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「……アイナ殿、この矢は?」


獣星に1本の矢を渡すと、彼は不思議そうに聞いてきた。


「魔法封印の効果がある矢です。

結構きつい状態異常なので、簡単には解除できないんですよ」


「おぉ……!!」


私がざっくり説明すると、獣星の表情が一気に明るくなった。

しかし、一瞬後にはまたどんよりと曇ってしまう。


「あ、あれ? どうかしました?」


「いや、この矢をクリームヒルトに当てれば良いんだろう?

ただ、周囲に張られた魔法障壁をどうやって突破するかと思ってな……」


……なるほど、しかしそれについては解決済みだ。

私は今まで、エミリアさんが光の壁で矢を落としているのをよく見ていたので、最初からそれも考慮しておいたのだ。



「ふふふ。そんなこともあろうかと、魔法による妨害を受けない特別仕様にしておきました!

ここ数日、そのための素材集めに苦労していたんですよ」


何を隠そう、その素材とは『魔響鉱』のことだ。

遠くから魔法使いに確実に当てる……それを目指した結果、この機能はどうしても必須だった。


逆に言えば、エミリアさんの光の壁も無敵では無いことが判明してしまったわけだけど――

……こんな矢は普通では作れないから、その対応策もひとまず将来へ持ち越しておくことにしよう。


そんなことを考えながらドヤ顔をしていると、エミリアさんが横からぴょこんと顔を覗かせた。


「アイナさん、素材集めを頑張っていると思ったらそれを作っていたんですね。

でも魔法障壁なら、バニッシュ・フェイトで消すのではダメなんですか?」


「私がその場にいるとは限りませんし、それにあの魔法にも射程範囲があるじゃないですか。

だから、あまり状況に依存しないものを作っておきたかったんです」


「なるほど……!」


「……ふふふ、ははは!

これは凄い! 何て凄い矢なんだ!! これをクリームヒルトに当てさえすれば、もう魔法を使えなくなるんだろう!?」


矢を見ながら、獣星は満面の笑みを見せた。

いや、満面の笑みというか、これは――


「獣星さーん。悪い笑顔が出ちゃってますよー?」


「ははは! これが笑わずにいられるか!!

ミケとシロとチョコとミルクとカカオとジュゲムとエクスカリバーの仇を、これで討ってやるッ!!」


「まぁまぁ、落ち着いて……。

それにしても可愛い名前が多い中、何やら聞き覚えのある剣の名前が……?」


「剣? ああ、エクスカリバーのことか?

何でも『異世界』に存在するという聖剣らしいぞ!」


「ぶっ!!?」


思わぬ話の流れに、私は噴き出してしまった。


私の元の世界には伝説上の話ではあるが、エクスカリバーという聖剣が存在した。

それは有名なゲームを始めとして、多くの場所で設定が使い古されてしまった剣――


……まさかこんな場所で、その名前を耳にすることになろうとは。


「ふむ? アイナ殿も、その聖剣を知っているのか?」


「い、いえ? ちょっとむせてしまっただけです!」


「そうか、今日はいろいろと大変だもんな。

それでまぁ、響きがとても格好良かったものでな。目付きの鋭いヤツに、この名前を付けてあげたんだよ」


「な、なるほど……」


「だが、俺を護るためにみんな死んでしまった。

俺は何とかポチに連れられて、クレントスまで逃げてきたんだが……まさか、まさかクリームヒルトがここにやって来るだなんて……!!」


獣星は悲しみと怒りを|露《あらわ》にした。

ポチだけでもあんなに溺愛しているというのに、そんな仲間が一気に7匹も――

……7匹、だったっけ? とにかくたくさんやられてしまったのだ。


私としては、獣星に同情せざるを得なかった。

しかしこの戦いは、その恨みを晴らす絶好の機会だ。ならば、私は獣星をどこまでも応援することにしよう。


「クリームヒルトの処遇は、獣星さんにお任せします。

この矢を使えば、彼女の売りである魔法は完全に封印できますから。

……もしアイーシャさんに何かを掛け合うことがあれば、私もお手伝いしますよ」


「おぉ……。何とも頼もしい……。

よし、今から突撃して――」


「いやいや!? その矢は1回しか使えませんからね!?

確実に当てるために、しっかりと作戦を練りましょう!」


「確かに……!

