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9月の週末、ようやく夜になると多少暑さを感じなくなる季節に入った日、衆議院議員の浅川文代は地元の自宅へ帰った来た。
地元事務所の私設秘書である初老の男性が運転する車で山あいの自宅へ向かいながら、浅川はスマホである相手と話ながら、あからさまに顔をしかめていた。
「だから何度も言ったでしょ。法律の枠内でなんとかすればいいでしょって。それは私の責任じゃありません。はあ? ああ、そうなの。でもね、星島(ほしじま)さん、撮影が中止になるのは、あなたの方に制作会社との信頼関係に何か問題があったからじゃないかしらね。とにかく、そういう話は役所へ言ってちょうだい」
スマホの通話を切り、浅川は大きく舌打ちして毒づいた。
「まったくしつこいわねえ。汚らわしいAV女優ごときが」
やがてポツンと離れた場所にある日本風の広大な屋敷に車が到着し、浅川は秘書にスーツケースなどの荷物を運ばせ、玄関の扉を開いた。
秘書が玄関先にいくつもの荷物を運び終えると、浅川は横柄な口調で自分より少し年上の秘書に言った。
「今夜はもういいわよ。久しぶりに実家でゆっくりしたいから。両親は旅行中だから一人っきりでのんびり過ごせるわ」
秘書はぺこりと頭を下げて言う。
「では明日は午前10時のお迎えに上がります。県連の幹事長との昼食会は予定通りですので」
秘書が車に戻って屋敷から去って行った。浅川は荷物を一階の茶の間に入れて、シャワーを浴びた後バスローブを着て2階の自室に入った。
広々とした自室のソファに腰かけてブランデーをグラスで飲んでいると、窓の外から重低音が響いて来た。
ブロロロという重々しいエンジン音、そして地面をひっかくような甲高い金属音が窓ガラス越しに響いて来た。
しばらく眉をひそめながら、うるさいのを我慢していた浅川だったが、その重低音がどんどん大きくなっているのに気づいて、ソファから腰を上げた。
「ちょっと何よ、これ。なんかの工事? だとしてもこんな夜中にやるなんて非常識ね。どこの業者?」
その重低音がさらに近くまで響いて来た。浅川は窓のカーテンを開け、窓を開いた。そして驚愕のあまり、ブランデーグラスをぽろりと床に落とした。
窓のすぐ外に、高さ1メートルほどの巨大な獣の顔が見えていた。その顔は熊に似ていた。
黄色っぽい毛皮の表面には虎のそれのような筋状の黒い毛がいくつも線を描き、少し突き出した鼻面の口元からは、短いが鋭い牙がのぞいている。
さらに異様だったのは、その獣の頭の上は鈍い銀色の金属で出来た、西洋甲冑のヘルメットの様な物が被せられていた事だった。
一戸建ての2階の窓に軽々と届くほどの体躯のその獣の両前脚には、これも金属の手甲がはめられていて、その手甲から外に向かって先が鋭く尖った金属の爪が伸びていた。
驚きのあまり悲鳴を上げる事さえ出来ない浅川は、よろよろと後ずさった。その瞬間巨大な獣の右前脚が大きく振り上げられ、2階部分の外壁を横から殴りつけた。
外壁は砂糖菓子のように崩れて、獣の前脚は浅川がいる部屋の壁をも突き破り、浅川の体を部屋の端に叩きつけた。
骨が砕ける音がして、浅川の体はぐしゃりと潰れ、部屋の内壁に大量の血のりとともにへばり付いた。
さらに獣の左前脚が家屋の外壁を反対側から叩きつぶし、2階部分はぐしゃぐしゃに潰れ、屋根から瓦が次々と地面にずり落ちて行った。
獣はグルルルとうなり声を漏らしながら、そのままの姿勢で後ろへ移動して行った。
屋敷の敷地のすぐ外に若い女性が立ち、暗がりの中からその一部始終を見つめていた。
明るいブラウンに染めたセミショートの髪、Tシャツにデニムのミニスカートといういで立ちの、20歳そこそこの風貌のその女は、紙細工のように潰れた屋敷の2階部分を見つめながら、ぼそりと独り言を言う。
「最初の一人。マリナさん、仇は取ったよ」
そしてその若い女は、こわばった表情のまま、歩いてその場を去り暗闇の中に溶け込むように消えた。
あの巨大な獣が消えて行った林の中から、ブロロロという重低音が少しずつ小さくなっていくのが聞こえて来た。
翌日の朝、宮下は渡研に行く前に警視庁公安機動捜査隊の隊長室に呼び出された。隊長室に入ると既に、隊長のデスクの前に椅子が向かい合わせに用意してあり、そこに座るように指示された。
宮下が隊長と向かい合って座ると、隊長はいきなり大判プリントの写真の束を宮下の前に広げて見せた。
その写真には2階部分がぐしゃぐしゃに潰された、豪勢な日本建築の一軒家が映し出されていた。宮下が目をぱちくりさせていると、隊長はそれらの上にもう一枚、今度は暗く不鮮明な写真のプリントを重ねた。
「宮下警部補、これは何に見える?」
宮下はピンボケの写真を凝視して首を傾げながら答えた。
「熊……でしょうか? でも体のあちこちに銀色の、まるで鎧でも着こんでいるかのような」
「やはりそう見えるか。だが熊だとすると、後ろ足で立ち上がった時の体高が10メートルはある事になる」
「そんな巨大な熊、聞いた事がありません」
「しかも金属製の鎧を着た熊だ。俺も聞いた事がない。防犯カメラが偶然捕らえた映像だが、見ての通り不鮮明でこれだけでは何とも言えん」
宮下は写真から目を話して隊長に向き直った。
「謎の巨大生物なら渡研の仕事ですね。ですが、何故今回に限って私に直接?」
隊長はさらにもう一枚の写真のプリントを宮下の前に差し出した。そこには街灯の下に立つ、明るいブラウンのセミショートの髪の若い女性が映っていた。
「この女性が容疑者という事ですか?」
宮下はその写真を手に取って隊長に訊く。隊長は腕組みをして眉をしかめた。
「それは分からん。少なくとも家屋を破壊した実行犯ではあるまい。だが身元は簡単に分かった」
隊長は今度はノートパソコンの画面を宮下の方に向けた。そこには、若い可愛らしい女性たちの顔写真がずらりと並んでいて。写真の中の女性の顔も上の列にあった。
宮下は画面をのぞき込んで首を傾げる。
「何のサイトです?」
「芸能プロダクションだ。ただしAV女優専門のな。その女性の芸名は佐久間ミーナ」
「AV女優?」
「正確にはその卵だな。まだデビュー前のようだ。そしてもう一人、君に渡研を介して接触して欲しい人物がいる」
隊長がノートパソコンの画面を切り替え、別の大人びた髪の長い女性のバストショットの写真を写し出した。
「その女性の名は星島さくや。芸名だがな。こちらもAV女優だ」
宮下はさらに戸惑った表情になって首を傾げる。
「この星島という女性が容疑者だと?」
「いや。その線はむしろ無い」
隊長はため息をつきながら説明を続けた。
「その破壊された家屋は衆院議員、浅川文代の自宅だ。浅川議員の遺体はその2階の残骸から発見された。ぐしゃぐしゃに潰れた肉塊になってな。だが場所は議員の地元、広島県。当日星島さくやが東京にいた事は確認済みだ」
「なぜこの女性と接触する必要が?」
「数週間前、佐久間ミーナの捜索願いを所轄の警察署に出そうとした女性がいた。それが星島さくや。もっとも肉親ではないし、佐久間ミーナは当時20歳の成人なので、捜索願いは受理されなかったが」
「AV女優という以外に共通点は無さそうですね。そんな話がなぜ公安機動捜査隊に? しかも渡研を介して、とはどういう事なんですか?」
隊長はデスクの上に身を乗り出して真剣な顔つきで宮下に言う。
「これはここだけの話だ。渡研の他のメンバーにも他言無用だ。いいな?」
宮下が無言でうなずくと、隊長は声をひそめて言った。
「佐久間ミーナの身辺を洗ってくれという依頼が非公式に、防衛省から来ているんだ」
「防衛省から? なぜです?」
「私にも理由の説明は一切なかった。つまり極秘という事だ。今回渡研には人探しをやってもらう。今日の午後、星島さくやが渡研を訪ねて来る。所轄の署の口利きという事で、そういう手筈になっている。宮下警部補、周りに気づかれないように星島さくやに協力しながら、裏で何が起きているのかを探れ。同じ女性の君なら、いろいろとやり易かろう」
「まるで雲を掴むような話ですね」
「二人とも容疑者とは考えられない今の状況では、警察は正式に動けん。その必要があるなら、雲だろうが星だろうが掴んで来い。それが我々公安畑の人間の仕事だ」
「承知しました」
宮下は椅子から立ち上がり、隊長に敬礼して部屋を後にした。
宮下がいつもより遅い時間に渡研の研究室に入ると、珍しくうろたえた様子の渡が駆け寄って来た。
「おい、宮下君。君の所の隊長さんから連絡があったが、人探しとはどういう事かね?」
宮下は自分のデスクにバッグを置きながら、自分も困っているという苦笑を顔に浮かべた。
「ああ、もう話は入ってましたか。いえ、あたしにも分からないんですよ。隊長からは理由は聞かずにとにかく協力しろとだけ言われてまして」
渡はいかにも落ち着かないという様子で、まるで熊のように宮下のデスクの周りを歩き回った。
「しかも訪ねて来るのはAV女優という話じゃないか。私はそんな種類の人物と会った事も関わった事もないぞ」
遠山がにこにことうれしそうな顔で、宮下に言う。
「宮下君、そのAV女優さんて美人なのか?」
宮下は少し顔をしかめて遠山に応える。
「遠山先生はずいぶんうれしそうですね」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。まあ、いいじゃないですか、渡先生。人探しぐらい手伝っても。これも世界の平和のため」
遠山のうきうきした口調に渡も顔をしかめながら言う。
「それより、画像の分析はどうなっとる? あの巨大な獣の正体は分かったのか?」
遠山は相変わらずにやついた顔で、自席のパソコンを操作し、壁に掛かっている大型スクリーンに、あの不鮮明な写真を写し出した。
「こんな荒い画質じゃ推測の域を出ませんが。考えられるとすれば、ホラアナグマですね」
聞き耳を立てていた筒井がつぶやく。
「ホラアナグマ?」
遠山が壁の大型スクリーンの画像を切り替える。そこには大きな熊の骨の化石が映った。
「更新世後期に生息していた大型の熊の仲間です。2万4千年前に絶滅したとされる、熊の仲間としては歴史上最大の種ですね」
松田が大型スクリーンを見つめながら遠山に訊いた。
「生き残りがいたという事でありますか?」
遠山は首を横に振りながら言う。
「いや、そうとも限らない。最新の研究によれば、ホラアナグマと現生種のハイイログマは、大昔に交雑していた事が確認されている。現代のハイイログマの遺伝子には、部分的にホラアナグマの遺伝情報が混じっている」
松田がまた訊く。
「ハイイログマとはどういう熊でありますか?」
「北アメリカに毛皮の色がやや薄い大型の熊がいるだろう。日本ではグリズリーと呼ばれているやつ」
筒井がヒッと悲鳴のような声を上げた。
「あのでかくて凶暴な熊ですか? それの古代種って事ですか? だったら怖いですよう」
遠山は少し真剣な表情になって言った。
「ハイイログマの遺伝子からホラアナグマの特徴を持つゲノムだけを取り出して、再現する事は不可能ではないかもしれない。現代の遺伝子操作技術を以ってすればね」
昼休みが終わり、各自が昼食から戻って来た渡研の研究室では、それぞれが違った意味で落ち着かずそわそわしていた。
渡はあごひげをしごく癖がいつにも増して頻繁になっていて、宮下は星島さくやとどう接するべきか真剣に悩んでいた。
松田と筒井は、あの巨大な熊とAV女優の間に何の関係があるのか、未だに理解できずしきりに首をひねっていた。
一人遠山だけが、壁掛け時計を何度も見ながら、期待に胸が弾むといった表情でニコニコ、ニヤニヤと顔をほころばせている。
渡の机の上の固定電話が鳴り、渡が派手な音を立てて椅子から飛び上がった。おそるおそる受話器を取ると、正門に守衛詰め所からの連絡で、研究室に来客があるとの事。
「ああ、聞いてます。お通しして下さい」
そう答える渡の声は完全に引きつっていた。
数分後、研究室のドアがノックされた。松田がデスクから立ち上がって内からドアを開ける。
そこに立っていたのは、20代半ばぐらいの見た目の、意外に小柄な女性だった。肩甲骨あたりまでまっすぐな黒髪を垂らし、上品な半袖、ロング丈の淡い緑色のワンピースを着こなしている。
目鼻立ちははっきりとしていて、くりくりとよく動く目が際立つ華やかな印象だが、特に変わった感じはしない可愛い系の女性だった。
「あの、こちらが渡先生の研究室でしょうか?」
澄んだ高い声で訊かれて松田は、つっかえながら答えた。
「は、わ、わた、渡研はここであります」
「あたしは星島さくやと申します。この度はご協力をいただけるそうで、ありがとうございます」
そう言って星島は深々と腰を折って頭を下げた。渡は自分の机から立ち上がりドアの所まで歩いて来た。右手と右足、左手と左足が同時に動いていた。
「あ、わ、わ、私が教授の渡です。とにかくお入り下さい」
星島はドアを閉め、渡の前に来て下げていた大きな紙袋を差し出した。
「これ、つまらない物すが、皆さんでお茶請けにでもどうぞ」
渡は半分引きつった顔で紙袋を受け取りながら言った。
「いや、こんな気を遣わなくてもよかったのに」
星島はにっこり笑って応えた。
「いいえ、無理なお願いを聞いてもらいに来たんですから、これぐらいは当然です」
松田が渡に言う。
「せっかくのご厚意ですので、お茶でも淹れましょうか?」
渡が小刻みにうなずきながら言った。
「ああ、そうだな。そうしてくれるか、松田君」
「あ、じゃあ、あたしもお手伝いしますね」
星島がそう言って松田と一緒にキッチンスペースに向かう。松田があわてて言う。
「いえ、自分だけで大丈夫です。お客さんに手伝わせるわけには」
「いえ、お世話になるのはこっちなんですから、それぐらいやらせて下さい」
松田と星島がキッチンスペースに消えると、渡は大きくため息をつきながら小声で周りに言った。
「いや、AV女優というから、どんなとんでもない人物が来るかと思っていたら、ごく普通の女性じゃないか」
筒井も額の汗をぬぐいながら言う。
「あたしも緊張しましたよ。なんか、もっとこう、ド派手な人かと思って」
宮下もそっとつぶやいた。
「これなら女同士の話もしやすいかも。助かる」
渡は応接スペースに向かいながら言った。
「今どきの学生よりよっぽど礼儀正しいし、しっかりしているじゃないか。職業で人を判断するもんじゃないな」
低い長テーブルをはさんで3人掛けのソファが向かい合う応接スペースに、全員で座って話を整理する事にした。
松田が、星島が持ってきたクッキーが並んだ皿と、紅茶のカップを人数分テーブルに並べると、遠山がぐいぐいと前に出て星島を手招きした。
「星島さん、こちらへどうぞ。僕の隣の席で……」
渡がつかつかと歩いて遠山に近づき、耳を引っ張って星島から引き離した。遠山が抗議の声を上げた。
「いてて、痛いじゃないですか、渡先生」
「やかましい! 男3人は壁際。女性陣は反対側に」
渡の指示で壁を背にしたソファに奥から松田、渡、遠山の順に座る。向かい合った位置に奥から筒井、宮下、星島の順に腰を下ろす。
渡が軽く咳払いして言う。
「とりあえずお互いの自己紹介をしておこう。私がこの研究室の責任者で、理学部地学科教授の渡です。隣が同じく生物学部の准教授の……」
遠山が正面向かい側にいる星島に向けて声を張り上げた。
「遠山です。30代独身、結婚歴なし。ちなみに趣味はですね……」
渡が低い雷鳴のような声で話を遮った。
「余計な事は言わんでいい! それからこちらが松田君。本職は陸上自衛隊の自衛官です」
渡に促され、筒井と宮下がそれぞれ名前と本職を星島に告げた。星島が上半身を少しかがめて言う。
「星島さくやと言います。芸名なんですけど。もうご存じとは思いますが、職業はAV女優です」
星島が状態を起こすと、その豊満なバストが服の上からでも分かるほどはっきりとブルンと揺れた。
筒井と宮下は、横目で星島の胸をちらりと見て、それから真っすぐ頭を下げて自分たちの胸を見つめた。筒井も宮下も現代の日本人女性としては決して貧相な体つきではないのだが、何か心穏やかならざる感情を覚えていた。
渡が話を本題に移す。
「さて星島さん。あなたが探して欲しいというのはこの人で間違いないですか?」
渡が防犯カメラに映っていた佐久間ミーナの写真をテーブルに出すと、星島はすぐに大きくうなずいた。
「はい、この子です。でもこの写真はどこで?」
渡が慎重に言葉を選んで答えた。あまりに異様な事件であるため、浅川の自宅の半壊は、原因不明と報道されていたからだ。
「浅川という国会議員の自宅の半壊事故の現場近くと聞いています」
星島は急に顔を曇らせて、つぶやくように言った。
「あの事故のニュースはびっくりしました。あたしそのほんの1時間前に電話であの先生と話してたんですから」
宮下が目を見開いて星島の横顔を見た。宮下は口に出さず、心の中で叫んでいた。
「つながった!」
宮下は相手を刺激しないように努めて冷静な口調で星島に訊いた。
「あなたが国会議員と電話を? 前からのお知り合いですか?」
星島は首を横に振りながらハンドバッグから紙の資料の束を取り出しながら言った。
「いえ、つい最近です。あたしたちAV女優、いえAV業界全体が、あの人にだまされたようなもんなんですよ。AV良化新法の事ご存じですか?」
渡研の全員がきょとんとして首を横に振った。星島が書類をテーブルの上に広げながら説明する。
「今年の6月に出来た新しい法律なんですけどね。正式名称は」
星島が書類の一枚を手に取り、その名称を読み上げる。
「性をめぐる国民の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律……です」
ずっと聞いていた渡たちは、思わず大きく息を吐いた。渡が眉をピクピクさせながら言った。
「ずいぶん長ったらしい名前の法律ですな」
星島が口を尖らせて話を続けた。
「通称AV良化法って呼ばれてますけどね。この法律のおかげであたしも含めて大勢のAV女優の仕事がなくなって、収入もよくて激減、最悪ゼロにされちゃったんですよ」
渡が筒井に向かって訊く。
「筒井君、新聞記者なら何か知っているんじゃないか?」
筒井は申し訳なさそうな表情で首を横に振った。
