に遅し。薊を覆う凍結は、全体にまで達していた。
もう動く事も、言葉を発する事も無い。
「さよなら薊。君の事は忘れない……」
エンペラーはそう刀を抜くと、軽く氷の彫刻となった薊を小突いた。
それだけで砂のように崩れ散り、淡く滲んで消えていく。
復元で元の姿に戻る事も、二度と無かった。
「薊ぃぃぃっ――!!」
磔られた雫からの、悲痛な絶叫が響き渡る。