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辺境の夏も、9回目を迎えました――


一昨年、ジグレさんから魔王復活の報せを聞いてから、魔の浸食が進むのではないかと警戒しておりました。ですが、その心配は私の杞憂だったようです。


リアフローデンはこの国の中では魔族領に最も遠い位置にあるおかげか、あるいは私が結界を張り森の浄化を続けていたからか、魔獣の出現が少し増える程度で平穏を保っていました。


確かに魔獣で森は騒がしくなりましたが、夏になれば遠方より行商人が訪れ、町中はいつも笑顔で溢れています。


この穏やかな辺境の地にいると魔王が甦り、スターデンメイアを滅ぼしたなどとは信じられなくなります。


ですが行商人の話では、リアフローデン以外の場所では魔獣により村が滅ぼされたり、魔の浸食で土地が痩せたりと被害が甚大なのだそうです。


その様に世の中は混迷を極めていましたが、この辺境に1つの慶事が訪れました。


「こうやって祈ればいいの?」

「そうよ。今は形だけだけれど本当は目を閉じて神と対話を行うの」


礼拝堂で聖務でもあり、聖女の修練でもある神への祈りを捧げる私の横で、シエラが一所懸命に祈祷の姿勢を模倣していました。


「この黙祷で神を敬仰し、感謝の言葉を捧げるのよ」

「神さまにいつも見守ってくれてありがとうってお礼を言うんでしょ!」


その私の言葉に素直に反応するシエラの純真さに、私の顔は自然と綻びました。


ああ、本当に可愛い私の娘。

とても愛おしい神より授かりし子。


実は昨年のとある事件でシエラに聖女としての資質があると判明したのです。


今はまだその片鱗が見える程度で大した力はありませんが、私の指導に真摯に取り組むシエラはきっと良い聖女に育ってくれるでしょう。


この孤児院へやってきた経緯もあって、聖女の資質を持つシエラはエンゾ様の生まれ変わりなのではないかと思ってしまう時があります。


もちろんそれは私がそうであって欲しいという想いでしかないのですが。いずれにせよシエラを守り育て、エンゾ様よりして頂いたように彼女を教え導かなくてはなりません。


「シエラは何でも直ぐに覚えて偉いわね」

「えへへへ」


薄桃色の頭を優しく撫でるとシエラは嬉しそうな笑顔を作りました。この子の明るい顔に私の胸もほんのり温かくなります。


「しすたぁ~」


私の言い付けを守り真面目に取り組む一方で、シエラはとても甘えん坊です。特に聖女の素質が自分にあると分かってからはその傾向が強くなったように思います。


頭を撫でてあげると喜んだシエラは両手を大きく広げて私に抱き着いてきました。


「あらあら、さっきまではしっかりさんだったのに……」


そう言いながらもシエラを抱き上げる私の相好は崩れていたことでしょう。


この子がとても愛おしい……


他の子達と差をつけてはいけない、この子にはもう少し厳しくし接しないといけないとは思ってはいるのです。


それでも乳飲み子から手を掛けてきたせいでしょうか、シエラが堪らなく可愛くて、愛おしく感じるのです。ついつい甘やかしてしまいます。


「シスター・ミレ」


甘えてくるシエラに私が和んでいると、礼拝堂にシスター・ジェルマが険しい表情をしてやってきました。


「どうかなされたのですか?」

「自警団の方が見えているの。どうも街道で魔獣が現れたそうなのよ」

「分かりました。すぐに向かいます」


私は頷き抱えていたシエラをシスター・ジェルマに預けようとしましたが、胸元をきゅっと掴まれてしまいました。


「しすたー……」


魔獣という言葉に不安になったのでしょう。心細そうに見上げてくるシエラを安心させるように私は柔らかく笑い掛けました。


「大丈夫よシエラ。すぐに済ませて帰ってくるから」


落ち着かせようと薄桃色の頭を一撫でして声を掛けると、もともと聞き分けの良いシエラは大人しく従ってシスター・ジェルマの差し出した手に抱かれました。


シエラの為にも魔獣を早々に討伐して戻ってこないと。


私はそう心に決めて、2人に見送られながら礼拝堂を後にしました……

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