「ああ、いえ、初めて聞きました。新法なら政治部の担当ですかね? あたし社会部の記者ですから」
星島が書類を見ながら続きをまくし立てる。
「法律が出来る課程も無茶苦茶だったんですよ。最初に話が出たのが今年の4月。法案提出が5月25日。5月27日に衆議院本会議で全会一致で可決。6月15日に参議院本会議で可決、反対は一人だけ。で、6月22日に公布、その翌日の6月23日に即施行」
筒井がタブレットで情報を検索しながら思わず言った。
「確かに異常な速さですね。3か月もかかってないなんて」
宮下がやや混乱した表情で星島に言う。
「いわゆるAV、アダルトビデオに法律上の規制がかかったから、あなた方が困っているというわけですか?」
星島は顔をしかめて大きく首を振った。
「最初は18歳、19歳の新成人に対する特別な保護が必要という話だったんですよ。ほら、今年の4月1日から、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたじゃないですか」
渡が、やっと自分にも理解できる話が出た、と言いたげな表情で言葉を発した。
「ああ、そうでしたな。うちの大学でも新入生は即成人になるので、いろいろ気を遣ってますよ」
星島がおおきくうなずいて話を続けた。
「そうなると、18歳、19歳の新成人の女の子たちがAV への出演を強要される危険があるって、フェミニスト団体が騒ぎ出したんですね。その陳情を聞いた一部の野党議員が、じゃあ、特別な法律作ろうって事になって。この段階ではあたしたち女優だけじゃなくて、AV業界全体としても別に反対してませんでした。むしろ賛成してましたよ」
宮下が大きくうなずきながら言う。
「ああ、未成年者取消権の関係という事ね」
松田が宮下に訊く。
「何でありますか、それは?」
「未成年者は保護者の同意が無いと、契約をする事ができないのね。悪徳商法とかで、相手が未成年だと知った上でさせた契約は、保護者が無条件で無効にできるという法律上の規定があるんです。今年の3月までは、18歳と19歳にはその取消権があったんだけど、4月1日からそれが無くなった。AV出演の契約も、この未成年者取消権の対象でしょうからね」
遠山がまた首を傾げながら星島に訊く。
「よく分からないな。その年齢の新成人の女性をスカウトできなくなった、というだけの話じゃないんですか? どうして星島さんのようなキャリアの長い人までが困るんですか?」
星島が答える。
「いえ、そういう話じゃありません。だいたい遅くとも2016年頃からは、20歳未満の子が応募して来ても、採用していませんでしたから。適正AVの枠組みに参加している会社なら」
期せずして、渡研の5人全員が声を上げた。
「適正AV?」
渡があごひげをしごきながら、言いにくそうに星島に訊いた。
「AVに適正とか不適正とかあるのか? 星島さん、すまんが我々は業界の事については全員素人でね。一から説明してもらえませんか?」
星島はうなずいて、いくつかの団体のホームページをプリントアウトした紙をテーブルの上に並べた。
「まあ、昭和の時代にはかなりひどい女優の扱いもあったみたいですね。業界には相当ご高齢の大御所さんもいるから、あたしも聞いた事はあります。2010年代になると、DVDだけじゃなくてインターネットでの映画やテレビドラマの配信が増えて、AVもそういうルートで売られるようになりました。ただ、従来のAV制作会社だけじゃなく、個人で似た様な作品作ってネットで流すケースも増えたんです」
星島が二つの団体のホームページの画像の紙を指差す。
「そういう新参勢力の場合だと、出演強要とか出演女性の人権無視とかも多くて社会問題になりかけたんです。そこで既存のAVプロダクション、作品メーカーなどが協力して対策を始めました。まずプロダクションが業界団体を作ったんです。それがこの、日本プロダクションギルドと第二ギルドですね」
渡が紙を見ながら言う。
「AV女優の、労働組合みたいな物かね?」
星島はまた首を横に振る。
「いえ、AV専門の芸能事務所みたいな物なんですよ、プロダクションは。そもそもあたしたちAV女優は所属しているプロダクションの社員じゃありません。あたしたちは個人事業主で、プロダクションとの間の契約はあくまで、業務委託契約なんです」
筒井が小さく右手を上げ、おそるおそるという口調で星島に訊いた。
「あの、星島さん。初歩的な質問ですみませんが、プロダクションとAV作品を作る会社は別なんですか?」
「はい、撮影して作品作る会社はAVメーカーですね、あたしたちはそう呼んでます。プロダクションはマネージメントをする方の会社です。あたしたち女優の代理としてメーカーさんと交渉して、出演料とか売り上げの配分とかの交渉をしてくれて、あたしたちのスケジュール管理なんかもします。それでお金が入ったら、あたしたちはマネージメント料をプロダクションに払う。そういう関係ですね」
「ええと、じゃあメーカーの業界団体はまた別にあるんですか?」
「はい。そっちは日本映像制作・販売倫理協議会です。AV作品を販売ルートに乗せていい物かどうかを審査する、いわゆる自主規制団体ですね」
「ううん……でも、それって仲間内のチェックに過ぎないんじゃないですか?」
「そう言われないように、この二つのプロダクション団体とメーカーの自主規制団体は、さらに法人会員として別の第三者機関に所属しています。ええと、この紙にある所ですね。AV人権規範機構と言います」
「は? また業界団体?」
「いえ、この機構は業界団体じゃありません。どっちの業界からも独立した第三者機関です。プロダクションやメーカーが法律に違反していないか、女優の人権侵害をしていないかを監視して、もしあれば女優が直接ここに救済の申し立てをする事も出来ます」
「ははあ、ピラミッドみたいなチェック体制があるわけですか。つまり、これらの業界団体や自主規制団体の枠組みに参加しているAV関連会社と、そこを通して作られた作品、それが適正AV?」
星島はにっこり笑って大きくうなずいた。
「そうそう! そういう事なんですよ」
渡が大きくため息をつきながら言う。
「いや驚いたな。AVなんて暴力団や反社会勢力が作っている物とばかり思っていた」
星島が苦笑しながら応える。
「昭和の時代にはそういう事もあったのかもしれないですけどね。今のAV業界は2016年ぐらいからこういう取り組み重ねて来てクリーンですよ。あたしがAV女優としてデビューしたのは2018年で、こういう自主規制が始まった後なんで、出演強要とか女優の人権侵害とか、少なくともあたしは見た事も聞いた事もないですね」
遠山が考え込んだ表情で言う。
「それは理解できたんだが、買う方にしてみれば、適正AVかどうかなんて、見分けはつかないしな」
「あら、そんな事ありませんよ」
星島は自分のスマホを取り出して、すいすいと操作しマークが映し出されているホームページを画面に表示した。
「適正AVである事を証明するテロップやマークを、知的財産振興協会というまた別の団体から発行してもらってます。配信作品なら冒頭にこのテロップ、DVDのパッケージとかならこのマークがどこかに表示されているはずですよ」
適正AVの文字を含んだロゴを見て、松田が感心して言った。
「これはそういう意味の物だったんですか? なんでこんなテロップがいちいち出て来るのかと……」
筒井と宮下が同時に声を上げた。
「ん?」
宮下が松田に詰め寄った。
「松田さん、今、いちいち出て来る、と言った?」
松田はあわてて胸の前で両手を振った。
「あ、いや、その、あ、そうだ、部隊の先輩が前にそう言っているのを聞いた事があるという事でして、はは、あはは」
宮下がまだ疑わしそうな目で松田の顔を見ながら、星島に訊いた。
「では逆に、このテロップやマークがない映像作品は適正AVではないという事なのね? そっちは違法な物というわけ?」
星島は小首を傾げて答えた。
「違法とまで言えるのかどうかは、ケースバイケースなんでしょうけど。俗に言う同人AVですね。ただ、少なくとも出演女性の人権や身の安全がきちんと保証されない事だけは確かです。以前からあった出演強要などの問題を起こして来たのはそういう製作者なんですよ。何年もかけて人権侵害の危険を取り除いて来た適正AV業界が一緒くたに扱われているのが、あのAV良化法の最大の問題なんです」
渡が腕組みをして星島に訊いた。
「なるほど、業界の仕組みはだいたい理解できました。だが、星島さん、その事とあなたが佐久間ミーナさんを探して欲しいという話はどうつながるのですかな?」
星島は急に沈痛な顔つきになって、あの新法の条文が書かれた紙を指差した。
「発端はそのマーカーで塗ってある部分です。AV良化法で、契約書を書いてから最低1か月は撮影禁止、契約が発効してから最低4か月は作品の発売、宣伝も一切禁止。さらに出演者は作品の公表から1年間は無条件で契約を解除できる。つまりせっかく発売しても、もし女優が気まぐれを起こして契約を解除すると言い出したら、メーカーは作品の販売を中止して店頭や配信サイトからその作品を回収しなきゃならなくなります」
宮下が怪訝そうな顔で言った。
「18歳、19歳の新成人にはその程度の特別な配慮は必要じゃないの?」
星島はきっとした表情になって答えた。
「あたしたちも最初はそういう話だと聞かされてました。でもいざ法律が出来てみたら、年齢に関係なく、AV女優全員と全てのメーカー、全ての作品にその規制がかけられるという話に化けていたんです」
筒井が驚きの声を上げた。
「ええ? それだと契約書書いてから実際に作品が発売されるまで、最低5カ月かかる事になるんじゃ? それも発売してから1年間は取り下げるリスクをメーカーは負う事になる。それじゃ商売にならないんじゃないですか?」
星島が憤懣やるかたないという表情で答えた。
「その通りなんですよ。しかも刑罰が最高で懲役3年、法人に対する罰金は1億円。その上にですよ、例えば女優が突然病気になっても代役立てる事も不可能になるし、撮影場所が例えば、何らかの事情であるスタジオから別のスタジオに急遽変更したら、この法律の違反になるかもしれない。そんながんじがらめの規制で刑罰のリスク負って作品作るのは不可能です。この新法が施行されてから、撮影の計画自体が何十も中止に追い込まれているんです」
筒井が眉をしかめて言う。
「変ね。そこまでの影響がある内容の法律なら、事前に業界団体からヒアリングをするはずなのに」
星島が吐き捨てるような口調で言う。
「浅川議員にそこを問い詰めました。それは行ったという返事でした。でも、国会議員がヒアリングをしたのは、さっき言ったAV人権規範機構だけなんです。あの機構は監視のための第三者機関であって、業界の内情なんか知らないし、ましてや業界の利害代表じゃありません。何百人もの国会議員が、第三者機関を業界団体だと勘違いして法律を作ってしまったんです」
遠山がため息をつきながら言った。
「ひどい話だな。そんないい加減な事が、国会で起こるなんてあり得るのか?」
筒井がタブレットの画面を見ながら言った。
「AV良化法って議員立法だったんですよ。あたしたちでさえ今星島さんから説明されてやっと分かった業界の仕組みですからね。国会議員が知っていたとは思えませんね。業界の事を何も知らない人たちが、フェミニスト団体の一方的な主張だけ聞いて、それを鵜呑みにして法律つくっちゃたんですね」
星島が自分のスマホの画面を差し出して、沈痛な口調で言った。
「AV女優の多くが、収入激減、仕事がなくなるという事態になったので、私たちが一番恐れていた事が現実になってしまったんです」
スマホのスクリーンには怪しげな動画配信サイトが映っていた。星島は震える指で動画の一つをクリックした。いきなり真っ赤な文字で「何回までイケるか? 現役AV女優の耐久レース!」というタイトルが表示された。
動画が始まると、まず水着姿のおとなしそうな女性の全身アップの画面になり、すぐに暗転して、マットレスを敷き詰めた倉庫のような場所が現れた。
画面に収まり切れないほどのマスクで顔を隠した男たちが下着一枚の格好でずらりと並んでいた。そして一人ずつ順番にその女優に襲いかかった。女優は金切り声の悲鳴を上げるが、男たちはげらげら笑いながらそれを見ている。
残酷な現場を多く見て来た刑事の宮下でさえ、途中から思わず顔をそむけた。筒井は途中から目を閉じ、耳を両手でふさいだ。
星島が目に涙を浮かべて動画を止めると、唖然とした表情の渡が訊いた。
「何だね、それは?」
星島が涙を指でぬぐいながら答えた。
「非合法のエロ動画です。もちろん適正AVじゃありません。そこに出ている女優は芸名を友坂マリナと言って、あたしが前に所属していたプロダクション事務所の後輩でした。そしてマリナちゃんが一番仲が良かった彼女の1年下の後輩が、佐久間ミーナちゃんなんです」
宮下がはっと息を呑んだ。
「では星島さん、佐久間ミーナさんは浅川議員を恨んでいたという事?」
「そうかもしれません。ネットでもほんの小さくしか取り上げてませんでしたけど」
星島はスマホの画面をネットニュースサイトに切り替えた。下の方の目立たないニュースをクリックして現れた記事の見出しを見て、渡研の全員が小さく「アッ!」と声を上げた。
その見出しにはこう書いてあった。
「渋谷でビル屋上から飛び降り自殺、死亡したのはAV女優の友坂マリナと判明」
筒井がまだ青ざめた顔色で星島に訊いた。
「どうして自殺まで? AV女優さんがネット動画のアルバイトしただけじゃないんですか?」
星島が息を乱した声で答える。
「あたしたち適正AVの女優がそれ以外の作品に出演する事は禁止されてます。こういう非合法な作品と区別してもらうための枠組みなんですから。もし適正以外の作品に出演した事がばれたらプロダクションは契約を解除しますし、その後は適正AVの枠組みに参加しているプロダクションからもメーカーからも一切相手にしてもらえなくなります。いわばAV業界からの永久追放です」
「じゃあどうして、そのマリナさんという人はそんな動画に?」
「AV良化法が施行された時、マリナちゃんは専属女優だったんです。あたしはキカタンですけど」
「は? センゾク? キカタン?」
「あ、これも業界用語か。渡先生、説明した方がいいですか?」
渡は小さく何度もうなずいた。
「ああ、すまんがお願いできるかな?」
星島が言葉を続ける。
「AV女優は大きく分けて3種類。専属というのは単体とも言って、一つのAVメーカーさんの作品にだけしか出演しない女優の事です。撮影は原則月に1本だけ、その代わり出演料は百万単位です。キカタンは企画単体の略で、複数のメーカーさんの作品に、何本でも出演できる女優。今のあたしはこれです。1本あたりの出演料は数十万円単位ですが、出演本数に制限がないので、人気が出れば専属女優さん以上に稼げる人もいます。最後がただの企画女優で、1本だけに出演して芸名のクレジットもされないとか、その他大勢の扱いで出演するだけの子たちですね」
宮下が自分のスマホでさっきの動画サイトを検索しながら星島に訊く。
「だったらマリナさんも知っていたはずでしょう? その手の動画に出る事は女優としてアウトだと。だったらなおさら何故?」
「ここからはミーナちゃんから聞いた話なんですが。ミーナちゃんはマリナちゃんの事を実の姉のように慕っていたので、彼女にだけは詳しいいきさつを明かしていたそうで。専属女優の撮影が中止になったら、収入は完全にゼロになるんです。専属女優はたとえば以前発売したDVDの販売イベントに自分が出るとか、そういう事はメーカーさんの同意がないとできませんから」
星島は眉をしかめて沈痛な表情に戻って言葉を続けた。
「AV良化法が施行されてからマリナちゃんが出演予定だった撮影は全部中止になって、彼女は収入ゼロになったんです。そんな時、SNSのダイレクトメールで出演の打診があって、乗ってしまったようですね」
遠山が遠慮がちに訊く。
「専属女優ならギャラは百万円以上だと言ってましたよね。そのマリナさんという人には貯金はなかったんですか?」
「マリナちゃんには2歳下の弟がいて、母子家庭でお金の事には苦労して来たんです。その弟さんが家庭の経済状態から進学をあきらめると言い出した頃にマリナちゃんが専属女優になって、彼女が弟さんを説得して進学させたんです」
「大学へ?」
「いえ、ITの専門学校です。一流のプログラマーをたくさん輩出している有名な専門学校で、学費も下手な大学よりずっと高いそうです。マリナちゃんはその学費を全額出してあげてたんです。将来は弟さんが独立してIT事務所を開いて自分はそこの裏方になると言って、簿記とかの勉強もしてました」
「ひょっとして、その弟さんの学費が払えなくなったとか?」
「このままだとそうなる、マリナちゃんはそう言ってたそうです。ミーナちゃんからはそう聞きました」
「なるほど、事情は分かった」
渡が重々しい口調で言う。
「しかし、覚悟の上の出演だったんじゃないかね? なぜその後自殺までする事になったんです?」
星島はまた目に涙を浮かべながら答えた。
「マリナちゃんが受けた条件は、個人の趣味の撮影で一般には映像を公開しないから、という事だったんです。マリナちゃんはだまされたんです。動画の内容だってあの場所へ行って初めて知ったんでしょう。あの動画の中のマリナちゃん、最初から本気で嫌がってました。あたしも女で同じAV女優だから分かります。そして約束は平気で破られて、映像は撮影の翌日にはネットのアングラサイトに無修正で公開されてしまった。そりゃもう自殺するしかなくなりますよ!」
宮下はさっきの動画サイトを自分のスマホの画面で見つけ出し、小さくうなずきながら言った。
「以前、生活安全部の同僚から聞いた事があるわ。このサイト、警察でも問題視してるんだけど、サーバーが海外にあるから日本の法律が直接適用できなくて、手が出せないんです」
星島が語気を強めて言う。
「そういう非合法サイトだけを取り締まってくれるのなら、AV良化法自体にはあたしたち適正AV関係者も反対じゃありません。でも実際には、あの法律のおかげで適正AVの女優の方が収入を断たれて追い詰められているんです。中には非合法のエロ動画の誘いに乗ってしまう子も出て来るかもしれない、それを一番心配していたら、現実に起きてしまったんです」