そうだな、ポチに乗って地上の人間を射るのは簡単なことなんだが……相手がクリームヒルトではなぁ……」


獣星はそう言うと、彼にしては珍しく考え込んでしまった。


「誰かが地上で囮になっていれば良いんですかね?

その隙に、獣星さんが射る感じで」


「それが一番分かりやすいだろうな。しかしあいつの前では、並の連中は瞬殺されてしまうから……。

ある程度時間稼ぎをできるやつがいなければ、そもそも成り立たない話だな」


「誰か、心当たりはいませんか?」


「……強いて挙げれば、軍事参謀のオリヴァーのおやっさんか……。

でも、さすがに無理だよなぁ……」


オリヴァーさんは、アイーシャさんの仲間の一人だ。

さすがにそんな人を、危険な魔法使いに対峙させるわけにはいかない。


それなら――


「……やっぱり、ルークしかいないよねぇ」


「そうですね、ルークさんしか……!」


「ルーク殿か。彼は強いし、それに神器持ちだ。

もしかしたら、そのまま倒してしまうかもしれない。英雄ディートヘルムと渡り合ったって聞くし――」


「ダメですか?」


「いや、そんなことは無いぞ!

今は俺の恨みよりも、全体の勝利を目指そう。よし、そうとなれば――

……って、ルーク殿はどうした?」


「今、別行動をしているんですよ。

ちょっとどこにいるかは分からないんですけど……」


「よし、それなら俺が探してこよう! ポチ、行くぞ!!」


「グリュゥ!!」


「あ、ちょっと――……って、行っちゃいましたね」


私の言葉を待たず、獣星とポチはさっさと大空に飛んでいってしまった。

しかしこうして見ると、空には獣星たちしかいないんだよね。


完全に空を制しているわけだから、これってかなりのアドバンテージなんじゃない?

……さすが、東門側を一人で護っていたというだけのことはあるか。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




1時間後、獣星とポチが空から戻ってきた。

そして私たちの前に下りてくると……何とそこには、ルークも乗っていた。


「ルークも乗ってたの!? お帰りなさい!」


「うぷっ……。ただいま戻りました……」


返事はしてくれたものの、ルークの顔色は何だか悪い。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」


「いえ、合成獣に乗って空を飛ぶ……というのは、初めての経験でしたので……。

滝から飛び降りるなどは普通にやってきましたが、さすがにこれは慣れないことで……」


……ああ、なるほど。酔っちゃったのかな。

酔いは酔いで状態異常の一種だから、神剣アゼルラディアを持っていれば、そのうち治るとは思うけど……。


「薬、飲む?」


「そういう薬もあるんですか?

これくらいなら大丈夫――と言いたいところですが、念のため頂けますか……?」


「うん。はい、どうぞ」


バチッ


……と作って、そのままルークに酔い止めの薬を渡す。

酔う前に飲んだ方が効果的だとは言え、酔ったあとでもそれなりの効果はあるだろう。



「それで、アイナ殿。

オリヴァーのおやっさんにも確認を取って来たんだが、クリームヒルトの討伐は任せてもらったぞ!」


「え? ああ、確認をしてたから時間が掛かったんですね」


「やっぱりクリームヒルトには苦慮しているようでな。

ここで期待の戦力を投入――ってわけよ!」


獣星の言葉に、私たちは全員ルークの方を見た。


「えっと……。真正面から対峙できれば問題ないと思うのですが、距離を置かれて魔法を使われると、少し不安が残ります。

かなり近付いたことが1回だけあったのですが、あれは凄い火力でしたね」


「魔法なら、私が打ち消すことができるよ。それなら大丈夫?」


「確かにアイナ様なら……。

しかし、魔星がいるのは前線です。さすがにそこは、とても危ないので――」


「護るならわたしの出番ですね!

ほら、いつもの三人です! ルークさん、何も問題は無いじゃないですか!」


「そうそう、ずっとこの三人でやってきたんだから――集まっちゃったら、もう無敵じゃない?」


「ふむ……。まぁ、今さらですよね」


私とエミリアさんの言葉に、ルークはあっさりと納得してくれた。

その光景を、獣星とポチは静かに見守っている。



獣星に仲間がいたように、魔星が5人で群れているように、私にも頼りになる仲間がいる。

ならばその力で、こんな戦いはさっさと終わらせてしまおう。


……もちろん、他のみんなの力を借りなければ無理だけどね。

異世界冒険録~神器のアルケミスト~

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