「君は『ヒト』では無いのだよ、だがそれ以外でも無い」「どういうことですか?」私は『先生』に問う。「君は『ヒト』では無く誰かに造られた『モノ』と言う事です。」「私が『ヒト』では無いと…?」「例えばの話ですよ、君は《天国に行く為にこの仕事を選んだ》と言っていましたよね、そして《天国に行けるなら死んでもいい》と言って此処に残りました。この意味が分かりますか?」『先生』の表情が曇る。「私は…」私ははっと我に帰り自分が言った事を後悔した。「せ、先生──」顔を上げると、そこに先生の姿は無くなっていた。辺りを見回そうとしたその時、何かがミシミシと潰れるような『金属音』が鳴り響く。そして私の身体が歪んでいく。「助け…てぇ…せ..んっ..せ..ぇ…」瞬間、身体が爆ぜた。
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目が覚めるとそこは私の部屋だった。私はゆっくり起き上がる。夢?でも鮮明に覚えている。あの光景を……「『先生』……」私は1人で呟く。今あの人はどうなっているのだろう?気になっているが会いたく無い、そんな矛盾した感情を持ちながら今日も実験室へ向かう。「お目覚めですね、葵可さん」『先生』は私を笑顔で出迎えてくれた。そして「いつも通りのやり方で始めようか」と言ってきた。私は頷いて所定の位置につく。『先生』がカバーを近付ける。私は無感情になって測定した数値を言っていく。……今日、とても嫌な夢を見た……夢にしてはリアル過ぎたあの光景が脳裏にこびりついて離れない。いつもならあんな事無いはずなのに…嫌に不気味でまるで自分が『偽物』の様に感じた。
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「お疲れ様。葵可くん。この後空いてるかい?」そう『先生』が聞いてきた。「え、えぇ」私は少し戸惑いながらも答える。「なら私の実験に付き合ってくれないかい?」『先生』は少し微笑んで言った。「実験……ですか……?」私が問うと『先生』はコクリと頷いた。私は言われるままについて行く事にした。ついて行った先は空港だった。「此処に何の用が有るんですか?」私は少し怒りを込めて言った。「いいから、ついて来て」『先生』はそう言って空港の中へ入って行った。私も慌てて追いかける。そして航空会社のカウンターに着いた所でようやく止まった。「すみません、チケットを2枚下さい」『先生』はそう行ってお金を払いチケットを受け取った。『先生』は私にチケットを渡すと私の手を引き搭乗口へ向かった。
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「今から何処へ行くんですか?」私はエレベーターの中で尋ねた。すると『先生』は「旧四ロンドさ」と間を開けずに答えた。「旧四ロンド……?」私は『先生』の言葉をオウム返しする。そして、エレベーターは二階に着いた。扉が開くとそこは空港のラウンジだった。「さぁ行こうか」先生はそう言いながら飛行機へ搭乗する。「え?今からですか?」私は『先生』に聞く。しかし、先生は笑顔で言うだけだった。「まぁ乗ってよ」そう言われ私も飛行機に乗る。
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私はこの時気づくべきだった……此処が何処なのかを……そして『先生』の笑顔の意味を……
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「さぁついたよ」そう言って『先生』は飛行機を降りる。私もそれに続いて降りた。そこはもう旧四ロンドだった。「……っ!」私は言葉を失う。目の前に広がる光景はあの実験施設にそっくりだった。「ようこそ、旧四ロンドへ」『先生』は笑顔でそう言った。「此処って……あの実験施設ですか……?」私がそう聞くと「いや、そうでは無い。此処はあそこを模倣して造られているからな」そう言って『先生』は歩き出した。私は慌ててついていく。
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そうして私達は研究室に着いた。やはり建物の位置も構造も瓜二つだ。私は一つの疑問を投げかける。「此処で何をするんですか?」すると『先生』は「君に私の研究を手伝って欲しいのさ」と言った。「研究ってあの『実験』ですか?」私は間を開けて言った。「その通り、『実験』で使う道具を作る為の研究だよ」そう言って『先生』は荷物を出し始める。私もそれにならって作業を始める。
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1時間ほどたっただろうか?私は頭の片隅に頭痛を覚えた。なんだがだんだんと自分の『自我』が暴走していく様な感覚だ…私は作業を辞めてベットで横になる。しかし頭痛は酷くなるばかりだ。少しして鼻血が出た。「うっ……」私は鼻に手を当てる。その瞬間だった……自分の手を見て少しギョッとした。私の腕は何故か青白くなっていた。「これは……一体……」私は恐怖で震える。そして次の瞬間、強烈な鬱の感情が私の中に流れ込む。「何……これ……」私は涙を流す。この感情は一体何なのか?『不安』『悲しさ』『寂しさ』『虚しさ』……色々な感情が混ざり合う。まるで自分の『自我』が自分自身を呑み込んでいる様な感覚だ……「だ…嫌だ…嫌だ……」私は頭を抱える。「助けて……先生……」私は思わず『先生』の名前を口に出してしまった。その瞬間、私の中で何かが弾けた。「あぁぁぁぁっ!」私の意識はプツリと闇に堕ちていった……