宮下も沈痛な表情になってさらに星島に訊いた。
「佐久間ミーナさんが国会議員を恨む気持ちは分からないでもないわね。でも、あの法案はほぼ全会一致で通った物ですよね。何百人もいる国会議員の中で、どうして浅川文代を?」
「AV良化法案の作成を最初に呼び掛けた議員のグループがあって、その代表者が浅川議員だったんです。あたしたちが心配になって面会を求めた時、あくまで成人年齢引き下げに伴う、18歳、19歳に関する話だと言ったのも浅川議員です。でも蓋を開けたらあんな無茶苦茶な内容の法律で。話が違うじゃないかと、あたしが電話で何度訴えても、聞く耳持たないという態度で」
「佐久間ミーナさんのお仕事の方はどうなっていたんですか?」
「ミーナちゃんはやっとデビューが決まった矢先だったんです。彼女は幼い頃に両親を亡くして、親戚の家をたらい回しにされながら育ったらしいんですね。前に本人から聞いた事があります。その間に、親戚から、いわゆる性的虐待も受けていたそうです。だからミーナちゃんは最初は精神的に不安定なところがあって時間がかかったんです。あたしとマリナちゃんは仲が良かったんでミーナちゃんとも自然と仲良くなっていたんで、ある時そう話してくれました。でもミーナちゃんのデビュー作になるはずだった作品の企画も、AV良化法のあおりで中止になってしまって」
渡が大きく息を吐きながら言った。
「自分のデビューをつぶされ、実の姉のように慕っていた先輩が自殺に追い込まれた。もとはと言えばAV良化法を提案した浅川議員のせいだ。20歳そこそこの娘さんなら、そういう風に考えてしまっても不思議はないかもしれんな」
しばし全員が沈黙した。やがて渡が言った。
「大体の事情は把握できたようだな。今日のところはこれで終わりにしよう。星島さん、長い時間ご苦労でした。佐久間ミーナさんの捜索はお引き受けします。あなたも疲れているようだ。明日の午前10時にまたここへ来ていただけますか?」
星島は深々と頭を下げて答えた。
「分かりました。よろしくお願いします」
ソファから立ち上がった星島の横に、遠山が脱兎のごとく駆け寄った。
「星島さん、校門まで僕がお送りしましょう。出来ればラインの交換とかですね……」
渡が遠山の耳をつかんで星島から引きはがした。
「いてて、何するんですか、渡先生」
「君はうろちょろせずに、仕事の続きをしろ! ああ、宮下君、君が星島さんを正門までご案内してくれ」
翌朝、9時少し前に渡研の5人は研究室に集合し、渡の机の前に椅子を並べて確認情報の報告を行った。
まず宮下がバインダーで束ねた書類をめくりながら言った。
「星島さくやさんが言っていた、自殺の件については所轄の警察署の記録で裏が取れました。友坂マリナという芸名のAV女優がビルから転落して死亡。屋上で揃えられた靴と本人の自筆の家族宛ての遺書が見つかっているので、自殺である事は間違いないでしょう」
次に筒井がタブレットの画面をスライドさせながら言う。
「うちの政治部の先輩を通じてAV良化法の立法過程を調べてみました。委員会審議は内閣委員会の担当だったんですが、たった一日で採決、全員一致で可決しています。で、法律の内容なんですが、内閣委員会に提出された時点で、条文が出来上がっていたみたいですね」
渡が眉をひそめながら訊いた。
「条文を作ったのが浅川文代議員だったわけか?」
筒井は軽く首を横に振り、眉をしかめた。
「それが変なんですよ。星島さんが言うところの、現実を無視した過剰な規制内容は、与党である自由民心党の議員グループが後になってから突然入れた物のようなんですね。もうこの時点では浅川議員は蚊帳の外だったようで」
遠山が口をはさむ。
「与党議員が主導した法案で、どうしてあんな無茶苦茶な内容になるんだ?」
筒井が答える。
「その一部の自由民心党の議員グループに、反ポルノ連盟という名のNPOが全面協力していて、おそらくその団体の弁護士が条文原案を作成したんでしょうね」
「おいおい」
渡が目を丸くして言う。
「名前からしてAVなどには否定的な団体のようじゃないか。規制したがっている団体に規制内容を決めさせたのか?」
筒井はため息とともにうなずいて言う。
「ちょうど参議院選挙の直前だったじゃないですか。投票日の半月ほど前にAV良化法がスピード可決されてますからね。有権者に対する、やってますアピールには都合が良かったのかも」
渡は考え事をする時のいつもの癖で、しきりにあごひげを指でしごきながら言う。
「仮に佐久間ミーナが浅川議員襲撃事件に何らかの形で関わっているとしたら、その恨みの矛先はその反ポルノ連盟とかいう団体にも向けられるだろう。次に襲撃されるのはその団体の事務所という可能性はないか?」
宮下が大きくうなずいて同意した。
「念のため警戒はするべきでしょうね。法人登記簿から事務所の住所は調べてあります。星島さんが来たら一緒にそこを訪ねてみては」
ちょうどその時、渡の机の固定電話が鳴り、星島がやって来た事が分かった。渡は星島を通すように正門の守衛室に告げ、受話器を置くと松田に言った。
「すぐに出かけるとしよう。松田君、バンを出して運転を頼む」
星島が研究室に来るとすぐに全員でバンに乗り、反ポルノ連盟の事務所へと向かった。
松田が運転し、助手席に渡、真ん中の席に隣り合って遠山と星島、後部座席に宮下と筒井が乗り込んだ。
団体の事務所は東京都の東端、千葉県と境界を接する江戸川区の海沿いの地区にあった。
高速道路が渋滞気味のようなので一般道でそこへ向かう間、遠山が隣の席の星島に真剣な表情で問いかけた。
「あれから多少AV業界の事を調べてみたんですよ、ネットで。最近のAVプロダクションでは新人の女優さんに美容整形手術を受けさせるというのは本当ですか?」
星島は屈託なく微笑みながら答える。
「ええ本当ですよ。あくまで本人が同意すればですけどね」
「顔を変えるとかですか?」
「あはは、まさか。目を二重にするとか、胸にシリコン入れて大きくするとか、太っている子だと脂肪吸引とか、そんな程度ですよ。でもプロダクションが紹介するきちんとした病院でないと安心できませんからね。美容整形の医療事故って結構怖いんですよ」
「なるほど、星島さん、これは非常に大事な点ですので、慎重に答えて欲しいんですが」
遠山のいつになく真剣な口調に、他の全員が思わず聞き耳を立てた。そして遠山の言葉の後に、星島以外の全員がのけぞった。
「星島さんのバストも、その、整形で?」
星島は思わず声を上げて笑いながら、あっけらかんと答えた。
「いえ、あたしのは自前です。あたし小柄な割には胸の発育だけは昔から良くて。中学3年の頃にはもう周りの男子から巨乳呼ばわりされてましたもんね」
遠山がにこにこ笑いながらさらに尋ねる。
「じゃあ、小さい人はみんなシリコン入れるんですか?」
筒井が聞こえるように大きな咳ばらいをしたが、遠山と星島は全く気づく様子もなく、談笑を続けた。
「いやあ、それは人によりけりですね。本人の同意はもちろんですけど、プロダクションの方針もありますし。えっと、例えばこの子ですけど」
星島がスマホに一人のAV女優のプロフィールを映して遠山に見せる。
「ほらこの子なんて公称でAカップですけど、顔がロリっぽいじゃないですか。女学生物とかで人気あるんで、整形してまで大きくする必要はないって事務所の判断でしょうね」
「あ、ほんとだ。確かにその方が雰囲気出ますよね」
宮下が聞こえるように大きく咳ばらいをしたが、遠山と星島は相変わらず気づく様子もなく談笑を続けた。
「男性も大きければ大きいほどいいってわけじゃないんでしょ? 遠山先生はどれぐらいが好みなんですか?」
「僕は、そうですね、昔から掌(たなごころ)に収まりて少し余る程が良し、とか言うでしょ? それくらいかな」
「じゃあ今で言うDカップぐらいかな。だったら、この写真の子なんかどうですか?」
「お、そうそう、これぐらいが好みなんですよ、僕」
筒井と宮下が二人同時に大きな咳ばらいをしたが、二人は全く気づかずに談笑を続けた。
「ちなみに星島さんはカップで言うといくつ?」
「あたしはHカップですね。そのせいか、最近は人妻物とかのオファーが多くて」
遂に渡が助手席から上半身をねじって後ろを向いて大声で言った。
「ああ、すまんが、遠山君に星島さん。そういう専門的な話は別の機会にしてくれんかね?」
葛西海浜公園に近い、小規模な二階建てのアパートがひしめく場所へバンは入って行った。
宮下が調べた住所を頼りにたどり着いた場所は、相当年季の入ったボロアパートの一室だった。相手が相手だけに、星島、宮下、筒井の女性3人だけで事務所を訪ねる事にし、男3人はバンの中で待機した。
単に古いだけでなく、人が居住している気配のないアパートだった。1階の角部屋のドアに薄汚れたボール紙に手書きで団体の名前が記された部屋はあったが、ドアのチャイムのスイッチを押しても全く音がしない。
宮下が無駄と知りつつ何度もドアのチャイムのボタンを押しながらつぶやいた。
「変ね。出がけに尋ねていくと電話で知らせてあるはずなのに。事務所なら平日のこの時間に誰も詰めていないはずはないんだけど」
数分間3人がドアの前で立ち尽くしていると、数人の重々しい足音が響いて来た。ラフな服装の長髪の男たちが3人、星島、宮下、筒井を取り囲んだ。
「そこで何をしてる? どこのモンじゃ、こらあ!」
男たちはまるでヤクザのような口調で3人を威嚇した。
「住居不法侵入で警察呼ぶぞ、いいのか?」
宮下が嘆息してスーツの上着の内ポケットから警察手帳を取り出して広げた。
「私がその警察です。今日こちらを訪ねる事は連絡しているはずですが?」
男たちの背後からコツコツと二組のハイヒールの音がして、二人の中年の女性が姿を現した。
灰色の女物のスーツを着た中年女性が男たちに言う。
「ああ、いいのよ。渡研とかいう所の方たちですね。私が事務局長の佐川です。こちらが理事の山田。お話を聞きましょうか」
そう言って佐川は3人を事務所の中に招き入れるのではなく、アパートの横の駐車場へ連れ出した。その場で立ち話を始める。部屋に入れようともしない事に3人ともむっとしていたが、敢えて文句は言わなかった。
宮下は佐久間ミーナの写真のプリントを佐川に示して尋ねた。
「この女性に見覚えはありませんか? 例えば最近この近くで見かけたとか」
佐川は写真をじっと見つめて曖昧な返事をした。
「言われてみれば、最近うちの事務所の周りをうろうろしている女の子たちの一人かもしれないわね」
星島がその言葉に鋭く反応した。
「女の子……たち? そう言いました? 一人じゃないんですか?」
佐川は星島の顔を見て、唇を歪めた。
「あら、あなたはAV良化法の悪口をSNSで盛んに触れ回っているAV女優ね。それで何? うちの事務所に嫌がらせでもしに来たの?」
前に出ようとする星島の前に宮下が腕を伸ばして止めた。宮下が佐川に言う。
「単なる人探しです。この女性の身に危険が迫っているかもしれないので」
佐川は皮肉な笑いを顔に浮かべて言い返す。
「私たちは年中危険にさらされていますよ。女性の性被害を撲滅する活動なんてしてますと、世間の男から攻撃されますからね。殺害予告もしょっちゅう受けてますし」
宮下が落ち着き払った声で言う。
「あら、それは大変ですね。被害届は出されましたか?」
「いえ、いちいち被害届なんて出してたらきりがないので」
「いえいえ、被害届はちゃんと出された方がいいですよ。そうでないと警察もいざという時に適切に動けませんし」
佐川は明らかにいら立った口調になった。
「そんな事より、うちの事務所を近くをうろうろしている女どもを取り締まってちょうだいよ」
星島が我慢しきれなくなり、佐川に声を上げた。
「おたくの団体でしょ、AV良化法の条文をすり替えたのは? あのおかげでどれだけ適正AV業界が困っているか知っているんですか? 女優も経済的に追い詰められている人がたくさんいて、自殺者まで出てるんですよ」
佐川は顔に嘲笑を浮かべながら言い返した。
「私たちはあくまでお手伝いをしただけ。法律を作ったのは主に自由民心党の先生方ですよ」
「肝心の女性が守られていないと言ってるんです。そちらの団体にとっても困るんじゃないんですか? 成果が出ないわけで」
「はあ? 成果ならとっくに出てますよ。AV良化法が施行されたんですから」
その返事に星島が絶句した。
「女性を守る事が成果なんじゃ……」
佐川は相変わらず薄笑いを浮かべながら言った・
「私たちの仕事は法律や規制を設けるところまでよ。その先、あなたのような女がどうなろうと、それは警察や役所の仕事です」
顔を真っ赤にして佐川に詰め寄ろうとする星島の前に、宮下が背中で立ちふさがった。宮下は佐川に名刺を渡しながら、努めて冷静な口調で告げた。
「では、もし何かありましたら私に連絡を下さい。これで失礼します」
まだ何か言いたげな星島の腕をつかんで宮下が足早にその場から去る。筒井も後に続く。
彼女たちの姿が見えなくなったところで山田が佐川に耳打ちした。
「あの、もっと話を聞いた方がよかったんじゃないですか? 自殺者が出たとか言ってましたけど」
佐川はアパートに一室の事務所に向かって歩く出しながら答えた。
「むしろいい事じゃないの。今頃気づいても、法律が通ったらもうこっちの物。この期に及んでAV業界にしがみついている女の一人や二人死んでくれた方が、いい見せしめになるってものよ」
少し離れた場所に停めてあった渡研のバンに戻り、宮下から方向を受けた渡は落ち着いた口調で言った。
「まあ、そんなところだろうとは思っていたが。取りつく島もなしという感じだったようだな。我々はひとまず研究室に戻ろう」
松田が車を発進させ、高速道路の入り口がある海沿いの方へ向かう。
数分車が走ったところで、松田が突然ブレーキを踏んだ。車を路肩に寄せ、運転席の窓ガラス越しに空を見つめる。渡がただならぬ気配を察して松田に訊いた。
「松田君、どうかしたか?」
松田は空の一点を指差して答えた。
「あれを見て下さい。おかしな物がこちらに向かっています」
ドアのガラスを下げてそれぞれが頭を出してその方向を見ると、ブルルルという音が響いて来た。
大きなヘリコプターが2機目に入った。メインローターが縦に二つ並んで付いているかなり大型のヘリだ。それぞれの下部から太いワイヤーロープが下がり、2機で何かの荷物を運んでいる。
表面が真っ黒に塗装された2機のヘリに吊り下げられた大きな物体にはテント生地の布で覆われている。渡が怪訝そうな口調で松田に訊いた。
「ヘリコプターなんぞ珍しくもないだろう。あれがどうした?」
松田は低い声で答える。
「あれは軍用ヘリです。チヌークという大型輸送ヘリで、しかも見たところ自衛隊の物でも、米軍の物でもない。さっきのアパートのある方向に向かっているようです」
渡がぴくりと頭を上げた。松田に言う。
「松田君、さっきの場所へ戻ってくれ」
松田が急いで車をUターンさせた。その頭上を2機の黒いヘリが通過して行く。
2機のヘリはさっきのアパートのすぐ側の野球場の上にホバリングし、そのまま高度を下げる。
吊るしていた物体が地面に接すると、ワイヤーロープの先が外れ、ヘリはまた上昇し始める。
テント生地の大きな布が内側から切り裂かれ、高さ10メートルの獣の姿が現れた。虎のような模様の毛皮、体のあちこちを覆う銀色の鎧。
「グヴァオウ!」
咆哮を上げた巨大な熊が前かがみになると、ブロロロという重低音のエンジン音が響き割った。
地面に垂れていたテント生地の布が全て外れ、全身が姿を現した。熊の体自体は高さ7メートルほどだった。だが、腰の辺りから下が無い。
その上半身にあたる部分だけが、深緑色の幅の広い装甲車の上に固定されていた。下部の装甲車両のキャタピラがガラガラと回り出し、巨大な熊の上半身を乗せた戦車が、野球場のフェンスを踏みつぶし、あのアパートに向かって、道路に踊り出た。
キャタピラーが野球場を取り囲む低いブロックの段差を乗り越え、大きく前傾して道路に降りると、キャタピラーの溝で削り取られたアスファルトの破片が巻き上げられた。
戦車の車体部分の表面は、一面に緩やかなひし形の出っ張りがあり、その操縦席は外からは見えない。
途中で巨大熊の体を遮る電線を、その鉤爪付きの手甲が上から切断した。近隣のアパートの住人達や店舗の中の人たちは、建設重機の音だろうと思って気にもしていなかった。
さらに数本、巨大熊が電線を切断すると、付近一帯が停電し始めた。仕込みの途中だったラーメン屋の経営者が周りの様子を見ようと店の外へ出て、戦車の上に怪獣のような巨大熊が乗っている異様な物体に気づいて雷鳴のような大声を響かせた。
「うわあああ! なんじゃこりゃ?」
その声につられて周りの低層住宅の窓が開き、道路をゆっくりと進む巨大な熊と戦車が合体した異形の怪物の存在に気づいた大勢の人々が同じ様に悲鳴を上げ始めた。
ある者はあわてて外へ飛び出し、ある者は窓の鍵をかけ、部屋の隅にうずくまった。
戦車のキャタピラがギュラギュラと金属音を響かせ、巨大熊は反ポルノ連盟の事務所があるアパートに近づく。
周囲の騒ぎに気付いた団体の男の一人が入り口のドアを開けて外へ出た。彼の目の前には深緑色の幅の広い装甲車体の正面が迫り、視線を上に上げると、古代ローマ帝国軍の兵士のような形の銀色の金属の鎧をまとった巨大な猛獣が前脚を振り上げていた。
巨大熊の右前脚が鉤爪付きの手甲ごと横に一閃し、アパートの2階部分の壁を引き裂いた。
男が大声を上げてその場から逃げ出し、異変に気付いた団体の佐川と山田がドアから顔を出した。真っ青な顔になった二人はアパートの壁と装甲車体の隙間を走ってすり抜け、隣の駐車場の車に飛び込んだ。
巨大熊を乗せた戦車の車体が方向転換している隙に、二人は軽乗用車で脱出しようとエンジンをかけ、道路に出た。
巨大熊がいるのと反対の方向へ走り出そうとする、その車が停まった。車の正面に、両腕をまっすぐ横に広げて立ちふさがっている人影がいたからだ。
明るいブラウンのセミショートの髪の若い女性。それは佐久間ミーナだった。
