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「まず大事(おおごと)だった話聞かせて」
「わかりました」
俺は、式典で起こった一連の出来事を言葉を選び、語り始めた。
内容としては、宮舘のスピーチそして紹介された佐久間がステージへ出ると暫くして暴動が起こったが、佐久間が涙ながら呼び掛けると暴動は沈静化した。
話しながら、妙な汗が背中を伝う。
そして……
話す俺の声だけが、ひたすら部屋の中に響いていた。
途中で一度も頷かない。
口を挟まない。
呼吸の音すら聞こえないほど、動かない。
それが逆に、不気味だった。
なんで何も反応しないんだ……?聞いているのか?
俺が話し終えると
母親は、ゆっくりと人差し指を口元の端へ添えた。
その仕草が妙に優雅で……けれど、どこか冷たい。
「んー……」
小さく唸ったあと、
軽く首を傾げ、笑みを浮かべながら言った。
「簡略化し過ぎじゃないかな。まるで業務内容の報告みたいで、情景が見えてこないわ」
……どうやら納得していない様子
「説明で、そこまで薄めてしまうのは、どうなのかしらこれじゃ交換は成立出来ないかな、誠意が足りないわよ阿部くん」
俺は迷いを振り払うようにテーブルへ手を伸ばした。
コーヒーカップをおもむろに手に取り
そのまま一気に飲み干した。
苦味が喉を通り、胸へと落ちていく。
空になったカップをソーサーへ戻すと、
カツン
静かな部屋に、乾いた音が鋭く響いた。
その音は、決意の合図のようでもあり、
逃げ場を断つ音のようでもあった。
そしてゆっくりと顔を上げ、
母親の視線を真正面から受け止めた。
「すみません。もう一度お話させていただきます。それと俺の想像も加えてになりますが」
(この相手には通用しない…包み隠すのは止めておこう)
観念した。
「この学園では生徒会長が姫を──」
まず冒頭の説明に入ろうとしたその瞬間、
言葉は鋭く遮られた。
「親戚の学園だもの、そのくらい承知しているわ。大丈夫よ。それより──」
語尾に漂う柔らかさとは裏腹に、
促す圧は逃げ場を許さない。
早急に本題へ移れと示す、静かで強制的な指示
一度息を整え、喉の奥にたまった言葉をゆっくり押し出す。
空気が一段と重くなる。
一呼吸置き、俺は口を開いた。
全て
丁寧に言葉を選びながら説明を始める。
まず、宮舘が登壇し、ほぼ全校生徒から姫が一斉にバッシングを受けたこと。
壇上で泣き崩れた姫が、逃げるようにステージから駆け去ったこと。
そして式典を強制終了した事──。
淡々と伝えようとしたつもりが、声の奥が震える。
あの場では冷静を装っていたはずなのに、
思い返すほどに胸の底に沈んでいた感情が、ゆっくりと形を持ち始める。
怒り、悔しさ、傷、情けなさ。
ばらばらだった感情がひとつに絡み合う。
視線を上げると、母親は微動だにしない。
瞳孔ひとつ揺れず、まるで鼓動すら止めているように静かだった。
嘘がないか
余計な感情が紛れていないか
一音一句を逃さず、切り取って分析する「監査者」の目。
喉は渇き、手の平にはじわりと汗が滲んだ。
「途中で止めず、申し訳ありませんでした」
騒動が起きた瞬間、誰も動けなかった。
本当は、あの場で一番近くにいた俺が止めるべきだったのに…
俺はただ見守っていた。
その情景が脳裏に浮かぶだけで胸の奥がひりつく。
最低だ、と何度も噛み締めた。
俯き、深く頭を下げる。
「……その件について、私に謝る必要はないわ。それよりも」
阿部は静かに言葉を差し込む。
「はい、佐久間さんには、改めて直接謝罪をするつもりです」
そう答える俺に、母親はまばたきひとつせず視線を向けていた。
「そう……なのね」
一拍置き、彼女はゆっくりと視線を上げた。
表情は崩さず、しかし瞳だけがかすかに笑う。
「じゃあ教えてあげるわ。あなたがまだ辿り着けていない事実を1つ」
そうして俺は、姫自身すら知らない【秘密】を知った。
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