運転席の山田がクラクションを立て続けに鳴らすが、佐久間ミーナは仁王立ちのまま動く気配がない。
巨大熊を乗せた装甲車体が方向転換を済ませ、佐川たちが乗っている車に向かって動き始めた。
山田は強引に佐久間ミーナをよけて車を前に進めようとするが、左右の路地からさらに似た様な年頃の女性が現れ、佐久間ミーナの横に並んで道をふさぎ、通せんぼの格好で立ちはだかった。
佐久間ミーナを入れて6人の若い女性に完全に道をふさがれ、山田は後方から迫って来る巨大熊におびえて運転席から飛び出した。ハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で近くの路地に向かって走って逃げ出す。
「おい、山田! 私を見せてやがったな。後で覚えてろ」
佐川は遠ざかって行く山田の背中に向かってそう毒づき、自分が運転席に移動した。すぐにも走り出そうとするが、動転しているためギアがドライブに入っていない事に気づかず、排気音だけが大きくなる。
その後方に渡研のバンが到着し、少し離れた位置から状況を見つめていた。星島が佐久間ミーナの姿に気づいた。
「ミーナちゃん! あの中にミーナちゃんがいる!」
渡研の全員と星島がバンから降り、車体の影に身を隠すようにして、巨大熊の様子を観察した。渡が唇を震わせながらつぶやいた。
「一体何だ、あれは? 明らかに人工の物だ」
星島が急に駆け出し、バンから離れて佐久間ミーナのいる方向に疾走し始めた。装甲車体のすぐそばまで近づき、追いかけて来た松田が止める間もなく、巨大熊が体を後ろにひねって、左前脚を振り下ろす。
「そこの君! 危ない!」
横の路地から自転車に乗った制服警官が飛び出して来て、星島と装甲車体の間に割って入った。熊の前脚の鉤爪の手甲が自転車ごと警官を弾き飛ばし、星島は間一髪、松田に体を引き戻されて難を逃れた。
「ミーナちゃん!」
そう絶叫する星島の声は巨大熊の方向にかき消され、届かなかった。
ようやくギアをドライブに入れる事に気づいた佐川は、血走った眼で車の前に横一線に並んで立ちふさがっている6人の女性をにらみつけた。
「このメス豚どもがあ!」
そのままアクセルを目いっぱい踏み込んだ。女性たちをはね飛ばすつもりで佐川は車を急発進させた。
佐久間ミーナたちはそれに気づいて、素早く道路の左右の端に飛びのく。佐川の車は、巨大熊の手甲がわずかな距離で空を切ったところで猛スピードで前進した。
佐久間ミーナたち6人の女性の目の前を装甲車体が通り過ぎていく。彼女たちはその異形の物体を平然と見送った。怯えている様子はない。
装甲車体前部の表面に取り付けられている長さ50センチの筒型の物体が表面からせり上がった。次の瞬間、バシュッという音がして、小型のロケット弾が筒先から飛び出した。
ロケット弾は佐川が運転する車の後部に命中し、後部窓を突き破って中に飛び込み、ボンという破裂音がした。
佐川の車は一瞬跳ね上がり、やや斜めになって動きを止めた。窓の隙間から灰色の煙が勢いよく吹き出した。フロントグラスは、内側から飛び散った血で一面真っ赤に染まっていた。
巨大熊を乗せた装甲車両はキャタピラを激しく回転させて、その場で車体の向きを180度変え、海辺の方向に向かい始めた。
血まみれになって道路に横たわるさっきの警官の横を通り過ぎる。星島の腕と肩をつかんだ松田が側の電柱の陰に身を潜めた。
巨大熊を乗せた戦車は3人には全くかまわず、そのまま走り去って行く。宮下がバンを運転し、渡研の他のメンバーは戦車の進路を避けて移動した。
戦車が曲がり角の向こうに姿を消したところで、星島が地面に倒れている警官に駆け寄った。
「お巡りさん、大丈夫?」
血だまりの上に仰向けに横たわっている、まだ若い警官は星島に両手で頬を揺さぶられて、目を開いた。おぼろげな声でつぶやく。
「俺は……夢見てんのか? 星島さくやがいる」
星島はなんとか警官に意識を保たせようとして大声で呼び掛けた。
「夢じゃないよ。本物の星島さくやだよ」
警官はどんどん血の気が引いていく顔にかすかな笑みを浮かべてつぶやく。
「ああ、生のさくやちゃんだ。初めて見た。もう思い残す事はないな」
「何言ってんのよ。まだ早いよ。あたしの次回作見てから死になさいよ」
「ああ、そうだな。楽しみに……」
警官の目が閉じ、頭ががくりと地面に横向きに転がった。首筋に指先を当てた松田が黙って頭を横に振った。
巨大熊を乗せた戦車は葛西臨海公園の広々とした敷地へ入り込んだ。けたたましいサイレン音を鳴らしながら追いかけて来る10台のパトカーを気に掛ける様子もなく、海辺へ向かってゆっくりと進む。
さきほどの黒い大型ヘリ2機が上空へ戻って来た。ヘリの下部からそれぞれ2本の極太のワイヤーロープが降りて来て、先端の磁石が巨大熊を乗せた車体に吸い付いた。
車体側の表面の出っ張りが磁石ごとワイヤーロープを内部に引き込み、がっちりと固定した。計4本のワイヤーロープに吊り上げられ、巨大熊を乗せた戦車はヘリによって海上へ運ばれて行った。
パトカーで駆け付けた警官たちは成すすべもなく、茫然とその光景を見つめているしかなかった。
その後、すっかり日が暮れて暗くなった頃、渡研のメンバーと星島は所轄の警察署での事情聴取を終え、一人ずつ待機用の会議室へ入って来た。
警視庁、防衛省その他の関係各所から警察署長には連絡が入っていたため、またあくまで目撃者という扱いだったため、警察署での応対は丁重だった。
宮下が2番目に会議室へ入って来ると、先に来ていた松田が自分のスマホの画面で短い動画を再生し、何度も繰り返し食い入るように見つめていた。
宮下が横からのぞき込むと、さきほどの巨大熊を乗せた戦車の車体が映っていた。松田がとっさにあの時スマホで撮影した物だった。
「松田さん、さっきの戦車みたいな車両よね、それ。何か分かった?」
松田は宮下の方を向きもせず、画面に目を釘付けにしたまま独り言のようにつぶやいた。
「どこかで見た事があるような気がしたんです。これは20(フタマル)Xではないかと」
「何それ?」
「陸上自衛隊がかつて開発していた新型戦車の車体部分に似ているんです。ですが、そんな物が存在するはずはない。開発計画は中止されたんですから」
宮下はお手洗いに行くと言って席を外し、廊下の隅でスマホで公安機動捜査隊の隊長に密かに連絡を取った。
「隊長、宮下です。まだ不確かですが、つながりが見えて来ました。佐久間ミーナはあの巨大生物と行動を共にしている可能性があります。そして装甲車両は自衛隊が開発していた新型戦車の一部であるかもしれないと。でしたらAV女優の行方を探して欲しいと防衛省から依頼があった事も説明がつきます。はい、はい、分かりました。引き続き情報を収集します」
宮下が会議室に戻ると、筒井と遠山が来ていた。次に星島がやって来て、最後に渡が部屋に入って来た。
「よし全員そろったな。今日の所はこれで解散しよう。明日から忙しくなるぞ。あの人工の化け物を徹底的に調べる。猛獣戦車とでも呼ぶ事にしよう」
星島が体が触れ合わんばかりの距離で渡に駆け寄って尋ねた。
「あの若いお巡りさんは、どうなりました?」
渡は沈痛な表情で答える。
「搬送先の病院で死亡が確認されたそうだ。直接の被害者と警官以外に、一般人に被害者が出なかった事はよかったが」
「いいわけないじゃない!」
星島が突然金切り声を上げて渡のワイシャツを両手でつかんだ。
「なんでAVがどうしたこうしたで、こんなに人が死ななきゃいけないのよ? 何の罪もないマリナちゃんや、真面目なお巡りさんまでが死ななきゃいけないのよ?」
星島の両目から涙がぼろぼろとこぼれた。星島は渡りのシャツをつかんだまま、膝が崩れズルズルとしゃがみ込む。
「何だかよく分かんないけど、先生は偉い人なんでしょ? だったら何とかしてよ! これ以上誰も死なないようにしてよ! ウッ、ウッ、アアアア」
子どもの様に泣き出した星島を見下ろしながら、渡は唇を噛みしめていた。
一同が警察署の裏口を出て駐車場のバンに向かおうとしたところで、待ち構えていたマスコミの記者に取り囲まれた。20人ほどの記者たちはICレコーダーやカメラを競って突き出し、渡たちに矢継ぎ早に質問をがなり立てた。
「渡研の人たちですね? あの怪物は一体何なんですか?」
「現場でAV女優らしい若い女性が大勢目撃されたという話がありますが、何か関係が?」
「責任者の方、答えて下さい。何が起きているんですか?」
松田と宮下が渡から記者たちを引き離しながら、バンの方へじわじわと移動させていく。遠山も渡の背中を押しながら言う。
「渡先生、早く車に。マスコミには一言も答えるなと学長からも常々言われてますからね」
だが、渡はくるりと振り向き、テレビカメラの前に歩み寄った。テレビニュースのクルーの一人が目を輝かせて言う。
「あなたが渡教授ですか? せめて一言」
渡はテレビカメラのレンズを真っすぐに見つめ、大声で一息に言い放った。
「ノーヴェル・ルネッサンス! どこかで見ているんだろう? 直接話をつけたい。堂々と出てこい」
記者たちが騒然とした。渡はそれ以上何も言わず、きびすを返してバンに向かって大股で歩き去った。
青い顔をした遠山が、記者たちのマイクを振り払いながら小声で渡に言う。
「渡先生! まずいんじゃないですか? 学長や関係各所が黙っていないんじゃないですか?」
「彼女を見ろ」
渡はまだ涙ぐみながら筒井に抱きかかえられるようにして、バンに乗り込もうとしている星島を指差して言った。
「何の後ろ盾もない、あんな若い女性がたった一人で世間の理不尽と闘っているんだぞ。我々大の男が、わが身可愛さで口をつぐんでいられるか」
翌朝、渡研の全員が研究室に集まった。陸上自衛隊幕僚監部の職員が訪れる事になっていて、そのため渡は星島に午後から研究室へ来るよう伝えておいた。
午前10時、佐竹という1等陸佐が研究室にやって来た。制服ではなく平凡なスーツ姿で訪れた佐竹は、渡に挨拶をすると、全員の顔を見回しながら迫力のある声で言った。
「今日これからお話しする内容は、全て内密に願います。現時点では防衛省内の機密扱いですので」
渡たちがうなずくと、佐竹は松田に命じて、自分のノートパソコンの画面を部屋の壁の大型スクリーンに転送させた。
「現在陸自には3種類の戦車があります。まず最新型である10(ヒトマル)式」
大型スクリーンに戦車の画像が映し出された。
「これは2010年に正式採用されたので、そう呼ばれています。ひとつ前の型が90(キューマル)式」
「そして1974年に採用された最も古い物が74(ナナヨン)式。冷戦時代の設計ですし、個々の車両も耐用年数に近づいているため、現在徐々に退役しつつあります」
次に佐竹がスクリーンに映し出したのは、CGで描かれた戦車のイラストだった。車体の表面にびっしりとひし形の盛り上がりがある。
「74式の大量退役に備えて、2020年の正式配備を目指して新型戦車の開発が進められていました。通称フタマルX。松田3尉、君が見たのはこれだと言うのだな?」
松田が椅子から立ち上がって直立不動の姿勢を取り答えた。
「はっ! 断言はできませんが、外見が酷似しておりました」
佐竹が渡の方を向いて話を続けた。
「ですが20Xの開発計画は結局中止されました。試作品も含めて、実物の車両は存在しないはずなのです」
渡があごひげをしごきながら訊く。
「開発が中止されたのはなぜですか? 74式とやらがいなくなるのなら、戦車が足りなくなるのでは?」
佐竹が感心した表情で答えた。
「ご理解が早くて助かる。政府の方針で、戦車の総数は段階的に減らす事になっているのですよ。陸自の戦車総数は冷戦時代のピーク時で約1200両でしたが、現在既に500台まで減っています」
遠山が驚いて尋ねる。
「そんなに減らすんですか? どうしてまた」
佐竹が答える。
「我が国の戦車部隊は大半が北海道に配置されています。冷戦時代、ソ連軍が北海道に侵攻、占領する事態を想定していたからです。しかし、冷戦が終わり、1991年にはソ連そのものが崩壊。後継国家となったロシア連邦には我が国を侵略する意図も能力ももはやないだろう。そういう判断に基づき、戦車は大幅に削減してきたのです。最終的には戦車総数は200ないし300両まで削減する事になっています」
筒井が目をぱちくりさせながら言う。
「だからその新型戦車も必要なくなったという事ですか?」
「はい、その通りです。しかし、8カ月ほど前の事ですが、20Xの設計図のデータがデータベースからコピーされて持ち出された事が判明しました。開発中止になった装備品のデータですから、上層部はそれほど重大視はしませんでしたが、それでも捜査は内々に行いました。その結果、データを持ち出した人間が特定された。この人物です」
大型スクリーンには、40歳前後とおぼしき精悍な顔つきの女性の顔が映し出された。陸上自衛隊の迷彩服姿のその女性を見た松田が思わず大声を上げた。
「これは……成瀬(なるせ)2佐ではありませんか!」
佐竹は興味深そうな表情で松田に訊いた。
「ほう、覚えていたか?」
「もちろんであります。自分が今、幹部自衛官として奉職できているのは、幹部学校時代の成瀬2佐のご指導あっての事でありますから」
「正確にはもう2佐ではない。8カ月前、彼女は退職勧奨を受け、自衛隊から退職した。その直前に20X のデータを密かに持ち出した」
松田が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、佐竹に言う。
「自分には信じられません。あの優秀かつ高潔な方がデータを盗み出すなど。しかし、それが露見して退職勧奨を受けたなら、データは回収されているはずでは?」
「退職勧奨の理由はそれではない。彼女は非番中に民間人に暴力行為を働いた。そして退職間際に職権を利用してデータベースにアクセスし、20Xのデータを持ち去った。中止された開発計画の資料なので、セキュリティが甘かったようだな」
「民間人に暴力? それも信じられません。誰にどういう状況で?」
「成瀬元2佐の小学生の息子さんが学校の屋上から飛び降りて自殺した。その件を巡って地元の教育委員会の委員との会談中に、委員の一人に殴りかかったそうだ。幸い大したケガを負わせたわけでもなかったので、それ以上の騒ぎにはならなかったが、自衛隊としては彼女に対して、責任を取って退職するよう勧奨した。そういう経緯だ。彼女が那覇駐屯地に勤務していた時の事だ」
呆然として黙り込んだ松田の横から、渡が佐竹に訊いた。
「その盗み出されたデータを使って誰かが、20Xという戦車の車体部分を作った。それが出現した場所で佐久間ミーナというAV女優が目撃された。自衛隊としては、両者に関係があるという判断なのですな?」
佐竹は眉をしかめて答えた。
「自衛隊としては密かに成瀬元2佐の動向を追跡していました。その過程で、つい最近そのAV女優と彼女が接触している事が判明しました。ただ、元自衛官とAV女優の間にどういうつながりがあるのかは見当もつきません。自衛隊には警察権はありませんしね」
佐竹はノートパソコンを仕舞いながら、渡に言った。
「こういうわけなので、現状では自衛隊は直接介入できません。渡研には内閣官房から特別な調査権限が与えられておりますよね? どうか、我々に代わって詳細を調査していただきたい」
渡は立ち上がって佐竹に言う。
「承知しました。こちらとしても解けていない謎がある。おそらくは遺伝子操作で生まれたホラアナグマが、なぜ戦車と合体したのか? いずれはこちらからも、自衛隊に協力をお願いするかもしれません」
午後になって星島が研究室にやって来た。星島は昨日、猛獣戦車の近くに立っていた若い女性たちの事を調べていた。
星島は佐久間ミーナ以外の5人の女性も、AV女優らしいと渡研の皆に告げた。
「遠目で見ただけだからはっきりそうだとは言い切れないんですけど、新人やまだ出演本数の少ない子たちだと思います。それぞれ所属しているプロダクションは違いますけど」
渡はあごひげをしごきながらつぶやいた。
「AV良化法の悪影響で経済的に困窮している人たちが集まっているというところか。彼女たちを例の元自衛官と結び付けた者がいるな」
宮下が言う。
「渡先生はそれがノーヴェル・ルネッサンスだとお考えなんですね。何か根拠でも?」
渡は自嘲気味の笑いを顔に浮かべて答えた。
「これといった根拠があるわけじゃない。だが、あんな悪趣味なおもちゃを造れて、しかも実際に造るなんて連中がこの世にいるとすれば、私の知る限りあの秘密結社だけだ」
筒井が自分の机の上に広げたノートパソコンの画面を見ながら発言した。
「うちの会社の沖縄支局の記者に頼んで調べてもらったんですけど、成瀬元2佐の息子さんの自殺の原因は学校でのいじめだったようです。うちは全国紙なんで記事には取り上げませんでしたけど、地元の地方紙には自殺の件自体は小さく報道されたようです」
松田が机の上に身を乗り出して筒井に訊いた。
「いじめですか? 具体的にはどういう?」
筒井が憂鬱な表情で答える。
「沖縄支局の記者が一応取材したんですね。それによれば、自衛隊員の子どもというか身内だという事で、同級生から毎日のように嫌がらせを受けていたようです。今大型スクリーンの方に出しますね。これがその息子さんの写真です」
研究室の壁に架かったスクリーンに、あるサッカークラブの子ども用レプリカのユニフォームを着て無邪気に笑う10歳ぐらいの男の子の全身写真が映る。筒井が説明した。
「名前は成瀬修(しゅう)。当時小学4年生でした」
遠山が口をはさんだ。
「この子の父親、つまり成瀬元2佐の夫に連絡を取ってみたらどうだろう」
松田が首を小さく横に振りながら言った。
「その方はもうこの世にいません。成瀬さんのご主人も自衛官で3年前に殉職なさっています」
宮下が松田に訊く。
「殉職? あたしは警察官だから他人事じゃないですね。どういう状況だったんですか?」
「成瀬元2佐のご主人は航空自衛隊のパイロットでした。当時はU-4という多用途支援機の機長。この航空機です」
松田が自分のパソコンから壁の大型スクリーンに画像を映し出した。
松田が言葉を続ける。
「離島のレーダーサイトに補給物資を届けての帰途、バードストライクで海上に墜落し、副操縦士は脱出して救助されましたが、成瀬さんのご主人は副操縦士の脱出まで機体を安定させようと機内に残ったため、遺体で発見されたそうです」
遠山が不思議そうな顔で松田に訊いた。
「バードストライクとは何だい?」
「飛行中に鳥、特に大型の海鳥と衝突してしまう事です。たとえば大型の鳥をジェットエンジンの吸気口に吸いこんでしまうと、その肉や骨がエンジンのタービンにからまって回らなくなります。そうなるとエンジンが突然停止して機体が失速して墜落します」
「自衛隊の飛行機でもそんな事で墜落するのかい?」
「F-15のような戦闘機だってバードストライクで墜落した事はありますよ。パイロットがどれほど注意しても避けようがない不可抗力の事故ですね」
「自衛隊の殉職者ってそんなにいるのかい? 戦争もしていないのに」
「もちろん年によって数は違いますが、近年でも毎年10人から20人ほどの殉職者は出ていますよ」
「そんなに?」
「実戦が無いと言っても、日常的に武器、兵器、爆薬などを扱う職場ですからね。特に訓練中の事故が起きると死者が出てもおかしくないです。災害救助や山岳遭難者救助などでの二次遭難もありますし」
星島が怪訝そうな顔で筒井に訊いた。
「だったら立派な仕事じゃないですか、自衛官って。どうしてその修君が、身内が自衛官だからっていじめられる事になるの?」
筒井はノートパソコンの画面をスクロールしながら答えた。
「沖縄って自衛隊に対する反感が昔から強い土地らしいんですよ。太平洋戦争の末期に唯一の地上戦の舞台になって、戦後も長らくアメリカの占領下に置かれたままだったとか、悲惨な歴史があるんで。どうも修君の担任の教師がいじめを止めるどころか、炊きつけていた節があったんですね。自衛隊は憲法違反で、だから自衛隊員もその家族も悪い奴らだ、みたいな話を児童に吹き込んでいたみたいで。修君は周りからイケン君ってあだ名で呼ばれてたそうで」
「イケン君?」
「憲法違反の違憲ですね。仲間外れ、靴を隠される、机に落書きされるとかいろいろ。暴力も受けていたかもしれません。担任教師は笑って見ていたとか」
渡がたまりかねて口をはさんだ。
「おいおい、そりゃいつの時代の話だ? 令和の今の事なのか? 私が小学生の頃には本土でもそういう話はあったが、もう40年以上前だぞ」
筒井が頭を掻きながら答える。
「最近昔の反自衛隊感情が復活しているみたいなんですよね。この動画を見て下さい」
筒井が壁の大型スクリーンに動画投稿サイトの中のある動画ファイルを映し出した。
再生ボタンをクリックすると、大きなリュックを背負った戦闘服姿の自衛官が一列になって地方の山間の道を行進している様子が映った。
その道の端にボール紙のプラカードを持った十数人の高齢者が立っていた。そのボール紙には手書きで「戦争反対」「人殺しの訓練やめろ」「憲法9条を守れ」などと書かれていた。
その男女の高齢者たちは目の前を自衛官が一人通り過ぎる度に、歯をむき出して憎悪を込めた口調で怒鳴りつけた。
「俺たちの土地で人殺しの訓練をするな!」
「憲法違反の自衛隊は出ていけ!」
「戦争反対、軍国主義者くたばれ!」
「ひどいな」
渡が顔をしかめて言う。
「何をやっているんだ、今どきの年寄りは。筒井君、この場所も沖縄か?」
「いえ、四国のどこかみたいですね。あれ松田さん、全然驚いてないみたいですね」
松田がその動画を見ても平然としているのを見て筒井が言う。松田は照れたように笑いながら答えた。
「こういう場面は自分も何度も経験していますから。これは野外行進の訓練ですよ。自分も普通科ですから」
「フツウカ?」
「昔で言う歩兵の事です。これは重さ30キロぐらいの全装備を背負って40キロメーターから100キロメーターを歩き通す訓練でしょう。それだけ長距離だと、どうしても人家のある場所を通る事になりますので」
「戦闘訓練じゃないの?」
「小銃は下げてますが実弾は携行しません。近くに民家がある所で実戦訓練はしませんよ」
遠山がどうにも納得できないという表情で言う。
「阪神淡路大震災や東日本大震災での活躍で、自衛隊は国民に広く受け入れられてきたはずだろう? どうして今頃になってこんな事が起きるんだ? どう考えたって単なる自衛官への嫌がらせでしかないじゃないか」
筒井がため息交じりに答えた。
「会社の大先輩が言うには、戦後の左派学生運動とかを経験した世代がちょうど引退して年金生活者になっているじゃないですか。その暇を持て余している高齢者が昔の社会主義理論とかを、今の若い世代に教え込んでいるみたいなんですね。1960年代から70年代の左翼活動家って警察や自衛隊を敵視していたと聞きました」
「ああ、そういう話、僕も父方の祖父から聞いた覚えがあるな」
「で、今の若者って社会主義の歴史とかほとんど知らないじゃないですか。半世紀近く前の政治的主張とかでも、今までにない斬新な考え方だと捉える若者が増えているとか」
「なるほど。ぐるっと一周回ってかえって新しいというわけか。成瀬元2佐の息子さんが教師ぐるみでいじめられたのも、そういう流れか」
筒井が顔をしかめて言葉を続ける。
「その上に、ここからがもっと嫌な話なんですけどね。児童がいじめを苦にして自殺したわけですから、成瀬さんは地元の教育委員会に徹底的な調査を要求したそうです。いじめに加担したクラスメートと担任教師の処罰も含めて。ですが、教育委員会はそろって原因究明に消極的で」
遠山が怪訝な表情で訊く。
「ああ、成瀬元2佐は教育委員会の委員と面談したとか誰か言ってたね」
「その話し合いの場で、成瀬さん、委員の一人からこう言われたそうなんです。そのいじめをやっていた子たちには未来も将来もあるんですよ、それを真面目に考えて下さい、みたいな事を」
それを聞いて、その場の全員が驚愕の声を漏らした。星島が信じられないという表情で言う。
「そんな事を、自分の子どもが自殺に追い込まれた母親に面と向かって言ったんですか?」
筒井がうなずきながら言った。
「それで成瀬元2佐は、その場でその教育委員に掴みかかったんだそうです。さすがに教育委員会の方も警察沙汰にはしなかったみたいですけど」
渡も額の辺りをピクピクさせながら、吐き捨てるように言った。
「死人に口なし、どころか死人に人権はなしか? 自殺に追い込まれた方の人権は一顧だにされず、加害者の人権の方が大事だと言ったようなもんじゃないか」
松田が両の拳でバンと机を叩いて大声を上げた。
「あの冷静で正義感あふれる人が、そこまで我を忘れて自分を見失うなんて……どれほど悔しかったか、自分には想像もつきません」
「なんか、あたしたちAV女優の問題と同じに思えてきた」
不意に星島がそう言い、意味がつかめず、他の全員が彼女に目を向けた。それに気づいた星島が、照れ隠しの笑みを浮かべながら言った。
「いえ、AV女優と一緒にしたら自衛隊の方には失礼かもしれないけど、世間一般では特殊な仕事だから、偏見や差別の対象になり易くて、意見があっても言えない、聞いてもらえない、という辺りは同じかなって」
渡がまたあごひげをしごきながら言う。
「法律も制度も守ってくれない。あったとしても機能していない。そういう状況に追い込まれて、さらに自分たちの言い分を聞くべき人間が一切耳を貸してくれない。そんな状態に陥った人間がなんとか解決を図ろうとすると力に訴えるしかなくなるだろうな」
宮下が訊いた。
「力とは?」
「暗殺やテロだな、今回の件の場合は。AV良化法の制定を推進した国会議員や人権活動家に、それが向けられてしまったわけだ」
その時星島のスマホと渡の机の固定電話に同時に着信が入った。星島は部屋の隅に行き、通話を取る。
「あ、お久しぶり。今例の大学の先生の所なのよ。え? どういう事? ううんちょっと待って」
星島が渡の机に向かって歩く。渡も固定電話の受話器を耳にあてたまま、星島を手招きした。
「星島さん、国会議員がこれからここへ尋ねて来たいと言っているんだが」
「あたしも業界の先輩から今その電話受けているところです」
「私は構わんが、星島さんはどうかね? どちらかと言うとあなたに用があるみたいなんだが、その議員先生は」
「はあ、会ってみるだけなら、あたしも構いませんよ」
その国会議員は30分ほどで、渡研の研究室を訪れた。
部屋に入ると、彼は渡りの机の前に立ち、名刺を手渡しながら言った。
「突然押しかけてすみません。私は音無(おとなし)駿(はやお)と申します。日本御一新の党所属の参議院議員をしております」
まだ30代後半とおぼしき若々しい顔と均整の取れた長身を仕立てのいいスーツに包んだ音無の丁寧な口調に渡の方が恐縮した様子であいさつを返した。
「私が当研究室の責任者の渡です。国会議員の先生が今日はどのような用件で?」
音無はさわやかに笑いながら言った。
「いや、その先生という呼び方はやめて下さい。私たち国会議員は何も特別な存在じゃありません。選挙で国民に選んでいただいた奉仕者です。国会議員を何か雲の上の存在であるかのように特別視するのは自由民心党が作り上げてきた、悪しき政治文化ですよ。そんな時代遅れの慣習は壊して新しい国民主体の政治を作る。それが我が党の基本方針です」
「そうですか。では音無さん、でよろしいですかな?」
「はい、そんな風に呼んで下さい。今日はこちらに星島さくやさんがいらっしゃると聞いて来たのですが」
予備の椅子に座っていた星島が、おそるおそる立ち上がった。
「ああ、はい、あたしですけど」
音無は星島に歩み寄り、深く頭を下げた。
「この度の新法の事、大変申し訳ありませんでした」
星島は驚いて目を白黒させた。
「は? あの、先生、いえ、音無議員も賛成なさったはずですよね、国会の投票で」
「はい、ただ、あの法案の作成過程に重大な不手際があった事が先日になって判明しまして。日本プロダクションギルドの事務局の中川さんという女性はご存じですね?」
「ええ、仕事でいつもお世話になってますから」
「中川さんからAV良化法の施行後、適正AV業界の方々に深刻なトラブルが生じているので何とかして欲しいという陳情がありまして。我が党としては内容の一刻も早い改正が必要という認識に至ったわけです」
「ああ、そういう事ですか」
「ついては声を上げている女優さんである星島さんのご意見を聞いて、できれば一緒に与野党の他の議員に陳情に行っていただきたいのです」
それから音無は渡りの方を向いて言った。
「今回の怪獣騒動では、国会議員も一人殺害された可能性が高いようですね。これ以上の犠牲者を出すわけにはいきません。私に出来る事があれば、およばずながら協力させていただきたいのです」
渡は少し明るい口調になって答えた。
「そういう事ならお互いに協力しましょう。まずは、星島さんたちの声を聞いてやって下さい」
音無と星島は翌朝、国会議員会館へ一緒に行く事になり、打ち合わせのため連れ立って研究室を去った。
二人を見送った渡研のメンバーの顔にかすかな安堵の表情が浮かんだ。宮下が言う。
「まさか国会議員が助け舟を出しに来るとは意外でしたね」
渡が筒井に言う。
「君のとこの新聞で、この件を記事にできんのか? ある意味深刻な人権問題だろう、これは?」
筒井は自分の席でもじもじしながら答えた。
「一応各部署のデスクに言ってみたんですけどね。ここは新聞社だ、三流週刊誌の編集部じゃないって、そろって言われちゃいました」
「事の次第をちゃんと説明したのか?」
「それが、AVって言葉言った途端に、一切聞く耳持たないって感じで。部長からは、僻地に左遷されたくなかったらAV業界になど関わらん方がいいぞ、とまで言われちゃって」
遠山が横から言う。
「SNSかブログで君が問題提起するとかは?」
「うちの会社は、記者が個人でネットで発言するのは禁止なんです。もしそんな事したら、あたし間違いなくクビですよ、それも懲戒解雇。二度と大手マスコミでは働けなくなっちゃいます」
「僕は君のとこの新聞ずっと購読してるけど、そういう姿勢の新聞なら取るのやめようかな」
「いえ、うちの会社だけじゃないですって。新聞社もテレビの報道局とかも、大手はみんな同じですよ」
松田が話題を変えようと言葉を発した。
「それにしても、あの星島さん、大した人物ですね。最初はAV女優というから、どんなとんでもない女性が来るのかと心配しましたが」
遠山が苦笑しながら同意した。
「確かに。頭も切れるし、男顔負けの度胸と行動力だ。まるでジャンヌ・ダルクと言ったとこかな」
これには宮下が異議を唱えた。
「遠山先生、ジャンヌ・ダルクにたとえるのは縁起が悪いですよ。ジャンヌ・ダルクって最後は火あぶりになるじゃないですか。星島さんのSNS、ただでさえ炎上してるのに」
「おっと、そりゃ確かに」
渡が微笑を浮かべて言った。
「私はあの人を見て、マグダラのマリアを連想したよ」
他の全員が首を傾げた。筒井が訊く。
「マグダラのマリア? 誰ですか、それ?」
「キリスト教の聖書に登場する女性だ。イエス・キリストに悪霊から救われ、その後、イエスが処刑されるまでずっと付き従い、イエスが墓から復活したのを見届けたと、各福音書に書かれている」
「へえ、12使徒以外にそんな登場人物いるんですね」
「最近の研究では実在の人物だった可能性が高いとされている。そしてマグダラのマリアはカトリックや正教会では聖人の一人だが、娼婦であったとされている」
「え? そんな人が聖人?」
「あるいは、ベリーダンスという中東のセクシーな踊りを知っているかね? 若い女性が肌を露出して腰をくねらせて踊る、妖艶なダンスだ。そういった職業的なセクシーダンサーだったのかもしれんな。聖書にはその辺の詳しい事ははっきり書かれていない」
「確か、性に関してはもの凄く厳しい時代だったんですよね、イエスの生きた頃って」
「ああ、現代日本人には想像も出来ないほど、性に関するタブーが厳しかった時代と場所だ。多めに肌を露出して芸能で人を魅了する若い女性なら、男にとってはさぞや魅力的だったろうが、世間の風当たりはとんでもなく厳しかっただろうな。今の日本で言うならAV女優みたいなものだったかもしれんぞ。星島さんをたとえるなら、マグダラのマリアの方がふさわしい気がするね、私には」
翌日の午後、薄いピンク色のスカートスーツをきっちりと着こなした星島は、音無に伴われて第2衆議院会館に入った。
入り口で入館許可の手続きを済ませ、IDカードをストラップで首から垂らし、AV良化法提案の指導的立場であった、与党の自由民心党の青沢という議員の部屋を訪ねた。
青沢は部屋に不在であり、二人は部屋の外の廊下で待たされた。星島が呆れた口調で音無に訊いた。
「廊下で待ってろって、いつもこんな感じなんですか?」
音無は苦笑気味に答えた。
「僕は野党議員だし、まだ参議院の1期目ですからね。それに比べて青沢さんは6期も務めているベテランですから」
30分も立ちっぱなしで星島が脚の疲れを感じ始めた頃、ようやく青沢が姿を現した。音無が駆け寄って用向きを告げると、青沢は部屋に招き入れようともせず、その場で話を始めた。
「しつこいな、君も。それに何だ、そこの女は?」
星島はむっとしたが、感情を隠してにこやかに挨拶した。
「AV女優の星島さくやと申します。今日は先生に話を聞いていただきたく……」
星島が言い終わらないうちに、青沢が脂ぎった顔を歪めて音無を怒鳴りつけた。
「どういうつもりだ? 加害者側の人間を連れ込むとは」
「加害者側?」
星島が耐え切れず声を荒げた。
「それこそどういう意味ですか? AV良化法は私たち女性の人権を守るために出来た法律のはずですが」
青沢は軽蔑の笑いを顔に浮かべて星島に言う。
「普通の、まともな女性の人権を守るための法律だ。そもそもAVなんて物がこの世にあるから、被害を受ける女性が出るんじゃないかね」
音無が両手を下向きにかざして青沢に言った。
「青沢議員、少し冷静に。星島さんや業界の人たちは、なにも法律を廃止しろと言っているわけじゃありません。現実に不都合な部分があるので、そこを改正して欲しいとおっしゃっているだけで」
だが青沢は星島をにらみつけながら言い続ける。
「そりゃ不都合だろうさ。反社会的勢力にとってはな」
星島が色をなして反論した。
「今のAV業界、少なくとも適正AVの枠組みに参加している当事者は反社と関わり合いを持たないよう万全を期しています。先生はAV人権規範機構の聞き取りには出席していたはずですが?」
「あれだってAV業界の一部だろうが? 一応発言はさせてやったが、あんな連中の言う事を信じるほど、国会議員は馬鹿ではない」
「じゃあ、最初から当事者の意見など聞く気はなかったという事ですか?」
「当事者の声なら、六つもの被害者団体から何十時間もかけて聞いておる」
「いえ、そうじゃなくて、現在の適性AV業界で働いている人たちの声です」
「そんな物を聞く必要がどこにある? 当事者というのはAV出演強要などの被害者の事だ。君たちの事ではない」
「その被害者というのも自称に過ぎないでしょ? 過去に違法な事や不適切な女性の扱いがあった事は私も知っています。ですが、それはもうひと昔前までの出来事で……」
音無が青沢に言う。
「今現在の被害者と名乗る人たちも、そのほとんどは、個人撮影や違法ネット配信などでの問題です。それは反ポルノ連盟の方からもはっきりそう聞かれたはずではありませんか?」
青沢はまたふてぶてしい笑いを浮かべて言う。
「AVに適正も不適正もあるか。私は女性の人権を守るための立法をしただけだ」
星島がやや声のトーンを落として青沢に言う。
「私たちAV女優も女性です。私たちの、職業選択の自由という人権はどうなるんですか?」
青沢はぷっと吹き出した。
「人権? そりゃ我が国は法治主義の民主国家だからね。たとえばホームレスや犯罪者にも人権はある。それと同じような意味でなら、そりゃ君たちAV業界の人間にも人権はある事になるだろう。しかしね、だからと言って……フ、フハハ」
青沢が侮蔑の念を隠さず笑い声を上げた。星島が怒りを露わにして怒鳴った。
「だからと言って、その続きは何ですか? 何がおかしいんですか?」
音無が星島の前に立ってなだめる。
「星島さん、落ち着いて。青沢議員、とにかく近いうちにお時間を下さい。立法時点では判明していなかった事実がいろいろ出て来ておりますので」
青沢は返事もせずに自室のドアを開けて入り、これみよがしにバタンと大きな音を立てて閉めた。
二人は次に隣接する参議院会館に向かった。その途中で星島は怒りに震えながらつぶやいた。
「人権どころか、人間扱いさえされてなかったんですね、あたしたちは」
音無が懸命に星島をなだめた。
「国会議員の全員がああいう人なわけじゃありません。なにぶんセンシティブな問題ですから、時間をかけて理解を求めましょう」
星島と音無は参議院会館に移動し、自由民心党の参院副幹事長の部屋を訪ねた。白髪頭の好々爺然とした副幹事長は、さすがにすぐに部屋に招き入れてくれた。
秘書数人の机が並ぶスペースを抜けて応接室に入る。ソファに向かい合って座ると、音無が要件を告げた。
「昨日電話でお話したように、AV良化法の起草、採択の過程にやや問題がある事が分かりまして。本日はその件で、業界の当事者の方をお連れしました」
副幹事長は困惑した表情で答えた。
「法律が可決、施行された後になってそんな事を言われてもねえ。そちらの女性はAVの女優さんですか?」
星島が深々と頭を下げて自己紹介した。副幹事長が星島に訊く。
「それでAV良化法のせいで、何か困りごとでもあるんですかな?」
星島は意気込んで答える。
「はい、あまりにも過剰な規制のせいで、仕事の予定が続々とキャンセルになっているんです。既に心ならずも引退を表明する女優や、3カ月近く収入ゼロになっている女優さんも大勢います。女優だけじゃありません。この業界には、男優さん、スタイリスト、ヘアメイク、撮影スタッフ、その他大勢の人たちの生活がかかっているんです」
「ははあ、失業状態ですか。それならとりあえず生活保護でもお受けになったら? 足を洗ういい機会だと考えてはどうですか?」
「あの、足を洗うという表現はいかがな物かと。私たち適正AV業界の女優は全員、自分の意志でこの仕事を選んで、続けてきているんですから」
「はて?」
副幹事長は首を傾げた。
「どうしてまたAV良化法が、そんな問題を起こすのかね? 何か条文に問題があったように聞こえるが」
音無が手元の資料を広げて説明しようとする。
「具体的には7条から9条の履行に関する特則の部分でして……」
だが副幹事長は苦笑しながら言った。
「おいおい、音無君。わしらベテランが、条文など読んでいるわけはないだろう」
これには音無も驚きの声を上げた。
「えっ! 今何と?」
「AVがどうしたこうしたなんて下世話な話に関する法律の細かい内容にいちいち目を通してはおれんよ。他に国民の生活に関わる重要な法案は山ほどあるんだから。第一、問題があったら内閣委員会での質疑で指摘されたはずだろう。あの委員会には君のところの党からも委員が出ているはずじゃないか。条文や附則、特則に問題があったとしたら、そりゃ君、委員会の落ち度ではないのかね?」
音無は言葉に詰まった。
「そ、それはおっしゃる通りですが」
「委員会で全員一致で可決された法案なら、本会議でわしら執行部のベテランがいちいち内容を確認するまでもないはずだろう」
音無が言葉を失ったのを見て、星島もそれ以上の説明をあきらめた。二人は一応礼を述べて、副幹事長室を後にした。
参議院会館の出入り口に向かいながら、星島がすっかり沈んだ声でつぶやいた。
「法律の中身を読みもしないで賛成してたんですね」
音無が申し訳なさそうな口調で言う。
「その点に関しては僕も同罪です。さすがに条文は読みましたが、こんな問題が生じるような内容だとは気づきもしなかった。せめてもの罪滅ぼしに、僕が責任を持って他の議員を説得してみせます」
音無に見送られて参議院会館を出た星島が、しょんぼりした様子で道を歩いていると、後ろから来たバンがクラクションを短く鳴らして横に停まった。運転席の窓から顔を出したのは松田だった。
「やっぱり星島さんだ。議員会館からの帰りですか?」
「あ、松田さん。それに渡先生と遠山先生も。そちらこそどこかへ行ってらしたんですか?」
渡も窓から顔を出して星島に声をかけた。
「警視庁で、ま、説明のような事をして来たところだ。今日は研究室へ来るかね? 国会議員の先生たちとの話し合いの結果も聞きたいし」
「ええ、これから研究室へ伺おうと思ってたとこです」
「なら乗りなさい」
バンに乗って星島がシートに座ると、遠山が浮き浮きした表情で隣の席に移って来た。
「いやお疲れ様でした。それで話し合いはうまく行きましたか?」
星島は沈んだ表情で言う。
「それがなかなか。詳しい事は研究室に着いてからお話しますね」
渡が助手席から首を後ろに曲げて言った。
「こっちもいろいろ厄介な新情報が出て来たよ。対策を練るから、今日は私たちは終電での帰宅になりそうだ」
星島がふと気づいて渡に言う。
「それじゃ夕食はどうなさるんですか?」
「ま、松田君にコンビニに買い出しに行ってもらうか」
「あ、それなら先生、あたしすごくおいしい弁当屋知ってるんですよ。松田さん、ここに寄り道できますか?」
星島がスマホの地図アプリを開いて場所を指し示す。松田は渡に言う。
「これぐらいの遠回りなら大丈夫じゃないですか、渡先生」
渡がうなずいた。
「いいだろう。どのみち晩飯は確保しとかなきゃならんからな」
バンは大学へ戻る途中の道から、やや郊外寄りの場所へ向かった。
星島の案内でバンは低層のマンションと小規模な雑居ビルが立ち並ぶ一角に入って行った。星島が説明した。
「この辺りに撮影でよく使ってたスタジオがあるんですよ。AVの撮影ってだいたい一日がかりなんで、最初にお弁当やお菓子、飲み物を買い込んでおくんです。そのすぐ側に小さいけど、おいしい店があって」
遠山が興味津々で訊いた。
「へえ、AV専用の撮影スタジオなんてあるんですか?」
「いえ、AV専用ってわけじゃないですよ。いろんな写真や動画の撮影用のセットがいくつもあるんです。会社としては零細なんですけど、いろんなシチュエーションの撮影が出来るんで、低予算のテレビドラマとかコスプレ写真とかにも重宝されてます。AV用の撮影は、まあ、半分くらいかな」
バンが大通りに面したビルの前に停まる。松田を運転席に残し、星島、渡、遠山の3人がビルの1階にある店の、今どき珍しい木製の引き戸を開けて入った。
だが店の棚は閑散としており、大ぶりの弁当がいくつか並んでいる他は、総菜の詰め合わせのパックがまばらに置いてあるだけだった。
店の奥から年配の女性が小走りで出て来た。星島の顔を見て、女性は驚きの混じったうれしそうな声を上げた。
「おや、さくやちゃんじゃないかい。久しぶりだねえ」
「お久しぶり、おばちゃん。お弁当買いに来たんだけど、なんかガランとしてるね」
おばちゃんは気落ちした表情で答えた。
「それがこの店、今月いっぱいで閉める事になったんだよ」
「ええ? どうしてまた?」
店の奥から、調理着姿の年配の店主が現れて、渡たちに一礼して話に加わった。
「やあ、さくやちゃん、いらっしゃい。いや、このところ売り上げが激減しちまってね。正直、もう商売続けられなくなったんだよ」
星島が落胆した表情でさらに訊いた。
「前は撮影スタジオからの注文で大繁盛してたのに。何があったの?」
店主の妻であるおばちゃんが意外そうに言った。
「おや、さくやちゃん、知らなかったのかい? あそこのスタジオ、先月廃業しちまったんだよ」
「え? 廃業? あそこも予約取れない時もあるほどだったのに」
店主がため息交じりに言った。
「3か月ほど前に出来た、AV良化法とかいう新しい法律のせいだよ」
星島が息を呑んだ。
「あの法律のせいでスタジオが潰れたの?」
店主がうなずく。
「ほれ、あそこ、予約の半分ぐらいはAVの撮影だったじゃないか。あの法律が出来る直前から予約が全然入らなくなったって、社長さんから聞いたよ」
「そんなとこにまで影響が?」
「ああ。おかげでうちの店も商売あがったりになっちまってな。もう店畳むしかなくなったんだ。これ以上続けたくても、赤字が膨らむばかりだしな」
「じゃあ、おじちゃんとおばちゃん、これからどうするの?」
おばちゃんが答える。
「二人とも年金はもらえる年だから、どっかの田舎に移って暮らせば、ま、最低限食べてはいけるだろうよ。ほんとは体が動くうちは働いていたかったんだけどねえ」
入り口の壁に2枚貼ってある、自由民心党の宣伝ポスターに気づいた渡が店主に問いかけた。
「自由民心党の支持者でいらっしゃるんですか?」
店主が苦笑しながら答えた。
「ええ、親の代からの党員ですよ。と言っても、しがない一般党員ですがね」
おばちゃんが切ない表情で言う。
「自由民心党の都議さんに、あの法律の事何とかならないかって話してみたんだけどねえ。国政の話だから分からないって言われて、それっきりでねえ」
弁当の残りはちょうど六つあった。星島が自分が払うと言い張り、現金を渡し、お釣りを数えておばちゃんに言う。
「あれ? おばちゃん、お釣り多いよ。計算間違えてない?」
おばちゃんは優しく笑いながら答えた。
「1個はおまけしといたよ。さくやちゃんとお仲間さんたちにはずっとご贔屓にしてもらってたからね。多分最後になるだろから、あたしらからの、せめてものお礼だよ」
店を出てバンに乗り、星島が名残惜しそうに窓から店の方向を何度も振り返った。渡が感慨深げに言う。
「自由民心党が一緒になって通した法律が、熱心な自党の支持者の商売を立ちいかなくさせていたとは、皮肉な話だな」
研究室へ戻り、星島から議員会館での一連の経緯を聞いた渡研のメンバーは、やっぱりそうか、という感じでため息をついた。
星島の話が終わるとちょうど夕刻になったので、買い込んで来た弁当でそろって夕食を取る事にした。渡が皆に言う。
「今日の晩飯は星島さんからの差し入れだ。彼女の太鼓判付きだぞ」
筒井が弁当のパックを上からのぞき込んで、うれしい悲鳴を上げた。
「うわあ! 鮭にフライにハンバーグにきんぴらも山盛り! 星島さん、これ高かったんじゃないの?」
星島が弁当を応接スペースのテーブルに並べながら答える。
「いえ、1個650円」
松田がお茶の用意をしながら言う。
「そりゃお得だ。そんないいお店がなくなるなんて、さびしい話ですね」
テーブルに2列に座って弁当を食べながら星島が渡に言った。
「ところで渡先生、厄介な新しい情報とかさっき言ってましたよね。何が分かったんですか?」
渡が緑茶を一口ぐいとあおって答える。
「東京港に3か月前から停泊しているパナマ船籍のタンカーがいるんだが、その船の周りで佐久間ミーナさんたちが度々目撃されているんだ」
「タンカーですか? あの子たちがタンカーと関係なんてあったかなあ?」
「ノーヴェル・ルネッサンスという秘密結社の拠点かもしれん。だとすれば、あのAV女優さんたちと組織の接点は説明できる」
星島が宮下に訊いた。
「警察がタンカーを調べてみればいいんじゃないですか?」
宮下は小さく首を横に振った。
「何かはっきりした証拠とかが無いと踏み込む事はできません。外国船籍の船ならなおさら」
渡がご飯を飲み込み終わって言う。
「もう一つ分からない事がある。今回の騒ぎがノーヴェル・ルネッサンスの仕業だとして、なぜここまでAV女優の味方をするんだ? それもあの猛獣戦車なんて手の込んだ物まで使って。それも現時点では見当もつかん」
皆が食事を終え、松田がお茶を皆の湯飲みにつぎ足している時、突然部屋の照明が全て落ちた。
既に外は暗くなっており、部屋の中は一瞬暗闇に包まれた。渡が部屋の中を見回して言う。
「何だ、停電か?」
数秒後に部屋の天井の照明器具がちかちかと点滅し始め、メンバーの机の上のパソコンが一斉に勝手に再起動し始めた。
何かただならぬ気配を感じた全員が応接スペースを出て、渡研のメンバーは各自の机の上のパソコンを点検する。遠山がつぶやいた。
「ハッキングされているのか?」
やがて部屋の照明が全て元に戻り、壁にかかっている大型スクリーンが勝手に起動した。
砂嵐のような乱れた模様が数秒映し出され、それが晴れたところで、画面中央に昔の西洋の舞踏会で使われたような、蝶の形の仮面で目元を隠した長い黒髪の少女の姿が現れた。
他の皆がぎょっとしてスクリーンを見つめる中、一人冷静な表情の渡に向かって画面の中の少女が語りかけた。
「お久しぶり、渡のおじ様」
顔の上半分は仮面で隠され、肌の色は典型的な日本人だが瞳の色だけが青い10歳ぐらいの外見の少女は、エメラルドグリーンの高級そうなワンピースの袖から出る手を降って言った。
「渡研のみなさんとは初めましてだね。渡のおじ様にも名乗った事はなかったね。あたしの名前はヒミコ。よろしくねー!」
宮下が相手に気づかれないようゆっくりと後ずさり、自分のデスクの固定電話の裏にある「逆探知」と書かれたボタンをそっと押した。
遠山が画面の中の少女と渡を交互に見ながら質問する。
「渡先生、この女の子は何です? 以前から面識が?」
渡はいまいましそうにヒミコをにらみながら答える。
「ノーヴェル・ルネッサンスの首領だ。以前一度だけ私に自宅近くで接触してきた事があったが、事の真偽が不明だったので、君たちには敢えて知らせなかった」
画面の中のヒミコはいたずらっぽく笑いながら言う。
「首領じゃなくて代表者って言ってよ、おじ様。うちは結構民主的な組織なんだよ」
渡が口元を歪めて言った。
「そのおじ様呼ばわりはやめてくれんか? 私は君と援助交際をする気はないぞ」
ヒミコは呆れたというジェスチャーで肩をすくめて見せた。
「援助交際って、言い方が古いよ。せめてパパ活と言ったら? まあいいや、じゃ、渡先生。これだけ時間があれば、今回の事件の大体の事情はもう分かったでしょ?」
渡が左手をあごひげに伸ばし、画面の中のヒミコをじっと見つめて問う。
「あの悪趣味なおもちゃ、私は猛獣戦車と呼んでいるが、あれは君の組織が作った物なのか?」
ヒミコが微笑を浮かべて答える。
「いいネーミングねえ、それいただき。そう、遺伝子操作でホラアナグマを復活させた所までは良かったんだけどね。あの子、腰から下が発育不全でまともに歩けないのよ。殺処分するのも可愛そうだと思ってたら、ちょうどいいタイミングで車いす代わりになる乗り物のデータが手に入ったわけ」
松田がスクリーンに向かって大声を上げた。
「フタマルXの事か?」
ヒミコの視線が松田の方を向いた。向こうからも研究室の様子が見えているようだった。
「おにいさんが自衛隊の人ね。そう、ちょうどその頃、理不尽な理由で自衛隊をクビになる人を見つけたんで、ちょっとデータを持ち出してもらったわけ」
「成瀬2佐の事だな? あの人は今どこにいる?」
「あ、やっぱりそこまで突き止めてたんだ。さすが渡先生の部下は優秀ね。ま、焦らなくてもそのうち会えるよ。あんなすごい性能の車体の開発途中でやめちゃうなんて、この国の大人はほんとダメね」
渡があごひげをしごきながらヒミコに訊く。
「君の所に6人、AV女優がいるな?」
「うん、うちで面倒見てる。このおねえさんたちだよね」
画面の左下にウインドウが開き、リビング風の部屋でソファに座ってくつろいでいる6人の若い女性の姿が映った。佐久間ミーナもその中にいた。
「ミーナちゃん!」
星島が血相を変えて画面に向かって叫んだ。
「ミーナちゃん! 聞こえる? あたしよ、さくやよ!」
すぐにウインドウが消え、ヒミコが星島に視線を向けて言った。
「そっちの声は、あのおねえさんたちには聞こえてないよ。あんな綺麗なおねえさんたちから仕事を取り上げて路頭に迷わせるなんて、何考えてんのかしらね。ほんとこの国の大人は馬鹿ばっかし」
渡がやや声を荒げてヒミコを問い詰める。
「ノーヴェル・ルネッサンスがどういうわけで彼女たちの肩を持つんだ? そんな事をして何の利益がある?」
ヒミコは微笑しながら答える。
「義を見てせざるは勇無きなり、って言うじゃない。あのおねえさんたちから事の次第聞いて黙っていられなくてさ。まあ、そうね。晴らせぬ恨みを代わって晴らす、これも世のため人のため。そんなとこ」
渡が怒鳴る。
「ふざけるな! 必殺仕事人にでもなったつもりか? 君たちに人を裁く権利など無い」
「裁く? じゃあ、あのおねえさんたちが仕事奪われたのは、誰がどう裁いた結果なわけ? 誰かが本人たちからちゃんと言い分聞いてくれた?」
渡が言葉に詰まって唸るような声を立てた。ヒミコはにやりと笑って、全員を見回すように視線を動かし、そして言った。
「じゃあ、こうしようよ。明日の午後6時30分、猛獣戦車をここに上陸させる」
画面の左下にまたウインドウが開き、地図が表示された。地図を凝視した宮下がつぶやく。
「勝鬨橋(かちどきばし)?」
地図上に赤い矢印が現れ、ある地点を差す。そこは東京23区の東を貫いて流れる隅田川の南端、河口に近い橋だった。ヒミコが言葉を続けた。
「自衛隊のおにいさん、偉い人に伝えてくれる? 陸戦兵器だけで迎え撃ってちょうだいって。戦闘機とかミサイルとか護衛艦の砲撃とかは無し。その条件で猛獣戦車を止める事が出来たら、あのおねえさんたちの居場所を教えてあげる」
星島が一歩足を踏み出してヒミコに叫んだ。
「彼女たちを巻き込まないで! 彼女たちはAV女優という仕事に誇りを持ってやってるのよ。あんたには分からないの?」
「ううん、そう言われても。あたし、あのおねえさんたちの作品見た事ないし」
星島が激高して画面の中のヒミコに向かって怒鳴る。
「あんたも、中身を見もしないで勝手な事を!」
「だってぇ」
ヒミコは口を尖らせて、上半身を駄々をこねるようにゆすって言った。
「あのおねえさんたちの出演作品って、全部18禁なんだもん。あたしが18歳越えてるように見える?」
星島が毒気を抜かれたように、一歩よろめく。
「え? そ、そこ?」
渡も上体をがくっと下げてつぶやいた。
「謎の秘密結社の首領が、妙な所で律儀だな」
ヒミコが画面の中で手を降りながら言った。
「じゃあ、明日の夕方。がんばってねえ」
画面が消え、各自の机のパソコンも次々と電源が落とされた。直後に宮下のデスクの固定電話が鳴った。宮下が急いで受話器を取る。
「はい、こちら宮下。はい、はい……そうですか。分かりました、では」
宮下が渡に向かって言った。
「今の通信は、サイパンからだそうです」
筒井が目を見張って訊いた。
「そこがノーヴェル・ルネッサンスの場所って事ですか?」
「いえ、多分、発信元を探られないように、世界中のあちこちのインターネットポイントを経由したんでしょうね。さっきの画面、時々ほんの少し画像にタイムラグがあった。お手上げだわ」
六本木のビルの最上階のノーヴェル・ルネッサンスの本部では、仮面を外したヒミコが、部屋の隅の椅子に座っている精悍な顔つきの女性に向かって言った。
「これでよかったかしら、成瀬さん?」
成瀬元2佐は大きくゆっくりうなずきながら答えた。
「ああ、君には感謝している。ただ私も未だに疑問だ。彼女たちの手を借りておいてこう言うのもなんだが、どうしてAV女優の彼女たちにそこまで肩入れする?」
「この目の色のせいで誤解してるかもしれないけど、あたしは人種的にも民族的にも、大和民族の血筋の日本人なんだよ。コンテンツ産業って今や日本が世界相手に勝負出来る数少ない分野じゃない。その一部が外国勢力に乗っ取られるのを見過ごすわけにはいかないのよねえ」
「ふむ、君の話は毎回スケールが大き過ぎて私にはよく分からない。だが、私たちの社会への復讐に手を貸してくれた事には感謝しているよ。明日はいよいよ本番だ。思いきり暴れて見せよう」
翌日の昼過ぎ、渡に警視庁、自衛隊合同対策本部から電話があった。通話を終えた渡は部屋にそろっているメンバーと星島に向かって重々しい声で言った。
「我々にも対策本部に詰めて欲しいとの事だ。うちの工学部に、あの20Xとかいう車体の構造解析をやってもらっているからな。星島さん、あなたにも佐久間ミーナさんが見つかった場合に備えて同行して欲しいと言っている。安全な場所という事にはなっているが、もちろん私は強制するつもりはない」
星島はきっとした顔つきで迷わず答えた。
「一緒に行きます。いえ、行かせて下さい。あたしはどんな事をしても、あの子たちを連れ戻したいんです」
しばらく部屋で休憩する事になり、各自がデスクでお茶を飲んでいる間、筒井が松田に訊いた。
「ところで成瀬という女性は松田さんの元上官なんですよね。どんな人物だったんですか」
松田は目を閉じ、ゆっくりと答えた。
「一言で言えば恩人です。落ちこぼれの自分が今こうして自衛官として奉職していられるのは、あの人のおかげです」
「松田さんが落ちこぼれ? 防衛大学校出てるのに?」
「防大卒の全員が優秀なエリートというわけじゃありません。自分は卒業はできましたが、成績はいつも下の方でした。それに防大と言っても、そこまで本格的な実技を教わるわけではないんですよ。あくまで基本中の基本だけで。入隊後、幹部候補生学校に入ってから改めて思い知らされました」
「え? 幹部? 松田さんって結構偉いの?」
「いえ、幹部自衛官というのは昔で言う士官の事です。自分は陸自の3尉ですが、昔の少尉にあたります。中尉が2尉、大尉が1尉。その上が3佐、2佐、1佐で少佐、中佐、大佐ですね」
「幹部候補生学校というのは? 防大出てまた学校行ったの?」
「防大卒はすぐに3尉になり、陸自だと小隊長に任命されます。ですが、実際の現場で士官として適任かどうかを確認するために、9カ月間、福岡県久留米市にある陸自の幹部候補生学校で訓練を受けないと実戦部隊には正式に任官できないんですよ」
「ええ? 自衛官になるのも楽じゃないのね」
「自分は特に車両の運転が苦手だったんです。今だから言えますが、幹部候補生過程の修了認定が危ぶまれたほどで。それで機甲科の成瀬2佐に課外特訓を受けていたんですよ」
松田の回想の中、成瀬2佐が助手席に座って松田の0.5トントラックの運転を見守っている。
「松田、スピードを上げんか! 何だこのノロノロ運転は」
ヘルメットと迷彩服に身を包んだ女性の上官に叱責され続けながら、迷彩服の上に冷や汗を垂らしながら松田はオフロードの悪路で車を走らせる。
途中に大きな穴があり、見事に前輪がその穴にはまり、エンストを起こして車が停まってしまった。成瀬2佐が怒鳴った。
「きさま、後続車がいたら何人殺したと思う? 降車、腕立て伏せ100回!」
松田は車から降りて、ぬかるんだ地面に這いつくばり腕立て伏せを始めた。やがて情けなさから涙がにじんで来て、体の動きが止まってしまった。成瀬2佐が怒鳴る。
「誰がやめていいと言った? 続けんか!」
「教官殿!」
松田は震える声で言う。
「やはり自分は向いていないのではないでしょうか? もういっそ事務官になった方が……」
成瀬2佐は松田の胸ぐらをつかんで軽々と上半身を引きずり上げて言う。
「いつまで学生気分でいる? それに防大生一人を養成するために、どれだけの国民の血税が使われているか知っているか? 泣き言は全てやり切ってから言え」
その翌日の正午ごろ、休みの日である松田が街を歩いていると、偶然成瀬2佐が保育園から男の子と一緒に出て来るところに遭遇した。
外出用の制服姿で敬礼した松田に気づいた私服姿の成瀬2佐は、にっこり笑って言った。
「今日は休日か、松田。羽目をはずすのは構わんが、ほどほどにしておけよ」
「教官こそ、昨日は夜勤だったのではありませんか? 大丈夫ですか?」
成瀬2佐は息子を抱っこしながら、松田をにらむような眼でみた。
「ほう、いつから上官の体の心配をするほど偉くなった?」
「いえ、そういうつもりでは。失礼しました。ところで息子さんですか?」
「ああ、修という名前だ。実はこの子の父親、つまり私の夫は」
「聞いております。殉職なさったと」
成瀬2佐はにっこり笑って言った。
「自衛官の替わりはいくらでもいるが、子どもにとって親の替わりはいない。この子の場合、もう私だけだ」
修が母親の胸に抱かれたまま、松田に向かって敬礼の真似をしてにっこり笑った。松田も笑って敬礼を返す。成瀬2佐が言う。
「まあ、その気遣いには礼を言っておこう。明日もびしびし鍛えてやるぞ。体力は残しておけ」
子どもを抱いたまま立ち去る成瀬2佐の背中に向かって、松田はもう一度敬礼した。
その話を聞き終わった筒井は意外そうな声で言った。
「そんな事があったんですか。今の松田さんからは想像もできないですよ」
松田は昔を懐かしむように目を閉じて言う。
「なんとか無事、幹部候補生過程を終えて任官する事ができました。それも全て成瀬2佐のご指導のおかげであります。あれほどの使命感にあふれた立派な自衛官を、自分はまだ見た事がありません。その人が、こんな事になるとは」
午後5時に、渡研の一行と星島は日比谷公園内に設置された自衛隊の大型テントに案内された。
中には大小の通信機器が並び、指揮官が一行を出迎えた。渡が指揮官に訊く。
「ここに対策本部があるという事は、進路を予想済みという事でしょうか?」
指揮官はうなずいて紙の地図を机の上に広げた。
「目標は勝鬨橋から晴海通りを直進すると考えられます。晴海通りを突っ切り、内堀通りに入る。渡研から教えていただいた今回の一件の経緯から推察して、目標の目的地はここと判断しました」
指揮官の指が下に滑る。その指差した場所を見て渡が低い声で唸るように言った。
「なるほど、国会議事堂」
「沿線の住民の一時避難は完了しています。まず普通科の部隊が対戦車兵器で足止めを試みます」
松田が敬礼しながら指揮官に質問した。
「戦車の応援は来るのでありますか?」
指揮官は首を横に振った。
「戦車が北海道に集中的に配置されているのは知っているだろう。運搬が間に合わん。そこで第1偵察戦闘大隊に16(ヒトロク)式の派遣を要請した」
指揮官が一旦場を離れると、遠山が松田に話しかけた。
「相手は猛獣戦車だぞ。自衛隊の戦車は来てくれないのか?」
松田がタブレットの画面に画像を出して見せながら答えた。
「大丈夫です。16式機動戦闘車が4台、もう近くで待機しています。これです」
筒井が画面をのぞき込んで首をひねる。
「これ戦車でしょ?」
「いえ、陸自の基準では機動戦闘車と言います」
宮下も怪訝そうな表情で訊く。
「戦車と何が違うの?」
「厳密に世界共通の定義があるわけではありませんが、戦車とみなされるのは3条件を満たした装甲車両です。ひとつは搭載しているのが直径75ミリ以上の直接照準砲である事。いわゆる戦車砲ですね。二つ目に上部構造が360度回転出来る旋回砲塔になっている事。三つ目にキャタピラーで走行する事」
松田は画像の中の車両の足元を指差して言う。
「16式は一つ目と二つ目の条件は満たしていますが、タイヤの付いた車輪で走るので、三つ目の条件には該当しません。それで戦車ではなく、機動戦闘車という分類なのですよ」
渡が言う。
「戦闘能力はどうなんだ?」
松田が下唇を噛みしめてから答えた。
「なにぶん実戦の経験はありませんから、断言はしかねます。が、16式が搭載しているのは74式戦車と同じ105ミリ戦車砲です。舗装の行き届いたこの辺りの地でなら、勝ち目はあるはずです」
そして午後6時30分、東京港に停泊している例のタンカーの甲板が上に向かって観音開きになり、船底から2機の大型軍用輸送ヘリが飛び立った。
真っ黒に塗装された2機のヘリは間隔を空けて真っすぐに上昇し、機体の下からそれぞれ2本ずつ垂れた太いワイヤーロープがピンと張った。
さらにヘリが高度を上げると、系4本のワイヤーロープに吊り下げられた猛獣戦車が姿を現した。
猛獣戦車を吊り下げたヘリは、一直前に勝鬨橋に向かって飛行。既に日が暮れて薄暗くなった橋のたもとの道路上に猛獣戦車を降ろすと、ワイヤーロープが車体から外れ、2機のヘリは元の方向へ飛び去って行く。
晴海通りの周囲のビルは避難が完了しているため灯りがともっておらず、街灯の光に照らされたホラアナグマの体を覆う銀の鎧と、戦車車体の深緑の金属光沢が鈍く光っていた。
車体上部のホラアナグマが垂直に体を起こし、辺り一帯に響き渡る低い咆哮を上げた。それが合図であったかのように車体のエンジンからブロロロという重低音が鳴り、キャタピラーがキュラキュラという音を立てて動き出す。
時速30キロほどのスピードで猛獣戦車は晴海通りを北へ、都心の方に向かって走り出した。
すぐに対戦車兵器を携行した陸上自衛隊の普通科部隊が通りの物陰から攻撃を始めた。
肩に担いだ対戦車弾が猛獣戦車の横腹に向けて宙を飛ぶ。しかし、対戦車弾は表面に当たった次の瞬間、あらぬ方向に弾き飛ばされ、通りの脇の植え込みに突っ込んで爆発した。
爆風で側にあったビルの1階のエントランスのガラスに一面ひびが入った。道路の反対側で待機していた部隊が無反動砲を撃つ。だがその砲弾も戦車車体に命中はするのだが、すぐに表面から弾き飛ばされ、猛獣戦車の後ろに落下して爆発した。
その爆発音に紛れて、猛獣戦車の車体の前部上面の2本の筒から、細い物体が射出された。その2個の物体は宙で翼を開き、大きなラジコン飛行機のような形になり、夜の闇に溶け込んで国会議事堂の方向へ飛び去った。
付近に展開している自衛隊の誰も、そのドローンに気づかなかった。
普通科の迎撃部隊を指揮している中隊長が、日比谷公園のテントの中の臨時指揮所の指揮官に無線で状況を伝えた。
「本部、こちら普通科迎撃隊。対戦車砲弾が役に立ちません。命中するのですが、爆発する前に砲弾が弾かれて車体にダメージを与えられない」
指揮官はモニター越しに猛獣戦車の車体を見つめながらつぶやいた。
「それがフタマルXの表面装甲の最大の特徴だ。ひし形の出っ張りがびっしり並んでいるため、歩兵用の携帯対戦車弾では貫通せず方向をそらされてしまう。設計図のデータのコピーだけで、ここまで再現したというのか?」
やがて猛獣戦車上部のホラアナグマが、前脚を腹の上で折り畳み、体を丸めてかがんだような格好になった。
車体の左右の端の上部に並んだ丸い蓋のような物がせり上がり、直径80センチほどの透明な強化プラスチックのチューブが真っすぐ縦に並んだ。
その計6本の透明チューブの中に人影が見えた。それを指揮所のモニター越しに見た星島が悲鳴を上げた。
「な、なんて事を!」
指揮官が無線機のマイクをわしづかみにして叫んだ。
「全隊、攻撃中止! 繰り返す、全ての攻撃を中止せよ!」
渡もモニターを見つめながら、震える声でつぶやく。
「彼女たちの居所を教えるとは、こういう事だったのか」
猛獣戦車の車体の上に並んだチューブの中では、煽情的な色合いのブラジャー、ショーツ、エナメルのサンダルだけを身に付けた若い女性が、挑発的なポーズで立ち、外に向かって自らの体を見せびらかすようにクネクネと身をひねって見せていた。
その中には佐久間ミーナの姿もあった。車体のスピーカーから女性の声が辺りに響いた。それは成瀬元2佐の声だった。
「どうした? なぜ攻撃しない? まさか今さら、この女の子たちの身を案じているとでも言うのか?」
スピーカーからひと昔前のテクノミュージックの曲が流れ始めた。成瀬の声が響く。
「おまえたちが社会から不要な存在、あってはならない存在として切って捨てた女の子たちではないか? 遠慮なく彼女たちごと吹き飛ばしたらどうだ? 偽善者ども、よく見ているがいい。ショータイムだ。マスコミ、特にテレビ局はしっかりライブ中継しろ。滅多にない特ダネだぞ。それとも何か? あわててモザイクでもかけている最中か? あはは、ははははは!」
音楽のボリュームが急に上がり、辺り一帯に轟き渡るほどの大音量になった。街灯と警察のサーチライトに照らされながら、猛獣戦車は悠々と道路を行進して行った。
日比谷公園内の臨時指揮所の中は大騒ぎになった。指揮官はあちこちに電話をかけまくったが、どこからも明確な指示が来ないで焦っていた。
一方、国会議事堂の裏手にある3棟の議員会館も騒然とした空気に包まれていた。
自由民心党の青沢も自分の部屋でテレビの画面を食い入るように見つめながら、体を震わせていた。青沢の政策秘書の女性が固定電話の受話器を取り、声をかけた。
「先生、お電話が入ってます。マカオの陳と名乗る方からです。スマホに転送しますか?」
青沢はギラリと目を光らせ、秘書に命じる。
「いや、執務室につなげ。通話中は誰も入るな」
執務室に駆け込んだ青沢は、机の電話の受話器を取って、肘掛椅子に腰を下ろし、中国語混じりの会話を始めた。
「ニーハオ、陳(チェン)大人(ターレン)。ははは、あれをご覧になった? いえ心配は要りません。我が国にも自衛隊という物がありますので、片付けてくれますよ。こういう時のために税金で食わせてやっている飼い犬ですからな」
電話の相手がひとしきり何かをしゃべる。青沢はニヤニヤ笑いながら返事を返した。
「ですからその点は大丈夫ですよ。日本国内ではビジネスが出来なくなるように、わざわざ国会議員全員を丸め込んで、AV良化法なんて新法まで作ったんですから。ま、もって1年ほどでしょうな。その後はあなた方が女優どものほっぺたを札束ではたいて回ればいいのです。女優がなびけば、技術スタッフや経営者の一部もついて行く。日本のAV業界、女優もスタッフも制作ノウハウも、全てまとめて、お仲間の香港マフィアの物になる」
さらにひとしきり相手が何かを話した。青沢は笑いながら答える。
「はい、そういう事です。ですから私への見返りの約束もお忘れなく。日本でカジノの開業が認められた時には、私の会社に格別のご配慮をお願いしますよ。ええ、それでは、再見(ツァイチェン)」
青沢も他の事務所の誰も気づいていなかった。長さ50センチほどの2機のドローンが、小さな円を描いて、議員会館のすぐ近くを旋回している事に。
猛獣戦車は攻撃を受ける事もなく、悠々と大音響の音楽を鳴らしながら晴海通りを進んだ。
透明のチューブの中に立つ6人のAV女優たちは、音楽に合わせて身を揺すり、くねらせ、自らの若く美しい肢体を周りの見せつけながら笑っていた。
ある者は前かがみなり、胸のふくらみを持ち上げて見せ、ある者は大きく片脚を上げて煽情的な色とデザインの下着を見せつける。
猛獣戦車が晴海通りの端に近づいた。臨時指揮所まで目と鼻の先に場所まで来ていた。指揮官は渡たちに告げた。
「渡研のみなさん、念のため公園の中央に移動して下さい」
モニターを見つめる自衛官の一人が大声で指揮所の中の全員に告げた。
「目標、指揮所正面まで200メートルまで接近」
指揮官が無線のマイクに向かって叫ぶ。
「16(ヒトロク)式1号車から4号車、内堀通りに展開。そのまま次の指示を待て」
渡たちがテントを出て公園の奥に歩いて行こうとしていた時、松田が星島の姿が見えない事に気づいた。
松田があわてて辺りを見回すと、星島がワンピースのスカートの裾をひるがえしながら全く逆の方向に走って行く、その後ろ姿が目に入った。松田も星島の後を追って駆け出した。
星島は周りが止める間もなく、公園の芝生を駆け抜けて道路に飛び出した。目の前、100メートルほどの距離に猛獣戦車が迫っていた。
星島は道路の真ん中に足を踏みしめて立ち、両腕を真横にまっすぐに広げて猛獣戦車の進路に立ちふさがった。
後ろから追いついた松田が星島の肩をつかんだ。
「星島さん! 危ない! なんて無茶を」
猛獣戦車の車体が二人の目の前に迫る。松田が息を呑んで見つめる。甲高い金属音が鳴り響いて、星島の体のわずか数メートルの所でキャタピラーが停止した。松田が信じられないという口調でつぶやいた。
「と、止まった?」
戦車から鳴り響いていた音楽が不意に止まり、スピーカーから成瀬の声がした。
「おやおや、勇敢なお嬢さんだな。何か言いたい事があるのだろう。聞くだけなら聞こうじゃないか」
星島は両腕を広げて立ちふさがった格好のまま、戦車に向かってあらん限りの大声で叫んだ。
「あの子たちを巻き込むのはやめて!」
成瀬の笑いを含んだ声が返って来た。
「別に巻き込んではいない。あそこにいるのは彼女たち自身の意思だ。今はちょうど公共放送の夜のニュースの時間帯だし、ゴールデンタイムとなれば民放各社もライブ中継しているだろう。君たちAV業界の声をマスコミに報道させる手伝いをしているんだよ」
松田がハッと息を呑んだ。
「この時間帯を指定したのは、そういうわけか!」
その時、公園の方からヘルメットを被ってスーツを着た人影が、二人の警察官に伴われて走って来た。それは音無議員だった。手にはラッパ型の拡声器を握っていた。
音無は星島のすぐ横に立つと、拡声器を口に当て、戦車の上のチューブの中のAV女優たちに語りかけ始めた。
「みなさん、この度のAV良化法の件でおかけしたご迷惑については、心からお詫びします。今私が所属する日本御一新の党の議員全員で、過剰な規制を見直すための改正準備を進めています。どうか、やけにならないで下さい。この通り、お願いします!」
音無はその場で地面に膝を突き、両手を地面にあてて土下座した。額が路面に着くまで頭を垂れた。
音無の手元から星島が拡声器を取り、戦車の上の女優たちに向かって言った。
「ミーナちゃん、他のみんなも聞いて。まだたった一人だけど、あたしたちの話をちゃんと聞いてくれる国会議員さんがここにいる。だから、こんな事はもうやめて!」
星島は拡声器を通してさらに訴え続けた。
「ミーナちゃん、あなたの居場所はあたしが絶対守る! だから戻って来て、あたしたちの居場所に!」
「あたしの……居場所?」
チューブの中の佐久間ミーナの声がスピーカーから聞こえて来た。それを聞いた星島が声にさらに力を込める。
「そうだよ、みんなの居場所。あたし前にミーナちゃんがしてくれた話、忘れてないよ。つらかったよね、苦しかったよね、あんな子供時代送って。マリナちゃんから聞いた。ミーナちゃん、プロダクションの事務所で急に大声で泣きだした事があったって。最初はやっぱりこの仕事無理だったのかな、と思ったそうだけど」
星島はさらに声を張り上げた。
「うれし泣きだったんだって? こんなに優しくされた事、こんなに大事に扱ってもらった事は生まれて初めてだって言って。適正AV業界はミーナちゃんにとって、十年以上もかかってやっと見つけた、自分の居場所なんだよね? だったらあたしが守る! 誰にも取り上げさせたりしない!」
スピーカーから佐久間ミーナのすすり泣く声が聞こえて来た。それはすぐに子どものような大声の鳴き声に変わった。
「帰りたい、帰りたいよう。うわあ、ああああ!」
戦車の操縦席では、成瀬がモニターに映し出されたドローンのカメラの映像を見ていた。
2機のカメラは青沢の部屋の窓を映し出していた。窓際に青沢と中年女性の秘書が立ち、不安そうに国会議事堂の方向を見つめている。秘書が青沢に言った。
「先生、やはり避難して下さい。他の議員の先生たちも退去しているようです」
青沢はいまいましそうにつぶやく。
「くそ、自衛隊は何をやっとるんだ? 役立たずどもが!」
成瀬が手元のスイッチを押した。2機のうち1機のドローンが青沢の部屋の窓めがけて突っ込んだ。
窓ガラスが粉々に砕け、爆発音と爆炎が青沢の部屋の中を覆った。爆発の煤で前進黒く汚れた青沢がよろよろと立ち上がった。
逃げようとすると足首を掴まれた。倒れた大型の金属製ロッカーに体を床との間に挟まれた秘書が青沢の足をつかんで縋りついていた。
「先生、助けて下さい。ロッカーをどけて、お願い……」
青沢はもう片方の足で秘書の顔を上から踏みつけ、蹴飛ばした。
「馬鹿が。離せ! おまえごとき庶民の命と、国会議員様の命とどっちが大事だと思っとるか? くそ、離さんか」
何度も頭を力任せに蹴られて秘書は気を失い、青沢の足から手を離した。青沢は部屋の奥のクローゼットを開け、キャリーケースを引っ張り出した。
「せめてこれだけは」
その様子を成瀬はもう1機のドローンのカメラ越しに見ていた。手元のスイッチに指をかけてつぶやく。
「やれやれ、長年仕えてくれた秘書も迷わず見殺しか。その秘書を助けようとするなら命までは、とも思ったが、そういう事なら」
もう1機のドローンが壊された窓をすり抜けて青沢の部屋に飛び込み、まっすご青沢に向かって体当たりした。
小さめな爆発音の後、キャリーケースから数えきれない枚数の100ドル札が宙に舞い、その紙吹雪の中、真っ赤な血を吹き出しながら、首の無い青沢の体が床にどすんと倒れた。
星島の説得が続き、いつしか佐久間ミーナ以外のチューブの中の女優たちもすすり泣きを始めた。
彼女たちが入っている6本のチューブがするすると下がり、完全に車体の中に収容された。
狭い車体の中の、一番前の操縦席に座っている成瀬の後ろに佐久間ミーナたち6人が並び、涙声で言った。
「成瀬さん、ごめんなさい。でもあたしたち……」
成瀬は彼女たちに背を向けたまま、優しい口調で言う。
「君たちが私に謝る理由など何ひとつないぞ。これは元々、私一人が始めた、私一人のための戦争だ。むしろ私が君たちに礼を言うべきだろう。よくここまで付き合ってくれた。本当にありがとう」
それから成瀬は頬のインカムを通して外に向かって告げた。
「これより人質全員を解放する。その間攻撃は控えろ」
やがて車体の左下の部分が左右にスライドし、人間一人がやっと通り抜けられる程度の隙間が開いた。
そこを通って、下着姿のままの6人の女優たちが降りて来て足早に道路の脇に駆け込んだ。
自衛隊員たちがすぐに側に寄り、毛布で彼女たちの体を包んで、安全な場所へと誘導した。星島と音無も警察官に誘導されてその場を去った。
残った松田の眼前で、重低音がエンジンから響き、ゆっくりとキャタピラーが動き始めた。
松田はさっきまで星島が持っていた拡声器を路面から拾い上げ、猛獣戦車に向かって叫んだ。
「もうやめて下さい、成瀬2佐殿! あなたは覚えていらっしゃらないでしょうが、自分は以前あなたの特別指導を受けた者で」
「いや、よく覚えているぞ、松田」
スピーカーから流れた成瀬の声は、子どもを見守る母親のような優しい口調だった。
「無事任官して今は3尉か? あの時の情けない坊やが、もうすっかり一人前になったようだな」
「こんな事をしても何の解決にもなりません。あの頃の使命感と正義感にあふれたあなたは、どこへ行ってしまわれたのですか?」
「私は私の正義を貫く」
猛獣戦車のキャタピラーが動きを早め、松田に向かって走り始める。
「松田、おまえはおまえの正義を貫け。貫き通して見せろ」
猛獣戦車がスピードを上げ、松田は横に飛びのき、間一髪身をかわした。手から離れた拡声器がキャタピラーに踏みつぶされ、破片になって舞い散った。
猛獣戦車は皇居の桜田門の前を通り過ぎ、国会議事堂正門に向かって、突進した。
永田町付近で待機していた4台の16(ヒトロク)式機動戦闘車に攻撃命令が伝えられた。
3号車と4号車が猛獣戦車の後方から現れ、走行しながら戦車砲を撃った。うち1発は表面装甲に弾かれて路肩に激突。もう1発はホラアナグマの前脚で地面に叩き落された。
操縦室で成瀬が不敵に笑いながらつぶやく。
「やはり16式が出て来たか。タイヤ履きの装輪なのにスラローム射撃が出来るのか。面白い。キャタピラー履きの装軌にどこまで通用するか見せてもらおう。戦車乗りの血を騒がせてくれたな」
左右から16式2台に挟まれた格好になった時、猛獣戦車の上部のホラアナグマを収容している部分が90度横に回転した。
ホラアナグマの前脚が左側の16式4号車の砲塔を上から殴りつけた。同時に車体が斜めに滑るように傾き、右側を走っている3号車にキャタピラーが接触した。
バシュっと音を立てて3号車のタイヤのゴムが削り取られ、猛獣戦車と接触した3号車はバランスを崩して路肩の植え込みに突っ込む。
ホラアナグマは4号車の砲塔を下からすくい上げるようにつかみ、その怪力で上に持ち上げた。4号車は前方から上下にひっくり返される格好になり、そのまま横転した。
操縦席で成瀬が笑いながら怒鳴る。
「どうした、どうした? 歯ごたえがないぞ。それでも陸自が誇る最新型か?」
日比谷公園の指揮所では、指揮官がモニターを見つめながら歯を食いしばっていた。無線で3号車と4号車に呼び掛ける。
「3号車、4号車、状況を報告せよ」
無線からそれぞれの車長の声が響く。
「こちら4号車。乗員は全員生存。負傷軽微。されど車体は横転、これ以上の交戦は不可能」
「こちら3号車。左の2番目と3番目のタイヤがバースト。されど、残り6輪で任務続行は可能」
そこへ渡が開いたノートパソコンを抱えて入って来た。松田に言う。
「松田君、工学部が車体構造の解析を完了した。一か所だけ、装甲を撃ち抜ける場所が見つかった」
松田が指揮官に耳打ちし、指揮官が渡の側に来た。渡のパソコンの画面に映し出されたCGの図面を見てうなずいた。
「操縦席の上か。このエネルギー量だと、2発撃ち込めれば」
渡が心配そうに指揮官に言う。
「わずか20センチ四方の場所ですよ。正確に2発同じ場所に命中させる事が可能なんですか?」
「できるできない、ではなく、やるしかないんです。それが自衛隊の任務ですから」
そして指揮官は自分の席に戻り、他の隊員に渡のパソコンからデータをダウンロードするよう命じた。データが指揮所のパソコンにコピーされ、さらに残った16式機動戦闘車に転送される。
それが完了した事を確認して、指揮官は無線のマイクに向かって叫んだ。
「指揮所より16式全車に達す! 新型徹甲りゅう弾の使用を許可する。繰り返す、新型徹甲りゅう弾の使用を許可する」
松田が指揮官の横に駆け寄った。
「指揮官殿、それでは成瀬元2佐を生きたまま捕縛する事は不可能なのでは?」
指揮官は沈痛な表情で答えた。
「彼女はもう自衛官ではない。ただのテロリストだ。20式の情報漏洩を公にはできん」
松田が茫然とした声で言う。
「そのための……口封じ、でありますか?」
「おまえはその口を……」
指揮官は小刻みに震える上体をひねって松田に顔を向けて、指揮所全体に響き渡る大声で怒鳴った。
「慎めえええ!」
指揮官から離れた松田に渡が近づき小声で尋ねた。
「新型の砲弾とはどんな物かね?」
松田は沈痛な表情で答える。
「徹甲弾は装甲を貫く弾で、それ自体は爆発しません。りゅう弾はそれ自体が爆発し、弾殻の破片をまき散らして広い空間を破壊します。その両方の性能を持つのが徹甲りゅう弾。装甲を突き破って猛獣戦車の内部に飛び込み、さらに爆発します。中の乗員は確実に落命します」
猛獣戦車が国会議事堂正門が視界に入る距離に迫った。16式3号車は後方から徹甲弾を、上部のホラアナグマの体に向けて放った。
徹甲弾は銀色の鎧の背中を突き破り、ホラアナグマの背から血が宙に柱のように舞い上がった。
ひと際大きな咆哮を響かせた後、ホラアナグマの体は車体の上に前のめりに倒れ込み、そして動かなくなった。
猛獣戦車の操縦席では、ホラアナグマの生体反応を示すパネルが赤く光った。成瀬は右手の拳で天井をどんと突いた。
「ご苦労だったな、相棒。先に行っててくれ」
議事堂正門前の左右の道路から16式1号車と2号車が現れ、議事堂正門を背にして猛獣戦車の正面から突進して来た。それを見た成瀬は愉快そうに笑いながらつぶやく。
「いい判断だ! 真正面から来るか? お互いに相手の正面しか見えていない状況なら、装軌か装輪かの違いはハンデにはならない」
成瀬は迷彩服のポケットから一枚の写真を取り出した。それはプロサッカーチームのユニフォームのレプリカを着て無邪気に笑う小学生の息子の姿だった。
成瀬はその写真を操縦席のレバーの前に置き、優しく微笑んで言った。
「修君、今お母さんが側に行ってあげるからね」
前方を移すモニターを見つめながら、両手で操縦レバーに力を込める。成瀬は叫ぶ。
「そうだ、戦え自衛隊! おまえたちがこの国と、国民にとって必要な存在だという事を、自分たち自身の手で証明してみせろ!」
16式1号車の中では、後方の席に座った車長が2号車の車長と無線で手順を確認していた。
「こちら1号車長。着弾点のデータは受け取ったか? 送れ」
「こちら2号車長。データ受領した。いつでもいける」
「1号車が先に撃つ。そちらは5秒後に発射されたい」
「2号車、了解」
1号車の装填手が大砲の後部から新型徹甲りゅう弾を差し込み、蓋を閉じて叫ぶ。
「弾込め、よーーーし!」
車長が大声で訊く。
「砲手、準備はどうか?」
「着弾点確認。照準固定よし。準備完了」
「操縦士、車体を安定させろ。砲手、3秒後に撃て」
「ミツ、フタ、ヒト、発射!」
1号車の放った徹甲りゅう弾が猛獣戦車の操縦席近くに着弾した。猛獣戦車の装甲に食い込み、爆発する。だが、完全に装甲を突き破るには至らない。
5秒後に発射された2号車の砲弾が、全く同じ位置に命中した。装甲の残りの部分が破壊され、徹甲りゅう弾が猛獣戦車の車体内に飛び込んで爆発した。
猛獣戦車の上部の隙間から、爆風と白い煙が細い線となって吹き出した。国会議事堂正門の扉まで、あと20メートルの場所で、キャタピラーがきしんで猛獣戦車は動きを止めた。
数日後、午前中の外での用事を済ませた遠山が、研究室へ戻るため新橋駅に着くと、5人の若い女性がビラ配りをしている場面に遭遇した。
差し出されたビラを受け取らずにやり過ごそうとした遠山だったが、そのビラに「AV良化法改正を求めます」という一文が大きく書かれていたので、反射的に手に取った。
改めてビラを配っている5人の女性を見回し、遠山は見覚えのある顔を見つけて彼女に近寄って声をかけた。
「あ! やっぱり星島さんだ」
たまたま遠山に背を向ける格好だった星島はくるりと振り向き、ぱっと顔を輝かせた。
「あら、遠山先生じゃないですか」
「ビラ配りですか。じゃあ、ひょっとして他の配ってる人たちも?」
「ええ、いろんなプロダクションのAV女優ですよ、あたしの同業。自分たちも法律改正の請願運動を手伝いたいって連絡してきてくれて」
「おお、そりゃ心強いでしょう? けど、こんな人目の多い所に出て来て大丈夫なんですか?」
「あはは、何言ってるんですか。AV女優は人に見られるのが仕事ですよ、それも一人でも多くの人にね」
「ははは、それはそうか。あれ、あそこで何かボードみたいのを持って立っているのはもしかして」
遠山に気づいた音無が歩いて来た。今日はラフなTシャツ姿で、よく見るとビラ配りをしている星島たちのシャツと同じデザインだった。遠山は感心して言う。
「国会議員の先生までビラ配りですか」
音無は苦笑して答える。
「だから先生はやめて下さいって。それに街頭に立つのは政治家のイロハですよ。多くの一般市民に訴えかける、民主主義の原点に戻ってみようと思いましてね」
「そこに抱えているのは署名集めですか?」
「はい、AV良化法改正を支持してくれる人たちの署名を集めて国会に提出しようと」
「じゃ、僕も署名させてもらおうかな」
「本当ですか? 是非お願いします」
遠山は音無からボードを受け取り、名前と住所を書いた。
「ええと、これでいいのかな?」
音無が深々と頭を下げた。
「はい結構です、ご協力ありがとうございます」
「ところで猛獣戦車に乗っていた女優さんたちはあれからどうなりました?」
「在宅で警察の事情聴取を受けています。まあ、担当してくれた弁護士さんによれば、多分不起訴処分、最悪でも執行猶予で済むだろうという事です」
その時駅の中から時計が正午を告げるメロディーを流し始めた。遠山はスマホの時刻表示を見て飛び上がった。
「いけね、もう行かないと。遅れたらまた渡先生に雷落とされる。じゃあ、音無さん、星島さん、がんばって」
星島が右手をぶんぶん振って遠山に言う。
「先生、あたしの新作出たら買ってね」
遠山も上半身だけ振り返って手を振った。
「ええ、楽しみにしてますよ」
遠山が大学に着き研究室への廊下を速足で歩いていると、肩からバッグを下げた宮下と一緒になった。
「あれ、宮下君も午後からかい?」
宮下は、疲れました、と言いたげな表情で答えた。
「午前中は本庁で会議だったんですよ。今回の件で細かいとこまで報告させられて」
「警視庁の方では進展は?」
「進展どこらか、捜査する案件が増えてしまって。猛獣戦車を乗せていた、あのタンカーに偽装した船ですけどね。あれも正体不明なんです」
「パナマ船籍って話じゃなかった?」
「所有する会社も、その会社の役員も全て実在しない事が判明したんです。海上保安庁が乗り込んだ時には、船の中はもぬけの空だったそうです。船体とヘリは押収されましたけど、そこで手掛かりはプッツリ」
遠山と宮下が研究室に入ると、筒井のデスクの横に渡と松田が立って筒井のパソコンの画面に見入っていた。
筒井が顔をしかめて難しそうな表情をしていたので、遠山も宮下も釣られるように側へ行く。遠山が筒井に訊く。
「筒井君、何かあったのかい?」
筒井が二人に気づいて自分のパソコンの画面を指差した。
「ええ、あたしが好きなイラストがたくさん、槍玉に上がってて。あたしもオタクの端くれですからねえ、心配で心配で」
その画面には鮮やかな色彩の美少女のイラストが並んでいた。いわゆる萌え絵と呼ばれる、流行のイラストのようだ。
宮下が一通り目を通して首を傾げた。
「萌えイラストって物でしょ? 何が問題なの?」
筒井が憤懣やるかたないという口調で答えた。
「性的だとか女性差別だとか、規制するべきだと盛んに主張している人たちがいて、先が心配なんですよ」
遠山も首をひねりながら言った。
「ネット上の炎上かい? だったらそこまで深刻に考えなくても」
「いえ、言ってるのがこういう人たちだから結構深刻かも、ですよ」
そう言って筒井がブラウザーの別のウインドウに切り替えた。それは有名な動画サイトだった。筒井が一つの動画を再生し始める。
渡があごひげをしごきながらつぶやいた。
「正直こんな絵柄の何がそんなにいいのか、私には理解できんな。セクシーと言えばそうなのかもしれんし。とは言え、アダルトビデオに比べれば可愛いもんじゃないか。そこまでしゃかりきに規制する必要があるのかね?」
動画の本編が始まった。それは野党の国会議員、大学教授、とある人権団体の代表の座談会の様子だった。
「こういうイラストが氾濫している事自体、いかにこの国では女性を性的対象としか見ていないのか、その証拠ですよ」
人権団体の女性の言葉に、男性の白髪頭の大学教授が応じる。
「表現の自由を免罪符にしてこんな物で金儲けをしている若者がこんなにいるとは、大至急是正すべき風潮ですな」
髪が真っ白になっている野党の女性国会議員が同調した。
「法律で禁止するのは難しいですが、社会的合意で徐々にやめさせる事はできるでしょう。要するにこんな物をいくら描いても儲からなくなれば、自然に廃業していくでしょう」
その野党議員は自信満々な笑顔を顔に浮かべて言葉を続けた。
「ビジネスとして成り立たなくすればいいのですよ、社会的合意を以てしてですね……」